ある意味因果応報かもしれません
とにかく、今の『蒼の憧憬』は古代の技術が対してセキュリティが脆弱過ぎる、と言い放ったミコトさんが、別の意味で目の色を変えてエミリオさんに詰め寄ります。
「おい、お前も研究の中は色々試作品を作った筈だ。その中に、一見無価値な物とかは無いか? 有るなら俺が再利用してやる、全部寄越せ」
「君は強盗かな!? ……色目を使われるよりも怖いんだけど!?」
(あーあ……ミコトさんのスイッチが入っちゃいましたか……エミリオさん……心を強く持って下さいね……)
私は、エミリオさんの部屋の隅で、そっと星霜の蒼の裾を整えながら、深いため息をつきました。
つい数分前まで、宇宙の真理だの、世界の終わりだのと、あんなにヒリついた問答をしていたというのに。今のミコトさんの瞳に宿っているのは、真理への探求心ではなく、もっと原始的で、もっと恐ろしい……目利きの執念です。
「ほら、これとか! 魔力の指向性が安定してないだけで、導体としての純度は悪くない。あとはこっちの……何だこれ、失敗作か? 魔素の熱変換効率がバカみたいに高いな。冷却さえ考えなきゃ、強制過給機として使えるだろ」
「ま、待ってくれたまえ! それは以前、私が『魔法のコタツ』を作ろうとして、出力が上がりすぎて家ごと焼き払った忌まわしい遺物だ! そんなものを持って行ってどうするつもりだい!?」
エミリオさんが、必死にミコトさんの腕を掴もうとしていますが、ミコトさんはそれをひらりと身軽にかわし、次々と棚から「ガラクタ」を引っ張り出していきます。
「あー、うるさい。後で倍にして返してやるから、今は黙ってろ。……ほう。この『ゴミ』、面白いノイズが出るじゃないか。教団の連中がこれを解析しようとしたら、脳が情報過多でパンクするに違いない」
(……やっぱり、やってることが外道です、ミコトさん)
隣では、完璧な美少女の姿をした賢者が、自分の宝物(という名の失敗作)が次々と剥ぎ取られていく様子を、魂が抜けたような顔で見つめていました。
「……君は、本当に……人の心というものを……」
「そんなもん、ジャンクパーツの隙間に捨ててきたよ。さあ、次はそっちの棚だ。エミリオ、隠しても無駄だぞ。その影、明らかに高密度魔力反応が出てる」
「……もう、好きにしたまえよ……」
美少女の姿をした老賢者が、ついに床に膝をついて項垂れました。
私は、その震える肩をそっと叩いてあげたい衝動に駆られましたが……。
(ごめんなさい、エミリオさん。今のミコトさんに口を挟むと、私の『星霜の蒼』までバラバラにされて、変な新機能を付けられかねないので……)
ミコトさんのジャンク漁りは、まだ当分終わりそうにありません。
「あ、それ……!」
エミリオさんが悲鳴に近い声を上げました。ミコトさんが棚の最奥、何重もの遮断結界に包まれていた、不気味に明滅する小さな金属球を引っ張り出したからです。
「……なんだ、これ。ただの魔力集積体かと思ったら、周期的に位相が反転してやがる。おい、ジジイ。これ、どうやって作った?」
「それは……私が若かりし頃、無限の魔力供給を目指して失敗した、メルトダウンの結晶だ! 近づけるな! 触るな! その腕輪が爆発しても知らないからね!?」
「最高じゃねえか。この不安定を逆手に取れば、教団の定型化した索敵術式を全部錯乱出来る。偽装回路に組み込んでやるよ」
ミコトさんは、そんなエミリオさんの必死の警告を心地よいBGM程度にしか聞いていません。
(……ミコトさん、目が完全に据わってます。さっきの『月天姫』への怒りはどこに行ったんですか……。今はただの、面白いおもちゃを見つけた子供……いえ、解体業のプロの顔です)
「……よし、これで配線は完了だ。あとはこの『コタツ』の余熱を利用して、『メルトダウン結晶』の出力を無理やり安定させる……」
ミコトさんは、手近にあった細い魔力銀の糸を口に咥えながら、手際よく『蒼の憧憬』の内部へとねじ込んでいきます。
その指先の動きは、もはや魔導師のそれではなく、完全に手慣れた整備士の動きでした。
「いいぞ、これで『星屑の目』の出力と追従性が三倍に跳ね上がった。これなら音速機動しながらでも使い回せるだろう」
(一体、何を目指してるんですか……)
私は、もはや言葉も出ずに、どこか生物的な丸いフォルムだった『蒼の憧憬』が鋭利さを持つ機械じみた姿へ変貌を遂げ、その綺麗なのに何だか禍々しさすら感じさせるイルミネーションのように淡く輝く腕輪を見つめるしかありません。
「ほら、見てろよジジイ。お前の作った『ゴミ』たちが、今最高に調律を奏でてやがる。……これなら、教団の『月天姫』がどれだけ高精度な索敵を飛ばしてきても、この攪乱信号の嵐を突破するのは不可能だ」
「……調律、だと……? 私の、私の優雅な研究室が……。あんな、どこの馬の骨かもわからないジャンクの継ぎ接ぎに……。ああ、神よ……これは何の罰ですか……」
エミリオさんは、ついに現実逃避を始めたのか、床に突っ伏したままブツブツと呪文のように何かを呟いています。
さっきまで「月天姫」だの「世界の真理」だのと勝ち誇っていた賢者の姿は、そこには微塵もありませんでした。
「ふん、神なんぞ信じちゃいないくせに」
「……あのね、確かにそれらは失敗作で、ガラクタと言われても仕方ない物だけど……素材その物はなかなか希少品揃いで、普通に買うと結構な財産が飛んでいくんだよ……?」
「財産だあ? そんなもん、使わなきゃただの死蔵品だろ。死んでるパーツを現役復帰させてやったんだ、むしろ俺にコンサル料を払ってほしいくらいだぜ」
ミコトさんは、『蒼の憧憬』に最後に残った銀の糸をグイと引き絞り、余った部分を無造作に指で弾き飛ばしました。
その表情には、高価な素材を浪費したという罪悪感など一ミリもありません。むしろ、最高のジャンク山を前にした充足感で、口角が不敵に上がっています。
「本当に盗っ人猛々しいね!? ……君ね、あれは竜の心臓を加工した蓄魔石なんだよ……。ああっ、その触媒だって、北海の深部でしか採れない……!」
「あー、わかったわかった。後で出世払いにしてやるから、今は泣き言を止めて立ち上がれ」
ミコトさんはガクガクと震えているエミリオさんの襟首を、まるで仔猫のようにひょいと持ち上げました。
私は、もはや憐れみすら覚える目でエミリオさんを見つめることしかできません。
でも、今のミコトさんの腕に巻かれた『蒼の憧憬』からは、確かに今までとは次元の違う、暴力的なまでの魔力密度が感じられます。
「……よし。『星屑の目』、起動」
ミコトさんが短く呟くと、腕輪の隙間から溢れ出す光の粒が、今までのような淡い輝きではなく、直視すれば網膜を焼きそうなほどの鋭い閃光へと変貌しました。
キィィィィィィィィ……――
まるで耳の奥を抉るような高周波の駆動音が室内に響き渡ります。
「……信じられない。あんな統一性のない構成で、『蒼の憧憬』の制御系を無理やり捻じ伏せて、定格出力を三倍も引き上げるなんて……。君は魔導師じゃなくて、ただの破壊神か何かかい?」
エミリオさんは、ミコトさんに襟首を掴まれたまま、力なく笑いました。その瞳には、自分の人生の結晶である研究材料をめちゃくちゃにされた絶望と、同時に、その「ゴミ」がミコトさんの手によって、見たこともないような超高効率演算へと姿を変えたことへの、技術者としての隠しきれない羨望が混ざり合っています。
「さっきも言っただろ、ジジイ。これは俺の意志で動くんだよ。お前の歴史だの、教団のシステムだのが設定した上限なんて、知ったこっちゃねえ」
不気味な脈動を繰り返す『蒼の憧憬』を満足げに眺めるミコトさんの口元には鋭い三日月のように薄い笑みが広がっています。
(……あ、依頼書の方も何か追記されたみたいですよ?)
(あん? こっちもアップデートか……でも俺はあんまり読みたくないんだよな、煽ってくるし……えーと何々? 『人の心を持たない略奪者へ朗報――』……)
べしっ!
無言のまま依頼書を床に叩きつけました。
(ほらみろ! いきなりの罵倒から始まるるじゃねぇか!)
(いやぁ、今回はむしろ正当な評価のような気も……あ、でも朗報って気になりませんか?)
(む……分かったよ……『そこの壁にある絵をずらしてごらん? すてきな物が隠されているよ』……なん、だと……?)
ミコトさんは、不快そうに床の依頼書を一蹴りすると、部屋の壁に掛けられた、これまた高そうな肖像画へと歩み寄ります。
エミリオさんは、その瞬間にガバッと顔を上げ、文字通り顔面蒼白になりました。
「……おい、ジジイ。あの壁の絵、何が隠してあるんだ?」
「ま、待て! それだけはやめてくれ! それは私の……私の、若かりし頃の輝かしい思い出を封じ込めた、唯一無二の……!」
「思い出? 良いね、そういうのは大抵『隠し金庫』の暗証番号より価値があるもんが詰まってる」
ミコトさんは容赦なく、その額縁の端を掴みました。
(ミコトさん! 手つきが完全に空き巣ですよ! ……でも、あの依頼書がわざわざ教えてくるってことは、ただの金貨とかじゃないはず……)
ミコトさんが絵を横にずらした瞬間、カチリ、と精密な金属音が響き、壁の一部が沈み込みました。
そこに現れたのは、奥へと続く扉でした。これまでの魔術的なガラクタとは一線を画す、かなり複雑そうなロックが掛かっていそうな雰囲気です。
「……やはりな。ご大層なパスワードか? 魔力波で認証か? どんな仕掛けでも秒でハックしてや……」
するとそこでミコトさんが固まってしまいました。
「……おい、クソジジイ。何で頑丈な鍵を用意してるのに、ロック掛けてねーんだよ! 『お、開いてんじゃん』じゃねぇんだよ! 情緒もへったくれもありゃしねえ!」
「うん、確かに今の君は情緒不安定だけどね!? え、でも私が悪いのかい、それ!? 普通は喜ぶんじゃないの!?」
「ハッキングしようと身構えてた俺の矜持をどうしてくれる! 少しは抵抗しろよ、この脆弱扉が!」
「セキュリティが強固なら文句を言い、無ければ無いでキレ散らかす……! 君、本当に情緒不安定の極みだね!? これでも一応、私の魔力波長にしか反応しない高級品だったはずなんだけど……」
エミリオさんが、もはやツッコミを入れないと死ぬ病気にかかったかのような勢いで叫びます。
でも、ミコトさんは納得がいかない様子で、開いた扉の隙間に指を引っ掛けて、これ見よがしにガンガンと揺らしました。
「あー、わかった。お前の魔力が古すぎて、『蒼の憧憬』から漏れ出した俺の残滓だけでロックが論理崩壊したんだな。……ゴミだな、この扉」
「ゴミ!? 失礼な! 向こう数百年はどれだけ技術が発展しても一般人には絶対に破れない代物なんだよ!?」
(……ミコトさん。それを世間一般では『秒でハックした』って言うんですよ。ただ、本人の自覚がないだけで……)




