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その白金、素人ですから! 残念!

 光が収まり、禁書区の静寂が戻ってきた。

 そこに立っていたのは、蒼と白が絶妙なコントラストを描くドレスを纏った、少し大人びたクーリアだ。


(これが『普段着カジュアルモード』か。地味過ぎず派手過ぎず、街歩きを楽しむような落ち着いたデザインだが、所々の白レースが「生きてる」みたいに微動してるな。これなら威圧感もないし、街娘としても通る。悪くない)

(はい。すごく軽くて、まるで自分の肌の一部になったみたいです。……あ、でもミコトさん。さっき、頭の中に色んな服の形が浮かんできました。気分で少し形を変えられるみたいで……)

(バリエーション機能付きか。随分と便利機能が追加されたもんだ)


 脳内で俺たちがそんなやり取りをしていると、コツン、と控えめな靴音が響いた。

 ふんわりとした笑みを絶やさない学生司書が、感心したようにこちらを覗き込んでいる。

「ふふ、急に光るからびっくりしたけど、その服、進化したんだね。素敵だなぁ。服も、とっても喜んでるみたい」

「うん、私にもなんだかよくわからないけど、さっき、頭の中に『プラネ』って人の影が見えて。この服、『星霜のアズール・プラネ』っていう名前なんだって」

「へえ……? ところで、『白金の冒険者様』……えっと、クレアハート様だったね。一つ、提案があるんだけど、聞いてくれるかな?」


 司書の少女――いや、先ほどから滲み出る研究者特有の観察眼を、最早隠しもしないその「学生」は、おっとりとした口調のまま、毒を含んだ蜜のような言葉を紡ぎ出した。


「君は、装備も魔力も、それこそ神様からの贈り物みたいに凄まじいけれど……。さっきの禁書やその服への反応を見る限り、基礎的な『制御』や『魔法式』の知識が、びっくりするくらいスカスカで稚拙だよね?」


(……っ。図星を突いてきやがる)


「このままじゃ、せっかくの『星霜の蒼』も宝の持ち腐れ。それどころか、いつかその強大な力に自分たちが飲み込まれちゃうかも。……そこでね、私の推薦で、この国立魔術学園の初等部に入学してみない?」


(はぁ?! 学園に入学だと?! )


 俺の驚愕を代弁するように、クーリアが「ええっ?! 」と声を上げる。


「もちろん、タダとは言わないよ。私はこれでもアカデミーではそれなりに顔の利く研究者でもあってね。君のその『特異な存在感』を近くで観察させてほしいんだ。その代わり、白金の身分を隠して通う君の『後ろ盾』になってあげる。学内での面倒な手続きも、変な連中の絡みも、私が全部シャットアウトしてあげるよ。……どうかな、賢者様?」


(……チッ。猫被りの狸め。要は自分の研究材料として手元に置いておきたい訳か)


 俺は急速に脳内計算を走らせる。

 今の俺たちには、冒険者の『常識』はあっても、この世界の深層にある『魔術理論』が圧倒的に足りない。独学では限界があるし、何より白金の身分は目立ちすぎる。学生という身分は、調査には最適だ。


(……いいだろう。ウィンウィンだ。……おい、クーリア。入学するぞ。ここで基礎を叩き直すのが、結局は俺たちのバグを直す近道だ)

(ミコトさんがそう言うなら……)


「……あの、分かりました! 私、入学します!」

「決定だね! 嬉しいなぁ。じゃあ、手続きは私が進めておくから、君たちは一度宿に戻って準備をしておいで」


 司書は満足そうに微笑むと、地下の出口を指差した。


「あ、私はまだここで片付けがあるから。案内は別の者にさせてね。……ふふ、アカデミー生活、楽しみにしてて。きっと、新しい自分に出会えるから」


 彼女はおっとりとした仕草で手を振ると、再び知識の闇の中へと消えていった。


(……やれやれ。とんでもないことになっちまった。白金の冒険者が、15歳(自称)でピカピカの初等部一年生かよ。笑えねえな)

(自称じゃありません、事実です! ……でもミコトさん、学校ですよ、学校! 友達、できるでしょうか! )

(……お前、今度は友達を食べるくらい腹ペコにならないように気をつけろよ?)


 俺たちは再び地上への階段を上り始めた。

 国立図書館の重厚な空気から解放され、俺たちはアカデミーに隣接する女子寮へと足を運ぶ。

 案内役として司書が寄越したのは、これまたアカデミーの制服を着た別の女子生徒だった。あのおっとり司書本人は「片付けがあるから」と残ったが、まあ、あんな研究オタクが女子寮の中まで親切に案内してくれるはずもないか。


(ねえ、ミコトさん。寮ってことは、他の方と一緒に生活するんですよね? 私、粗相しないでしょうか……!)

(安心しろ、お前の『看板娘』としての適応力は銀の星屑亭で実証済みだ。それより、周囲に魔力を漏らさないよう『普段着モード』を意識しておけよ)


 寮の門を潜り、案内係の少女に連れられて建物の中へ入った瞬間、俺は自分の「認識」が甘かったことを痛感した。


「あ、ここが更衣室を兼ねた共有ホールです。今ちょうど、夕方の訓練を終えた子たちが戻ってきてる時間ですね」


 案内係が何気なく扉を開けた先には――。

 まさに「無防備」という言葉を具現化したような光景が広がっていた。


(……っ!? )


 視界に飛び込んできたのは、汗を拭いながら制服を緩め、あるいは次の着替えに手をかけている年頃の少女たちの群れだ。

 当然だ。ここは女子寮なのだから。


(わあ……! 皆さん、凄く熱心に訓練されてるんですね! )

(クーリア、呑気に感心してる場合か! 視線を落とせ、いや、俺の意識を遮断しろ!)


 俺の魂は激しく震動した。

 いくら俺が魂だけの存在で、今の「器」がクーリアのものだとはいえ、精神の根幹は17歳の健康的な男子だ。今までの貧相なクーリアの体を見慣れているとはいえ、他人の、それもこれだけの数の「異性」のプライバシーを無断で覗き見ることになるなど、想定の範囲外だ。


(ミコトさん? どうしたんですか、そんなに慌てて。心臓がバクバク言ってますよ? )

(いいから前だけ見て歩け! ……クソ、想定して然るべきだった! 迂闊な自分を呪いたい! )


 しかし、視界を共有している以上、目を閉じればクーリアも動けなくなってしまう。


(……おい、クーリア! 左斜め前を見るな! 目のやり場に困るだろうが! )

(ええっ?! どこですか?! )

(見るなと言ってるだろうが!! )

(そんな事言われても、私だって目を閉じては歩けませんよ?!)


 俺の理性という名の防壁が、かつてないほどのダメージを受けていた。

 白金の冒険者として死線を潜り抜けてきた俺だが、よもや「女子寮の更衣室」がこれほどまでの難所になるとは。

 これから始まるアカデミー生活。学術的な期待よりも、俺の「良心」が卒業まで保つかどうかの不安が、暗雲のように立ち込めていた。


ーーーーーーーーーーーー


 なんとか案内係の方に付いていって、女子寮の自室に辿り着くことができました。

 扉を閉めて鍵をかけた瞬間、頭の中に響いていたミコトさんの叫び声も、ようやく落ち着いたみたいです。

 でも、ミコトさんの気配はまだ、茹だったみたいに熱を持ったままでした。


(ミコトさん……? もう大丈夫ですよ、他の方は誰もいません。どうしたんですか、あんなに騒いで)

(……悪い、クーリア。少し黙らせてくれ。俺の倫理観が、今まさに宇宙の塵に分解されかけているんだ)


 ミコトさんは掠れた声でそう言うと、意識の奥底へ深々と沈み込んでしまいました。

 時々、彼がこうして「男の子」なんだってことを思い出させる反応をするのが、なんだか可笑しくて、ほんの少しだけ……胸のあたりがくすぐったくなります。

 私は、窓から見える夕焼けに染まったアカデミーの校舎を眺めました。

 銀の星屑亭で着ていたウェイトレスの制服は、もうありません。代わりに私が纏っているのは、蒼い深海の色と、雪のような白レースが折り重なった、不思議なドレス。

 スカートの裾を指先で摘んでみると、布地が私の体温を吸って、トクトクと脈打っているのが分かりました。


(プラネさん……)


 あの図書館の地下で、本に触れた瞬間に脳裏を過った影。

 お顔まではよく見えなかったけれど、その人は私と同じ、この蒼い魔力を纏って、とても優しく微笑んでいた気がします。

 ミコトさんは「時を止めた人」って言っていたけれど、私がこの服と一緒に成長していくことを、あの人は許してくれるでしょうか。

 ぎゅう、とお腹が鳴りました。


(……あ。そういえば、寮の食堂ってどこにあるんでしょう)

(俺に訊かれても知らん。どの道、開いてる時間じゃないと飯にはありつけないだろうし、案内人が来るんじゃないか?)

(ええーっ、そんなぁ……)

(そんなマジに凹むなよ……保存食がまだあっただろう、それで我慢しろ)

(むぅぅ……温かいごはんが食べたかった……)


 仕方有りません、今はそれで我慢しましょう。


 その後、ミコトさんの必死な制止をよそに、私は更衣室隣にある「大浴場」へと向かいました。

 一日中歩き回って、図書館の地下で不思議な光を浴びた後です。やっぱり、お風呂に入ってさっぱりしたいんですよ。

 脱衣所に入ると、幸いなことに先客は数人だけで、みんなもうお湯に浸かっているようでした。


(……おい、クーリア。頼む、今からでも引き返さないか? ここへ来てから俺のメンタルがゴリゴリ削れてるんだが?!)

(もう、ミコトさん。さっきからそればっかり。私の体なんですから、今更恥ずかしがることなんてないじゃないですか。……あ)


 壁に掛けられた大きな鏡を見て、私は自分の姿に驚きました。

 普段着モードのドレスを脱ぐと、そこには村にいた頃のガリガリだった私はいませんでした。

 過剰な魔力循環による成長促進と、あの店主さんの美味しいごはんのおかげで、肌には健康的なツヤが戻り、手足も少しずつ女の子らしい丸みを帯び始めています。


(……まあ、なんだ。その、少しはマシな体型になってきたな。ガリガリの10歳から普通の10歳になった。成長期なのは嘘じゃなさそうだ)

(微妙に嬉しくない……。それはそうとミコトさん、今度は落ち着いてますね?)

(ああ。……自分の『娘』の成長を眺めるような気持ちで、必死に無の境地に達しているところだ。娘なんか居ないけどな。……さあ、さっさと洗って温まってこい)


 浴場の中は、真っ白な湯気に包まれていました。

 タイルを叩く桶の音。楽しそうな他の方たちの話し声。

 大きな湯船にゆっくりと肩まで浸かると、熱いお湯が全身の凝りを解きほぐしてくれるみたいで、思わず「ふぁぁ……」と声が漏れてしまいました。


「ふふ。新入りさん? いい浸かりっぷりだね、すっかり蕩けちゃって」


 不意に横から声をかけられて、私は飛び上がりそうになりました。

 湯気の中に座っていたのは、ショートカットがよく似合う、活発そうな年上の女子生徒さんでした。

「あ、はい! 今日から入寮したクレアハートです! よろしくお願いします!」

「私はリナ。高等部の一年生だよ。……へぇ、君が噂の。15歳で初等部一年生なんて珍しいから、もう寮で話題になってるよ。よろしくね、クレアちゃん」


 リナさんは気さくに笑って、パシャリとお湯を跳ねさせました。

 でも、その明るい声とは裏腹に、ミコトさんの声はまた別の方向で固まっていました。

(……おい、クーリア。リナとか言ったか、その女。……肩の筋肉の付き方や、お湯に浮いている指先の構え……ただの学生じゃねえぞ。……っ、ていうか、近い! 距離が近すぎるだろうが!)

(ミコトさん、結構じっくり見てますねー)

(なっ?! おおお俺はただ、油断してないだけだ! 断じて疚しい気持ちでなんか見ていない! 確かに体つきは標準以上かもしれないが、そこに目を吸い込まれたりはしてないぞ!)

(へぇー、そこってどこかなぁ? んー?)

(からかうなっ!)


 そんな掛け合いをしている間にもリナさんは「もっとこっちおいでよ」と言って、私の隣までスルスルと寄ってきました。

 女の子同士の裸のお付き合い、なんてお話は聞いたことがありますが……ミコトさんの叫び声が頭の中でワンワン響いて、お風呂の温度以上にのぼせてしまいそうです。


(ミ、ミコトさん、助けてください……頭がクラクラします……)

(知るか! これは俺への拷問か?! ……もういい、俺は寝る! 明日の朝まで絶対に起きてやらんからな!! )

 最後にはヤケクソ気味に叫んで、ミコトさんは本当に意識をシャットアウトしてしまいました。

 

 広いお湯の中で、私とリナさんの二人の時間。

 ゆらゆら揺れるお湯の音を聞きながら、私は明日から始まる、少し騒がしくて、とっても不思議な学園生活に思いを馳せるのでした。

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