表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/58

白い予感

 最後のお客さんが満足げな顔で店を出ていき、ドアベルがカランと鳴り響きました。

 あんなに騒がしかった店内が、嘘のように静かになります。

 私はカウンターに手を置いて、ふぅ、と小さく息を吐き出しました。

 脚はパンパンで、制服も少し汗ばんでいるけれど、なんだか胸の奥が温かくて、さっきもらった銅貨の重みが誇らしく感じられます。


(お疲れさん、クーリア。初仕事にしちゃ上出来だ。お前の笑顔、最後の方は客を釣る立派な武器になってたぞ)

(ミコトさん! 武器だなんて言い方、ひどいです……。でも、ありがとうございます)


 厨房の方を見ると、店主さんは大きなまな板を拭きながら、じっとこちらを見ていました。

 その視線に気づいて私が背筋を伸ばすと、店主さんは不器用な足取りでカウンターまでやってきて、ドン、と大きな背中を丸めて座りました。


「……嬢ちゃん。いや、クレアハート。こいつは本来は一ヶ月くらい働いてから渡すもんだが……。今日のお前の働きは、銀貨数枚じゃ到底足りねえ」


 差し出されたのは、約束よりもずっと多い銀貨の詰まった袋。


(へぇ、粋なことするじゃねえか。よかったな、クーリア)


「店主さん……! ありがとうございます! 私、もっともっと頑張りますっ!」

「……フン、気合入れるのはいいが、まずは飯だ。お前、さっきから腹の音が鳴ってんだよ。ほら、座ってろ。今度は俺が、とっておきの賄いを作ってやる」


 店主さんは照れ隠しに厨房へ戻ると、今度はなんだか楽しそうにフライパンを握り始めました。

 夕暮れ時の静かな店内に、美味しそうな匂いが立ち込めます。

 宇宙ロストで死んだミコトさんと、村に売り飛ばされ、魔物に襲われて殺されかけた私。

 不幸のどん底だった私たちの新しい人生が、この小さな『銀の星屑亭』で、しっかりと根を張り始めた気がしました。


【銀の星屑亭・夜の片付け】


 夜の営業も無事に終わり、店主さんは「明日も早いからな」と、私に余ったパンとスープを持たせて奥の部屋へ戻っていきました。

 静かになった店内で、私は胸元のブローチをそっと撫でました。

 なんだか、ずっと前からここにいたような……そんな錯覚をしてしまいそうになります。


(……クーリア。あまり浮かれるなよ。わかってると思うが、ここは『仮宿』だ)


 脳内に響いたミコトさんの声は、昼間の忙しさの中での熱気とは対照的に、驚くほど冷静でした。


(……はい。わかってます。でも、店主さんもあんなに喜んでくれて……)

(いいか、求人票にも書いてあっただろ。これは『臨時の募集』だ。本来来るはずだったバイトの奴が怪我か何かで来られなくなった、その穴埋めに過ぎない。一週間か、長くても十日。そいつが来れば、俺たちの役目は終わりだ)


 ミコトさんの言葉は、まるで魔法の温もりに冷水を浴びせるみたいでした。

 私は、手に持っていた銀貨の袋をぎゅっと握りしめました。


(俺達は、冒険者のことを何も知らない。このカフェでの目的は、あくまで冒険者の『常識』と『情報の流れ』を掴むことた)

(……はい。ミコトさんの言う通りです。本当の目的を忘れちゃいけませんよね)


 私は、自分が少しだけこの場所の優しさに甘えようとしていたことを自覚して、気を少しだけ引き締めました。

 店主さんはいい人だし、制服は可愛い。でも、私たちは「普通」じゃない。


(わかってくれればいい。……まあ、予定よりもだいぶ多めに報酬もらっちまったんだ。ここにいる間は、完璧に看板娘を演じてやればいい。……マトモな飯を食って、お前の細すぎる体が本来の年に見られるくらいに戻すのも大事な仕事だ。いいな?)

(……ふふ。ミコトさん、結局は私のことを心配してくれてるんですよね?)

(……うるさい。いいから、さっさと寝る準備しろ。開店準備は早いらしいからな)


 ミコトさんはぶっきらぼうにそう言って、私の意識の隅っこに引っ込みました。

 冷たいことを言うけれど、彼が私のためにこの「寄り道」を許してくれたことは知っています。

 私は窓の外に広がるグリランドールの夜景を眺めながら、心の中で自分に言い聞かせました。

 あと数日。この制服を着ていられる間に、私はもっとたくさんのことを学ばなきゃ。


(……おやすみなさい、ミコトさん)


 私は小さなベッドに潜り込み、明日もまた始まる「期間限定の日常」に思いを馳せながら、ゆっくりと目を閉じました。


ーーーーーーーーーーーー


【銀の星屑亭・バイト最終日前夜】


 結局、この『銀の星屑亭』でのバイト生活は、予定より数日延びることになった。

 本来来るはずだった新入りの怪我が長引いたせいだが、おかげで店は大変なことになった。

「不器用な店主に、天使のような看板娘が降臨した」という口コミはグリランドールの街中まで広がり、連日、俺とクーリアの「最適化」されたオペレーションの限界を試すような大盛況。

 白金の紋様を隠し、ただの臨時バイトとして過ごす時間は、奇妙に穏やかで……それでいて、どこか退屈でもあった。

 だが、その「退屈」は、深夜の客室に現れた色彩の欠落した女によって、粉々に粉砕されることになる。


(……おい、クーリア。起きろ)


 不思議な気配を感じ、夜中にも関わらず目が覚める。寝る前にはしっかり閉めていたカーテンは開け放たれ、満天の星空と妙に眩しい月光が差し込んでいた。

 異様な雰囲気を感じた俺は脳内でクーリアに呼びかけるも、反応はなく沈黙したまま。

 おかしい。俺の「魂」が、外部からの強烈なエネルギーに共鳴して、火花を散らすように疼いているみたいだ。

 闇に慣れた目の前に、月光を反射して輝く「白」が立っている事に気付いた。


「お久しぶりね。……ふふ、その子はまだ私に気付けないわ、今は私、存在感を限りなくゼロにしているの」


 窓辺に腰掛け、細い足をぶらつかせているのは、あの『何かしら屋』の自称兎だった。

 

「アンタか……。どうやって入ったかなんて野暮なことは聞かないが、何の用だ。アフターサービスなら間に合ってるぞ。見てたんならわかるだろうけど、俺たちはこの世界の『白金』まで一っ飛びで上り詰めた。バグった魔力のおかげでな」

「ふふ、冷たいわね。でも、その魔力が『なぜ』バグったか、知りたくないかしら?」


 自称兎の白い少女はいたずらっぽく微笑み、俺の……いや、今はクーリアの体だが、その指先に触れるかのように手をかざした。


「貴方の魂、あの日、私の手元にやってきてからどれくらい私の中にいたでしょう? 覚えている?」

「……宇宙の3分の1ごとその範囲内にいる全ての生命体が強制デリートされた後の話か。今思えば最悪の気分だったよ。真っ暗な中でアンタの体温だけが異様に熱かったのだけは覚えてるが」

「そう。私の内側に触れ続けていた貴方の魂は、ほんの僅かだけど、私の力を『吸った』のよ」


 ……は? 吸った?


「どう言うことだ?」

「本来、私のような存在の力は、人間が触れれば即座に概念ごと消滅するわ。でも貴方は、不思議と適合してしまった。……その状態のミコトの魂と融合したことで、クーリアの魔力は格段に跳ね上がったの。それこそ人を超越した何かのようにね。つまり、今の彼女の異常な出力は、私の『お裾分け』の結果というわけ」


 さらっととんでもない爆弾発言をしやがる、白い少女。


「じゃあ何か? ただの火種が山火事になりかけたり、水を飲もうとしたらあわや大洪水になりかけたり、ちょっと枝を落とそうとしたら大木が根っこからスパスパ切れたり、ちょっとした落とし穴の罠を張ろうとしたら地面が割れるのもそのせいか?」

「ええ、私のせいね。責任は取らないけれど。……それより、ミコト」


 雪兎がふっと、窓辺から俺の至近距離まで音もなく移動した。

 不気味なほどに完璧なバランスで整った顔立ち。白すぎる肌に紅すぎる紅い瞳が、まっすぐに俺を射抜く。少し身じろぎするだけでも、唇が触れ合いそうな距離。


「……貴方に興味があるの。私以外の存在で、私と同質の力を持って消えなかったのは、貴方が初めて。……なんだか、胸のあたりが妙に騒がしいのよね。私、恋愛なんて経験がないから、これが世に言う『恋』なのか、それともただの『観察対象への執着』なのか、よくわからないの」


 ……はぁぁぁぁ!?


 何を言い出すんだ、この概念的存在は。

 4500億光年の彼方から魂を拾ってきた神様モドキが、今さら恋愛相談だと? 冗談キツすぎる。


「アンタの感情のバグまで俺に押し付けるな。こっちは自分の体のバグを直すだけで手一杯なんだよ」


「ふふっ、ノリが悪いのも相変わらずね。でもいいわ。その答えが出るまで、貴方たちの旅は終わらせない。……ヒントをあげる。明日、予定通りバイトを辞めて国立図書館に向かいなさい。そこで貴方の魂が吸った『私の欠片』が、ある本に共鳴するはずよ」


 彼女の姿が、かき消えるように薄くなっていく。


「またね、ミコト。……次に会うときは、この感情に名前がついているかしら」


 気配が完全に消えた。

 残されたのは、静まり返った部屋と、隣で安らかな寝息を立てるクーリア、そして……。

 雪兎の言葉の重みに、頭痛を通り越して吐き気を覚えている俺だけだった。


(……やれやれ。アフターサービスどころか、宇宙一厄介なヤンデレストーカーにロックオンされた気分だぜ……)



【銀の星屑亭・バイト最終日の朝】



(……ん、……ふあぁ。……おはようございます、ミコトさん)


 意識の中、隣でクーリアが、何も知らずにのんびりとした声を上げた。昨夜、傍迷惑な雪兎がいたなんて、このお人好しの少女は夢にも思っていないだろう。


(ああ、おはよう。クーリア、今日で最後だぞ。忘れ物はないな?)

(はい! 昨日の夜、ちゃんとお片付けしました! ……それに、なんだか体がとっても軽いです。まるで、背中に羽が生えたみたい)

(……そうか、それは良かったな)


 返事をしながら、俺は内心でため息をつく。

 体が軽いのは、俺の中に溶け込んだ雪兎の力が馴染んできたせいか、あるいは昨夜の共鳴の残り香か。どちらにせよ、あいつの「お裾分け」とやらのせいで、クーリアの異常な魔力増大はますます加速しているのだろう。

 一階へ降りると、店主はいつも通り、でも心なしか少しだけ肩を落として、開店前の掃除をしていた。


「おう、おはよう。……今日で最後、なんだよな」

「はい。店主さん、短い間でしたけど、本当にお世話になりました!」


 クーリアが最高に輝く笑顔で、丁寧に頭を下げた。

 店主は少しだけ照れくさそうに、でも真剣な顔で、俺たち……いや、目の前の「看板娘」に向き直った。


「お前らが来てから、この店は息を吹き返した。ありがとな。本来来るはずだった奴も今日から来れるそうだ。……これ、持ってけ」


 店主が差し出したのは、この数日着ていた、奥さんの服とその替え、そして旅の道中で着るための厚手の外套だった。


「予備だ。元々カミさんが着るはずだったもんだが、全くサイズを弄ってないのにぴったりなお前に持っておいてほしい。……お前がそれを着て働いてくれたおかげで、俺もようやく前を向けた気がするんだ」

「ありがとうございます! 大切に着ますね!」


 金銭的な報酬はすでに受け取っている。だが、店主にとって一番大事な「思い出」を託された。

 雪兎め、これ本当に裏で糸を引いてたりしないだろうな?

 店主に見送られ、俺たちは『銀の星屑亭』を後にした。

 背後に聞こえる「また来いよ、嬢ちゃん!」という声。

 期間限定の安らぎを終え、俺たちは再び、白金の冒険者……そして、宇宙のバグを解き明かす旅人へと戻る。


(ミコトさん。……行きましょう。国立図書館へ!)

(ああ。……まずは、魔法についてもう少し専門的な知識が欲しいな。今はまだ生活魔法で何とかなっているが、攻撃魔法……いや、優先的には回復魔法について知るべきだと思う)


 街道を歩くクーリアの足取りは軽い。

 だが俺の頭の中は、雪兎が残した「恋愛だの執着だの」というトチ狂った告白の残響で、相変わらず吐き気がするほど重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ