若き元社長の、記憶の在り処。1
「目標補足。奴が動くまで待機」
「了解」
木々が生い茂る森の中で、兜、鎧、小手、剣、盾を身に纏った男達が囁いた。
周辺にいる仲間は全員で三名。それぞれ、この国では腕の立つ剣士だ。
そんな三人の視界中心には、白のシャツに黒いスーツを身につけている男が一人。恰好だけで見たら執事以外には見えないだろう。
「サンドリゴ隊長、いかがなさいますか?」
「静まれ。奴はどこにいても我々を斬りつけてくる。では、どうすれば良いのか。答えは簡単だ」
サンドリゴ隊長の趣味は肌を太陽で焼くこと。それだけに真っ黒過ぎて気持ち悪い。
しかし、そんな真っ黒な隊長でも、腕は立つ。彼の残した伝説では、大剣一振りで十数人もの敵を倒したという説もあるのだ。
そして、その隊長からの指示を待つのは騎士団エースとまで言われた氷魔法と剣技を合わせて戦う魔法剣士。彼もまた魔物数十体を一人で相手をしたという有名な噂がある。
「待て。サンドリゴ隊長。それにマーズ。これは我々の腕が試されているのだぞ。ここはそれぞれが奴に斬りかかり、降伏させれば良いのではないだろうか?」
最後、現れたのは黒い甲冑を被った男。彼こそが、現在の王国騎士団では最強とまで言われている人間だ。
黒い剣と黒い盾。ブラックナイトとまで呼ばれている。
彼の強さは鎧などの重さを感じさせない動き。つまり、攻撃力でも防御力が優れているわけではない。ブラックナイト、本名トライデントの強さは速度にあった。
「ふわぁぁぁ……。いつになったら来るんだ?」
欠伸をする執事のような標的。
その瞬間、サンドリゴがトライデントへ戦闘開始の合図をする。
隠れていた木から身を覗かせ、標的へと接近した。
「ウォォォォォッ! 喰らえ、黒炎剣ッ!」
標的は眠そうな顔をしながら、背後から近付いてきていたトライデントに気が付く。
上段から振り下ろされる太刀を、軽々と避けて見せる。
「なんだ、そんなところから出てきたのか。隠れる場所なら、もっといい場所があったぞ」
「ふんッ! 軽い口を叩いていられるのも、今のうちだッ!」
剣が突き刺さった地面から、火柱が燃え上がった。
更に後方に飛びのく標的。
だが、そこにはサンドリゴが剣を構えている。
「ちょっとは頭を使おうぜ。執事さんよォッ!」
「ん、頭は使っている」
サンドリゴが攻撃を放った。
剣の刃が消えたかと思うほど速い斬撃。
一瞬にして標的を倒した、とサンドリゴは確信していた。
「フン、俺達のチームワークを舐め――――」
「チームワークというのは目に見えない。つまり舌で舐めるのは不可能だと思うがどうだ」
「な、なぁっ!?」
倒したと思っていた似非執事はサンドリゴの剣の上に立っていたのだ。
そのまま標的は剣を踏み台にして回転しながら着地した。
「甘い、まるで砂糖を二十個入れたかのような甘さだ。とても甘くて歯が抜けると思うが」
「悪いな、本命はコイツだ!」
サンドリゴの背後から現れる吹雪。
ゴツイ体系をしたサンドリゴを乗り越え、今まさに標的を仕留める為に剣を振り下ろそうとしていた。
「ここまでです! アイシクル・ブレイドッ!」
極寒の地に吹いていそうな冷気を纏った剣を持つマーズ。
視線はまっすぐに似非執事を捉えていた。
「これで無敗記録を破って見せますッ! ウォォォォォォォォッ!」
その瞬間、マーズの腕は止まる。
「自分の技や魔法に自信を持つのは良いことだ。これは本当に大切だ。だが、もっと大事なことがある。それは――――」
似非執事は営業スマイルを見せながら、男に話す。
「技を出す瞬間。このときが一番の油断と言ってもいいだろう」
「く、くっ……。こ、ここまでとは……ッ!」
マーズの剣の鍔を掴む似非執事。普通の人間ならば、戦闘中に鍔を掴むなんて怖くて無理だし、難易度は異常的に高いハズだ。
だが、この男は平然とこなしてみせる。
「では、今日の稽古はこれで終わりだ」
「何言ってるんだ! まだ終わりじゃな――――」
刹那、サンドリゴ、マーズ、トライデントは腹部を抑えながら前のめりになって倒れた。
似非執事は三人の腹部をそれぞれ攻撃し、動けなくしたのだ。
「まだやれるのか? そんな体では筋トレもできないだろ」
「くっ…………、さ、さすがダイチさんだぜ……」
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