若き元社長の、結婚式。5
隕石がとめどなく降り注ぐ、クリア後の天空迷宮。
今、この地では大地と一花の結婚式が行われ、役者が揃っていた。
レイは、何も言わずに戦線を遮っていた優の横をすり抜ける。
「……優君。僕は、やっぱりスキル屋のメンバーです。フフィさんも大地さんもそして、ハーバンさんも僕の大切な人です。このまま誰かが死ぬだなんて悲し過ぎます」
まるで花を眺めて安らいでいるような少女のような笑みを溢し、レイは刀を握る力を強めた。
素通りされてしまった優は、鼻で笑い、すり抜けたレイに視線を移す。
「……やっぱり、俺もキャラじゃねぇかな」
レイに感化されたのか、優は後髪をいじりながらレイの隣に立った。
「優君……」
「レイさんの事だから、どうせ全員救うとか甘い事言うんじゃないかと思ってたよ」
「これでも迷ったんですけどね……」
レイは苦笑いしながら優に視線を移す。
だが、黙っていない者が二人いた。
「ちょっと待つんじゃ! 優正気か!?」
「正気も何も、俺は自分のチョロインを守り抜くだけだ。もちろん、レイさんも含めてな」
「じゃが、セイヴ・ザ・クイーンに触れたら――――」
「ロリババァ。覚えとけ。触れたら死ぬんだろ? なら触れられないような装備を呼べばいい」
片手を掲げると、優の左手に絶対の盾が宿る。さらに、空いた手にはセイヴ・ザ・クイーンが握られていた。
「これなら、問題ない。俺は死なねぇよ」
「ぬぅ……」
男らしく笑った優に、セシファーは何も言えずに俯いてしまう。だが、優なりにセシファーに気を使ったのだろう。
今度はミチチが、レイのコートを引っ張った。それに応じるように、レイは振り返る。
「レイ、絶対に帰ってくる?」
「もちろん。僕達は全員、誰も死なせやしないから」
「……うん」
不満げに頷くミチチは、どうやら心配しているようだった。レイ自身も必ず帰ってこれるという保証はないと自覚している。けれど、誰か一人死んだところでハッピーエンドは訪れない。だからこそ、無理矢理にでも皆の元へと行くのだ。
ミチチの頭を撫で、レイはセシファーに視線を移す。
「セシファーさん。一応聞きます。僕達のうちに死相がでている人はいますか?」
「いや、おらんぞ」
「そうですか」
レイはニコっと笑い、視線を隕石の山となった大地達がいる場所へと向ける。
それから、隣にいる優にアイコンタクトを取り、お互いに頷くと走り出した。
◇
隕石が降り注ぎ、クレーターのようになった位置では大地と一花が、連続して攻撃してくるフフィとハーバンからの攻撃を防いでいた。主に大地が攻撃を防ぎ、隙を見て攻撃。回復は一花が担当するという長期戦を覚悟した戦闘を繰り広げていた。
だが、隙を見つける事などできず、フフィは槍を無差別に振りまわし、ハーバンは剣を振るい続ける。これでは確実に終わりなど見えない。
大地はウエディング姿の一花と背中合わせになり、息を上げながらも話しかけた。
「一花、魔力は大丈夫か」
「うん、でも後五分と保たないかもしれないわ」
「そうか……」
大地は一花を守りながら攻撃を防ぐ事に集中している。『天界速度』を使って素早く動くも、フフィとハーバンに四神の剣を振るおうとすると何故か手が動かなくなっていたのだ。
まるで、大地の身体がフフィとハーバンの事を斬りつけるなと言っているような、そんな感じがしていた。
だが、そんな事も言ってられないのは分かっている。けれど、やはり『鬼神』状態のフフィとハーバンには攻撃できそうもなかった。
どうすれば、静まるのか。その悩みだけで大地は頭がいっぱいだった。それどころか、偏頭痛まで発生している。これ以上の戦闘は危ない。
「いちにぃッ! 前!」
「え?」
考えごとをしていた大地の前に迫る槍。フフィの突き出した槍が、大地の『絶対防御』の膜を抉る。
スキル『鬼神』により攻撃力が倍増したフフィの攻撃に、大地は顔を歪めた。
「くっ! このままだとマズイっ」
「いちにぃ……」
『絶対防御』の効果時間が弱まりかけているのだ。もし、このスキルの効果が切れれば、フフィとハーバンの凄まじい攻撃を全て受けて身体が変形し、最悪の場合は死ぬのも覚悟しなければならない。
夢では一花と子供を殺された。だからこそ、今ここで一花だけは守り抜きたかった。だが、それも叶えられそうにはない。
大地は奥歯を噛み締め、フフィとハーバンを睨みつけた。
何で自分はこの女性達を攻撃できないのだろうか。その悩みだけで頭痛は激しくなる一方だった。
そして、遂に『絶対防御』の効果は切れる。
「ッ!?」
「大地サンヲ、守ルンダ!」
「大地様ハ、逃ゲテッ!」
瞬間、襲われるのは大地ではなく、一花の方だった。
フフィの握る槍と、ハーバンの握る剣が一花の心臓に向けて走る。
だが、一花に攻撃は炸裂しなかった。
「チョロイン同士のもめごとは良くないぜ!」
「ちょっと優君! もうちょっとタイミングとか考えようよ!」
現れたのは、絶対の盾を持った優と、二対の刀を持ったレイ。その二人が大地と一花を守る為に駆けつけたのだ。
突然の戦闘介入に、一花は驚きを隠せない。
「ちょっと二宮君!? あなた分かってるの!?」
「分かってる? 何を?」
「今、あなたの前にいるのは嫉妬に身を任せた哀れな女なのよ! そんな化け物を相手にして無事で済むとでも思っているのかしら!」
「それは新手のデレかい? 一花ちゃん」
「はぁ……」
死地にわざわざ赴いてきた優を追い払うように言った一花は大きな溜息を吐いた。実際、今まで敵だった一花を守りに優はやってきたのだ。色々とネジが外れているとしか思えない。
そんな中、レイは大地に視線を移す。
「大地さん、これで僕達も恩人同士ですね」
恩人同士、という言葉を聞き、大地の脳は強烈な痛みを覚える。
まるで、とても大切な事を忘れていたような感覚を呼び起こす。
――――恩人同士、か。
大地の記憶の棚から、レイの言葉が溢れた。
恩人。大地は受けた恩を必ず返す男だ。その為に、スキル屋を開いてお金を稼いで、恩人の皆に楽して生活してもらいたい。そう思っていた筈だった。
なのに、今はこうして恩人に対して牙を剥いていたのだ。サファリ・ラジーナから救い出してくれたフフィに、死闘から助けてくれたハーバンに、フフィとの運命を繋げてくれたレイに、大地は申し訳なくて仕方がない。
全てを思い出した大地は、レイに優しげな眼差しを向けた。
「レイ、それは少し違うぞ。俺と君は元から恩人同士だ。だから、何も変わらない」
「え、大地さん……?」
「思い出したよ。さっきは剣を向けて、すまなかった。恩人に対してするような事じゃなかったな」
「い、いえ……いえ……ッ!」
レイは涙目になって大地に抱きつく。
その光景を見て、優は微笑むが一花だけは気まずそうな顔をしていた。
「一花。色々と細工してくれたな。さすがは俺の義妹だ。そこは褒めてやる」
「う……」
「だが、それ以外はキチンと叱ってやる。もちろん、婚約は破棄だ」
「ちょっと待ってください! お兄様!」
「待たない。とりあえず、俺は皆と帰るんだ」
大地は四神の剣を地面に突き刺し、距離を一度開けたフフィとハーバンを優しく見つめる。
丸腰状態で、大地は腕を広げた。
「え……大地、さん……?」
「大地、様……?」
まるで、大地がフフィとハーバンを迎え入れるような、そんな雰囲気を表わすと二人を包んでいた『鬼神』が消え去る。
そのまま、大地は笑顔で首を傾げながら言った。
「おいで、二人とも」
「だ、大地さん……」
「大地様ぁ……」
二人の乙女は、涙が溢れるのを我慢し、唇を噛み締める。そのまま、二人は大地の胸へと尋常じゃない速度で走り飛び込んだ。
大地は胸の中で泣く二人の美少女を慰めるかのように頭を撫で、ごめん、と何度も呟いていた。その光景を見ていたら、レイも貰い泣きしそうになってしまう。
だが、一花はそんな二人を眺め、顔色を悪くする一方だった。
「一花ちゃん?」
優が怪訝そうに首を傾げ、一花に尋ねる。しかし、彼女はうんともすんとも言わず、立ち上がってフフィとハーバンの二人を睨みつけた。
すると、セイヴ・ザ・クイーンではなく、ハーバンとフフィの二人を倒した刀身を黒く包んだ刀を取り出す。
「いちにぃに……それ以上近寄らないでッ!」
刃を向ける一花。
それに対して大地が答える。
「いい加減にしろ、一花。この人達は俺の恩人なんだ。フフィやハーバンを傷つけるのなら、一花。君を許さないぞ」
「違います……お兄様、お兄様は騙されてるんですっ!」
「騙されてる? よく言うね。君は俺に睡眠魔法をかけた挙句、記憶改竄処理までしたに」
「そ、それは……折角異世界に来てお兄様と一緒にいられるなら、と」
「君は俺をどうしたかったんだい」
「え、えーっと、それは……」
一花は口籠り、キッと眼を鋭くさせた。
「で、でも! お兄様にべったりするのは許せません! だって、お兄様は私だけの……夫ですから」
「婚約は破棄した筈だが」
大地は呆れながら言うが、一花は本気で首を横に振う。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッ! 全部、あなた達が悪いんだわ! 全部! そうよ! 私はお兄様とディープキスまでしたんだもの! あなた達なんかとお兄様との距離は私の方が全然進んでるし? 何より、もう夫婦だし!? だから、人の夫にそんなにべったりしないでくださいッ!」
狂ったように笑う一花は、走り出す。
黒い刀を振りまわし、フフィとハーバンを殺そうとしていた。
大地は視線を鋭くする。
「いい加減にしろッ! 一花!」
「お兄様こそいい加減にしてくださいッ! そんな女にうつつを抜かして! いっその事、お兄様の目を覚まさせてあげますわッ!」
瞬間、一花は瞳を赤く光らせた。
「【数値目算】ッ!」
炎のように揺れる赤いオーラは、瞳から放たれフフィとハーバンの二人を捉える。そのまま千鳥足になって、黒い刀を走らせた。
「あと、数回斬りつければ、あなたは死ぬのねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」
振り上げられる刃。
その先にいるのは――――フフィだ。
大地は咄嗟に『絶対防御』を発動しようとするが、言葉を発する方が絶対的に間に合わないと確信する。
ほぼ反射的な運動が発生し、大地は。
「……一花、俺は、お前が嫌いだ」
大地は咄嗟にフフィを庇い、心臓を一花に貫かれた。
その後、天空迷宮はタイミング良く崩れ始める。




