若き元社長の、結婚式。4
十字架に貼り付けにされたフフィとハーバン。その二人は致命傷は与えられていないものの、小さな傷があった。一花と戦い二人は、十能の皇帝の力に負けたのだ。
悔しい表情を浮かべていた二人ではあったが、大地の姿を目にすると嬉し涙が溢れそうになる。
「大地さんっ!」
「大地様!」
まるでアイドルにでも会えたかのように感激する二人に、大地はクスリとも笑わずに告げた。
「……君達を観客に選んだ一花に感謝するといい」
その言葉はまるで、嫌いな人物にかけるような言葉だ。事実、フフィは石像のように固まり、ハーバンは何を言ったのか分からないような顔をしている。そんな二人に、レイは残念そうな顔をしながら言う。
「残念ながら……大地さんは僕達の記憶がないんです」
「そ、そんな……」
フフィは猫耳を垂らし、大地を見つめる。さっきまで流れていた嬉し涙は、すぐに悲しみの色へと変わり始めた。
そんなレイの言葉を聞いても、ハーバンは何も信じられず、縛り付けられた十字架から抜けだそうと足掻き始める。
「そんなのウソですわッ! 信じませんわ! 大地様!」
嘆くように叫んだハーバンに、大地は睨みつけて言った。
「黙れ、極悪人。まだ夢だったから良かったものの、現実で同じ事をしたなら、君も必ず殺す」
「……え」
「一花の慈悲に感謝するんだな」
そこにいる筈の大地は、ハーバンにとっては別人に見える。今までどんなに大食いをしても笑顔で流してくれた大地。優しさに溢れた彼とは別の人間に見えた。
レイや、セシファー、優、ミチチは黙りながら、一花と大地が先へと進むのを見守る。
「一花。時期にこのダンジョンも崩れる。どこか別の場所でやった方がいいんじゃないか」
「いいえ、お兄様。私は今ここで、結婚式をしたいのです。あの憎き二人がいるこの場所で」
「わかった」
大地は一花の頭を撫で、先へと進む。その先にあるのは、地上へと帰る大きな扉だ。
「その前にお兄様、血だらけではありませんか」
「ん、少し派手にやったからね」
「そうですか」
それだけのやり取りなのに、一花は鋭くさせた視線でレイを射抜く。
「早まるな。これは俺達の結婚式だ。他人が介入する事などできない筈だ。それに、一花。君がいれば問題ない。俺の『創造能力』ではできない回復系が使えるじゃないか」
「そうですわね。とりあえず、新しい洋服に着替えてもらえますか」
「時間がないんだろ。なら、戻す方がいいだろう」
「そうですわね」
一花はアブソーションを取り出して、大地の胸に手を当てた。
「『想像能力』『固形時間回復』」
みるみる大地の服に付着した血液や汚れ、傷が塞がっていく。
回復作業が終わると、大地は子供を褒めるかのように一花の頭を撫でる。
「良い子だ。一花」
「えへへ」
その様子を見ていると、レイや優は胸が痛んだ。
フフィとハーバンはまるで縄で締めつけられるかのような感覚に包まれる。
ミチチは空気が重くなるのを感じた。
セシファーは、大地が死ない未来に進んだ事に安堵している。
それぞれが、何も言えずに大地と一花の結婚は進む。
二人は、扉の前に立ち、大地はスーツの内ポケットから指輪を取り出した。
「一花。俺とずっと一緒にいてくれますか?」
何の躊躇いもなく始まった結婚式。
大地の手にはピンクゴールドの指輪が握られている。その指輪を眺め、一花は嬉しそうに微笑む。
「はい、お兄様――――ううん、いちにぃ!」
「ありがと」
大地はその指輪を一花に着けようと、華奢な彼女の手を握る。
「い、嫌ぁ……」
「フフィさん!?」
何事もなかったかのように進む結婚式に、フフィは壊れたように呟く。
「嫌嫌嫌ぁ…………。大地さんが大地さんが大地さんが……ッ! 私の大地さんを盗らないでッ!」
フフィの瞳から大量の涙が滝のように溢れ、縛り付けていた十字架がギシシシッと壊れた木材のような音を上げる。その隣にいたハーバンは、目を見開きながらフフィを見つめた。
「そうですわ。大地様は私の大地様……。誰にも、譲る事なんでできないですわッ!」
狂ったかのように二人は、大地大地と叫び、レイと優は二人をレアモンスターでも見るかのように見つめる。
そして、枷が外れたかのようにハーバンは叫んだ。
「『天空石』ッ!」
瞬間。天空のダンジョン屋上に、小さな隕石が降り注ぐ。
レイ達はすぐに隕石を回避しようと、レイはミチチを。セシファーは優を守るが、大地と一花は二人の世界に入っているのか、動こうとはしない。
しかし、次々と振る隕石に、次第に天空のダンジョンは崩れ始める。
「ハーバンさん! やめてください! こんなところで『天空石』なんて発動し続けたら、皆死んじゃいますよ!」
「……皆死んじゃう? 良いんですわ。だって、あそこにいるのは大地様と婚約しようとしてる女ですのよ? 殺したって誰も文句なんか言いませんわ! 私が大地様の妻なんですからァァァァッ!」
「しっかりしてくださいッ!」
レイの必死な叫びも、ハーバンには通じずヤンデレ化し始めていた。
そんな中、一際大きな隕石がレイの視界を埋める。
慌てて、視線を逸らすと、遂にフフィとハーバンの十字架が破壊され、二人は身動きが取れるようになってしまった。
「大地さんは、私の……」
「救い出してみせます」
フフィとハーバンの二人は、暁の竜騎士装備と女神の騎士装備を纏い、一花を睨みつける。
「まだやりますの? あれだけボコボコに打ちのめしてあげましたのに」
「本当の戦いはこれからです! 大地さんを返してくださいッ!」
「嫌ですわ。猫耳の女と性悪女に返すほど、私のいちにぃは安くないッ!」
一花はウェディングドレス姿のまま、アブソーションを操作し、地面から真っ白で細長い剣を召喚した。
「セイヴ・ザ・クイーン。私にいちにぃを守る力をッ!」
セイヴ・ザ・クイーンを握り締め、一花はフフィとハーバンを睨みつける。隕石が次々と振っている中、乙女戦線は始まろうとしていたのだ。
だが、その決着はすぐに訪れる。
「一花。君にそんな武器は似合わない」
「いいえ、お兄様。これは私とお兄様に群がる雌豚には必要な戦いなんです」
「そうじゃない。一花、君に傷がつけられたら……」
大地は心配をしながら一花の瞳を覗く。
「それでしたら、安心してください。願掛けをしておきます」
「願掛けかい?」
「はい、お兄様。瞳を閉じてください」
「ん」
一花に言われるがままに、瞳を閉じた大地。
そんな大地に、一花は唇を近づける。
今まさに大地と一花がキスをしようとしていた。
フフィとハーバンの二人は、疾風迅雷の如く足を動かし、距離を詰める。
「「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」」
フフィとハーバンは涙を流しながら、手を伸ばす。
だが、一花と大地は唇と唇を触れさせた。
時が止まったかのような感覚がフフィとハーバンの二人を襲う。
そして、二人は負けを感じると同時に、あるモノを見て理性を吹き飛ばす。
――――一花と大地は、舌と舌を触れさせる、ディープキスをした。
瞬間、ハーバンとフフィの身に、赤い蒸気が発生する。
「な!? これは『鬼神』!?」
レイが叫ぶように言うと、セシファーはすぐにフフィとハーバンを見つめた。
「ちょっと待つんじゃ! あれはスキルなしでも発動できるのか!? それよりも早く止めんと! 恐ろしい事になるぞ!」
「分かってます!」
レイが動き出そうとすると、その間に優が邪魔に入る。
「優君! 今は君の相手をしてる場合じゃ――――」
「ダメです! レイさん!」
「何がダメなんですか! 『鬼神』状態になったらどうなるか分かりますよね!」
「違うんです! レイさん、よく聞いてください。セイヴ・ザ・クイーンは――――」
優は凄く真面目な顔をして言った。
「斬った者を絶命させる力があるんです! 触れたら最後、どんな生物も死ぬんです!」
「そんな事言ってる場合じゃ――――」
「死にたいんですかぁッ! レイさん、俺は通しません」
「クソっ! そこを退け! じゃなきゃ、ハーバンさんが……」
必死にハーバンとフフィを止めようとするレイに、ミチチは抱きつく。
「レイ、行ったらダメ!」
「そうじゃ! お主まで死んだらどうなるんじゃ! あやつらは……諦めるしかないんじゃ」
「そ、そんな……」
優は溜息を吐くように言った。
「セイヴ・ザ・クイーンは一回だけ召喚した事があるだけど、あれは言うなれば災厄なんです。レイさん。ここは俺の言う事を信じてもらうしか……」
「そうじゃ、優も十能の皇帝なんじゃ。そのうちの武器召喚能力を持っておるんじゃ。ここは諦めよう」
「く……」
レイは視線を大地達に向ける。
ハーバンとフフィが殺されるという事実に、向き合えない。
どうすれば、どうすれば、皆を救えるのか。
答えはない。誰かが犠牲になるだけ、だ。
「一花、愛してる」
大地がそっと呟くと、一花は満面の笑みでほほ笑む。
その瞬間、『鬼神』に身を包まれたフフィとハーバンのオーラが溢れる。まるで火柱のようにオーラが溢れ返り、その身を鬼と化す。
「……大地サンヲ、返セッ!」
「……大地様ヲ、大地様ヲ……ッ!」
二人の『鬼神』を纏いし乙女が、刃を振り上げ、姿を消した。
戦闘が始まる、そう予期したレイが叫んだ。
「やめてください! フフィさん! ハーバンさん!」
だが、二人は一花の前に姿を現すと、その刃を振るう。
フフィの槍が一花の腹部を貫き、ハーバンの剣が一花の肩を裂く。
血に染められた一花は、そのまま枯れ葉のように吹き飛び、華奢な身体を床に預けた。
ウエディングドレスに鮮血のアクセントを付けたした一花は立ち上がり、二人を睨みつける。
「嫉妬もここまで来ますと、愚かですわ。『全身治癒』」
「一花!」
すぐに一花の元へと駆けよる大地。
「一花、君は攻撃系の特異能力じゃないんだ。無茶するな」
「わかっていますわ。大地」
二人の十能の皇帝の能力は別れている。
九の数字を持つ二人の力は、以前の十能の皇帝の力が半減していると言えよう。
同じ数字を持つ者が現れた場合、それぞれの能力は別れる。つまり、大地が戦闘系や凡庸系のスキルを造れるのに対し、一花は回復から専門系までのスキルを生み出せるのだ。
「ここで、終わらせよう。一花」
「はい、大地」
二人は手を取り合い、フフィとハーバンを睨みつけた。




