スキル屋店員の、天空迷宮。1
「これは夢、なのか……」
大地の最後の記憶は、一花と結婚し、子供も産んでそれなりに生活して、死んだ。という記憶のみ。
何かの悪い夢だと思っていた。子供が猫耳の女に殺され、一花は白い髪の毛の女に殺される。最悪だ。
そして、それを守れなかった大地は、何よりも自分が恨めしくて仕方がなかった。もう一度、やり直せるのなら、一花とその子供を殺した、フフィ・クリティリィムとハーバンという女を殺すと考えていたのだ。
そんな中、先に他界した筈の一花の声が、死んだ筈の大地の耳に届く。
「いちにぃ、私とまた、歩きたい?」
その質問。何年かぶりに聞いた一花の声に、大地は泣きそうになった。
大地は、頷き、答える。
「……もう一度、一花。君と生きたい」
「いちにぃ…………」
一花の質問はそこで終わった。
たまに、死んだ今になっても一花の言葉が聞こえるのだ。それだけ、大地は一花が好きなのだと勘違いしていた。
そして、次に一花の声が聞こえるのはいつなのだろうと思い、大地は意識を闇に返す。
◆
「ちょっと、レイさん。どこ触ってるんですかッ!」
「は、ハーバンさん!?」
レイは目覚めると、ハーバンに思いっきり殴られた。気がつけば、どうやらレイはハーバンの胸を揉んでいたのだ。何があってこんなラッキースケベを起こせたのか。レイは悩む。
だが、すぐに近くにいたフフィや優を目に入れて理解した。
「……僕達、ダンジョンに入ったんでしょうか」
城の中のような作りの広間。赤いカーペットに白煉瓦の積まれた空間は、憎き王国の壁にそっくりだ。
普通のダンジョンとは違う造りに、少しだけ興奮するレイ。だが、窓の外を見ると、そんな興奮すら消えそうだった。
なにせ、外は。
「雲の海、ですね……」
つまり、ここは地上から数百メートル離れた場所。天空なのだ。つまり、クリアする以外は帰れそうにない。いや、『迷宮帰路』ならば帰れるかもしれないが、この高さからどうやって帰ってくるのか、原理が知りたいなと思った。
「お主ら、少しは緊張感を持たんのか! ここには魔物がのぅ……」
「おい、ロリババァ。お前の後ろの鎧、少し動いてるぞ」
「ふんぎゅああああああああっ!」
「う・そ・だ・よん!」
「優ぅぅぅぅぅぅうううう! 驚かすんじゃないわ! この鬼畜がぁぁぁ!」
「うっせんだよぉぉぉ! 俺様の活躍がねぇから、ストレス溜まってんだよぉぉぉぉ!」
緊張感がないのはどっちだろう。そうハーバンとフフィとレイは思った。
フフィはこの天空のダンジョンの階段を探す。通常のダンジョンとは違い、天空ダンジョンは階段を登って行くタイプだ。基本的なのは地下に下っていくのだが、このダンジョンの大きな違いはそこである。
ちなみに、フフィの竜騎士やハーバンの女神の騎士は、渦巻きダンジョンと地下ダンジョンの収穫装備だ。だから、ここの敵に通用するかはまだわからないのである。
「ハーバン。少し、装備を解除しませんか?」
「そうですわね。肩の力を抜きましょうか」
ハーバンとフフィは装備を解除し、スキル屋の制服であるメイド服姿となった。その姿を見て優が飛びつきそうになるのだが、セシファーとレイが必死に食い止める。
「さて、フフィさん。どうしますか?」
「どうしますかって言われても、クリアするしかないですよね」
「ええ。ですが、クリアしなきゃいけないとも言い切れませんわよ」
ハーバンは妖艶な仕草をするかのように、下唇に人差し指を当てて微笑む。
「私の大地様。このダンジョンの最上階。つまり、ボス部屋の前にいるみたいですわ」
「ぼ、ボス部屋ですか!?」
「ええ。その他に、この事件のボスと思われる人もいますわ」
どうやらハーバンは感じ取ったようだ。そこで、フフィも負けじと地獄耳を発動させる。だが、魔物が多いことから、大地のいる階まで音が聞こえてこなかった。しかし、ハーバンのアンチスキルは、信用に値するものなので、疑おうとはしない。
「魔物が多いせいで聞こえませんが、ハーバンを信じます」
「そうですわね。そうやって何でもかんでも信じてもらえると助かりますわ。例えば、あそこに透明な魔物がいるとか」
「え」
ハーバンの視線の先に目線を移す。そこには、白い煉瓦が積まれた壁しかないのだが、目を凝らすと空間の揺れを感じ取れた。
警戒したフフィはすぐに、腰を低くしていつでも戦える体制になる。暁の竜騎士を解除してしまったフフィだが、素手でも戦える自信がある為、装備を再召喚しようとはしなかった。
「グルルルゥ」
狼のような声が突然響くと喧嘩をしていたセシファーと優も、フフィの視線の先に目を配る。レイもストライク・ソードを構えて警戒する。
ここにいる魔物は、今までのダンジョンとは一味違う。優以外の誰もが生唾を飲み込みながら、警戒を露わにする。
「ガウッ!」
そして、姿を現した。透明だった筈の魔物は、白い狼用の鎧を装着し、手足にも同じような防具がつけられている。毛並みは白なので、透明でなくなったとしても姿を捉えるのが難しい。
ゆっくりと一歩近づく狼に、フフィは片手を掲げ叫ぶ。
「『七神魔法』【雷神光】ッ!」
声がダンジョン内に響き、フフィの華奢な掌が一瞬光り、そこから光に似た雷撃が走る。迸る雷の速さ大きさは、悪天候時の落雷よりも凄まじい。
白き狼は、フフィの放った雷撃を、軽々と汚物を避けるかのように回避し、天井に足をつける。
「ガルルルルゥ……」
「どうやら、フフィさんの『七神魔法』を避けるくらいの能力はあるようですね」
顎に手を置き、ハーバンは狼を観察していた。その瞳は、晩御飯の献立を考える主婦のようだ。フフィはなんとなく、ハーバンが何を考えているのか予想できた。
しかし、ハーバンが考察中に、レイが跳びはねる。
「レイさん!?」
「フフィさん、ここの敵は多分、普通じゃないかもしれません!」
叫ぶようにフフィに告げ、レイは槍状態のストライク・ソードを握り締め、狼を睨みつけた。普通ではない、レイはそう言ったが彼自身もどのような力があるのかが分からない以上、自ら突撃して知るしかないのだ。
相手は未知なる天空のダンジョンの魔物。最大限に警戒しながらも、ストライク・ソードで、ゴミを一度で掻き集めるかのように横薙ぎを放つ。
攻撃に対し、狼は動かずにその場に立ち止まったままだ。
レイは避けないのであれば、カウンターしかないと感じていた。
だが、狼が動かないのは、カウンターを狙っているわけでも、レイの攻撃が速すぎるわけでもない。
狼には避ける必要がないのだ。
「『絶対防御』発動」
「なッ!?」
犬のような言語しか発さなかった狼は、喋った。しかし、口が人間のように動いているわけでもなければ、吠えたようにも見えない。
そして、狼から声が発せられると、レイの槍は受け止められる。まるで、見えない壁にでも攻撃したかのような感触が、ストライク・ソードを握るレイの手元を襲う。この感覚は、過去大地と戦ったときに味わったものと同じ。さらに言うのであれば、今犬が発した言葉はスキルであり、大地が愛用しているスキルでもあるのだ。
レイは目を見開き、狼を見つめる。
「防御成功。攻撃ヲ開始シマス」
空中で攻撃を受け止められたレイは、狼の発した言葉に耳を奪われ、次の行動への対処が遅れた。
狼はレイの視界から消え去る。敵を見逃したレイは、呆然としてしまったが、すぐに我に返った。
「かはっ!?」
気が付けば背後に狼は存在していたのだ。口をワニのように開いた狼に噛みつかれ、レイは痛みに顔色を悪くした。
「レイさんっ!」
声をかけたのはハーバン。その隣にいるフフィも心配しているかのように見つめていた。そんな彼女達は、レイが一人で倒してしまうのだろうと予想していたが、違ったのだ。フフィには、相手が大地と同じスキルを使用していたのが聞こえていた。
だが、動かない。二人はすぐにレイから視線を逸らして、別の誰かを見つめる。
「うぉぉぉぉぉッ!」
レイの背中に噛み付いた狼に、拳を固めて走る優。その勢いは、陸上部のエースが徒競走をするかのようでもある。
攻撃されているレイと狼が落下を始め、丁度狼が着地しそうになるところで、優は拳を走らせた。
「俺のチョロインに噛み付くんじゃねぇぇぇ! このクソ犬が!」
狼の腹部には拳が減り込む。まるで粘土を指で押し込んだかのように狼の腹部は凹み、そのまま壁へと激突する。
だが、狼はダメージを与えたのに、まるで餌を見つけた肉食獣のように起き上がった。
優は狼を殴り終えると、すぐにレイの元へと近寄る。
「レイさん! 大丈夫ですか!」
「う、うん……」
大丈夫という掛け声にレイは、頷いた。だが、狼の歯形はくっきりと残っている。レイの背中には針地獄にでも落ちたかのように血が垂れていた。
痛々しい傷を目にして、優は目を細める。その眼差しは本当にレイの事を心配しているようだ。
そして、すぐに優は視線を狼に向ける。
「テメェ……。女の子を殴っちゃダメって教わらなかったのか?」
「ワゥ……?」
言葉の意味が分からずに首を傾げた狼。動作が一瞬可愛らしく思えたフフィだったが、すぐに首を横に振って可愛くなんかないと己を否定する。
ハーバンとセシファーも同じように、少々の愛着を感じるも、レイが攻撃をされたのだと思い出して警戒心を高めた。
そんな女性陣がいる中、一人だけやはり気にくわない男がいる。それが優だ。自分の愛している(正確には違うが)者を傷つけられて、頭に血が昇っているのだ。今も怒りは鎮まる事なく、俯いたまま両の拳を固めて震わせる。
「……ざけてんのか」
「ワゥ?」
優は顔をバッと上げた。その表情は怒りで顔が歪んでいる。
「ふざけてんのかって言ってんだよッ! このクソ犬っころがッ!」
叫んだと同時、優の踏んでいる床から何かが噴き出るかのように出現した。さらに、その現れた何かは蒼い光を帯び、優自身の周囲をメリーゴーランドのように回る。
「優君……」
それは、数刻前に見た光景だ。レイの覚えている限りだと、ストライク・ソードに絶対の盾を召喚した瞬間だった。
だが、相手は黒服達のような弱者ではない。街を壊滅させる威力を持つ【七神魔法】を軽々と躱すような魔物だ。一瞬硬直したレイだったが、すぐに優が攻撃しようとするのを止めようとした。
「待て」
だが、レイと優の間を華奢な手が邪魔をする。
「セシファーさん、相手はフフィさんの街を壊滅させるような魔法を避ける魔物ですよ!? 優君が戦ったら――――」
「お主に言った筈じゃ。優はここにいる誰よりも強い。今は静かに見ていてくれぬか」
「……それは絶対の盾を持っているからですか」
未だにレイは優が自分よりも強いというセシファーの言葉に疑問を感じていた。何せ、優はストライク・ソードを持っている筈なのに狼に拳で応戦するような少年だ。何よりも、スキルを使わないし、とても戦えるような人間だとは思っていなかった。
そんなレイの視線を浴びたセシファーだが、何の心配もしていない――まるで我が子の成長を見守る母のように優に目を配る。
「お主も見ておるからの。分かるとは思ったのじゃがなぁ……」
そこで一度言葉を切り、セシファーはもう一度レイに視線を移して口を開いた。
「二宮 優。お主が知っておるかは分からんが、≪十脳の皇帝≫の一人。“二”の数字を持つ者じゃ。よって、優が持つ特異能力は――――」
まるで老婆のように、ゆっくりとした口調で言葉を放つと共に、優の周囲を徘徊していた何かが止まる。
レイは優の方へと視線を向けると、まるで宝物でも見つけたかのように目を見開く。
怒りに身を包んだ優は、回っていたモノのうち、一つを掴む。
「奴の能力。それは武器・防具を自由自在に召喚できるアビリティ。【武器召喚】の持ち主じゃ」
その言葉を聞き、レイは呆然とする。
セシファーの言葉が終わるのと同時に、伝説の武器――――雷神の大斧を掴んだ。




