若き元社長の、不在。4
盾。それは多くの攻撃を防ぐ道具。その盾の中で問われる能力。それは硬さと耐久度。多くの盾は使い捨てであり、脆いのがほとんど。しかし、そんな盾の中にも伝説は存在する。
かの大戦で、百万体もの魔物から無傷で王を守った盾。
紅く光る盾は、王を守る為に酷使されたにも関わらず、傷一つつくことがなかったという。
その盾の愛称として、つけられたのが絶対の盾。勇者、イージスからつけられたものでもある。
人集りができた睡眠屋周辺。
そこには、手榴弾を投げられたことによって、爆発が起こっていた。
狙われたのは腰までの黒髪を持つレイ。だが、爆発に巻き込まれたというのに、彼は無傷でただ、目前の人間を眺めることで精一杯だった。
手榴弾にも驚いたが、まさか、それを完璧に防いだのにも目を見張った。
先刻、セシファーが言っていた事が、レイにはようやく理解できた。確かに、最強の盾を所持していれば、その盾を貫く事が出来ない限りは勝つことはできない。
いわば、守りこそが最大の攻撃だ。相手が連続で魔法を放ち続ければ、魔力切れとなる。弱ったところに攻撃を入れれば、結果的には勝利に繋がる。
だが、不可解な事が多い。
さきほど、確かに絶対の盾を優は出した。だが、胸が光ってはいなかったのだ。
レイは敵のことなどお構いなしに、優の光る胸を凝視していた。
「は、恥ずかしいんだけど」
「え、あ、ごめん」
男同士で恥ずかしがる少年達。一部のBL愛好家ならば喜ぶ一面だろう。
しかし、その絵面は続かない。
手榴弾を投擲した男が叫ぶ。
「木っ端微塵になっちまったかぁ!? なんだよ、これなら一花様特製のアイテムを使うまでもなかったなぁ!」
「ぎゃははは! そりゃそうだろ! なんたって一花様の愛がたっぷり詰まってるからなぁ!」
下品な笑みが優とレイの鼓膜を突いた。瞬間、レイの額から血筋が浮かび上がる。この男達の言葉はレイへの挑発以外の何物でもない。さらに言うならば、レイはチンピラが大っ嫌いである。現在、レイの顔は怒り狂いそうなほど、機嫌の悪さが滲み出ていた。
しかし、次の言葉によって、怒りが宙に融解する。
「え…………い、一花……さま?」
呆然。まるで、いもしない神でも見てしまったかのような顔をしながら、男達がいる方向へと視線を飛ばす。優にとって、一花という存在は大きいと語っていた顔だ。
そもそも、優は一花がいなければ、この素晴らしい世界には存在していなかった。一花が大地を探しに行くと言わなければ、優は辿り着いていなかったのだ。
優にとって一花は、麻薬。いや、誰にでもそうだが、一目見れば、また見たくなり。傍にいれば、傍にいたくなり。会話をすれば、また会話がしたくなる人間だ。
故に、オタクのサラブレッドならぬ優にとっては、最強のヒロイン力を誇るチョロインハーレムの中にいる正統派チョロインなのだ。
固まった優は、盾を右腕に持ち替え、男達に向かって歩いて行く。その姿は幻でも見ているかのようだった。
「優君!」
慌てて優を呼び止める。しかし、レイは立ち止まらずに歩き――――そして、走り出した。
「オオオオォォォォォォッ!」
雄叫びのような叫びを上げ、優は胸に手を当てる。
走りながら前方へと跳ぶと、優は手榴弾が発生させた煙から抜けていた。
「なっ!?」
男の一人が驚きのあまり、後退る。しかし、もう一人の方は、ズボンの後側に忍ばせていたと思われる拳銃を取り出す。
くるくると拳銃を回し、銃口を飛び出してきた優の額に狙いを定める。
そして、躊躇いもせずに男はトリガーを引いた。
無防備の優に、拳銃の弾が発射され、街中にいた人間達は絶句し、口を抑える者、目を塞ぐ者、耳を塞ぐ者、あまりの突発的な出来事に、口を半開きにして呆然とする者まで、多くの民間人が驚愕している。
螺旋の回転を描き、弾が優の額に接触しようとした時。
キンッという弾を金属でできた何かが弾いた音が響いた。
民間人の目には、優が何かをしたようには見えなかった。いや、現に何もしていない。
優は銃弾を防いだわけじゃない。銃弾が優から避けたのだ。
拳銃を発砲した男が叫ぶ。
「な、何ィィィッ!?」
そして、優は男二人に向けて、何かを握るように左手を掲げた。
「『武器召喚ッ!奇剣ライトウェポンッ!』」
その時、優の光っていた胸から、魔力のような何かが剣の形をしながら、伸びていく。
徐々に形を確かな物に変えていき、やがて、身の丈以上もある大剣へと姿を変える。
現れたのは、ライトグリーンの刀身を持つ大剣。その大剣を振り上げ、優は叫んだ。
「ちょっとツラァ貸せェェェェエエエエエ!」
「う、うわぁ!?」
「ま、待ってくれぇぇぇ!」
優の奇剣が振り下ろされる。
辺り一帯を、先刻の手榴弾に負けないほどの轟音が襲う。
周囲に舞うのは砂煙。コンクリートの床ごと、優は粉砕したのだ。
男達を倒し、確かな手応えを感じた優は、気を失った男の胸倉を掴んだ。
「おい、お前。一花ちゃんはどこにいる!」
優は必死だ。なにせ、チョロインの正統派かつ、正規ヒロインの一花が捕まっているのだと判断したからだ。
早急に救い出せねば、後悔してもしきれなくなる。
男はまるで、ゾンビのように答えた。
「い、一花……は、わ、我が……ぼす………てに……」
「あ? ま、まさか……一花ちゃんは我がボスの手の中に!? ふざけるんじゃねぇっ!」
優は気を失いかけている男を殴った。
倒れる寸前に、男は「一花は我がボス。玄関を入って二階にいる」と答えようとしていた。しかし、優は聞き間違えたのだ。そのまま、男を投げ捨てて睡眠屋に向かって走り出した。
反対にレイは煙に呑み込まれた状態であったのだが、ようやく煙が晴れて周囲が目に見えるようになる。そこで目にしたのは、倒れた二人の男に、開いた睡眠屋の扉。さらには、野次馬達。
しかし、優の姿は見えない。いきなり、優はボスと思われる人間の名前を聞くと、走り出してしまったのだ。
優は睡眠屋に向かったのだ。そう感じると、レイも野次馬からの視線を浴びながら、睡眠屋の中へと向かった。
◆
スキル屋のフフィ、ハーバン、レイ。そして、売れない占い師のセシファーと優。五人は睡眠屋に突入するのに成功した。
現在、睡眠屋にて雇っているギルド、ドレイク・ピースの人間を前に、最終報告を告げる。その人物は皆のアイドルのような社長ではなく、男性店員である。
彼は無線式アイテムを使い、睡眠屋内を徘徊する黒服達に命令を下した。
「君達の働きには期待している」
その言葉でやる気が上がるほど、ドレイク・ピースのような力仕事系のギルドは安くない。しかし、あの社長を好きにしてもいいという言葉を思い出し、黒服達は動きながらも男性店員の声に耳を澄ました。
約百名ほどの黒服達が、侵入者及び、大地と関係のある者達を殺す仕事を開始する。
彼らに支給されたのは、松ぼっくりのような爆弾。それはこの世界には存在しない機械である。社長自らが威力は凄まじいと言っていた為、それなりに力はある筈で、それは確認済みである。
その松ぼっくりは手榴弾と呼ばれるらしく、他に支給されたのは拳銃だ。相手は剣を扱うのだと事前に情報を仕入れたのか、彼らには市場にある銃も手渡された。
入念に準備がされ、黒服達は全員、スキル屋に何の恨みがあるのだろうと疑問に思っていた。だが、社長が途轍もない美人であることと、しっかりと金は支払われているので、彼らは疑問を問いただす事なく、仕事をするだけだ。
「さて、ではレベル1は配置してください。目標は井戸伝いの部屋と、正面玄関。通路にはレベル2。二階には幹部方。社長室正面は私とギルド長がいます。尚、なるべくレベル1で食い止めることをお願いします」
弱々しい言葉を告げる店員。彼が強いか弱いのかは、彼らにもよく分かっていない。ただ、言えることは社長が信用しているということだ。多分、彼には戦闘能力はないが、それなりに頭が良いのかもしれないと感じていた。
このレベル1や2は別に弱い者順というわけではない。区別するのにグループ名を決めただけなのだ。
そして、黒服達は拳銃を構えながら、正面玄関と井戸からの通路にて待つ。
生唾を呑み込み、黒服達はじっと待機する。
以前、ドレイク・ピースに睡眠屋が依頼を頼みに来たことを誰かが思い出す。
『これは戦争。一人の男を巡っての第三次世界大戦。働きに応じて、後日改めて報奨金を支払うわ。だから――――』
そして、正面玄関と井戸からの通路の扉が開く。
男達はトリガーを静かに引いた。
『必ず成功させてください』
瞬間、正面玄関と井戸からの通路の扉に銃弾が放たれた。




