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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第一章:番外編
29/60

クリティリィム族末裔の、夢。後編

 

 サファリ城下町。

 深夜、スキル屋の営業が終了し、その近くで二人の乙女が争っていた。


「負けないです! フフィさん、私が負けるとこなんて見たことないですよね!」

「何言ってるんですか、私はハーバンにだけは負けないのよ!」


 そう、料理で戦っていた。

 大地とレイは机に座りながら、二人の乙女が包丁を太鼓のようにまな板に叩きつける光景を見ていた。

 凄まじい勢いで切る、というよりも叩く二人。本当に料理してるんだよね、と大地は聞きたかった。

 ハーバンは野菜を少々、ガッツリ肉料理である。

 対して、フフィは野菜が多めだ。

 ハーバンは包丁で食材を切る作業が終わり、フフィをまるでバカにするように軽く笑う。


「野菜多過ぎじゃないですか。大地さんはまだ若いんですから、肉が食べたいに決まってるじゃないですか」

「どうですかね」


 小姑のようにバカにするハーバンに対し、フフィは負けずに言い返した。

 若い男性にとって、ありがたいのは肉食であり、野菜はあまり好まない。

 だが、それは一般論に過ぎない。若者全体では肉が好きだが、大地が肉好きとは限らないのだ。

 元々、大地との生活は質素なところから始めていた。薬草採取をしていた一週間は、お金に余裕があったわけではないので、むしろ野菜が中心だった。

 今では店も出しているし、お金もそこそこある。だから、肉を食べることも可能だ。

 それでも野菜を選んだのは、フフィの一途な思いがあるからだ。


 出会った頃の事を思い出して欲しい。


 そんな切実な思いを、料理に込めるのだった。

 実際、手荒く見える包丁捌きも、別にハーバンに負けたくないからではない。料理に想いを込めているからなのだ。

 夫の大地を想うフフィの妻としての姿は、全世界の乙女の鏡のような存在だ。

 フライパンに火をつけ、中華鍋を振るうかのように料理を炒めるハーバン。味付けにワインなどを使い、フライパンから大きな炎が上がる。

 仕上げ段階に入っているのだろう。

 フフィは尻目で、それを確認し、自分も最終段階に入る。


「なんか、今日のハーバンさん気合入ってますね」

「ん、そういうこともあるだろう。ただ……」


 レイの解説めいた呟きに反応する大地。だが、大地には気になることがあった。

 それはハーバンの作る料理を食べたことがない、という事実。

 むしろ、食べる専門だからハーバンは料理が得意なのか、とも考えてしまった。


「それにしても、フフィさんの料理。いつも食べてますけど、今日は一段と質素ですね」

「野菜が不足しがちな俺達の為に、作ってくれてるんだろう」


 大地はフフィにエールを送るかのように、頬笑んでいる。

 その確かな想いをフフィは受け取り、料理に戻った。


 そして、決着の時は訪れる。


 四人がけの木製テーブルに、それぞれの品が置かれる。

 まず、我先にと料理を完成させたハーバンの一品から食べることになった。

 レイと大地は、今まで食べる専門のハーバンが作った料理に、心踊らせていた。飼い主兼雇い主でもある大地にとって、舌を肥えさせたので、それなりに美味しいものを完成させているのではないか、と思っていた。


「さぁ! 大地様! 召し上がってください!」

「あ、あの僕もいいんですよね?」

「……本当は嫌ですけど、大地様のついでなんだからね!」


 ツンデレ風にレイに言ったハーバン。

 そして、生唾を飲み込み、レイと大地はそれぞれ皿に盛られた料理を見つめる。


「こ、これは……ッ!?」


 あまりリアクションが少ない大地が、目を見開き、椅子から立ち上がる。レイも大地と同じく、椅子から身を乗り出し、目をこれでもかというほど、開いている。

 一体、何が起こっているというのか。

 フフィはすぐに、ハーバンの料理を目に入れる。


「こ、これは……」


 そこに広がるのは肉料理。

 白い丸皿に乗るのは、王者の如く風格を放つ丸い肉。

 滴る脂は、リビングの照明に反射してキラキラと輝いている。

 肉の上に乗るデミグラスソースは、ワインの芳醇な香りが漂う。

 添えられる野菜達は、まるで王様をかきたてるような兵隊。

 肉は、少しナイフを入れるだけでも、肉汁が花火のように散りそうな膨らみ。

 その全ては、芸術以外のなにものでもなかった。


「これは驚いた。まさかハーバンがここまでの品を作って見せるとは。高級料理店顔負けだな」

「はい、僕も圧巻の一言です」


 フフィは驚きのあまり、腰を抜かす。

 こ、これだけの品をハーバンが作れるだなんて、とでも思っているのだろうとハーバンは考えていた。

 しかし、返ってきた言葉は予想を上回るものだった。


「ハーバン、これレトルトですか?」

「な!?」


 最悪の言葉。

 それは魔法のようにハーバンの脳内に深く響いた。

 レトルト。

 簡易料理の最早完成形と言っても過言ではない品。パック詰めされ、暖めるだけで、すぐに食べることができるご飯。そう、料理の部類には絶対に入らないものだ。

 勝ち誇るかのように笑うフフィ。

 しかし、大地は言った。


「フフィ。例えレトルトであっても、俺は食べるよ。じゃなきゃ作ってくれた人に失礼だ」

「大地さん……大地さんはやっぱり優しいんですね。さすが私の……」


 そこまで言ってから、ハーバンが割り込むように口を挟んだ。


「それでは召し上がってください」


 レイと大地は互い、視線だけ合わせて何か確認する。その姿は死地へと赴く戦友以外の何物でもない。二人の間からは熱い友情を垣間見た気がした。

 多分、この料理がどういう味なのか分からない以上、それなりの覚悟が必要なのだ。普段料理をしないハーバンが作った料理。食べる専門の彼女が料理をしたら、どんな味になるのか。二人には予想することさえ難しい。

 いざ、ナイフをハンバーグなる肉に入れてみる。そこから溢れるのは、やはり肉汁。フフィはレトルトだと言ったが、とてもレトルトでここまでのクオリティを出すのは難しい。

 自然と、大地とレイの口からは涎が垂れる。


「「いただきます」」


 二人はフォークとナイフで丁寧に、一口サイズに切る。そのまま口へと運ぶ。

 瞬間、硬かった二人の表情が緩む。

 勝ち誇っていたフフィは悟った。いつも完璧な大地のここまで緩む顔を見たことがない。

 そして、一口。また一口と大地とレイは無言で食事を進める。

 最後、皿の上からはハーバンが作ったものは消えていた。


「……ハーバン」

「はい」


 大地はハーバンへと視線を移す。


「結婚してくれ」

「はい!」


 大地は至極真剣な顔をして言った。

 その言葉を聞き、ハーバンは涙を流す。


「ちょっと待ってください!」


 だが、納得のいかないフフィが立ち上がる。まだ、勝負は終わっていない。しかも、たった一品だけで、フフィの完全敗北というのは納得がいかなかった。自分だって折角作ったのだ。食べてもらわなければ、何の意味もない。

 しかし、無言だったレイが口を開いた。


「フフィさん、気の毒ですが、これに勝つのは無理です。僕もハーバンさんと結婚したいぐらいですから。いや、死ぬまでハーバンさんの手料理を食べたいですから」

「ちょ、レイさんまで!?」


 涙を流し、レイに訴えるフフィ。

 しかし、レイは首を横に振り、大地はハーバンと肩を組んでいる。

 これ以上ない敗北感がフフィを襲う。


「フフィ。君とはこれまでだ。さようなら」


 そして、最期の言葉がフフィの心臓を貫いた。




 ◆




「お疲れ様です」


 丁寧な言葉使い。

 女性の綺麗な声がフフィの耳を突いた。

 目が覚めると、そこはソファの上だった。

 どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。


「どうでしたか?」


 とても綺麗な女性が近づいてきた。

 ブラックオニキスのような長い黒髪に、まるで造られたかのような美しい顔立ち。四肢は細長く、絹のように白い。まるでどこかのわんぱく店長の女性版である。

 その女性も黒いスーツを羽織っているからか、余計そう感じるのかもしれない。

 黒いカーテンで仕切られた空間で、フフィはお辞儀を済ませる。


「疲れは取れたんですが、悪夢だったような気がします」


 途中までは幸せな夢だった。それこそ、永遠にでも見ていたいような夢。最後の方は悪夢だ。結婚した筈の旦那を盗られるのだから、これほどの悪い夢はない。

 実際のところ、本人はそういうことはしないだろうけど。

 女性は朗らかに笑った。


「現実と夢は違います。そうならないように日々努力すれば変えられますよ」

「そう……ですよね。私、頑張ります!」

「余計な言葉でしたら、謝罪しますよ?」

「いえ、ここ最近の疲れが取れたようなので、むしろスッキリしました!」

「さようですか」


 女性はもう一度丁寧に頭を下げた。

 時刻的には昼だが、大地から働き詰めだから、休んでもいいと言われていたのだ。よって城下町を歩いていたら、〈フィールドナイン〉、という怪しい睡眠屋を見つけたので入ってしまったのだ。

 実際に疲れはなくなったのだし、フフィとしては結果オーライだった。

 フフィは受付にて料金を支払うと、そのまま店を出る。

 扉が閉まったのを確認した女性は呟いた。



「見つけたよ、いちにぃ」



 その女性が九星大地率いるスキル屋ナインスターを脅かす存在になるのは、また別の話。

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