若き元社長の、恩人救出。5
燃える黒炎。
王国の地下にある、サファリ・ラジーナの第二拠点。
洞窟のような地下室最深部にて、大地はバジリーナの手を、握手するかのように握る。
まるで命乞いでもしたかのように大地はバジリーナの手を掴んでいる。その様子を見たバジリーナは、大地が遂に敗北を認めたのかと感じた。
先刻までの大地は、風前の灯だった。だが、今は違う。まだ大地の瞳は死んでない。
「負けを認めたんじゃないの」
バジリーナの言葉に大地は笑った。
「負ける? この俺が? そんな風に見えるのなら、君は眼科にでも行った方がいい」
「何言ってるの」
バジリーナは眼科というものを知らない。それはここが異世界であるから、眼科という言葉そのものが存在しない。
死に損ないの大地を、バジリーナは気に入らなかった。敗北寸前なのに笑っている。それは逆転を起こす者の表情だ。
バハムートの力を引き出し、『究極黒炎』を使うバジリーナに勝つつもりなのだろうか。
バジリーナは思う。
――――頭がおかしくなっちゃったんだね。じゃなきゃ、アタシにこれから逆転をしようだなんて無謀な考え方しないもんね。
「今すぐ楽にしてあげるよ」
バジリーナは消された魔法を再び発動しようとする。
だが、その手には黒い炎は現れない。
そして、バジリーナの身体に巻きついていたバハムートの鎧が剥がれ、光になって消える。
「な!?」
「言っただろ、俺は負けない。ましてや、恩人を虐められたんだ。許すわけがない」
大地はバジリーナの手を振り払う。
血だらけの笑顔で、バジリーナを睨みつけ、立ち上がる。
白いスーツについた泥を振り払う。
「俺は恩人の為なら命だって賭ける。それがモットーなんでね」
傷だらけの大地がバジリーナに話しかける中、彼女は困惑していた。
動けないまで痛めつけた筈の大地に、まだ動くだけの力があること。自分が負けるとはまるで思ってない自信。そして、ギルドランク二位にまで持ち上げてきた幻獣の力の破壊。
わけがわからない。それがバジリーナの胸中である。
大地は千鳥足になりながらも、バジリーナに近づく。
「君がもし、フフィを攫わずにこの街を破壊しようとしてたなら別の結果になっていたかもしれない。けれど、君は俺の恩人を使った。だから俺に負けるハメになるんだ」
「ま、負ける? アタシが? お前なんかに!?」
「そう、俺なんかに、だ」
「ふざけるなよォォォオオオ!」
バジリーナは手のひらを地面に着ける。
「『空間魔法』【空間雷鳴】ッ!」
時空を引き裂きながら走る雷鳴。
その先にいるのは大地だ。
空間を割る雷鳴が大地に衝突する。
「狂ったか」
大地は一言呟き、片手で【空間雷鳴】を弾いた。いや、厳密には弾いているように見えた。
「な!? 空間魔法を消した!?」
バジリーナは目を見開く。
「君はアビリティっていう概念を知ってるかい」
「アビリティ? 何それ、この世はスキルがものをいうんだよ!?」
「そうか。信じるも信じないもあなた次第な存在ってわけか」
「何言ってるの!」
大地は片手をバジリーナに掲げ、その手を拳に作り変える。
「俺のスキルは、スキルを造るスキル。そして、俺のアビリティは――――」
大地は走り出す。
その速度は一般人と変わらない。
拳を振り上げ、バジリーナを睨む。
「全てを壊す、≪破壊≫だ!」
混乱したバジリーナ。
その頬に、大地の拳が炸裂した。
拳が頬に激しく衝突した音が響く。
大地の拳は重く、混乱したバジリーナを倒すのには充分過ぎた。
「キャアアアァァァッ!」
身体を宙に浮かせ、重い音を発しながら倒れたバジリーナ。
バジリーナを倒した大地は、息を上げながらも、フフィがいると思われるカプセルに視線を移す。
千鳥足で、大地はフフィの元へと向かう。
「……もうすぐだ」
その瞬間、大地の目前に雷が落ちる。
「何言ってるの……その子はもう助かるわけないじゃん。なんたって魔力を使い果たしてるんだからね、ここも時期に崩れるだろうし」
倒した筈のバジリーナは、まだ生きていた。だが、身体は動かないらしい。
大地は、地面にひれ伏すバジリーナを見降ろしながら言った。
「時期にここも崩れる、ということは地上は大変はことになっている。そう言いたいのか」
「もう城下町は壊滅状態じゃない? 残念だったわね、何も守れなくて」
苦言するバジリーナに、大地は笑った。
「何も守れない、か。俺は恩人さえ救えれば、何も守れなくて平気さ」
「街の人の命なんて、どうでもいいって言ってるの!?」
「そうまでは言わない。けど、俺にとっては何万の命だろうが、恩人さえ救えればそれでいい」
清々しく笑う大地。
バジリーナも、笑った。
「そっか。なら、アタシの計画は成功ってわけかな」
「どうかな。でも、俺の恩人を巻き込んだから失敗じゃないかな」
バジリーナは思った。
最初から気づいていれば良かったのだ。
この計画の誤算。それは大地と、その恩人であるクリティリィム族を巻き込んだ時点で失敗なのだ。
早く、大地を勧誘でもなんでも取り除いていれば、成功したのだ。
「今回は相手が悪かったよ」
「ん、それを分かってくれればいい」
「この計画も練り直しだね」
バジリーナは笑い、空間を割った。
そこから逃げるつもりなのだろう。
「大ちゃん、またね」
そう言い、バジリーナは空間へと姿を消した。
バジリーナとの会話も終え、大地はカプセルへと歩く。
大地は現在、魔力が空っぽの状態に近く、スキルを満足に発動することもできない。
アビリティも、ほとんどの魔力を持って行かれるので、使用は不可能だろう。
カプセルの前に立ち、大地は息を呑んだ。
「これを素手で壊せなければ男じゃないかもな」
そう呟いた瞬間。
天井から、コロコロと砂や石が落ちてくる。続いて轟音。この音は、もうこの地が崩れるという証だった。
時間がない。
大地は拳を固め、カプセルを殴る。
だが、ヒビも入らなければ、動きもしない。
どういう物質で作られているのか不明だ
どうしようかと、悩んだ瞬間、声が聞こえた。
「大地様ぁっ!」
現れたのはレイとハーバンだ。レイの方は多少なりとも傷があるのだが、ハーバンには目立った汚れや傷がない。多分、レイが守ってくれていたのだろう。
「ハーバン、すまない。君がくれたスーツを汚してしまった」
「そんなことは、どうでもいいです! それよりも傷を治さないと!」
「傷の回復は後ででいい」
「ダメです!」
ハーバンは大地に近づき、身体の手当てをしようとする。だが、そんな事をしている暇なんてない。
大地はハーバンを振り払う。
「今は回復なんて後回しだ。先にフフィを救わないと、全員生き埋めになる」
「で、でも――――」
言葉を返そうとするハーバンの肩に、手が置かれる。振り返ると、そこにはレイの真剣な顔があった。
ハーバンは溜息を深く吐いて、大地に視線を戻す。
「大地様。魔力が限りなく少なくなってますよ」
「ん、問題ない」
「そういうわけにはいかないです。【魔力回復】」
ハーバンは大地を抱きしめる。
赤い宝石のヘアピンが光り、大地の身体に力が湧いてくる。
「ハーバン、君……」
「これが本当の力なんです」
瞬間、崩れる天井。
レイが叫ぶ。
「大地さん!」
「レイ。君にお願いしたいことがある」
大地はレイを真剣に見つめた。
その視線を受けたレイは、何も言わずに頷く。
「頼む」
「分かりました。ですが、大地さん。あなたも必ず」
「ああ」
ハーバンの抱擁を解き、大地はレイに頭を下げる。
「ま、待ってください! 大地様、私も一緒に――――」
「君は逃げろ。必ず俺がフフィを連れて帰るから」
「だ、大地様、私はフフィさんより、あなたの方が……」
「ハーバン。頼む」
「……ずるいです」
ハーバンは俯く。
涙を流すのを隠しているようだった。
それからレイがハーバンの手を握ると、大人しくハーバンは歩き始める。
レイは大地を見るために振り返る。
「大地様、必ず戻ってきてください! 約束ですよ!」
「わかってる」
それだけ言うと、ハーバンとレイは走り出した。
見送った大地は、ポケットに片手を突っ込み、強固なカプセルを見つめる。
「ふむ」
崩れる中、大地はカプセルを見つめる。
鍵穴があるが、そんなものはバジリーナが持っている筈で、鍵を探す方法はボツだ。
大地の魔力はハーバンのおかげか、満タンである。
――――壊れない牢屋、か。
大地は笑いながら、アブソーションを取り出す。
殴っても、斬りつけても、ヒビも入らないカプセル型の牢屋。
大地は一か八か、賭けることにした。
スキルによって鍵がされている可能性も捨てきれない。
カプセルに片手を当てて、大地はアブソーションをスーツの内ポケットにしまう。
「俺にこのカプセルを壊すなんて造作もない」
大地は全ての魔力を、掌に集中させる。
崩れ去るサファリ・ラジーナの砦。
カプセルを前に、一人の男が残っていた。
アビリティは魔力をほとんど持っていく危険性がある。
つまりハイリスクなわけだ。
だが、大地は諦めない。
そして、アビリティを発動した。
光がカプセルを覆う。
しかし、カプセルは開かない。
大地は、笑った。
「……負けた、か」
大地の魔力は、もうない。
スキルを造って、カプセルを破壊してもよかった。だが、このカプセルはそんなに簡単には壊れないと直感していた。
だが、アビリティでも壊すことは叶わなかった。
大地の身体に遅れてやってくるダメージ。気力で保っていた大地の身体は遂に悲鳴を上げたのだ。
「そう、か……。限界、だったか……」
大地は崩れる。
その上から落ちてくる岩。
睡魔が大地を襲う。
「お、れは……よわい、な……」
巨大な岩が落ち始める。
砦が限界を迎えたのだ。
眠りゆく大地。
暗い場所で誰かが大地の事を呼ぶ。
「大地さん?」
誰だが分からない。
けれど、とても可愛い女性だ。
猫耳に尻尾。紅葉のようなグラデーションを持つ長い髪。
大地は、何故か、その女性を見ていると安心した。
――――おやすみ。




