若き元社長の、恩人救出。3
バジリーナの計画。それは王国の消滅だ。
理由は過去に遡る。
彼女は幻獣種と人間のハーフである。その為、彼女は幼少期に二つの環境を過ごした。一つは人間の暮らす社会。もう一つは幻獣種の集う社会である。
だが、ハーフであるからか。彼女は小さい頃から環境には恵まれていなかった。
人間社会では、幻獣のハーフだと話せば怖がられ話しかけることすら拒まれ、幻獣社会では弱者と言われ虐められた。
小さい頃から過酷な扱いを受けたバジリーナは、決意したのだ。
大人になったら、幻獣種にはバカにされない存在に。人間からは忘れられないような強い存在だと知らしめさせる。と。
そして、現在。
暗殺ギルドを立ち上げ、一気にランキング上位にまで到達し、さらには夢まであと一歩のところまで来ていた。
サファリ王国を滅ぼせば、バジリーナの名前を恐れ、歴史にその名を刻むだろう。幻獣種の間では、人間を忌み嫌う者達に讃えられるだろう。
バジリーナは、カプセルに入りスキル『七神魔法』を暴走させるフフィ・クリティリィムを見つめる。
前からクリティリィム族は、『七神魔法』を発動するまでは半人前とされ、使用すると成長するのだと噂は聞いていた。それによって魔力もその威力も増幅されている。
――――予想以上。
バジリーナはいつの間にか頬笑んでいた。
凄まじいほどの魔力が迸り、地上では既に多くの市街地が崩壊しているに違いない。
サファリ・ラジーナの面々は、バジリーナの命令によって、この地下室の出入り口の警備をしている。
何故、明日実行する筈の計画を今開始したのか。
それは、レイの存在が起因している。
彼には副団長という役職を与え、これまでギルドに貢献させてきた。だが、その性格は一撃必殺スキルを所持しているのに、人間一人殺せない性格。
すなわち、優し過ぎる。
だから、この計画に疑問を持っていたことには気付いていたし、いずれ敵となる存在だと分かっていた。
だから、嘘の計画実行日を話したのだ。
「さぁ! アタシの時代の幕開けダァァァアアアアッ!」
バジリーナは狂気に満ちた笑顔で叫んだ。
◆
闘技場にも爆発による火が移る。
観戦客は、闘技場には既にいない。皆、謎の爆発音が聞こえてから逃げるように帰ったのだ。
しかし、闘技場のど真ん中には大地とレイの先ほどまで戦っていた二人が残っていた。
闘技場にて飼育されている魔物も市街地へと飛び出し、城下町は混乱状態に陥っている。
このままでは、バジリーナの計画通りに事が運んでしまう。
「大地様!」
大地がどうしようかと考えていたところに、白いドレスを着用したハーバンが現れた。昨日はゴールドだったのに対し、今日は白いドレスということは、昨日買ったものだろう。
「ハーバン、何してたんだ」
「乙女に何をしてたか聞くのは、デリカシーないですよ」
「ん、それは悪かった」
大地とハーバンは呑気に話している。だが、その光景を見たレイは唖然とする。
「え、あ、あなた……昨日のスキル屋の……」
「昨日会いましたね、サファリ・ラジーナの副団長さん」
「ぼ、僕の事知ってるんですか?」
「ええ」
ハーバンはニコッとレイに笑いかける。その笑顔を向けられたレイは顔を真っ赤に染めて、視線を逸らす。
そんなレイの顔を見て、大地はニヤニヤした。
「な、なんですか!」
「いやー。君はこういうのが好みなのか、と思ってね」
「そ、そういう大地さんこそ! こんな綺麗な女性好きじゃないんですか!?」
「ふむ」
大地は一瞬溜めて言った。
「強いて言うのなら、彼女が彼女である限り、俺は恋心を抱かないというか。まぁ無理だな」
「それどういう意味ですか大地様。返答次第では今すぐ叩きますよ」
ハーバンが笑顔で大地に言うが、目は笑っていない。怒ってるのだろう。
だが、すぐに大地はレイに視線を向ける。
「それより、早く君のアジトを教えてくれないか。でないと、ここが更地になってしまう」
「はい。急がないと、僕達も……」
「大丈夫ですよ、大地様は私が守りますから」
「え、えーっと……」
どうやらレイはカッコつけて、君を守るから、とか言おうとしたのだろうが、ハーバンが大地を守ると言ってしまったので返答に困っていた。
だが、この状況はよろしくない。
レイはすぐに真剣な顔に戻り、大地を見つめる。
「闘技場の地下です。そこにサファリ・ラジーナの本部はあります」
「ん、わかった」
「こっちです!」
レイの後を追うように走る大地とハーバン。二人は闘技場の内部を駆け抜ける。
地下室の鍵をレイは所持していたので、すんなり入ることができた。
地下室は洞窟のような、それこそ大地のイメージしていたダンジョンのような造りになっている。壁にかけられたランプが、道を照らしているが、この薄気味悪い雰囲気を作り出していた。
ある程度まで進む。
すると、そこはサーカス団のキャンプのような広場だった。広さはダンジョン内のボス部屋と同じくらいだろう。
大地とレイは武器を構えながら、警戒する。ハーバンは大地の後ろに隠れている。
「そこまでだ! 我らサファリ・ラジーナの悲願を邪魔する者は立ち去れぃ!」
現れたのは多くのサファリ・ラジーナの面々。皆、剣や槍などの武器を持ち、大地達を睨みつける。
彼らはレイを見ても、何も言わない。
「悲願って、あなた達は一般人を巻き込むことを願ってるんですか!」
レイが叫ぶ。かなりの広さがあるからか、声が反響する。
そんな中、先頭にいる者が現れる。
「レイ・キサラギ。お前はもう我が団員ではない」
「な、僕が団員じゃない? どういう意味ですか!」
「どういう意味、か。それはお前の行動と迷いそのものが語っているだろうが」
先頭にいる者はクサカベ。亜人種であり、レイの次に強い者だ。だが、総合的な能力はもちろん、全てをレイが上回っている為、実質的な強さは雑兵より少し強いぐらいだ。
そんな二人の会話を聞き、大地が一歩前に出る。
「君達は、このシャイボーイが裏切ると分かってたから解雇した、そう言いたいのかな」
「そういう事だ。悪いがレイ、お前が戻ってきたら殺すように言われている。もちろん、九星 大地、お前もだ」
「ん、そうなのか。参ったな」
大地は呑気に困った顔を作る。
その瞬間、クサカベは消え、気がつけば大地の首元めがけて、槍を突き刺そうとしていた。
「大地様!」
ハーバンが叫ぶ。
不意打ちをされた大地は、目を見開き、クサカベの双眸を見つめる。
クサカベの顔は、まるで戦いに勝ったかのような表情だ。
そして、槍は走る。
だが、キンッと鉄が弾かれる音が響いた。
槍で大地を殺そうとしていたクサカベの槍は弾かれ、身体ごと仰け反っていた。
岩にでも槍を突き刺した感覚が、クサカベの手を襲う。
「ん、そういえば『絶対防御』を発動したままだった。じゃあ、次は俺からでいいよね」
「な、なんだコイツ……化け物か!?」
クサカベは狼狽え、尻餅を着く。
今度は俺の番、と言いたげな顔で姿を消す大地。
「ぐふっうぅぅっ!?」
瞬間。
クサカベの腹部には一トンもの岩が投げられたかのような感覚が襲う。白眼を向きそうになる瞳孔。だが、必死に腹部の違和感の正体を掴もうと、意識を保つ。
そこには、クサカベの腹部に拳を減り込ませている大地の姿。
――――や、ヤヴァイ!
不意に自身の生命の危機を悟ったクサカベ。
このままだと、身体に大きな穴が空いてしまうと判断したが、身体は動かない。
吐血するクサカベ。
地面を蹴る大地。
クサカベの腹にぶつけている拳に力を入れ、天井めがけて、クサカベをそのまま殴り飛ばした。
「ふんぐぅおっ!?」
天井に激突したクサカベは、遂に白眼を向き、急降下して地面にら身体を叩きつけた。意識を完全に失い、やがて立ち上がることはなかった。
大地は残りのメンバーを睨む。
「さ、次は誰がやるんだ?」
大地が笑顔で問いかける。
その場の誰もが、超人的な大地の力に萎縮してしまう。誰もが大地の事を恐れ、誰もが壁際に身を寄せた。
張り合いがない、と大地は思いながらも、奥へと歩き出す。
その後を追うとしたレイとハーバン。
しかし、大地が奥へと行くと、メンバー達は奥への道を塞いだ。
「何のつもりですか、あなた達は負けを認めたんじゃないんですか」
「何言ってんだよ、元副団長さんよぉ。俺らは大地さんには勝てねえけど、あんたには勝てる自信があるんだよ!」
レイは鼻で笑った。
冗談じゃない。
「何がおかしいんだよ!」
「いや、随分と偉くなったんだね。でも、あなた達は僕には指一本触れさせない」
レイの足元から光が溢れる。
「僕が大地さんに言われ、一人でダンジョンに入って身につけた力を存分に味わってください」
「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!」
男はビビリながらも、武器を構える。
レイは背後にいる、途轍もなく綺麗な女性――――ハーバンに向かって言った。
「すぐに終わらせますからね」
「え、あ、はい」
レイの前には、かつて仲間だった者達百人。
新しい武器、ストライク・ソードは光を纏い、レイは走り出し叫んだ。
「僕は僕を育ててもらった組織を潰しますッ!」




