第26話 鋼鉄の墓標
苦痛という快楽すらも与えない。それが、理解不能な異常者に対する最も冷酷で合理的な「廃棄作業」だった。勇者を解体した一行は、血に飢えた亡者の群れから、覇道にふさわしい駒を選別する。
暴動の血の匂いが充満する、上層の広間。
その中央に鎮座する、錆びついた巨大な拷問具『鋼鉄の棺』。本来は囚人に長時間の苦痛を与えるための忌まわしい装置だが、ルシアンたちにとってはただの「ゴミ箱」に過ぎなかった。
「ほらよ、特等席だ」
カインが片手でゼルの髪を振り回し、四肢を潰された肉塊を、無造作に棺の中へと放り込んだ。
無数の鋭い鉄棘が内側に並ぶその光景を見て、ゼルは口から血の泡を吹きながら、歓喜に顔を歪めた。
「あははっ! いいぞ、早く扉を閉めてくれぇっ! 全身の肉が串刺しにされる、最高の絶頂を俺に――」
「……勘違いしているようですね、異常者」
氷のように冷たい声が、ゼルの狂気を遮った。
ルシアンは一切の感情を排した瞳で、棺の中の残骸を見下ろしていた。
「あなたを罰するつもりなど、毛頭ありません。これはただの『廃棄作業』です。あなたに『痛み』という報酬を与える気など、一ミリも存在しない」
「……あ?」
ゼルが間の抜けた声を漏らした瞬間、ルシアンは躊躇いなく鋼鉄の扉を蹴り閉めた。
――ガシャンッ!!!
重厚な金属音が広間に響き渡る。
ルシアンが手を下したのは、棺の扉に備え付けられた「即死用のレバー」だった。苦痛を長引かせるのではなく、脳幹と心臓を太い鉄杭で同時に貫き、快楽を感じる暇すら与えずに一瞬で命を刈り取るギミック。
絶頂を期待した勇者は、その痛みを味わう余裕すらなく、ただの有機物として活動を停止した。
「カイン、ザック」
「了解だ、ボス」
ルシアンの指示を待つまでもなく、カインが広間の隅に積まれていた落盤防止用の『錬金セメント』の袋を大斧の柄で引き裂いた。ザックがそれに水を混ぜ、瞬時に硬化が始まる石灰泥を作り出す。
彼らはそれを、棺の上部の隙間から躊躇いなく流し込み始めた。
「これなら蘇生もクソもねえ。一滴の血も、一片の肉も残さず完全密封だ」
「ああ。後でこの棺ごと、外の闇夜の海へ沈めます。 奴のための墓標など、この世界のどこにも残しません」
ルシアンがそう吐き捨てた時だった。
広間の周囲を、夥しい数の気配が取り囲んでいた。看守たちを八つ裂きにし、返り血で赤黒く染まった千人近い囚人たちだ。
彼らは、自分たちがどれだけ束になっても敵わなかった「勇者」を、まるで虫けらのように処理した三人の姿を前に、息を呑んで立ち尽くしていた。
ルシアンは振り返り、千人の暴徒たちを見回した。
「……看守は死にました。あなた方は自由だ」
ルシアンの声は決して大きくはなかったが、広間の隅々にまで不気味なほど鮮明に響き渡った。
「だが、外に出れば教会軍に狩られるだけの烏合の衆です。生き延びたければ、せいぜい世界中に散らばり、彼らの目を引く『囮』になりなさい」
冷酷な死の宣告。ざわめきが起こる中、ルシアンはさらに言葉を紡ぐ。
「――ただし。教会の理不尽に人生を奪われ、地獄を知り、それでも奴らの首を本気で掻き切る覚悟のある者だけは……私の後ろに並びなさい」
ルシアンの背後で、カインが血濡れた大斧を肩に担ぎ直し、ザックが短刀を弄びながらニヤリと笑う。
「死より過酷な、真の覇道を見せてあげましょう」
沈黙が広間を支配した。
恐怖に怯え、我先にと逃げ出す者たちが大半だった。だが、彼らが蜘蛛の子を散らすように去った後――広間には、異様な熱と冷たい殺意を瞳に宿した者たちだけが残っていた。
その数、およそ四百。死刑囚、元傭兵、暗殺者。暴力と理不尽の底を舐め尽くし、ルシアンの狂気じみた知略に「本物の希望」を見た精鋭たちだ。
「……思ったより骨のある連中が残ったな」
「ああ。拠点の防衛と裏仕事には、十分すぎる頭数だ」
ザックの呟きに、カインが満足げに頷く。
ルシアンは整然と立ち並んだ四百人の亡者たちを一瞥すると、黒い法衣の裾を翻した。
「行きましょう。カイン、そのゴミを海へ投げ捨てた後、拠点へ帰還します」
「任せな、ボス」
数トンのセメントが詰まり、完全に封印された鋼鉄の棺。カインはそれを鎖で縛り上げ、砕けたはずの両脚で軽々と引きずり始めた。
七人の勇者のうちの一人を文字通り「無」に帰した神代の亡者たち。彼らは四百の精鋭を従え、誰一人として振り返ることなく、血の匂いがこびりついた流刑地を後にした。
次なる標的への、静かで冷酷な行軍が始まったのだ。
勇者ゼルは痛みという快楽すら与えられず、完全密封された棺の中で虚無へと還りました。そして、ルシアンの言葉に魂を揺さぶられた四百人の精鋭が新たに軍門に下りました。流刑地での戦いを終えた一行は、次なる覇道に向けて拠点へと帰還します。




