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第11話 狂犬の夜襲

いつもお読みいただきありがとうございます。

第11話は、建設が進む城塞都市に、新たな国からの使者が訪れるところから始まります。

辺境に突如として現れた軍事拠点。それを嗅ぎつけたのは、武力で周辺国を侵略し続ける小国でした。

彼らが平和的な対話の裏で何を目論み、ルシアンがいかにしてその盤面を支配しようとしているのか。いよいよ、絶対的な死と絶望を操るルシアンの真の力が解き放たれる、開戦前夜の物語です。

※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写や価値観が含まれます。

聖王国の使者セオドアが去ってから数週間。

 異端の職人たちの熱狂的な指揮のもと、辺境の廃村は急速にその姿を変貌させていました。切り出された巨大な丸太が等間隔に打ち込まれ、防壁の基礎が築かれます。村の中心には物資を貯蔵するための堅牢な石造りの砦がそびえ立ち、かつて敗残兵や野盗だった者たちが、汗と泥に塗れながら一糸乱れぬ動きで労働に従事していました。

「ルシアン、ちょっといいか」

 砦の執務室に、土埃に塗れたカインが荒々しい足取りで入ってきました。その手には、どこにでも転がっているような安価な鉱石を粗末な革紐で括っただけの、大量の首飾りが詰められた木箱が抱えられています。

「お前が職人に作らせていた首飾りが出来上がったぜ。乱戦でも絶対に千切れないように留め具を鉄で補強し、無駄に精巧な装飾まで彫らせた。……だが、今後の戦に備えた『標準装備』にするって話だったが、こんな魔力もない安物の石ころを兵士全員に配ってどうするんだ?」

 怪訝な顔をするカインに対し、私は木箱から一つ首飾りをつまみ上げ、薄く笑いました。

「これはただの石ころではありません。我が軍における絶対の『命綱』です。カイン、全兵士にこれを配り、厳命を下しなさい。戦場では何があってもこれを外すな、と」

「命綱だと?」

「ええ。これを首から提げている限り、いかなる致命傷を負おうと、お前たちの命は私が保証します。……ただし、首を刎ね飛ばされたり、肉体を粉砕されたり、あるいはこの石を敵に奪われた場合は諦めなさい。私にも救えませんから」

 私の言葉に、カインは息を呑みました。スラムを生き抜いてきた彼の勘が、この粗末な石飾りが「死を覆す魔道具」であると直感したのでしょう。彼は深く頷き、すぐさま兵士たちへ配るために部屋を出て行きました。

 背中を見送った後、私は手元の首飾りを弄びながら冷酷に目を細めました。

 この石自体に魔力など一切込められていません。市場で二束三文で買える、ただの石ころです。

 私の圧倒的な『広範囲蘇生』は、この特定の安価な鉱石の「成分」を戦場における座標特定のための目印ビーコンとして術式を組んでいます。だからこそ、敵が戦死者からこれを奪って魔力鑑定しようとも、結果は「ただの石」。私の真の魔法技術は、このチープな偽装工作によって完全に秘匿されます。

 しかし、石の成分だけをターゲットにすれば、万が一乱戦で敵がこの石を懐に入れたまま死んだ場合、敵まで蘇生させてしまうというバグが生じます。

 それを防ぐためには、味方だけを識別するための「不可視の刻印」――すなわち、もう一つの『鍵』が必要でした。

───

 首飾りの配布が終わったその日の午後、見張りが新たな来訪者を告げました。

 国境を越えてやってきたのは、隣接する小国「ガルム武闘国」の視察団でした。彼らは武力のみで周辺国を荒らす野蛮な国ですが、近年は統治のための「大義名分」に飢えているという情報が私の耳にも入っていました。

 私はあえて武装した兵士たちを下がらせ、丸腰に近い状態で彼らを砦の広場へと迎え入れました。

 視察団の代表として現れたのは、無数の刃傷を持つ大柄な将軍でした。私は友好的な言葉と、誠意の証としての金貨を渡し、不可侵の意思を伝えます。将軍もまた「我々も無益な血は流したくない」と獰猛な笑みを浮かべて金を受け取りました。

 交渉が成立したかに見えた、まさにその時。

 事前に私から「彼らと平和的な交渉がまとまりそうです。争いを避けるため、彼らに祝福の祈りを捧げてくれませんか」と嘘の指示を受けていたクラーラが、砦の奥から歩み出てきました。

 純白の修道服と、類まれなる銀髪。彼女の姿を見た瞬間、将軍の目が大きく見開かれました。

「おお……なんと美しい。もしや貴女は、聖王国の『高位の聖職者』であられるか?」

 将軍は大仰な仕草でクラーラの前に跪き、恭しく手を取りました。

 聖王国から逃亡し、この砦で孤立を深めていたクラーラにとって、自らの権威を正当に敬ってくれる人間の存在は救いでした。彼女は安堵の表情で頷き、平和への祈りを口にします。

 しかし、私は将軍の言葉の違和感を決して聞き逃しませんでした。

(……辺境の野蛮な武闘国の将軍が、なぜ顔を見ただけで『高位』だと断定できる? これではまるで、最初から彼女の正体を知っていたかのようではないか)

 私は柔和な笑みを貼り付けたまま、将軍の目の中に宿ったドス黒い野心を看破していました。

 視察団は「今夜は少し離れた森に野営し、明日国へ帰ろう」と告げ、砦を後にしました。

───

 彼らの姿が見えなくなった後。

 砦の屋根から、身軽な影が音もなく広場へ飛び降りてきました。スラム出身の孤児、ザックです。

「ボス、連中の野営地を探ってきたぜ。平和に帰るどころか、武器を研いで、今夜ここを落とす算段をしてやがった」

「ご苦労、ザック。……やはりそうでしたか」

 ザックのもたらした確定情報に、私は満足げに頷きました。

 傍らで胸の前で両手を組み、「話し合いで解決できたのですね」と安堵していたクラーラは、ザックの報告を聞いて呆然と私を振り向きました。

「クラーラ、あなたのその救いようのないお花畑の頭には感心させられます。……あの将軍が、なぜあなたを一目見ただけで『高位の聖職者』だと断定できたのか、疑問に思いませんでしたか?」

「え……? そ、それは、私の身なりや神聖な気配から……」

「違いますよ。すでに聖王国から、我々の『手配書』が周辺国に出回っているのです。彼はあなたの銀髪を見た瞬間、手配書に描かれた失踪中の聖女だと気づいたのです」

 私の残酷な宣告に、クラーラは血の気を失いました。

 そして私が、彼女を広場へ呼び出した理由が「祝福」などではなく、狂犬たちを確実におびき寄せるための『極上の撒き餌』であったことに気づき、愕然と後ずさります。

「彼らの狙いはあなたです。武力しかないあの国が一番欲しがっているもの……それは、侵略戦争を正当化するための『神の大義名分』です。彼らに連れ去られれば、あなたは黄金の鳥籠に閉じ込められ、一生涯、政治的な傀儡(あやつり人形)にされるでしょう」

「か、傀儡……?」

「ええ。野蛮な連中が何の罪もない他国を蹂躙するたびに、あなたは玉座で無理やり微笑みを作らされ、『これは神の意志に基づく聖戦である』と宣言させられるのです。信仰心のない者たちの殺戮を肯定するためだけの、都合の良い偶像としてね」

 過酷な真実を突きつけられ、クラーラはついに膝から崩れ落ちました。神の威光など通じない、純粋な政治利用。自らが尊き聖女ではなく、ただの便利なプロパガンダの道具として狙われているという現実に、彼女の理想論は粉々に打ち砕かれたのです。

「そ、そんな……いや……っ、助けて、ルシアン様……! 私は、そんな殺戮の片棒を担ぐ道具になんて……!」

「安心しなさい。あなたは私が手に入れた、私だけの優秀な権威だ。私の盤面をひっくり返すような真似を、野蛮な小国に許すわけがありません」

 私は恐怖にすがりつくクラーラを冷たく見下ろしたまま、砦の城壁へと歩を進めました。

───

 夜の帳が完全に下り、月が分厚い雲に隠れました。

 あえて見張りを減らし、門を半開きにして無防備を装った砦の下の広場。そこには、我が軍の兵士たちが首元の石飾りを固く握りしめながら無言で整列しています。

 その最前列に、銀髪を夜風に揺らすエリアス殿下が進み出ました。彼の手には抜き放たれた長剣が握られ、その瞳にはかつて王都で震えていた青年の面影はありません。退路を断った者特有の、凄絶な覚悟が宿っていました。

「皆、聞け!!」

 張り詰めた夜気の中、エリアスの声が広場に響き渡ります。

 そのすぐ横では、過酷な現実に耐えきれず、クラーラが青ざめた顔で身を震わせながら必死に神への祈りを口にしていました。

「ああ、神よ……どうか血が流れませんように。彼らをお守りください……」

 純粋な平和を願うクラーラの体から、神聖な魔力の光が淡くこぼれ落ち、広場に立つ兵士たちを包み込んでいきます。

 ――私は城壁の上で、冷たい笑みを深めました。

 私の広範囲蘇生は、兵士たちの胸にある「石の成分」と、もう一つ。このクラーラの純粋な祈りの魔力を絡め取り、兵士たちの魂に『不可視の刻印(味方認証)』として焼き付けることで完成する二重認証ダブルロックの術式です。

 神への祈り。それすらも私にとっては、不死の殺戮部隊を完成させるための都合の良い起動スイッチでしかありません。

 エリアスはもはや、彼女の無力な祈りにすがることはありませんでした。

「遠からず、血に飢えた狂犬どもがこの砦を奪いに来る。だが、恐れる必要はない! 正々堂々と戦う騎士道など、とうに捨て去ったはずだ!」

 エリアスは剣を振り上げ、元野盗や敗残兵たちを力強く見据えました。

「力が足りぬ者は、決して一人で挑むな! 弱き者は一人に対し、五人で囲んで確実に仕留めろ! 泥をすすり、石を投げ、背後から刃を突き立ててでも生き残れ!……腕を切り落とされようが構わん! だが、絶対に首の石だけは奪われるな! 首と石だけは守り抜け!」

 卑怯を肯定し、泥臭く命を奪えと命じるその言葉は、私が彼に教え込んだ「冷徹な合理性」そのものでした。

 その徹底した非情な戦術に、最前列にいたカインが獰猛な笑みを深めて頷きます。隣に立つザックもまた、自分たちの生き方を肯定し、共に泥をすする覚悟を見せた王族の姿に、熱く滾る思いで武器を握り直していました。

「ここは我々にとって、最後の人生の分岐点だ! 王国から追放され、死を待つだけだった我々が、再び生きるために手に入れた最初の領土だ。……私は誓おう! 何人たりとも、この場所を潰させることなど絶対に許さない!!」

「「「おおおおおおおおっ!!!」」」

 元野盗たちの腹の底からの雄叫びが、夜の辺境を震わせました。

 指揮官としてのカリスマと、合理的で無慈悲な戦術が完全に融合した見事な演説。エリアスという駒が、ついに盤面で輝き始めた証でした。

 その熱狂の最中、遠くの森の暗がりから、ガルム国の精鋭部隊が音もなくこちらへ向かって這い寄ってくるのが見えました。

 彼らは無防備に見える砦の門から、我先にと雪崩れ込んできます。聖女という最高の略奪品と、無力な民の血を求めて。

 しかし、彼らが足を踏み入れた瞬間、先頭を走っていた兵士たちが次々と奇声を上げて転倒しました。

「な、なんだ!? 泥だ、足が抜けない!?」

「落とし穴だと!? ぐあっ!!」

 広場の一帯には、昼間のうちに民たちが掘り起こした不格好な落とし穴が、ザックたちスラム出身者の手によって巧妙に土と枯れ葉で隠蔽され、精鋭の目すら欺く完璧なキルゾーンへと仕上がっていました。

 夜襲を成功させたと確信していた敵軍は、その泥臭い罠に足を取られ、無様に陣形を崩していきます。

 私は城壁の上から眼下のその光景を見下ろし、暗闇の中でただ一人、無言でゆっくりと拍手を送りました。

 聖女の無自覚な祈りによってロックは解除され、盤面の準備はすべて整いました。

「金も言葉も通じない狂犬には、圧倒的な死の恐怖しか効きません」

 さあ、哀れな蛮族ども。

 殺しても死なない不死の軍勢が待ち受ける、永遠の地獄へようこそ。

第11話をお読みいただきありがとうございました。

今回は開戦前夜の緊迫感と、それぞれの価値観が交錯する様を描きました。

かつて王都で震えていたエリアス殿下が、泥臭く命を奪えと命じる指揮官へと変貌を遂げた姿。そして戦う力を持たない民やザックまでもが、自らの手で罠を仕掛け、この拠点を守り抜こうとする異様な熱狂。彼らはすでに、ルシアンの教えを自らの意志で体現する強力な「手札」となっています。

一方で、クラーラは最も残酷な形で盤面に組み込まれました。血が流れないことを願う彼女の純粋な祈りこそが、皮肉にも不死の軍勢を完成させる「最後の鍵」として利用されてしまいます。

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