v1.2.3. 魔法の再構成
「あなたは一体誰なんだ?」
後ろから落ち着いた声。
ユウセイが顔を向けた。茶色のローブを着た老人が丘を下りてきていた。足取りは遅いけれど力強かった。腰が少し曲がって、髭は白かったが、眼差しは鋭かった。
「ただの... 通りすがりの旅人です」
「通りすがりの旅人が弟子の魔法構造を変えられるのか?」
老人が一歩さらに近づいてきた。近くで見るとしわが深かった。
「魔法構造という言葉をご存知なんですね」
ユウセイが驚いて顔を上げた。
(この世界の人たちは魔法構造を知らないと聞いたのに。)
「知ってはいます。ただ...」
老人がため息をついた。ポケットをまさぐって古びた手帳を取り出した。革の表紙が擦り切れていた。
「それを実際に扱える人は見たことがなかった。少なくとも今まではね」
手帳を開いた。複雑な詠唱文と図形がびっしり。
「30年魔法を研究してきました」
指で手帳をとんとん叩いた。
「でも結局、私たちにできるのは先代が伝えてくれた詠唱を覚えることだけだった」
「だからエリナさんも...」
「ええ。感じろとしか教えられませんでした。他の方法を知らなかったから」
手帳を閉じた。ユウセイをまっすぐ見つめた。
「でもあなたは違う。エリナの魔法をどうやって変えたんです?」
ユウセイは迷った。
(パネルの存在を言うべきか? どうせ他の人には見えないのに。)
「魔法も... 一種のエネルギーの流れじゃないですか。その流れを効率的にしたんです」
「効率的に?」
「不必要な無駄を減らして、必要な部分だけに集中するように」
老人が首を振った。
「そういうアプローチはもう試しました。マナ消費を減らそうと詠唱を短くしてみたけど、かえって威力が落ちた」
手帳を再び開いた。びっしりとメモ。
「ファイラの場合、マナ10以下に下げると火の玉がちゃんと形成されません。これは実験で確認済みです」
「それは詠唱を減らしただけで、僕は構造そのものを変えました」
「構造を...」
老人が疑わしげな眼差しを送った。
「構造を変えるとはどういう意味です? 魔法の本質は決まっています。ファイラは火の元素を集めて投射する魔法だ。その過程をどう変えるというんです?」
ユウセイは周りを見回した。乾いた木の枝を一本拾って地面にしゃがみ込んだ。
「ファイラを例にすると」
土の地面に大きな円を描いた。
「元々《もと》はこう動きます。マナ10を一気に注いで火の玉を作る。温度は1200度」
「その通りです」
老人が膝を曲げて座った。
「高温であるほど貫通力が高いから。先代の魔法使いたちが何百年もかけて最適化した結果です」
「本当に最適化されてるんですか?」
「...どういう意味です?」
「なんで1200度じゃないといけないんですか?」
老人が髭を撫でた。
「実戦で確認された数値です。1000度以下だと中級防御膜を破るのが難しいし、1200度ならほとんどの状況に対応できる」
「じゃあ1200度と800度で直接比較実験をしたことは?」
老人が少し黙った。
「...それはないが、理論的に高温の方が強いから」
「僕が知ってる物理法則だと違います」
ユウセイが小さな円をもう一つ描いた。
「エネルギーは一点に集中するほど強くなります。広く広がった1200度より狭く集めた800度の方が威力的かもしれません」
「物理... 法則?」
老人が首を傾げた。
「それはまた何の理論です?」
「エネルギー保存の法則です。同じエネルギーを小さな面積に集中させると圧力が高くなるんです」
「圧力...」
老人が手帳に何か書き込んだ。でもまだ懐疑的な表情だった。
「興味深い理論ではありますが、実際に適用できるかは分かりませんね。魔法は物理的な現象とは違うから」
「じゃあ見せましょうか?」
「...私の魔法を?」
「はい。どんな魔法でも最適化できます」
老人が鼻で笑った。
「30年研究してできなかったことをあなたが一度にできると?」
でもエリナのファイラが変わったのは事実だった。老人はしばらく悩んでからゆっくり手を差し出した。
「いいでしょう。やってみてください」
温かいけど荒い手。たこが手のひらに刻まれていた。
「Status」
目の前にだけパネルが現れた。
[External Mana Detection - 外部マナ感知]
[Current Mana: 45.7/50 - 現在マナ: 45.7/50]
[Checking Spell List... - 魔法リスト確認中...]
「どんな魔法をよく使いますか?」
「私は... 『ブルクサ』をよく使います。水魔法です」
「発動してもらえますか? 発動直前で止めて」
老人が息を整えて詠唱を始めた。
「細い水刃で道を開け、不要なものを綺麗に断ち切れ---」
指先から青い光が集まった。水滴が空中に浮かんで細い線になり始めた。
「Code」
function ブルクサ() {
if (mana >= 12) {
create_water_line(length=10, thickness=0.05, pressure=4);
compress_edges(sharpness=2);
launch(speed=5, trajectory="straight");
mana -= 12;
}
}
「うーん... 水流を作ってから縁を別に圧縮してますね」
「それが定石です」
老人が断固として言った。
「水の形をまず作って、それから鋭く整えるんです。順番を変えると形が不安定になる」
「最初から圧縮された状態で作ったら?」
「それだとエネルギーがもっとかかるでしょう。同時に二つのことをするから」
「かえってエネルギーが減るかもしれません。中間過程が省略されるから」
老人が眉をひそめた。
「理論的にはそうかもしれないが...」
「やってみますか?」
「...いいでしょう」
「Edit」
指が空中で動いた。
「圧縮過程を生成段階に統合して、軌道安定化を追加して」
function ブルクサ_最適化() {
if (mana >= 6) {
create_compressed_water_blade(length=10, thickness=0.03, edge_sharpness=3);
launch(speed=6.5, stabilize=true);
mana -= 6;
}
}
「完了しました」
手を離した。
老人が疑わしげな表情で再び詠唱を始めた。
「ブルクサ!」
瞬間、以前より細いけどもっと鮮明な水流が生成された。青い光がもっと濃かった。それは揺れることなく一直線に飛んで木の的を直撃した。
しゅうっ—
木が綺麗に二つに割れた。切断面が滑らかだった。
老人が呆然と自分の手を見下ろした。
「これは...」
手を握ったり開いたりを繰り返した。
「マナが半分しか使ってない。なのに威力は... かえって強くなってるような...」
「圧縮タイミングを変えただけです。元々は作ってから圧縮してたけど、今は作りながら同時に圧縮するのでエネルギー損失がないんです」
老人が手帳を開いて何かを素早く書き始めた。手が震えた。
「30年...」
呟いた。
「30年間、順番が問題だったなんて一度も考えなかった。形をまず作るのが当然だと思ってた」
突然ユウセイに向かって深く頭を下げた。
「ありがとうございます。そして... 提案があります」
「提案?」
「私たちの村に滞在して、一緒に魔法について研究してもらえませんか?」
顔を上げた。眼差しが真剣だった。
「もちろん報酬はお支払いします」
ユウセイは悩んだ。
(まだこの世界について知らないことが多い。でも当面行くところもないし、魔法をもっと研究する機会でもある。)
「食事と寝るところを提供してもらえるなら...」
「当然です! 私の家に空き部屋があります」
老人が満面の笑みを浮かべた。ポケットをまさぐった。
「えっと... 鍵をどこに置いたっけ... あ、エル... エリア? いや、エリナ!」
別のポケットを確認した。
「あの子が今朝『先生、また鍵を書斎に置いてきましたよ』って持ってきてくれたんだけど...」
また別のポケットを探した。
「あ、ここにあった。ははは、歳をとるとこういうことばかり忘れちゃって。でも魔法理論は完璧に覚えてるんですけどね」
「ああ、自己紹介が遅れました」
手を差し出した。
「私はマルクスです。ローレンス村の魔法教官です」
「ローレンス村...」
ユウセイが初めて聞く名前を繰り返した。
「ええ、小さな村ですがベラート王国南部では魔法使い輩出でかなり有名なんです。王国全体だと人口の10分の1くらいしか魔法を使えないんですが、うちの村はかなり多くの人が魔法を使いますよ」
「ユウセイです。」
「ユウセイ... 変わった名前ですね。どちらから?」
「...遠くから来ました」
マルクスはそれ以上聞かなかった。代わりに村の方を指さした。
「日も暮れてきたし、行きましょう。夕飯の準備もしないと」
二人が歩き始めた。
「エリナが本当に喜びますよ。やっとちゃんと学べるようになったんですから」
「僕が研究するのは効率性だけです。魔法そのものは...」
「それだけで十分です。私たちに必要だったのはまさにそれだったから」
村の明かりが近づいてきた。夕方の煙が煙突から立ち上り、どこからか食べ物の匂いがした。
(繰り返し文、関数化、モジュール化...)
頭の中にはもう無数の可能性が浮かんでいた。
「あ、一つ聞いてもいいですか?」
マルクスが突然立ち止まった。
「その能力... 生まれつきですか? それとも習ったんですか?」
ユウセイはしばらく迷ってから答えた。
「両方だと思います」
(嘘じゃない。開発者としての知識は習ったものだけど、この世界でそれを魔法に適用できる能力は生まれつきだから。)
マルクスが意味深に笑った。
「興味深い。とても興味深いですよ」
二人は村に向かって歩いた。日が完全に傾いて空がオレンジ色に染まった。
「夕方だから広場が賑わってるはずです。買い物をする人たちで」
マルクスが説明した。
「この村は小さいけど活気があるんです。特に魔法使いが多いからなおさら」
遠くから村の明かりが一つ、また一つと灯り始めた。煙突から立ち上る煙が夕食の準備を告げていた。
(やっと人が住んでるところ。ここでこの世界についてもっと知れるな。)
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