v1.2.2. 条件分岐と観察者
「あの人、誰?」
柵の向こうから男が顔を出した。手には古びた鍬。
「エリナがついに的に当てたって?」
隣の家のおばさんが洗濯物を持って現れた。
「魔法が何か違うんだけど...」
詰め所の警備兵が近づいてきた。
人々が集まってきた。十五人、二十人。それ以上。
「見ましたよね? 見ましたよね? 本当に当たりました!」
エリナがその場でぴょんぴょん跳ねた。両手を高く掲げた。
(うるさい。)
ユウセイの瞳が左右に動いた。増えていく視線。指差し、囁き。
「エリナさん」
「はい?」
真っ赤に上気した顔でエリナが振り向いた。
「ちょっと別の場所に行きましょう」
「どうしてですか? みんな気になってるのに!」
「もっと詳しく説明するなら静かな所の方がいいと思って」
(嘘だ。ただうるさいだけだ。)
「あ、そうですね! ここうるさいですもんね。えっと... あっちに静かな場所がありますよ!」
エリナが手を叩いた。
細い道を歩いた。後ろから聞こえていたざわめきが段々《だんだん》小さくなった。足元の小石がざくざく音を立てた。
丘の向こうに崩れた石垣。
「ここは昔の訓練場だったんですって」
エリナが石垣に手を当てた。
「今は誰も使ってないんです。新しい訓練場が反対側にできたので」
空き地の片隅に木の的が半分焦げて倒れていた。エリナがそちらをちらりと見て視線を逸らした。
「たまに私みたいにこっそり練習する人が来るけど」
陽が傾いた。影が長く伸びた。
「マナが... ほとんどないです」
エリナが指先を見つめてため息をついた。火花すら結ばれなかった。
ユウセイが近づいて手首を掴んだ。冷たい肌。
「もう一度状態を見ますね」
「Status」
彼の目の前にだけパネルが現れた。
[Current Mana: 2.1/20] [Warning: Low Mana State]
赤く点滅する数字。
「2.1しか残ってないですね」
「そうですよ。さっき何回も撃ったんですから」
エリナが肩をすくめた。笑っているけど声に疲れが滲んでいた。
「この状態でファイラを使うと...」
「出ないですよね?」
「もっと危険です。無理に絞り出そうとして逆流することがあります」
「逆流?」
エリナの声が高くなった。一歩近づいてきた。
「マナが足りないのに無理やり引き出すと、制御できなくて爆発することがあるんです」
(森での暴走。)
ユウセイは目を細めた。川辺で爆発した瞬間。
「...似たようなことを経験したので」
「じゃあどうすればいいんですか?」
エリナが両手をぎゅっと握った。
「Code」
パネルにコードが現れた。黒い背景に蛍光色の文字。
(条件を追加しないと。)
ユウセイが指で空中に見えない線を描いた。分岐点。条件文。
「どうやって?」
「Edit」
編集パネルが有効になった。
「マナが5以上の時だけ正常実行、2から5の間は弱化モード、2未満は遮断する条件を追加して」
エリナはユウセイが空中に向かって話すのがまだ不思議だった。口を開けたまま見守った。
パネルが水面の波紋のように揺れた。コードが自動的に修正され始めた。一行ずつ、ゆっくりと。
「これでマナが5以上なら正常実行、2から5の間なら弱いバージョン、2未満なら完全に遮断されます」
「すごい... そんなこともできるんだ」
修正が完了するとエリナがびくっとした。
「また、むずむずします!」
腕の内側がちくちくした。新しいパターンが刻まれる感覚。
「慣れますよ。さあ、やってみてください」
ユウセイが手を離した。
エリナが息を整えて両手を前に出した。
「ファイラ!」
指先から小さな炎が湧き上がった。ちろちろ。以前よりずっと小さいけど震えていなかった。安定した軌道。岩にぶつかって消えた。
「あれ? 小さいけど... 出ました!」
エリナが手を見つめた。指を曲げたり伸ばしたりした。
「マナが2.1なので弱化モードで実行されたんです」
「弱くても出ないよりずっといいですね!」
エリナがその場で再びぴょんと跳ねた。
ユウセイが再び状態を確認した。
[Current Mana: 0.1/20]
「今は0.1しか残ってないですね。ちょっと休んでマナが回復するのを待ちましょう」
「はい!」
エリナが石垣に座った。足を揺らしながら手のひらを交互に見つめた。
「ところでエリナさんはマナがどれくらい残ってるかどうやって分かるんですか?」
「うーん... なんとなく感じで? 体が重くなって、指先が冷たくなって... なんていうか、お腹が空いた時に力が出ないのと似てます」
「正確な数値は分からないんですね」
「数値? マナを数字で見るって不思議です。私は『多い』、『少ない』くらいしか分からないんですけど」
(そうか。この世界の人たちは感覚だけで判断するのか。)
「じゃあマナはどうやって回復するんですか?」
「うーん... ただ休めばいいんです。時間が経てば自然に満ちてきますから」
エリナが指で一つずつ数えた。
「普通一時間くらいゆっくり休めば半分くらい満ちて、一晩寝たら完全に回復します。あ、それとマナポーション飲めば早く満ちますよ。でも高いので私はあまり買いません」
「自動的に回復するんですね」
(自然回復。時間当たりの回復量があるということか。)
「他の方法はないんですか?」
「うーん... 瞑想すると少し早くなるって聞きますけど... 私はじっと座ってるのが苦手で...」
エリナが舌を少し出した。
「ただ休むのが一番いいです。座ってぼーっとしたり、おやつ食べたり!」
数分が過ぎた。風が吹いてきて落ち葉が転がってきた。かさかさ。
「Status」
[Current Mana: 3.2/20]
「3.2に回復しましたね。もう一度やってみられます」
「もう?」
エリナが目を輝かせてぱっと立ち上がった。
そして立ち止まった。
「でも... こうやって条件を分けたら... いつ強く、いつ弱く使うか私が決められないんじゃないですか?」
ユウセイの口角が1mm上がった。
「いい指摘です」
「Edit」
カーソルが再び点滅した。
「音声コマンドで強度を選べるオプションを追加して。『ファイラ強』はマナ8消費で強い威力、『ファイラ弱』はマナ2消費で弱い威力に」
パネルが再び揺れた。新しいコードが追加された。
「これで『ファイラ強』と言えば強いバージョン、『ファイラ弱』と言えば弱いバージョンが出ます」
「本当ですか? 選べるんですか?」
エリナの目が輝いた。
「一度やってみてください。まだ3.2です。弱いバージョンなら可能です」
エリナが深呼吸した。両手を擦り合わせた。
「ファイラ弱!」
指先から意図的に小さな火の玉が生成された。正確に望んだサイズ。オレンジ色の球体がゆっくり飛んで石垣に触れた。ぱちん。
「すごい!」
エリナが飛び上がった。両腕を上にぐっと伸ばした。
「本当に調節できます! これで状況に合わせて使えますね! 練習の時は弱く、実戦では強く!」
「そうです。それにマナが足りなければ自動的に遮断されるので逆流の心配もありません」
エリナが突然ユウセイの手を掴んだ。温かかった。
「本当にありがとうございます!」
ユウセイの瞳が少し揺れた。
「こんなに効率的に魔法が使えるなんて!」
「まだ始まりに過ぎません」
ユウセイが手を引いた。
「もっと最適化できます」
陽が段々傾いた。オレンジ色の夕焼けが空き地を染めた。
「ところで... こんな方法どうやって知ってるんですか? 魔法使いさんなんですか?」
「魔法使いではなくて... ただ構造を分析するのが好きなんです」
「構造?」
「すべてにはパターンがあるんですよ」
指で再び空中に見えない線を描いた。
「それを見つけて改善するんです」
エリナはよく理解できない表情だった。首を傾げたが、それ以上聞かなかった。代わりに笑った。
遠くから鐘の音が聞こえた。ごーん、ごーん、ごーん。
「あ、もうこんな時間!」
エリナがスカートについた土をぱんぱんと払った。
「家に帰らなきゃ」
ユウセイを振り向いた。声に期待が満ちていた。
「明日も教えてもらえますか?」
ユウセイの瞳が左右に動いた。まだこの世界について知らないことが多すぎた。どこへ行くべきか、何をすべきか。
でもエリナの眼差しを見ると断るのが難しかった。
「いいですよ」
「約束ですよ!」
エリナが手を振りながら走った。走りながら一瞬立ち止まった。丘の上を見上げて、小さく手を振った。そしてまた村へ消えた。
ユウセイが顔を向けた。丘の上。夕焼けに隠されてよく見えなかった。影だけ。
(条件文だけでもこんなに変わるのに... 繰り返し文や関数化まで適用したら...)
指が空中で動いた。
その時、丘の上から足音が聞こえた。さくさく。ゆっくり降りてくる足音。
「興味深い方法だ」
ユウセイが振り向いた。
濃い茶色のローブを着た老人。手には古びた手帳。
「今の実験を丘の上から見ていた」
老人が手帳を軽く叩いた。とん、とん。
「マナが不足した状態でも安全に発動できるようにするとは... 弟子が数年できなかったことを一度で解決したな」
一歩近づいてきた。
(弟子。この人がエリナの先生か。)
ユウセイの瞳が老人を見た。
「あなたは一体誰なんだ?」
老人が聞いた。声は低く落ち着いていた。風がローブを揺らした。
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