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EP01-01 セックスしないと起動しない巨大ロボット、大地に立つ!

 ──片腕が弾け飛ぶ。


 ヒュンヒュンヒュン──ズゥンッ!!


 ブーメランのように風切音を鳴らしながら回転し、指先から地面に突き刺さった。

 痛覚に紐づく触感フィードバックは非搭載だが、それでも片腕が喪失した感覚が拭えない。


「はっ、やってくれるじゃねーかよッ!」


 ……どうってことない。

 腕の一本や二本、くれてやるよぉッ!!

 僕の意思を受けて、マトリクスが吠えた。

 操縦桿を握る指に力が漲る。

 この程度の痛み、苦痛の内に入るかよ。

 力強くアクセルを踏み込んだ。脳の中心に浮かぶ姿を見据えると、まるで走馬灯のように、今日に至るまでの物語が過った。


★☆★☆

二〇二五 〇六二五

        一六四一


 ──コンコンっ。


 狭い空間で響く音。

 ……スピーカーを震わすSEではなかった。


「おーす、今日もやってんね」


 制服姿の女子高校生が、僕を見下ろしていた。

 ふわりと靡くウェーブのかかった長髪が光を弾く。

 常人よりも一回り大きく感じる瞳に、思わず吸い寄せられるように見つめてしまう。


「部活は?」動揺を押し隠し、喉に力を篭めながら訊いた。

「今日は部活休止日でーす。そっか、帰宅部の人には関係ないもんね」

「帰宅部に休みはないから。エンジョイ勢と一緒にするな」

「はは、それさぁ〜言ってて悲しくなんない?」


 クスクスと、小馬鹿にしたような笑顔が眩しい。

 不意に、僕を指さす。


「これってなんかアレに似てない?」

「アレ?」

「アイスの……ほらメロンのカップアイス」

「あぁ……」

「それの蓋を取って、その中に座ってる感じ。ね、そっくりじゃん」


 確かに彼女の言う通り、外観はメロンの形を模した某カップアイスの容器に似ているかもしれない。


 僕は彼女から視線を外し、目の前の湾曲したモニターを眺める。

 モニターの中心で、巨大なカイジュウが体を震わせながら吠えていた。

 ──ペダルを踏みぬく。

 反射的に操縦桿を切り、ビルの隙間を駆け抜けると、今まで僕が立っていたであろう場所を極太レーザーが焼き尽くした。


「おぉ、流石」


 彼女の感情の乏しい声が心地良い。

 というか、こんな近くで観察されていると集中できないんだけど。

 そう思いながら再び見上げると、まるで待ち構えていたかのようにニカっと微笑んだ。

 幼い頃から何度も眺めた笑顔のはずなのに、僕の全身がレーザー光線で焼き尽くされるような衝撃を覚えた。


 口の中で舌を噛んで意識を取り戻す。

 嵐のような攻撃の隙間を疾走する。

 ブーストを吐き、一気に距離を詰める。

 が、カイジュウの繰り出す防御壁が足元からぶち上がった。

 ガラス状のバリアーだ。

 加えて、取り囲むようにミサイルが旋回する。けど、咄嗟に構えたライフルで丁寧に一つ一つ撃ち落とす。


 そのまま流れるようにカイジュウに向かってライフルの弾丸を浴びせた。

 小気味良い振動が指に響く。

 全弾命中。


「え、全然喰らってないじゃん」


 彼女の不満げな声が、このコックピットを模した空間では異様に響いた。小さく頷く。

 ライフルの細かな弾丸は、カイジュウの丸みを帯びた装甲に容易く跳ね返されていた。体力ゲージも雀の涙ほどしか減っていない。


 カイジュウは再び体を大きく膨らませた。

 今度は一旦頭上にレーザーを放ち、それが放射線状に広がって襲いかかる。

 逃げ場がないように見えて、実際は安置が多い。

 レーザーの隙間に潜り込み、再びカイジュウに接近する。


「いけ、今だっ! やっちゃぇっ」


 彼女は身を乗り出して応援する。

 そのままずるっと落ちてきそうで不安になった。

 代わりに? 彼女の匂いがふわりと広がる。

 甘い柑橘系の匂いに意識が捥ぎ取られそうだ。

 僕の好きな香りだった。

 歯を食いしばって、フルスロットル。

 ビルを踏み台にして、カイジュウに飛び乗った。

 ライフルを装甲に押し付けて、トリガーを引く。


 ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!!


 鈍い音と振動が操縦桿を揺らした。


「って…減ってない減ってないよ。さっきと殆ど同じなんだけど?」

「遠距離用の武器だから」

「剣とかないの?」


 カイジュウが振り解こうともがいたので、ジャンプして距離を取る。

 再びカイジュウの攻撃を避け、距離を詰めていく。


「ねぇ、ゴリ松いるじゃん」


 彼女は両腕をコックピットの縁に乗せて、まるで鉄棒に体重を預けるようにフラフラと体を揺らす。


「……先生、体育の?」


 女子バレー部の顧問だった気がする。

 因みに彼女もバレー部。


「そ。今日みたいな部活ない日は、有り余った元気発散を兼ねてパトロールするんだってさ。ゲーセンでたむろする“不良”共をターゲットに」


 不良、という言葉を強調しながら言う。


「つまり、ここに来るかも?」

「ヒロくんみたいな品行方正な生徒をゲーセンで見かけたら、コイツめ、修正してやる! って目に涙浮かべながらお説教してくるよ」

「ならない……」とは、言い難い。「というか、ゴリ松って呼ばれてるの?」


 初めて聞くあだ名だったが、すぐに理解したのはまぁそんな風貌だから。


「だってもじゃもじゃの毛むくじゃらかつ筋肉ムキムキのマッチョじゃん。肌焼いて黒いし、筋肉に自信があるからな、いっつもピチピチの薄いシャツ着て部活来るからキモ〜い」


 いやそんな言い方、確かに風貌はガサツな体育教師のそれだけど、悪い人ではないだろ。体育なんて運動神経が平均以下の僕からしたら苦痛の時間なのに、ある体育の授業で、その手の生徒を集めてバトミントンの打ち方を丁寧に根気強く教えてくれた。結果、試合っぽい形でバトミントンを楽しむことができ、体を動かすことってそんなに悪くないかも? と思うようになったんだから……。


 と、擁護しようとして、いやなんで僕が肩を持つんだよ辞めよ……と思った時だった。

 カタタタ……と振動が響いた。

 ゲームの振動ではなかった。

 彼女も「揺れた?」と言った瞬間、


 ドドドドッ!!


 体の芯まで震える地響き。


「え、ちょ……ひゃっ!?」


 身を乗り出していた彼女はバランスを崩した。

 そのまま僕が座るコックピットに落下する。

 咄嗟に腕を伸ばして彼女をキャッチする。……結構重いが、そんなこと口が裂けても言わない。


「……い…たた、ん〜」

「だ、大丈夫?」

「お尻〜打ったぁ」僕が悪いと言わんばかりに口を尖らせる。「ってか地震? かなり大きかったよね?」

「うん。……でもスマホは鳴らなかった」

「あ〜ねっ!」


 キラリと彼女の瞳が輝いた。

 唇や鼻、瞳が普段よりも鮮明に視界に映り込む。

 僕はようやく彼女を片膝に乗せて、お姫様抱っこするような格好で支えていることに、気づく。

 一瞬遅れて、ゾワっと体に震えが走る。

 近い、近すぎるっ!?

 彼女の肌の柔らかな感覚や、ふわりと漂う柑橘類を思わせる香りが直に伝わってくる。僕よりも僅かに高い体温が、指先から……。


「おーい」

「え?」


 僕の瞳を覗き込む。

 長い睫毛に、二重の大きな垂れ目が、じ〜っと僕を見つめている。

 いつもの視線。

 彼女の目力、視線がまるでレーザー光線のように僕を撃ち抜く。思わず指に力を込めて……何か柔らかくて丸いモノを握りしめた。


「いつまで人のお尻、揉んでるんですか」

「え…しり…あっ!」


 僕の指が鷲掴みにしていた柔らかいモノ、その正体は彼女の尻だった。

 それを理解した途端、僕の指先に集中する神経が懸命に感触を求めようと研ぎ澄まされて──。


「いや……これは支えるために、ごめんっ」弾くように指を離した。

「……ふうん、そう。じゃあそういうことにしておきましょう」


 他人行儀な棒読み口調。

 彼女はまだ僕の片膝から立とうとしない。


 ──グォオオオッ!!


 彼女の顔越しに、叫び声が轟く。

 目の前のモニターに備え付けられたサウンドバーから音が響いたはずなのに、彼女の顔を介すると遙か彼方から聞こえた。

 彼女はモニターを見やる。その横顔、立体的な顔立ちも震えるほど可愛いから困る。


「わー迫ってくるー」

「凄い棒読み」

「あたし邪魔?」

「……邪魔」

「酷いなぁ。でも今立ったらまた倒れそうだから、コイツ倒すまで中にいさせてよ。ヒロくんなら、視界が半分見えなくても大丈夫でしょ」

「まぁ、余裕だけど」


 強がりじゃなかった。

 たかがメインカメラが美少女に遮られてるだけ。


 本当はもう少し彼女を抱いてこの尊い時間を享受したい……じゃなくて、このゲームの練習をしたかったけど、先生が彷徨いてるっぽいから早めに切り上げよう、と自分に言い聞かせる。

 やろうと思えば、彼女に気づかれないようにカイジュウにトドメを刺す時間を引き延ばすこともできる。その分だけ、彼女を近くで感じられる。

 けど、それをしないのは……。

 彼女と軽く触れ合う資格すら、僕には無いと理解している。

 仕方ないだろ! と自分に訴える。だって、あまりに彼女は可愛い過ぎる。


 操縦桿の近接武器用ボタンを押して、右腕に剣を構える。

 煌々と輝くレーザーブレード。

 ひゅんっ! 空を切った後、距離を詰める。

 カイジュウも疾走しながら口を開く。

 放たれるレーザー。

 を、寸前で躱す。

 彼女の顔でモニターが塞がっても関係ない。もう自分の手足、いやそれ以上に動かせるほどやり込んでる。彼女の笑顔を眺め、体がガクガクブルブルと震え、心臓が体の中で回転してない? って不安になるほど動揺してても、戦闘には集中できる。

 すれ違いざまに切っ先を突き刺した。

 ずぶりっ、と根元まで突き刺さった衝撃が、振動となって響き渡る。

 カイジュウは断末魔を響かせながら泡となって消えていく。


「おー、やっつけた。やるじゃん」


 コックピット内の振動が収まると、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 首をゆっくりと回し、首元までのウェーブのかかった長髪が、一瞬だけその小さな顔を覆う。


 表情が消えた。

 大きな瞳だけは爛々と輝き、僕を照らしていた。まるで蝶の翅に描かれた眼状紋に見つめられるかのような恐怖を覚えた。昔から、蝶の翅に描かれる模様が怖かった。自分でもわからない。ザクロの大きな瞳からは、時々それと似た何かを薄っすらと感じてしまう。まるで僕の内に秘めた何かが炙り出される感覚に思わず「ザクロ、僕も出るから背後の扉から外に」

「……いつも言ってるよね? その名前で呼ばないでって」


 彼女は──ザクロはわざとらしく僕を睨みながら言う。


「剣があるなら最初から使えば良かったのに」

「今日はライフルの練習」

「あ、それ知ってる。縛りプレイ。でもどうして?」


 合ってるんだけど、その小さな唇で微笑みながら口にすると、脳裏で下品な妄想が……。


「隠しモードの実績解除ができないんだよ。だから色々試してる」


 振り切るように足を速めた。

 ザクロは駆け足でついてくる。


「待ってよ、ゴリ松もすぐには来ないって」


 ゲーセンの外に出て、外の空気を吸い込むと少し落ち着いた。

 ザクロの体の余韻が、触れた箇所に残っている。


「そうだ、ロボロボたちがヒロくんのこと探してたよ」

「ロボロボ……」


 これも誰を指しているのか一瞬で理解する。

 ロボット研究同好会のメンバーだ。

 帰宅部の僕は入部していないが、なぜか誘われる。


「今日は行かないって伝えたはず」

「もー、彼らはヒロくんと遊びたいんだよ。もっと通ってあげなさい。儚い学園生活、友達との交友は尊いモノなんだよ」

「どうせゲームするだけだから」

「じゃあいっか、ってさっきまでゲームで遊んでたじゃん! もぉ、どの口が……」


 はぁ……とザクロがわざとらしくため息をつく。

 くるっと首を回し、僕を真正面から見つめた。

 猛禽類を思わせる鋭い視線に胸が疼く。


「ね……ロボットを作って、それに乗り込むじゃなかったの?」


 投げやりな口調。

 いつの話をしているんだよ。

 もういい加減忘れてもいいのに。

 若干うんざりしながらも、まだ覚えてることが、正直嬉しい。

 未だに僕もそれに縛られているから、女々しくあんな同好会に擦り寄っているのかも、しれない。


 一瞬白けた空気。

 ザクロはじ〜っと僕を見つめる。幼い頃から発動するザクロ睨みだ。これをやられると僕が逃げられないのを理解して、仕掛けてくる。


 ずぅぅうんっ!!


 また地響き。

 ザクロは、指先で僕の学ランの裾を掴んだ。気にしてない風を装い、ドギマギしながらスマホのSNSアプリを立ち上げた。

 しかし、更新しても新たなメッセージが流れない。電波が、止まってる?


「うわっ、まだ揺れてる」

「地震というか、地鳴り、みたいだな」

「連続で震えるのヤバいよね?」


 不安げに僕を見上げ、距離を詰めてくる。

 ──今日はずっとザクロが近い。高校生になってから、ここまでザクロに近づいたのは久しぶりな気がする。幼い頃、小学生の頃はもっと普通に話せたのに、いつの間にか距離を取っていた。

 もちろん、ザクロが可愛すぎるから……。

 ――美少女なだけじゃない。胸も大きくなった。昨今流行りの長乳ってわけじゃないけど、セーラー服を真下から押し上げる程度には巨乳だ。こうして話してる最中も、つい視線が胸に吸い寄せられないか気が気でない。


「一応避難した方がいいよね」

「あぁ、近くに小学校があるから、そこに……」


 僕が言いかけたところで、ザクロの目が大きく見開かれた。そしてそのまま、まるで全身が凍結したかのように固まってしまう。

 ザクロ? と声をかけようとした瞬間、再び大きな地響きが……。


 ずぅぅんん

 ずぅぅんん

 ずぅぅんん……!!


 でもこれは……まるで……何か、巨大な生物が……歩いているかのような……。


 続いて、僕たちを覆い尽くすように影が広がる。

 ぎゅぅぅ……とザクロが僕の学ランを握りしめた。ザクロの巨大な瞳が裂けそうなほど見開かれる。僕の背後に存在する何かを見つめ、声を失っている。


 僕は意を決して、振り返る。そこには──。


 ──ぐぁああぁあああっ!!!


 空間を揺るがすような唸り声を上げて、巨大なカイジュウが佇んでいた。


// 続く。

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