EP01-02 セックスしないと起動しない巨大ロボット、大地に立つ!
「痛いよ……夢じゃない」
僕の隣で自分の頬を引っ張るザクロ。
……僕も頬をつねる。痛い。
つまり、現実?
僕の生活する世界──剣も魔法も異世界ダンジョンも存在しない普通の世界に、突如カイジュウが出現した?
そういうドッキリというか、なんかお台場の某機動戦士のように、何かしらのイベントでカイジュウを模した建造物が……。
そう思った瞬間、カイジュウは両腕を振り回す。
右手が隣のビルにぶち当たった。
パリンッ! とまるで破裂するかのようにガラスが粉々に砕け散った。
「ウソっ……」
「ここは危険だ。早く逃げようっ」
しかし、ザクロは震えて動かない。
咄嗟に手を掴み、ザクロを引っ張るようにして僕たちは駆けた。
緊急事態にもかかわらず、ザクロの柔らかい指先の感触が脳裏にべっとりと張りついてくる。
夕焼けに染まる巨大なカイジュウ。
太い両足で地面に立ち、空に向かって咆哮を上げる。
古いティラノサウルスのような体型。雰囲気はゴ○ラっぽいけど、ゴツゴツした顔の頬の辺りから斧のような刃が両側に伸びている。
──というか、あの形、見覚えが……。
ずぅぅんんッ! ずぅぅんんッ!!
「あっ、ヒロ君っ!」
「…うぁッ!?」
凄まじい地響きに思わず四つん這いになってしゃがみ込んだ。
ザクロもペタンと尻餅をついた。
コンクリートの道に亀裂が入った。
数メートル先にあるガードレールが折れ曲がり、地面がぱっくりと割れた。まるで僕たちの逃げ道を塞ぐように街が崩壊し始める。
「え……あれっ」
その時、ザクロは僕の背後を指差した。指先を追いかけるように振り向くと、傾く電柱の影に茶色の物体が転がっていた。
なんだあれは……生物?
三本の線がその背中? に描かれている。まるで虎のような模様だった。
「トラちゃん」
ザクロのか細い声を聞いた瞬間、その名前を呼び水に古い記憶が蘇った。
☆★☆★
──昨年、うちで飼っていた犬が死んだ。
安らかに眠るように亡くなった。息を引き取る間際まで側に寄り添っていたザクロは、僕の代わりに……いや、このまま全身の水分を全て搾り出してしまうのでは? と怖くなるほど泣いていた。
トラは、普通の柴犬。
ただ、背中にまるで虎のような三本線の模様がある。故に名前はトラだった。
トラとの出会いも──そうだ、あの日も俺の隣にはザクロがいたんだ。
小学生の頃──。
台風が接近し、早めに下校となった日の放課後。
普段よりも濁り、泡立ちながら流れる河を横目に、俺とザクロは河川敷の道を早足で進んでいた。
台風が近づくという、非日常が隣接する感覚、ワクワクと胸踊る好奇心とちょっぴり恐怖が入り混じるあの空気。
「あれ……」
不意にザクロが声を出す。その視線を追いかけると、河を何かが流れている。
段ボール。
ぷかぷかと水の流れに追いやられるように、流れていた。
「何か、入ってない?」
「ただの段ボールだと思うけど……」
「よく見て! あ…ほらぁ! 犬がッ!」
遠目だったので、僕には犬が入っているとはハッキリわからなかった。けど、ザクロはぞっとするような青ざめた表情で、僕を真っ直ぐに見つめながら口を開く。「流されちゃう!」
ん
その瞳が、あの日夕焼けの中で轟々と燃えるように揺れていた瞳と重なった。
「カバン、持ってて」
「え、ヒロくん……」
「僕が取ってくるから。あと傘もお願い」
弾かれるようにダッシュした。
背後でザクロが誰か大人を……と言っていたけど、そんな余裕がないことは明白だ。
大雨洪水警報が鳴り響き、恐怖で心臓が跳ね上がる。
段ボールはゆっくりと河の中心に流されていた。迷ってる暇なんか無かった。意を決して、足を河の中に突っ込んだ。
水は濁ってるけど、浅いところだから大丈夫……。
うわっ!?
足首までしか水に浸かっていないのに、予想よりも流れが早い。
あっ…ヤバいッ! 流される、誰か……と思わずザクロを見ると、ザクロも僕の後を追いかけるように近づいてきた。ザクロを巻き込むわけにはいかない。必死に踏ん張り、千切れるくらいに腕を伸ばした。
段ボールに……指先が……触れた。
掴むっ!
そのまま渾身の力を込めて段ボールを引き寄せた。浅瀬から足を持ち上げて河岸に倒れ込む。
「ヒロくんっ!」
「はぁ…はぁ……え? …う、うわっ…ちょ、なに…ひぃ」
段ボールから飛び出した犬は、僕の頬をぺろぺろと舐めていた。ザクロは大きな瞳にウルウルと涙を溜めながらも笑っていた。
その犬はトラと名付けられ、うちで飼うことになった。
トラと散歩をしていると、どことなくザクロも現れてよく一緒に散歩した。トラもザクロには懐き、出会うと尻尾をブンブン振り回してザクロに駆け寄る。
「コイツ、僕のことをエサ出し兼散歩係としか思ってないよ」
「え〜そんなことないよね? なになに、ヒロくんは命の恩人だワン! だってさ。トラは幸せ者だねぇ」
「はいはい……」
「ふふ、……でもやっぱり犬って飼い主に似るんだね」
「どこが?」
全力で尻尾を振り続けるトラと僕を交互に眺め、ザクロはにぃっとはにかんだ。
☆★☆★
「あ、落ちるっ!」
……ザクロの悲鳴で意識が現代に戻る。
圧力かかったことでコンクリートの道が隆起し、トラ……とザクロが呼ぶ物体がズルズルと滑り落ちる。
「ザクロ、アレはトラじゃない」
「でも……」
もうトラはこの世にはいない。
亡骸を一緒に庭の中に埋めた……。ザクロだってそれは理解しているはずだ。
ザクロの瞳がふわりと揺れる。
その大きな二重の瞳が、真っ直ぐ僕を突き刺すように見つめてくる。
表情から色が抜け落ちている。
普段は淡いピンク色の小さな唇が紫色に……。
──まただ。あの時の顔だ。
ザクロが怯える感情が、手に取るようにわかる。
脳裏にあの光景が浮かび上がる。
彼女の未だに癒えない傷跡にそっと鋭利な刃が突き立てられる、そんな気分に陥った。
周囲を見渡す。
市役所が目に留まる。みんな避難しているのか中には誰もいない。入口の窓にはカーテンがかかっている。「すぐ戻るから」「……うん」そう言い残して駆け出した。
「すみません、絶対弁償します……」僕はそう口にしてから椅子に登り、カーテンを二枚取り外し、ザクロの下に戻った。
「この二枚を結んでくれる。僕は片方の先端をガードレールに結ぶから」
「わ、わかった」
トラ? が落ちている付近のガードレールはまだ地面に突き刺さっている。その根本にカーテンを巻きつけてキツく結んだ。
「これでいい?」ザクロもカーテン同士を結び終えた。
「ありがとう。……ふぅ、あれを……トラを取ってくるから、ここにいて」
「……わかった」
二枚のカーテンを結び、そこそこの長さとなった。
僕はカーテンをロープ代わりに掴み、そっとトラの下へ向かった。
垂直に落下ではなく、斜面を滑るような感じなので、普通のカーテンでも僕の重さにも耐えられるはず……。
「早く…早くっ」
ザクロの焦るような声が聞こえる。
指がカーテンを滑るたびに、恐怖がぬるっと足元から這い上がる。
自分でも何やっているんだ、早く逃げろと叱咤される。けど、あのザクロを目の当たりにして、逃げるわけにはいかない。
ようやくトラの下に到着した。
生物……だとは思うけど、今まで見たことのない形をしている。雰囲気はウォンバットだけど、もっとデフォルメした丸みがあり、両手両足がパーツを体に貼り付けただけに見えて心もとない。
顔も……作り物っぽい感じだ。けど、不思議と生物と思わせる何かを感じる。
目を瞑り、これは……眠っている?
「軽っ……」
まるで風船を掴むような感覚に驚いた。
続いて、冷たさと温かみが抜け落ちた質感に戸惑う。息はしていない。しかし、妙な生物感を覚える。
あれこれ探っている時間はない。僕は片手でカーテンを掴み、斜面を上がっていく。
ズゥウウウンンッ!
カタカタと揺れて、頭上に砂埃が降りかかる。
体重を預けているカーテンがピンと伸ばされて……。
…ビリリっ……。
嫌な感触が指に伝わった。マズい……。
「ねぇ、カイジュウがこっち来てる!!」
ドクンドクンっ! と喚く心臓を必死に抑え込みながら、迅速にけど焦らず駆け上がる。どこかでカーテンが裂けている。あと少し……。ザクロが頭を出し、片腕を伸ばした──。
ビリッ!!
カーテンが悲痛な悲鳴を上げるように、裂けた。
浮遊感……。
まるで僕を嘲笑うように、ヒラヒラと宙に伸びるカーテンの切れ端……。
嘘だろ……切れた。
瞬間、重力に引き摺り込まれる。
踏ん張ろうにも片手でトラを掴んでいるから力が入らない。ザクロの瞳がかっと見開き、「ヒロくんッ!?」と叫び、手を伸ばす。
……届かない。
ダメだ、このまま落下する。
剥き出しのコンクリートの上に落ちる。
もしも打ちどころが悪かったら……。
そんなことよりも……ザクロに申し訳ない。トラを助ける判断を下したのは僕自身だ。けど、ザクロは自分を責めるだろう。また一生の傷になってしまう。あの苦しみをもう二度と彼女に味わわせたくない、だからこそザクロの前で僕は見栄を張って……。
目を瞑り、歯を食いしばり、トラを抱え込んだ。
わずかでも体を丸め、訪れるであろう衝撃に備えて……。
――けど、いつまで経っても背中に激痛が発生しない。
それよりも……え、なんか……浮いてない?
「ヒロ……くん?」
ザクロの声が、足元から聞こえた。
目を開くと、僕の眼下にザクロの姿があった。
……僕は、宙に浮いていた。
抱えているトラが、ふわふわと宙に浮き、それに僕はしがみついていた。
「ふわぁぁ……むむっ!? あんれ〜もしかしてぇ、もう始まってるトラ?」
「トラちゃんが……喋った」
宙に浮かんだトラは、僕と一緒にザクロの前まで宙を滑るように進んだ。
「しかも浮いてるし……。ってかヒロくん大丈夫?」
頷きながら地上に着陸した。
謎の浮遊生物から離れ、そっとザクロの前に立つ。
「怖がらないで、トラは味方トラよ〜」とその生物は左右に揺れながら喋る。
「語尾がトラ……つまり、トラって名前なのかな」とザクロが耳打ちする。
「お、その通りトラ! トラはトラですトラ。ま、正確には~ヌゥ・エ・トラなんだけど、無難にトラでOKトラ!」
トラと名乗る生物? を今一度観察する。
体は卵状の形に丸みを帯び、顔と体が一体化したようなデフォルメマスコット的な形状をしていた。その体型に両手両足がささやかに張り付いている。顔も、これまたデフォルメされた動物っぽい感じで「結構可愛いかも」とザクロが囁く通り、JK辺りの女の子に人気を博しそうな愛らしさがあった。しかし、この手の愛らしいマスコットキャラには得てして裏がある……とお約束を否めない。
「お前は……」喋りかけたところで、再び地鳴りが……。
「わ、やっぱりこっち来てるよね?」
「うーん、もう見つかっちゃったぽいトラね〜」
トラは回転しながら宙を舞うと、不意にパチンっ! と音を鳴らした。
その瞬間、トラの背後に聳えていたビルが……形を変える。
銀色に煌めく装甲に覆われ、細身のまるで騎士のような姿の「マトリクス……」が悠然と現れた。
「これ……さっきのゲームのロボット?」ザクロが後ずさりながら訊いてくる。
「多分……」
「さ、ヒロ! マトリクスの中に移動するトラよ!」
トラは僕の名前を言いながらパチン! と音を鳴らした。
視界が一瞬で切り替わる。
純白の柔らかな光に包まれた空間に、僕とザクロは立っていた。
「え?」「きゃ!?」同時に驚く。
今までは亀裂の入った道路の上に立っていたはずなのに、僕たちは一瞬で見知らぬ空間に移動していたのだ。
「さぁヒロ! 今からお前がマトリクスを操縦するんだトラ!」
トラが再びパチンと音を鳴らす。
すると、地面からゲーセンで見慣れたコックピットが生えてくる。
「何度見てもメロンアイスの容器っぽい」と小声でザクロは囁く。
「確かに……いや今はそんなことより……ト、トラ? でいいんだよな、僕がこれをゲームみたいに操縦するの?」
「その通りトラ。今度は現実トラよ。操縦者を選抜するために、この世界にマトリクス体験型遊戯を作成して、遊ばせるフリして実力を測っていたんだトラ。で、ヒロは全操縦者の中でも史上最強トラ! 厳正厳格な審査の結果、見事マトリクスの正規操縦者に選ばれたんだトラ!」
【Matrix 9】
そのゲームは、数ヶ月前に突如としてゲーセンに現れた。
マトリクスという名の巨大ロボットを操り、迫り来るカイジュウを打ち倒す本格ロボットアクションゲーム。筐体は凝った作りのコックピットを模していた。リアル感溢れるゲーム性に惹かれ、僕は小遣いの殆どを費やすほどハマっていた。稼働当初はそれなり人気があったけど、複雑過ぎる操作感に徐々に人が離れて行った。でも僕は魅了され続けた。なぜなら、他のロボットゲームは如何にリアルであっても、所詮はコントローラーでゲームしている感が拭えない。しかし、マトリクスは違う。たった一歩足を踏み出すだけでも全身のバランスを考慮し、流動的に変化する計器の値を常に意識しながら操縦する。操作が複雑怪奇な分、思い通りに動いた時の感動はまた格別で、慣れると自身の手足の延長線のように自由自在に操れる。他のゲームでは味わえない魅力にどっぷり浸かっていたんだ。
「トラはヒロをずーっとヒロを探してたんだトラ。でもニンゲンってみ〜んな同じに見えるトラだから、もう疲れて不貞腐れて寝てたトラよ……」
「寝てた? え、だから転がっていたの?」
「しかし、ヒロの方から見つけてくれるとは、これはもう運命トラね!」
「運命か……」ザクロが冷笑気味に笑ってる。けど、トラは気にせずクルクル愉快に旋回していた。
「待ってくれ、パイロットは僕だけど、ザクロは違うよな?」
「空間転移する時に、ヒロとくっついていたから一緒に移動したトラ」
「ってかあたし操縦とかムリだよ。ゲームもできないし、スマホのも、最初のチュートリアルでゲームオーバーしちゃう」
それは逆に凄いよ……じゃなくて、「戦闘に関係ないんだったら、どこか安全な場所にザクロを避難できない?」
「マトリクスが一番安全トラ! ……それに、ユイちゃんも活躍してもらう必要があるトラ!」
「ウソ、なんだろ……応援? チアコスして? でもあたし体硬いから足が上がらないよぉ」
チアコスはともかく、ザクロに応援されたら100人力だ。だったら……このままマトリクスの中に残っていても問題ないかもしれない。
「そんじゃ早速……ってそうだトラ! マトリクスの活力がすっからかんトラ……」
突然宙で固まり、ゆっくり落下しながら弱々しく答えた。
「エネルギーって電力?」トラは全身を左右に振って否定する。「じゃあ……核とか?」
「やれやれ、お前らの世界と一緒にしないでトラよ……」
トラは呆れ口調で呟きながら体を揺らす。
僕というか、この世界の人類を下に見た言い方にカチンとくる。
いや、冷静に考えれば当然なのかもしれない。数十メートルもある巨大二足歩行兵器を管理し、重力を無視した動きを見せるトラと、僕らの科学力の差は月とスッポン以上だ。見下されても、文句は言えないだろう。
「だったら未知の粒子、とか?」
「ニンゲン、トラ」
「え……」
「マトリクスは、ニンゲンとニンゲンが激しくぶつかり合った時に放つ衝撃を糧に機動するんだトラ!」
「えぇ? それって人を食べちゃう?」ザクロが怪訝な顔で睨む。
「食べる? そんなことしないトラ。さ、早く二人で始めるトラよ」
「始めろって……何を?」
「セェッッッッッックスに決まっているトラ!」
☆★☆★
// 続く




