EP03-05 終始、体、重ねて【合宿二日目 教室】
放課後。
いつものゲーセンに僕はワープしていた。
「さぁ、今日も元気に特訓トラよ!」
「……はぁ」
「ため息ばっかりトラね〜。初めてマトリクスを操縦した時の目玉をギランギランに輝かせていたヒロはどこ行ったトラか?」
「そんなの……もう消えたよ……」
「さぁさ、じゃあ戦闘に集中するトラ。決戦は近いんだトラ! 超高難易度、早速開始トラ!」
トラの言う通り、昨日よりも格段に難易度が上がっている。
敵は硬く攻撃は激しくなっているのに、マトリクスは更に弱体化していた。
これが普通のゲームだったら難易度調整ミスってるだろ、と炎上しそうだが、今の僕には意識をマトリクスだけに集中できる環境に救われた。まるでベルトコンベアに流れてくる品物をひたすら処理するように、カイジュウを打ち倒す。
脳裏に弾けるザクロの嬌声に彩られた笑顔、
絶頂に向かう表情の歪み、
快楽に脳を溶かされて【せんせ…すきっ♡】と愛情を纏いながら、
大量の精液を中出しされる姿を思い浮かべずに済む。
「やるトラね〜」
「ホントにその上位者には敵わないの? 正直負ける気はしない」
「……むむむっ、調子乗ってるトラね! では、これならどうトラ?」
そう言って、トラは操縦桿の中央に佇むボタンを押した。
スクリーン上に広がる、映像──。
「別に、なんかもう見慣れた…という…か……え?」
「お昼前の世界史の授業の再現映像トラよ。実戦を模して、ユイちゃんとゴリ松の交尾を見ながら戦う、これでも余裕こけるトラか?」
胸を穿つような苦しみはまだ全然ある。むしろ増している。胸の奥底まで突き刺さる。
けど、人間はどんな苦痛でも浴び続けていると、慣れてしまうらしい。
……初回のような衝撃は──。
「まぁ慣れた……は? な…なんで……いるんだよ、二人がッ!?」
思わず声が出ていた。
だって……この映像は、僕の教室だからだ。
教室を俯瞰して映し出していた。
……ザクロと教師二人きりじゃない。
僕とクラスメイト、そして世界史の先生が映っている。
が、その教室の……僕の隣の席に……ザクロと教師の姿が──。
しかも、二人とも全裸だ……。
僕の隣席の生徒も本日は休んでいた。その椅子を少し後ろに下げて、その上に教師が座り、ザクロが──。
……今日だよな?
暗闇でも、夕日でもない、昼前の穏やかな色合い。
聞き覚えのある授業内容が耳に届く。
僕は一度も眠らなかったし、他の生徒も起きていた。いつも寝てるような顔した世界史の先生だって、教室内で全裸で抱き合う教師と生徒の姿を目撃したら、目をかっぴらいて驚愕して慌てふためくはずだ。
しかし、世界史の先生はのんびりした一本調子で教科書を読み上げている。 誰も、気にしていない。
放課後の誰もいない教室ならともかく、昼間の授業中の最中、二人がセックスをしているのに、誰も……。
僕の住む世界は、いつの間にか毎日カイジュウが暴れ回るような世界観に移り変わっていた。だが、授業が行われてる最中にセックスしても許されるような世界、ではないはず……。
つまり、つまりつまり……。
「合成……?」
「ううん、二人は実際に教室にいたトラよ」
「なっ!? ……だって二人は、教師の家にいるんだろ? 合宿だよな」
「実は二人にお願いされたトラよ。ずっと家にいるのつまらない、外に出たいよ、ってトラ。確かにニンゲンの精神構造的にも、同じ場所で引き篭もるのもあまり良くないトラ。でもでも、病気で休んでるに誰かに目撃されたら困るトラなので、ユイちゃんとゴリ松をニンゲンが認識できないように、お前らニンゲンの五感をイジったトラ」
悪びれず、淡々とトラは説明する。
その言葉が耳から耳へ逃げていくのを必死に捕まえて、意味を理解する。
「……じゃあ、俺たちが授業を受けている間、二人はずっと一緒に……」
「そ〜トラよ。はぁ、トラは二人が買い物とかにお出かけして息抜きさせるために認識除去したのに、他のニンゲンに気づかれないことをいいことに、学校に乗り込んで教室で交尾を始めたトラ! も〜〜話が違うトラ!」
声が出ないよう、教師の胸元に顔を寄せて口を結ぶ。
ギシギシと椅子が軋んだ。
二人の感情の度合いを示すかのような、耳障りな音だ。
『おいおい、いつもより声がデカくなってるぞ』
ザクロの頭部を押さえると強引に唇を重ねる。
ぬちゅっ……と唾液と舌が絡まり合う。
映像の中の僕は、当たり前だけど普通に授業を受けている。すぐ隣でこんな『んちゅ…れろれろ…ん、んんっ…はーっ、はーっ…キスやばい…』行為が繰り広がられているとは夢にも思わなかった。
二人の口元が離れると、たらっと唾液が線を引く。
ザクロの顔は愉悦に蕩け、はぁ…はぁ…と息を荒くしながら脱力して教師に身を寄せる。
一瞬だけ、僕を見たかもしれない。
だって──その瞬間、隣の俺がびくっと微かに体を揺らしたから。
五感はトラによって遮断されたはずなのに、僕はザクロの視線を感じ取っていたんだ。
でも、僕は気のせいと振り払った。
ありえないと……。
でも実際は、僕の隣にザクロはずっと存在していた。
ぎっぎっぎっぎっ!!
椅子の足が軋みながら音を鳴らす。椅子が鳴っている音も、僕たち人間は認識できなかっていた。
『彼氏に聞かせてやれよ、お前の女は隣でメチャクチャイカされてまーす! ってな』
『…ヒロくん…のこと? ち、ちが…別に…彼氏じゃ』
教室内にザクロの嬌声が木霊する。
けど、誰もザクロの声に気づかない。
隣の僕ですら、カリカリとノートの上にシャーペンを走らせている。
『なんだ違うのか? てっきり付き合っているのかと』
『…はぁー…はぁー…だから、付き合って…ません……』
『ほう、じゃあセックスも俺とが初めてだったか? その割には手慣れた感じだったな』
『……初めてです。ってか慣れてないです。あの時はトラちゃんの薬で頭イってましたから……』
『ま、そうだったな。ん、それじゃあキスもまだだったか?』
『もぉいいでしょ……その話は』
『いいじゃないか、教えてくれよ』
『え、ウザっ……ヤです、絶対に言わな──』
ザクロは歯を食いしばりながら甘い快楽の渦に振り回されていた。
何度も何度もザクロを追い詰めて、寸前のところで止める。
次第にザクロの思考を教師への感情が占めていく。
【…イキたい…イキたいイキたいイキたいイキたいっ!】
【せんせいのぶっといおちんちんで……いきたいッ♡】
ザクロは想いを吐露しながら体を揺らす。
──ぼたっ。
ザクロが捕まっている机の上に、液体がこぼれ落ちる。
ザクロはポロポロと涙を溢していた。
『焦らすのもぉヤです……先生の言うとおりにします…っ』
『じゃあ教えてくれよ。誰とキスしたのか』
『……言ったら?』
『あぁ、イカせてやるよ』
『…ヒロくん』観念したかのようにザクロは言う。
『なんだつまんねぇな。ん……いや待て、まさかあのロボットの中で?』
その問いにザクロは一瞬黙った。
しかし、まるでそれを咎めるように教師は──。
戦慄するようにザクロの体が悶えた。
『……そうです』
投げやりな口調で答える。
教師は意地悪く微笑み、僕とザクロを交互に見やった。
『なるほどなぁ。ってことは、あの時お前らはセックスを始めるとこだったんだな。……くくっ、悪いなぁ邪魔して』
そうだった。
あの時、僕たちはセックスを始めるつもりだった。
けど、そうだよ、トラが──。
『ぜんっぜん悪く思ってない、反省してないですよね……』
『高校生の分際で、学業を放り投げて恋愛に走るとは……。これは、教育的指導だな』
『い、意味わかりませんっ…』
『しかも、俺に断りもせずに勝手にキスなんてしやがって』
『別にあたしの勝手でしょっ……』
『待て待て落ち着け。しかし俺は真面目に二人には悪いと思ってるんだ。特にコイツには、な。同じ男だから、最愛の人が奪われる苦しみもよ〜〜くわかるっ!』
ザクロの台詞を遮るように教師は腰を根本まで押し込んだ。
ザクロは一瞬息が止まり、腹部から呼吸を吐き出すように『はっ…はっ…』と息を吐く。快楽でザクロの自由を奪いながら、グッとザクロの腰を掴んで、無理やり位置を変えようとする。
振り回されるようにザクロは90度程向きを変えて──僕を真っ直ぐ見るような格好になった。
僕の机の端に両手を伸ばしたザクロを、その状態で──。
『キスしたら──』
『…するっ! せんせぇとするから』
『いや俺じゃなくて……まぁいいか』
教師は苦笑しながらも体を伸ばし、ザクロの体を持ち上げて唇を奪う。
ザクロは恍惚とした表情で舌を絡ませながらキスを重ねる。
真顔で授業を受けている僕が異常に思える。
『んちゅ…チュゥ…んっ…はーッ…はーっ…したよ、せんせい…チューしたから』
『だから俺じゃねぇよ。ほら、そいつと』
教師は顎で僕を指した。
ザクロは、焦点の定まらない瞳でぼんやりと僕を眺めていた。
『ヒロくん…と?』
『声をかけても触っても気づかれないんだから、キスしても問題ないだろ?』
『そう…だけど、な…なんでするんですか?』
『二人を引き裂いて悪いな〜って反省してなぁ。ほれ、キスだけもしてやりなさい』
僕の顔の数十センチ横に、ザクロの快楽に塗られた顔が浮かんでいる。
もちろん僕は気づかない。
吐息すら顔に降りかかる距離のはずなのに、ぼけっと黒板を眺めていた。
『できません……』
『さっき何でも俺の言うとおりにするって言ったろ? また焦らし欲しいのか?』
『ヤです…』
『じゃあ今日は、ここまでだな』
『それも……だめ』
『ワガママなヤツだな。だから大丈夫だって。こんな真横で嵌められてるのに気づかねぇんだからよ。ほら……いいだろ?』
ザクロは顔を上げて悶えながら、そっと僕を見やった。
あきらかに、教師は僕を小馬鹿にしている。
いまさらキスしろなんて、ザクロの心情すら踏みにじる行為のはずだ。
ザクロだって理解してる。
だからザクロ……そんな、簡単に言いなりになったりしないよな。僕が認識できていないだけで、僕は目の前に存在するんだよ。
ザクロは首を伸ばして、僕の頬に唇を押し付けた。
一瞬だけ。
『これ…で、満足ですか?』
『おいおい、お前そんなのキスの内に入らんだろ。いいか? お互いの唇と唇で…おっ、こっち向いたじゃないか。今がチャンスだ』
どうしてこの時、僕は横を向いたんだろう。
物音や匂いは全てトラによってシャットアウトされているはずなのに。
教師はザクロの体を無理やり揺さぶって前へと突き出す。
『…ッ…ん──』
はっきりと僕とザクロの唇同士が付着する。
とろっとザクロの口から糸が伸びる。けど、その唾液は……。
僕は何も気づかない、気づこうとしない。『ごめ…んね…ごめんっ』ザクロのか細い悲鳴のような謝罪が、今になって僕の心を掻き乱す。
教師はザクロの上半身を引き起こす──。
首を片手で抑えて、まるで齧り付くように顔を寄せた。
『…あっ…せんせ…んんっ…』
まるで僕とのキスを上書きするかのように、お互い舌を絡ませて深くキスを始めた。ザクロは嫌がる素振りを見せない。微笑み、まるで待ち望んでいたかのように、教師のキスに応えようと舌を伸ばす。吐息と唾液の絡まり合う下品な音が僕の顔に降りかかる。
いつの間にか二人の指が重なり、ぎゅっと力強く結ばれる。
唇とはまた異なるルートで感覚を共有し合っていた。
『キスしてわかったろ? 俺の方が』
『うんッ…うん…せんせいがいい…んちゅっ…んっ…れろれろ…んはっ…はっ…あんっ! ねぇもっとぉ…っ!!』
僕とのキスを上書きとか、もうそういう話じゃなかった。
初めから、僕とのキスなんか存在しなかったかのように、二人は熱烈なキスを交わす。
貪り、快楽を舌で舐め合うように。
『せんせいと…しかおぼえてないッ…ヒロくんとのなんか…忘れちゃったっ!!』
ザクロは僕の気持ちを代弁するように叫んだ。
想いを吐露するような、切羽詰まった声色。
嘘偽りのない感情に満ちている。
教師はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべつつ、再びザクロの唇を奪う。
ザクロの大きな瞳は快楽で歪み、本能に促されるまま舌を絡ませていた。
ザクロの体がブルっと震えた。
また……。
【はぁ…くる…せんせのおちんちん…くる…っ♡
【イった瞬間に、中でびゅーってされるの好きッ♡】
【もうずっと中におちんちん入れて欲しいのにはやく射精して欲しい♡】
【ヒロくん】
【もうね、あたしは昨日からずっと……ううん、もっと前から……あの日、初めてヒロくんとキスを交わした日から、あたしはずっと何度も何度も何度も先生にイカされてる。気持ち良すぎて耐えられない。もうあたしの中で先生のおちんちんがビクビクしてるのが当たり前みたい。またイっちゃう。ごめんね、ヒロくんは頑張ってロボット操縦してるのに、あたしのことを想ってカイジュウに挑んでいるのに、あたしは……隠れて先生とセックスしてる。もしかして全部知ってる? ……ってか三日も過ごすってことは普通わかるよね? だったらもう、どうでもいいかも。最近の余裕の無いヒロくんの顔に罪悪感を覚える。昔はそういうところもいじらしくて可愛いと思えた。でも今はどうでもよかった。ごめんね……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい先生早く射精して。もっとたくさんセックスしたい。先生にはもう忘れたなんて言ったけど、全部覚えてるの。あの時のヒロくんの表情、緊張した空気、ふわっと体が浮き上がるような幸福感。全部あたしの中にある。なのに……。全部わかってるのに、先生のことが好き。でも、あたし達が深い関係になればなるほど、強くなれるんだよね? ヒロくんはずっと強い人に憧れてたから、これでいいんだよね? そうだよね? 嗚呼本当にあたしって非道い、さいあく。人の感情を見捨てて、自分だけを優先するって、あの人と……同じじゃん】
『ほれ、中にたくさん出してもらいますって報告しとけ。一応、世界を救う仲間だろ?』
ザクロは愉悦に顔を歪め、唇を噛み締めながらも顔をあげる。
僕の耳元まで数センチの距離。
小さな唇が開き──。
『ヒロくん…今から──。ヒロくんは…ロボットがんばって…あたしもがんばってセックスする、からぁ……』
僕の隣で、
何度も……何度も……。
やがて教師はため息を一つついた後、椅子に座り、ザクロを向かい入れる。
ザクロは寄り添うように教師にしがみつくと、その胸元に顔を寄せて息を整える。
『はぁ……やば…ありえないですけど。授業中にするなんて……』
『コイツの授業よりも遥かに有意義だったろ?』
『酷い……。まぁいつも寝てますけど……』
一瞬だけ、ザクロが横目で僕を眺めた。【ヒロくん……】
『…ん!? …んっ…』
視線すら許さないと言わんばかりに、教師はザクロの唇を奪って強引にキスを始めた。
ひとしきりキスを終えると、ザクロはじーっと教師を眺める。
ぞわっと僕の胸が恐怖によって竦んだ。
だって、その視線は……普段ザクロが僕に向けてくる視線だからだ。
幼い頃から浴びていた。
こそばゆいけど、緩やかな淡い視線。
『嫉妬えぐ……。あ、待って休憩! 保健室のベット行きましょうよ。多分空いてます……』
【心配しなくても大丈夫です。もう……あたしは先生のこと──】
//続く




