EP03-04 終始、体、重ねて【合宿二日目】
……っ…。
え?
…ひっ……はっ…
声が聞こえる。
耳元から誰かのいやこれは──『……んっ…』ザクロの声だ。
がばっと跳ね起きる。
もちろん僕の周りにザクロは存在しない。だったら耳には……昨日つけたワイヤレスイヤホンが刺さっている。そこから音が……つまり、スマホから?
枕元のスマホを手に取る。
M9のアプリが開かれていた。昨日、アプリを起動した状態で眠っていたんだ……。
『…ん…くぅ…んっ……』
朝日が注ぐベッドの上、ザクロの姿が映し出されていた。
ザクロはまだ目を閉じている。眠っているのだろうか?
ザクロの股に、教師の指が伸びている。
目が覚めたザクロは、悶えながらも辺りを見渡す。
教師を目に留めて『なんでぇ…せんせい…いるの…んぁっ…』
『俺の家に泊まったんだろ』
ザクロの抵抗むなしく、教師は潜り込ませた指をうごめかす。
引き抜いた指には、ぬるっと輝く液体が朝日に反射して煌めく。
『はーっ…はーっ…せんせぇ…』ザクロは片手で額を覆いながらじろりと教師を睨む。『朝から…ダメですよ…っ』
『すまんすまん、ユイの寝顔があまりも愛らしいからつい、な』
『はぁ……ついじゃねぇ……。こんなの、あたまおかしくなります…』
『でも目覚めながらイクの気持ちいいだろ?』
『きも、ば〜〜かっ』ザクロは手で顔を隠しながらも、垣間見える表情から満更でもない様子が伺えた。
『ってか先生……なに出してるんですか?』
『仕方ねぇだろ。お前が誘うだから』
ザクロはため息をつきつつ、ズボンと下着を足から外して下半身を露出させる。
──悪夢かもしれない。今日、朝っぱらからザクロは──。そのまま流れるように犯される。悪夢であってくれ、と僕は願うも、噛み締めている唇がじんじんと痛み、口の中に血の味が広がっていく。
ザクロは本心では嫌がっていない。あのログを見なくてもわかってしまう。
昨日の悪夢が現実であることをまざまざと突きつける。
その時、ぐぅぅ……とザクロのお腹が鳴った。
『……食べるなよ』
『うーん、見ようによっては、ソーセージっぽいかも』
『お、おい…歯を立てるな』
『あ〜ビビって小さくなる! ……ふふっ、逃すかっ』
朝の透き通った朝日を浴びて、ザクロの顔にこびりついた液体はキラキラと輝いていた。
☆★☆★
二人が風呂場に向かうところで、僕はスマホを投げ捨てて朝の支度をする。
見なければよかった。
耳からザクロの声が聞こえた瞬間にイヤホンを放り投げて、スマホを投げ捨てるべきだったのに……。
二日目──。
最悪のスタートだ。
僕だけ、普段通りの日常が始まる。
全身を巡る血液を鉛に入れ替えてしまったかのように全身を怠慢感が襲う。
「……ザクロは、あんなに中に精子を出されてるけど、本当に問題ないんだよな? 妊娠、しないよな?」
「正確には、妊娠はしてるトラよ」
「……え? お前言ってることが……」
「卵子に精子が着床した場合に、ユイちゃんの体内に送り込んだ超微小卵子破壊機器によって破壊してるトラ。ちなみに、二人が交尾した時に毎回ユイちゃんは妊娠してるトラ~。やっぱ相性最高トラね~」
くらっと目眩がする。動悸もおかしい。
「だーいじょーぶトラ。肉体的・精神的にどちらもヒロは元気いっぱいトラよ。さ〜さ、早く学校に行って、午後も特訓するトラよ!」
僕はもう逆らう気にもなれなかった。
まるでトラに流されるように、学校に向かった。僕は、僕の日常を進めることで、この狂った世界からどうにか自我を保とうとしていたのかも、しれない。
教室についた。すると、僕の机を使っていたロボ研の二人が声をかけてくる。
「ヒロどした? 元気ねぇな?」
「……そう?」
「ま、わかるぜその気持ち、今日はトップスリーの一角が休んでるからな〜」「うんうん」井上に同調するように、ハルも頷いた。「ハルなんて早くユイさんが全快しますようにって神社に参拝してから登校したんだぜ」
否定したいが、今の体の歯車が噛み合わずに首が180°捻じ曲がるような不快感の原因はザクロだ。
「ってか本当に体調悪そうだな。まぁ、今日は部活来なくてもいいぞ。外装パーツを塗装して乾かしてるから、多分シンナー臭くて服に移る」
それを聞いて、少し残念に思う僕がいた。
二人といつものような会話を続けて、少しでもザクロから意識を遠ざけたかったのに……。
☆★☆★
授業中の間も、ふとザクロを探してしまう。
こうしてザクロが不在になると思い知るが、僕は自分でも驚くほどザクロの姿を追っていた。僕の座席は一番後ろにあり、黒板とその間にザクロの座席があるので、目が吸い寄せられてしまうのあるけれど。
空席を眺め、そこにザクロの後ろ姿が幻のように浮かび上がる。
けど、今は……その幻を透かしにして……記憶が蘇る。
昨日の風呂場での、あの親密な会話。
お互いの壁を感じさせない態度。
教師と生徒という壁は、とっくに粉々に砕けていたのだろう。
あんな変態プレイを強要されても、ザクロは嫌がっていなかった。声に恐怖や怯えの色は微塵も混じっていなかった。
むしろ信頼し、心を許している。
今日の朝だって……いきなり襲われているのに、ザクロは普通に受け入れていた。嫌がる素振りは見せつつも、内心は……。
せめて涙を浮かべて拒否してくれたなら──。
だからそれは……。
ザクロが愉快にセックスする姿を目の当たりにするたびに、恐怖を抱くザクロを切望してしまう。
僕の醜さが嫌になる。
そんなの……僕が救われるだけだ。マトリクスを強化するために、ザクロは自らを犠牲にして僕のために……という展開は、ただ僕が救われるだけ。
だったらまだ今みたいにザクロが拒否せず、率先して教師とセックスをしている方が、いいの? いいのかな……わからない。
ただなんか二人はもう……マトリクスのためにセックスしている、というよりも、それを口実にセックスしているような、気がした。
ふと、視線を感じる。
思わずザクロの座席に視線を走らせた。
もちろん、空席。
けど、肌にズキっと突き刺さるようなこの感覚は、ザクロだ。
今は世界史の授業中。
先生の淡々とした説明はまるでお経で、クラスの半分以上は睡魔の中に落ちているかもしれない。
ザクロは今日も教師の家にいる。寝起きセックスからスタートし、どうせ風呂でもセックスして、そのあともずっと……。
スマホを取り出そうとした。けど、すぐにポケットから手を抜く。
別に見たところで……どうせ。
ザクロを考えるあまり、まるで幻覚のように彼女の視線を記憶が呼び覚ましているのかもしれない。
前を見やると、ザクロの席にザクロが座っているような気がした。
そんなはずがない……とため息をつく。
ふと視線を隣に流すと、そういえば隣の席の生徒も風邪で休んでいたことに気づく。少し椅子が引かれて、ぽっかりと穴が空いたように静かだった。
高校の席順は名前の順。隣にザクロが来ることはなかった。残念に思うけど、まぁ実際は結構感謝している。だって、隣に座られたら絶対に意識するし、毎日がひりつくような緊張感に襲われるからだ。
脳裏にザクロとの思い出が逡巡する。
マトリクス内でザクロと向き合い……キスを交わした記憶がふわりと蘇る。あの時の感触が、唇に広がるほど鮮明に──。
// 続く




