EP03-02 終始、体、重ねて【合宿一日目 風呂場】
翌日。
合宿一日目──。
ザクロは予定通り学校を休んだ。朝のHRでは風邪と担任の先生が言っていた。体育教師も珍しい感染症にかかり、数日休むとのこと。
思わずスマホを掴むが……辞めた。
自分の首を絞めるだけだ。
精神的な自傷行為に辟易とする。リストカットとか、自ら体を傷つける意味が理解できなかったけど、今ならその行動に移す理由がなんとなくわかる……。
「僕は普通に登校していいんだよな」
「ヒロにも特別な特訓を用意してるトラ。けど、ヒロの腕前なら毎日数時間、いつもの遊技場で特訓するだけでOKトラ」
「そう……」
昼休み。
屋上でパンを齧りながらトラと会話する。
一人──。
元からぼっちだから気にしないし、むしろ人の来ない屋上で清々しい陽光を浴びながらの昼食は贅沢のはずなのに、妙な疎外感を覚えた。僕だけ、この世界に取り残された感覚。
「今日、カイジュウが現れたらどうするんだ?」
「その心配はないトラ。しばらくはカイジュウ登場期間から外れたトラ。だから合宿を三日と設定したトラ」
「まるで──」「トラが全部仕組んだトラかって? そこに気づくとは流石トラ……って答えたら、ヒロはどうするトラ?」
「どうせ、世界が崩壊するとか、僕が戦わないからみんなが苦しむって、脅すんだろ?」
投げやりに答えながらも身構える。
また、人がカイジュウに揉みくちゃにされる動画を見せつけられ、悲惨な運命を辿る人々の未来を浴びる。
「もー不貞腐れるなトラよ〜。ニンゲンの精神に負荷を与えるの良くないと最近トラも勉強してるトラ」
勉強してる、だと?
それで……これなのか?
喋る代わりにパンに齧り付く。
「でも、今の世界は三人が守っているトラよ! 侵略者たちが暴れ回ったら数日で世界は崩壊するトラ。今、この平和ボケしたやさしい世界を維持できているのも、ヒロが覚悟を持って戦いの中に身を置いた結果トラ! すごいトラ! ヤバくてエグいトラ!!」
不快なのは、コイツは……トラはウソ偽りなく僕を励ましてることだ。
何か裏があり、そのためにキャラを偽って……というのは感じない。無邪気に喜んでる。応援してる。丸っこい可愛らしいデザインも相まって、こうして会話していると毒気が抜かれてしまう。
──その日の放課後、下駄箱で靴に履き替えたところで、ゲーセンにワープしていた。
いつもの見慣れたコックピットが目の前に。
「戦えばいいんだよな?」
「今日から特別仕様トラ」
マトリクスの攻撃力が軒並み下げられている。しかも、マトリクスの動作にずっしりと重みが増して、攻撃と機動力にデバフがかかっている。まるで水中で戦っているようだった。
でも、慣れたらどうってことない。現実で倒したカイジュウたちが立ちはだかる。が、現実の自分の行動の一つ一つが多くの人々の命を握っているという緊張感に比べたらまるで相手にならない……。
それよりも……「なんでこれがついてるんだよ」
操縦桿の中央には、マトリクスのセックスルームを表示するボタンが新たに追加されていた。ゲーセンのマトリクスには無かったはずのボタンだ。
「ユイちゃんとゴリ松がしっかり仲良くできてるか不安になると思ったからトラ。これで戦闘中もいつでも観察し放題トラ!」
「しないよ……」
「せっかく追加したのに。マトリクスの強化は二人の絆によって左右されるトラ。ヒロも二人が今何をしているか、気になるトラよね?」
確信めいた口調。
どうせ、僕の心を読みながら会話しているのだろう。
振り切るように操縦桿を握り、戦闘に集中する。
でも、戦闘に集中すればするほど考える余裕が生じる。途端に広がる、二人の性行。
マトリクスのスクリーン上に描画されてるみたいで最悪だ。
二人が、学校を休んでどこで何をしているのか、必死に堪えていないと、頭が勝手に映像を作り上げようとしてくる。
でも僕はボタンを押さなかった。
今日は朝から教師の家に訪れたはずだ。
僕は【M9】のアプリで観察もしなかった。
なぜなら、なぜなら……現実にしたくなかったから……。僕の妄想に留めたい。情けない理由に、自分に冷笑する。
でも、もしかしたら、という甘い欲求が耳元で囁く。
ポチッと押したら、ザクロは教師と共に生活することに嫌気がさして、外に飛び出ているかもしれない。逃げるように街を疾走して……ふと、顔を上げたらいつものように、大きな瞳が爛々と輝いて僕を見下ろしている。
もちろん誰もいない。
まぁ、あの刺すような視線を感じないので、付近にザクロは存在しないとわかりきってるのに……。
未だに何かに期待し、裏切られて、傷つく。
だったら、もういっそ……。
トラが用意した強化個体を一掃し、僕はコックピットから立ち上がる。
「あれ、もう帰るトラ?」
「ノルマはこなした。これ以上続けても意味ないし」
「ふっふっふ、それじゃあ明日はさらなる強敵をた〜くさん用意するから覚悟しろトラよ!」
カイジュウは連日街を破壊する。それでも人々は瓦礫の上に平穏を築き、まるでそれが日常の一部であるかのように振る舞っている。その光景は不気味……とは感じない。僕自身もカイジュウが身近に存在する生活はおかしいと認識しているはずなのに、まぁ仕方ないよな、と軽く受け止めている。
自宅に近づいたところで、「あら、お帰りなさい」とザクロの祖母に声をかけられた。
ザクロは父方の祖父母と暮らしている。ザクロの祖母はおっとりとした優しい方で、僕を見かけるといつも嬉しそうに喋りかけてくれる。
「こんばんは。……あの、ザクロは、今日はお休みって聞いて」
「そうそう、ユイったら風邪ひいて寝込んじゃってね。ヒロ君も移されないよう気をつけなさいよ」
「そう、ですか。はい、お大事にってお伝えください」
──ザクロは自宅で療養中、ということになっている。実際には教師の自宅にいるが、ザクロの祖父母は部屋で寝込んでいる、という認識をトラによって植え付けられているため、もぬけの殻のベッドを見ても、何も違和感を覚えないという。
未だにトラの魔法めいた力は半信半疑だけど、こうして目の当たりにすると否応にも信じるしかなかった。
……いやでも本当にザクロは自室に──。
「あ、あの……ザクロに、お見舞いを……」
「そうねぇ、あの子も喜ぶと思うけど、ほら……女の子って寝込んでいるところを見られたくないものじゃない? 特にヒロ君にはね」
ザクロの祖母はイタズラっぽく微笑んだ。
強引に家に上がるわけにもいかない。僕はですよね、と軽く会釈して引き下がった。
日常を感じていると、僕が見てきたザクロと教師が重なる姿は、まるで僕の幻想であるかのような感覚に囚われる。あの映像や文章はフェイクなのでは? という願いが再び力を蓄え始める。
「トラ……頼みがあるんだ」
☆★☆★
いい匂い……。
まるで某ブランドのない生活雑貨店のお香コーナーだ。
整然と片付いた薄暗い部屋。
男性の一人暮らしだから、もっと乱雑に荒れた部屋を思い浮かべていたので面食らう。
『ゴリ松』と女子生徒に小馬鹿にされる教師の自宅だと、どうしても信じられなかった。
僕は息を潜めながら、そっと部屋を進む。
ドク…ン! ドクンっ! と心臓が歪なテンポで揺れていた。
──トラに頼み、教師の家にワープした。
……この目で確かめるために。
本当に、本当にザクロは教師の自宅にいるのか、と。
鉢合わせるのを避けるため、ワープ先に二人がいないことを確認してもらったところ、二人は……風呂場。
リビングを通り抜け、廊下に出た。
その瞬間、シャワーの音が聞こえた。
額にじわっと汗が滲んだ。
泥のようにへばりつく汗。
息を殺し、そっと扉を開く。隙間から中を覗く──誰もいない?
「あははっ、ホントですか? キモっ…キモいんですけど」
「キモいって言うなよ。男はみんなここから出すんだよ」
「え、じゃあ今から見せてくださいっ! あたし、男の子がおしっこするところ見たことないんです」
浴室を隔てる磨りガラスの先から、ザクロと教師の掛け合いが聞こえた。
楽しそうに会話している。
まず、ザクロの無邪気な声色に恐怖を覚えた。ガチガチと僕の歯が擦れて音が……。
そして、二人の会話の内容を理解した瞬間、「へ?!」とうめき声を漏らした。思わず両手で口を塞ぐ。
……ザクロは、何を……え、なに……は?
「いや、それは流石に教師として倫理的にだな……」
「はぁ? 今更!? なんか恥ずかしがってるし、精子はあんなにびゅっびゅ出すのに、おしっこはヤなんですか?」
例えば、ザクロの苦しみに満ちた啜り泣きが聞こえるなら、まだわかる。僕は最悪の未来としてそれを想定していた。
いや、違う。
僕は、
……最悪の未来を願っていたんだ。
しかし、現実はテンションの高いザクロの笑い声。
浴室への磨りガラスから、ビリビリと僕まで響いてくる。
苦痛も悲痛も混ざっていない、ただ純粋に愉快に笑い声をあげるザクロ。
「……ったくしょーがねぇな。…おい、そんな見るなって
「じー!」
「お前、女子高校生だろ!」
「確かにJKがおちんちん見つめるのダメかも。最初はデコボコしてグロテスクだなぁって思ってましたけど、じっくり見るとこれはこれでカワイイかも。ってか早く出さないんですか〜?」
「……いや、背後に立たれると」
「立たれると? ……え? 出ないとか、あるんですか?」
「俺は出ないタイプなんだよ」
「ウケる、男の人ってそういうのあるんだ……。うわぁ、不要な知識増やさないでください」
僕は恐る恐るM9を起動し、浴室の中の様子を映像として再生させた──。
そこには、長髪をお団子に結いたザクロと教師が鏡の前に並んで立っていた。
どちらも……全裸、だ。
ある意味待ち望んでいた光景のはずなのに、僕の胸がギリギリと軋む。
まだ一日も経っていない。朝から……きっと二人はセックスし続けていたのだろう。けど、いくらなんでも……二人の仲が進展しすぎている。こんな談笑しながら全裸でお風呂に入るなんてありえるのか?
必死に否定しようと、僕はスマホに映し出される二人を食い入るように見つめた。
でも……ザクロの柔らかな笑み。僕ですらあまり見られない安心しきった緩んだ表情に慄く。
……ジョロロロっ
ウソだろ……。
僕は息をするのすら忘れるほど、二人の姿に見入っていた。
排尿だけにとどまらず、体を密着させる二人はやがて──。
──バンッ!
破裂するような打撃音っ!?
突然の音に僕は飛び上がる。
バレた……いや……違う、ザクロが浴室の扉に押し付けられたんだ。
はっきりとしたシルエットが浮かび上がる。
胸がむにゅっと潰れ、ザクロの両手が大きく開いて張り付いている。
数メートル先に、ザクロが存在する。
その事実が視覚的にも僕の中に入り込んできた。
扉に体を押し付けて、ビクンビクンっ……と激しく脈打つ。
今この瞬間、僕の目の前で、ザクロが……。
二人はシャワーで汗を流し終えると、そのまま湯船に身を沈めた。
教師の足の間に収まるようにして、ザクロが座った。
教師は背後から腕を伸ばし、ザクロの胸や体を優しく撫でる。
ザクロは小さくため息をつく。けどそれは嫌悪からではなく、むしろ満ち足りた安らぎがその表情から滲み出ていた。
雑な愛撫を嫌がっていない。
笑っている。愛らしい笑顔で。僕にも時々向けてくれた子どもっぽい表情。
まるで、長年連れ添った恋人がいちゃつくように、二人は性行後の穏やかな幸福を分かち合っていた。
// 続く
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