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EP03-01 終始、体、重ねて


「皆さん、忙しい中お集まりいただきありがとうトラ!」

「お集まりって、トラちゃんにいきなりワープされただけですけど……」


 放課後、空は鉛色の雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。

 湿った空気を浴びながら、縦横無尽に宙を舞うトラをぼんやり眺めている。


 僕たちは屋上の片隅に立っていた。

 僕、ザクロ、そして教師。

 ザクロはスマホを片手に、教師は惣菜パンに齧り付いた状態だった。


「ふっふっふ、ついにこの時が来たトラ」

「笑ってるのに表情に動きないの怖いなぁ」

「そう、上位侵略者との戦いトラ……」

「おーい、無視ですか?」

「そのためには、三人で更なる高みを目指す必要があるトラ!」


 三人、という言葉がぴりっと僕たちの間を駆け巡る。

 更なる高み、その言葉の言わんとするその意味を、何となく理解していた。多分、三人とも。


 なぜなら、

 マトリクスは、

 セックスしないと機動しないから……。


 マトリクスの仕様を理解するたびに、そのためにザクロが教師に抱かれている姿を目の当たりにするたびに、じわっと、心臓から錆びた血液が染み出るような不快感を覚える。何度味わっても慣れない。今も、二人が同じ空間に存在することが許せない。


「上位侵略者、つまり今までのカイジュウよりも、もっと強い奴が現れるとか?」


 僕は僕の中で湧き上がる衝動を抑え込みながら問うと、トラは大きく頷いた。


「その通りトラ。更なら強敵トラ。今のマトリクスでも十分強いトラだけど、残念なことに上位侵略者には歯が立たないトラ。立ち向かうためには、マトリクスの活力をもっとも〜っと引き上げて、形態変化を発生させる必要があるトラ!」

「あ、それってヒロくんがゲーセンの時に言ってたやつ? 隠しモード、だっけ?」


 ザクロが何気なく話を振る。

 いつもの表情、変わらない声色、刺さる視線。

 僕は目線を合わせずに小さく頷く。トラが僕からの返事を奪うように引き取った。


「別に隠してるわけじゃないトラよ。三人がまだその段階に踏み入ってないだけトラ。マトリクスはまだまだ本気出せていないトラよ……。なので、この由々しき事態を打破するために、トラは三日三晩寝ずに考えたトラ。マトリクスの活力をもう一段階上に引き上げる……秘策トラ!」

「秘策……」ザクロがオウム返しした。「ってか毎回強引。なに? 特訓とか……合宿でもするつもり?」

「おぉ、まさに合宿トラ!」

「え、正解? やったー」


 ザクロは棒読みで嬉しくなさそ──いや、微かに口元に笑みが溢れている……。


「先に言われたトラ……。もートラが大々的に発表する予定だったトラ!」

「ごめんごめん。でも合宿? 旅館に泊まるの? 皆で?」

「いや二人トラ。ユイちゃんとゴリ松、お前らは明日から三日間、一緒に生活しろトラ」


 トラはそう宣言した。

 一瞬遅れて、僕は教師とザクロを見やる。

 ドクンドクンドクンッ! と心臓が跳ねる。

 僕の視線は二人と噛み合わず、けどザクロと教師はお互いの瞳を真っ直ぐに見つめ合う。

 二人は戸惑いながらもどこか──。


「本気?」

「学校は休めトラ。もちろんゴリ松もトラよ。三日間、常に行動を共にして、絆をもっともっとも〜〜〜っと深めるトラ!!」


★☆★☆


「あの宇宙人、ホント強引だよね……」

「アイツ、宇宙人なの?」

「知らないけど、あんなヤバい力持ってるんだから、まぁ宇宙人でしょ、きっと」


 ザクロと階段を降りながら語り合う。

 僕たちは普通に会話を交わしていた。

 普通に、今まで通り……いや、少し戻った、気がする。ザクロとキスを交わす前の僕がザクロから距離を取っていた幼馴染の関係性までに……。

 まるで、僕とのキスが発生しなかったと宣言するかのように。


 僕は、ザクロの全てを把握している。が、ザクロは僕が観ているとは、知らないはず。トラには絶対に言うな、言ったら本気でマトリクスから降りると宣言し、トラは了承してくれた。あの記録帳でも、ザクロが僕に気づいてる描写は皆無だ。

 

 先生は僕たちの会話には参加せず、すっと消えるように職員室に戻って行った。僕とザクロはそれを眺めつつ、自分らの教室に戻る。

 湿度が高い。鼻につく、湿った木の匂い。

 その合間を揺蕩うように、ザクロの柑橘系の香水が鼻に届く。

 ウェーブのかかった長髪は、湿気によって普段よりも跳ねている。昔からそれを凄い嫌がるけど、普段と僅かに異なる髪型の彼女も……。


 乱れる髪。

 跳ね上がる彼女の体。

 断面図の中で、大量の精液を注ぎ込まれる悍ましい光景。


 ──フラッシュバックする。

 普通に校内を歩いているはずなのに、ザクロを眺めていると彼女を透かして教師と絡み合う光景が頭の奥から響いてくる。

 心臓がバクバクと脈を打つ。

 胸が苦しい。

 気を抜けば涙が零れ落ちそうだった。


 それでも、僕は必死に耐えていた。

 僕が正常な思考回路の持ち主だったら、もう全てをザクロに伝えて、彼女と距離を取るべきなのに、僕はこうして普通に会話できる関係を望んでいる。僕は、彼女を断ち切る勇気を持っていなかった。


「それじゃあ、また明日……いや、明日はそっか」

「うん。……今日はロボロボのとこ?」

「たまには顔出さないと……」


 ザクロは何か言いたげに瞳を光らせる。が、そのまま片足を軸にくるっと反転し、僕に背中を向ける。僕はそっとスマホを取り出した──。


「……あのさ」ザクロは僕に背を向けたまま声をかけてくる。

「なに」

「あ……ううん、何でもない。またね……」【伝える必要はないよね。だってもう……わかってるよね。ってか明日から先生と三日間合宿します、ってヒロくんに伝えて、ヒロくんがヤです! と反対しても、あたしは多分先生のところに向かいます。ごめんね……この謝罪も誰に謝ってるんだろ。……あたしと先生の絆が深まれば、あのロボットは強くなるんでしょ? ね、つまり全部ヒロくんのためなんだよ……なんて流石にバカにし過ぎてるよね? ってか、先生……まだ残ってるかな♡】


 僕は早足で駆け出した。

 見なければいいのに……。

 わかっている。

 頭の中では理解しているはずなのに……。

 ありがとう、僕のために……とでも言えばよかったのだろうか。そんなしょーもない皮肉を口にして、傷つくのは僕だけだとわかっている。


「おーヒロ! 待ち侘びたぜ!」井上ショウタのニヤケ面が目に入る。


 ロボ研の部室──とは名ばかりの小さな倉庫のような部屋に逃げ込む。

 デスクと妙にフカフカとしたソファがあり、部屋の隅には漫画やゲームが積み重なっている。


「話ってなに?」スマホに届いていたメッセージには、重大発表の文字だけ。


「ついに、我らロボロボ部、始動します」

「始動?」

「あぁ、ここからロボ研の熱いロボロボ活動がスターとするんだ!」

「……ハル?」


 井上の勿体ぶった言い方が面倒なので、ハルに訊く。


「えっと、まぁこの前生徒会からロボ研の活動報告を根掘り葉掘り聞かれて、主にゲームと読書(漫画)ですか……と睨まれて」

「アニメも観てますって俺は言ったぜ」

「で、まともな活動報告ができないのなら、部室閉鎖宣言が発令……と」

「部活動の停止なんて二次元だけの話じゃなかったのかよ」

「ってなわけで、ロボ研が活動してる実績が必要になり、三人でロボットを作ることになりました」


 なるほど、部活動としてのまともな活動を魅せろ──。


「……待って、三人? それ、僕も入ってるの?」

「当たり前だろ! 部員なんだから」「うんうん」

「入ったつもりは無いんだけど……」

「で、作るぜ、マトリクス!」

「は?」


 突如出てきた名前に面食らう。

 ひゅっと喉が鳴りそうになるのを堪える。

 身構える僕に、井上はスマホを差し出す。


「これだこれ!」

「……二足歩行のロボット?」


 井上のスマホには、30センチ程の外骨格が組み上がったロボットが映し出されていた。

 

「井上が組み立て、マトリクス風のパーツ装着や塗装担当。で、俺は操作系統の作成。まぁ簡単にプログラミングで遊べるらしいから」

「何かロボットの大会にでも参加する気?」

「あのなぁ、今更ガチ勢に叶うはずがないだろ。俺らは慎ましく文化祭の隅っこで1/144マトリクスをお披露目するだけ。それまでに手足のように操れるよう特訓しとけよ!」

「わかった……いや僕が?」

「お前得意だろ? ゲームでもチート使ってんのか? って晒して炎上させたくなる程度に強いし」

「いや、現実とゲームは……」まぁ大して相違ない、かも。


 少しでもマトリクスから離れたいと願っていた。

 しかし、まるでひたひたと足音を鳴らしながら追跡するように、マトリクスは迫ってくる。これも全てトラが仕組んでいるのだろうか……。


☆★☆★



// 続く

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