70話
微かな希望が生まれたのと同時、上方からアスモデウスの声が聞こえた。
見上げると、先ほどまで七色の光に追われていたにも関わらず、今では平然と宙に浮いている。
「こんな時に、呑気にガールズトークですか?」
小馬鹿にしたように煽るアスモデウス。
その男に七色の光が接近するが、右手から放たれる黒い波動のようなもので相殺されてしまった。
ティターニアの扱う七色の光。
アスモデウスは、その強さを知っている。
故に、あの場面では一度、退避した。
だが、追われる中で、確信した。
これは簡単に相殺出来るものであると、自身の収納空間に改良を施して作り上げた特殊異能空間の優位性は精霊の女王にも有効であると。
「あなたの攻撃ですが、些か出力が落ちているようですねぇ……」
「わかりきった事を……。この空間のせいでしょうに」
忌々しげに周囲一帯を見回しながらティターニアは言った。
「ハハハ、この世界に準拠する力を制限するというものですが……まさか、ここまで効果があるとは恐れ入りました」
「そうよね。……普段なら、無言で魔法の使用が出来るってのに……卑怯にもほどがあるわ」
「卑怯? ご冗談を。これは戦術というやつですよ。馬鹿正直に戦う馬鹿がどこにいるんです?」
アスモデウスは一同を見下げて嘲笑う。
「それにしても先ほどから思ってはいましたが、貴方一人では厳しいのではないですかね? それもお荷物を抱えなが――――」
「その発言、訂正しなさい!」
ティターニアは眉間に皺を寄せ、宙に浮かぶソレに向かって人さし指を突きつけて言った。
隣にいたメリアがそのドスの効いた声に一瞬、ビクっと身体を仰け反らせる。
だが、アスモデウスはその怒りに一切、動じずに、あっけらかんと答える。
「どの部分を……でしょうか?」
「全部よ、元よりメリアちゃんはお荷物なんかじゃない。カインくんのガッツもなかなかのものだった。誰もお荷物なんかじゃない!」
「ははぁ、なるほど。そういうの、見ていて虫唾が走るたちでしてねぇ……。一度にまとめて消し去りたくなりますよ」
そう嘆くや否や、片手を振り上げると、アスモデウスの頭上に巨大な炎球が出現した。
それは、先ほど無数の氷柱を溶かし尽くした炎球よりも、一回りも二回りも大きい。
彼はそれを、まるでボールを人さし指に乗せて回すかのように、軽々と操っている。
それは彼の余力が十分にあることの証左であった。
ティターニアの額から汗が流れ落ちる。
そんな彼女を余裕たっぷりな表情で見下ろして言った。
「これを凌ぎ切るだけの力が今のあなたにありますかねぇ……?」
「試してみる……?」
「挑発は受けない主義なのですが……あえて受けてあげましょう」
その言葉を合図に、炎球は周囲一帯を焦土に変貌させんがごとく膨張していく。
――――ティターニアは、この時を待っていたと言わんばかりに声を発した。
「この挑発に乗っかった……それがお前の敗因!! 今よ!!」
視線は変わらず、アスモデウスの方を向いている。
その直後、アスモデウスの背後から何者かが出現した。
その気配に気付いたものの、膨れ上がりすぎた炎球のコントロールに集中していたが故に、反応が一瞬、遅れる。
「じゃーな」
その者は一言だけ告げると、返答を待つまでもなく、炎球に向けて、一筋の斬撃を見舞いした。
炎球には高濃度のエネルギーが充満しており、非常に不安定な状態といえる。
そんな状態のものに、強力な一撃をお見舞いすると一体、どうなるのか――――
充満したエネルギーは安定性を失い、そして、それは術者である彼でさえもコントロールが効かないとなれば、自ずと行き着く答えは一つ。
「大爆発でおっ死んじまいなぁ。テメェの作った炎級でな」
そう言い残しながら、その場から即座に離脱し、三人の元へと降り立った謎の人物。
その人物に、ティターニアが称賛を投げかける。
「ナイスタイミングだったわ……ゼロ――――じゃなくてワイト!」
「もうこの際、ゼロでもワイトでもどっちでもいいわ……てか、随分と派手にやられちまったな!」
「どこかの誰かさんがジャミングされちゃったからね。ほんと、散々よ。もう今すぐ、帰りたい気分」
「それはまぁ……済まないというか不可抗力というか……」
実際、ワイトにも思うところはあった。
三人で乗り込むつもりが、自分のみ弾かれてしまい、ティターニアに負担を強いてしまっていたからだ。
何が何でも一刻も早く突入しなければならない。
ワイトが弾かれた事に気付いたアレクはジャミングされないよう調整を施した別のポータルを用意した。
そのポータルを使ってワイトは突入に成功するが、ティターニアはアスモデウスと戦闘中だった。
ワイトも急いで加勢しようとするが、ティターニアから「光の精霊で姿を隠して」という念話が即座に飛んできた
その指示を聞いて、光の精霊を行使して透明状態になり、ワイトは適宜、ティターニアから情報を共有してもらっていたのだ。
その甲斐あって、アスモデウスの炎球を利用し、倒すことが出来た。
精霊の女王と100年前の英雄の実力は伊達ではない。
困難な状況であっても知略がそれを勝った。
その事実に安堵した表情のままにメリアは先ほど聞けずにいたことを聞いた。
「あぁ……先程、仰っていた良い知らせとは、ワイトさんを指しておりましたのね!?」
「ええ、そうよ、コイツのこと。あのクソ野郎とバトってた時に、ひょっこり別のポータルからこの空間に入り込めたみたいだから、このチャンスを生かさない手はないと思って情報共有をしつつ身を隠してもらっていたわ」
「その後も情報の共有はあってな、この空間の特殊性とかもそうだし……。最終的にあいつの大技を利用して倒すしかないという結論に至った」
「なるほど、だから、ティターニアさんがあえて挑発。……それに乗っかったあの愚か者は爆発で倒されたと……ホントにうまく行って良かったですわ……。 あとはリリー・スカーレットを……!」
そう言って、リリーの方を見つめるメリアの瞳には様々な物が浮かんでいる。
あとはリリーを元に戻すことに専念出来るという安堵、あの時戻してやれなかったという後悔、それから、本当にアイツは倒されたのかという一抹の不安。
「確かにメリアちゃんの言う通り、あとはリリーちゃんを元に戻すだけ――――そのはずだったんだけど……」
メリアの背筋に嫌な予感が走った。




