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69話

 地面と接触して、その勢いのままにゴロゴロと無様に転がる。

 全身が痛いが、立たなければ……。


「……う、ぐぅ、あぁ……」


 苦痛で歯を食いしばりながら、立ち上がると、そこにはアスモデウスがいた。

その手には剣が握られている。

この世の闇を溶かして鋳造したかのように真っ黒で禍々しいオーラを放つ黒剣だ。


アスモデウスは剣を振り上げる。


「良いことを考えました。貴方から始末すれば、あの女に一泡吹かせることができるのではないかとね……」


 フードを被り、口角を釣り上げながら、歪んだ笑みを浮かべる男の顔はあまりにも醜悪だった。

そう思ったのも束の間、捉えることの出来ない凶刃が振り下ろされる。


 ティターニアによる援護も、自身の回避も防御も、もはや何も間に合わない。


 急に今までの記憶が脳内を駆け巡っていく。

 メリアは理解した。

 これが走馬灯というものであるのだと。


 走馬灯とは命が危うくなった時、今までの記憶の中から助かる手段を脳が必死に検索している状態らしい。

だが、そこに、助かる術は見つからなかった。


あらゆる選択肢が行き着く先はどれも死に繋がっていた。


それは云わば、絶死の一撃。


瞳を閉じたメリアの次に待つのは、絶対なる死であり、永遠の静寂。

そのはずだった。


「うおおおおおおおおおお!!!」


 天にも轟かんばかりの咆哮に、閉じた瞳を再び開ける。

その声の主は


 目の前には、両手を広げた獣人の姿があった。

それは黒い斬撃から身を挺して守ってくれたかのように見える。

いや、違う。

現に、その者は自身の意思の下に、メリアを守ったのだ。


「カイン……!?」


 予想だにしない人物に思わず口から言葉が出た。

カインからポタリポタリと血の一滴が流れ落ちて行っているのが分かる。

間違いなく、胴を切られている。


「まだだ、まだ、倒れないぞ――――」


アスモデウスは舌打ちをすると、再び、カインに斬り掛かった。


「ぐあっ……ぐ、う、がぁぁ……!」


 斬られた箇所が火傷のような激痛になって襲いかかる。

あまりの痛さに意識は遠退いてしまいそうになる。

 だが、カインはここで倒れるわけにはいかなかった。


 チャンスをくれたあの女性の言う通り、アスモデウス(あの男)を見つけて、一発、ぶん殴ってやろうと思った。

けれど、結局、何も出来ずに捕まって、何かの薬を飲まされてこんな身体にされてしまった。

だけど、それに今、感謝している。

この獣人の身体がなければ、君を守る盾にもならなかっただろうから。

そうだ、盾なら砕けるまで頑張らないとな……!


「か、彼女を、殺すってなら、先に、僕から、殺すんだな……!」


カインから薄っすらと見えたアスモデウスの瞳はひどく冷めきっていた。


「はぁ……雑魚は引っ込んでて貰えないですかね?」


カインにとどめの一撃が迫る。


だが、側方から飛来する高位魔法攻撃を察知して、その場から浮かび上がるアスモデウス。

続けざまに七色の光線が執拗な狩人のようにアスモデウスを追跡する。


メリアはその光線に見覚えがあった。

それを見たのはつい数時間前、イリスの螺旋にも似た魔術、故にティターニアが放ったものであろうと推測する。

あの男――――アスモデウスは底の見えない男ではあるが、さすがにアレをくらえば一溜まりもないのだろう。

では、アレに追われているこの隙に――――


「ぐ……うぅ……」


カインがうめき声を上げながら、大の字になって背後に倒れようとしたため、慌てて、カインの身体を抱き支えた後、ゆっくりと床に寝かせた。

「すまないね……」とカインは微笑みを浮かべながら言った。

傷の具合から見て、そんな余裕はないはずなのに。


「良いですわよ……このぐらい」


 メリアは返事をすると、カインの容態を確認する。

胸から腹部にかけて斬りつけられたのが原因とされる痛ましい裂傷が二つ。

交錯した傷から覗き見える赤い鮮血を見て、申し訳ない気持ちが沸き起こる。


ただ、幸運なことに出血は止まっているようだ。

獣人と化しているだけあって、命に別状はない。

 空かさず、傷口に可憐な一輪の花を咲かせる。

 痛みが治まったのか、うめき声が徐々になくなっていく。


 そんな二人に近づく人影があった。

ティターニアだ。

壮絶な戦いだったのだろう。

衣服の至る所が破れており、顔から足までいたるところに擦り傷が刻み込まれている。


「ごめん……私の想定が甘かった」

「いいですのよ……。攻撃を喰らったのはわたくしの気が緩んでいたせいですから……それより――――」


 メリアは視線をカインへと落とした。


「あぁ……カインくんね。彼には感謝してもし切れないわ……。あいつからの攻撃を受けきっただけでもスゴイことよ」


 ティターニアはそう言って、カインのそばに座り込むと、傷口に手をかざす。


「<ヒーリングライト>」


 手から放出される優しい光の球がカインの裂けた傷口に溶けていくとゆっくりと傷口が閉じていった。

「傷はこれで問題ないと思うけど、激しい動きをすると簡単に開いちゃうから、無茶は厳禁ね」


 当の本人であるカインはいつの間にか眠ってしまっているらしい。


「彼に代わって言いますわ! ありがとうございます……!」

「いいの、いいの。少しでも危険に陥れてしまった私の責任でもあるのだから。あー、それから一つ良い知らせがあるわ」

「良い知らせとは?」

「詳しくは言えないけど、ね」


 そう言って、メリアに微笑みかける。

良い知らせとは何なのか。

おそらく、この状況を覆すことの出来る知らせなのだろうと思った。

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