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四十、

「あ」

 ふと、諏訪が声を漏らした。

 天照の結界に重なるようにして張られた結界が、ふっと消えた。水が上から下へ落ちるようにして、社を守っていた結界が解けたのだ。

「これは……」

 鹿島は念のために、石ころを前方へ軽く投げる。小石は弾かれることなく、鳥居の外へと放られていった。

 天照の結界はまだ働いている。こちらは、中の者たちが外へ出るには問題ないのだ。

 重ねていた結界だけが綺麗になくなっている。この事実には二つの可能性がある。張った術者が自分の意志で解いたか、死んだかのどちらかだ。

「結界が消えた、ってことは……」

「いい情報か悪い情報かのどっちかってことだ。……あ」


 鹿島の目の前に、鳥船が現れた。


 左手と右足を引きずり、その小さな体に黒い何かを重たそうに背負っている。色素の薄い髪がほつれ、装束の背中部分が破れている。

 破れたそこには、朽ち葉色の大きな翼が生えていた。


「な、え、鳥船……?」

「よう、鹿島。諏訪殿も。社の外が物騒だったんでな。ちょっと片づけてきた」

 鳥船は何でもないようにそう告げた。どれだけ心配されていたかも気にせず、背負っていた青年ラオを、鹿島に丸投げした。

 青年を引き渡された鹿島は、しっかりと背負う。

「やっぱりあんたが結界を張っていたのか」

「ああ。閉じ込めて悪かった。こういう術にはいかんせんうとくてね」

「そういうことじゃねえっつの」

「ご無事……と言えるような状態ではありませんが、戻ってきてくださって、ほんとに何よりです。……まず離れへ行きましょう。ハノメ殿に診てもらわなければ」

「……すまん」

「いいんです。よかった……。でも、天つ神の皆さんから、お叱りを受けるのは避けられないでしょうけど」

「そーそ。ま、甘んじて受け入れろや」

 鹿島はそう言い捨てる。よいせ、とラオを背負い直し、諏訪に戻るぞ、と優しく告げる。

「鳥船殿、さあ」

 諏訪は、鳥船に手を差し伸べる。ぼろぼろで体力の消耗も激しい鳥船は、素直にその手をとった。



 鳥船は諏訪と鹿島に離れへと連行された。

 背負っていたラオは胴を刺されていたが、その傷はすでに塞がりかけていた。ミズハノメの迅速な処置もあるのだろうが、それにしては回復が早すぎる、と診たミズハノメはそうこぼしていた。

 鳥船の翼は、鳥船の意志で引っ込めることができた。ひっこめようとした直前、諏訪がおそるおそる触れてみると、「ぎゃっ」とくすぐったそうに反応した。

「わ、ごめんなさい」

 諏訪が慌てて謝る。

「いや、大丈夫だ……。何だろ、羽根は繊細みたいなんだ。びっくりしただけだよ」

「次は慎みます……」

「そんな落ち込むなって。嫌じゃないし、優しく触ってくれるなら俺は何も言わないよ」

 鳥船は無理やり磊落に笑って見せた。


「さて、こちらの黒衣の青年の処置は終わった。次はきみだ、鳥船」

 低い声で、ミズハノメが告げる。その声には若干の怒気が孕んでいる。仁王立ちして鳥船を見下ろすミズハノメは、静かに彼を威嚇する。

「あ、あー……うん」

 鳥船はミズハノメの怒りを全身に実感しながら、翼をひっこめた。


 鳥船の治療が終わり、主要の神々は離れへと集まった。鳥船をこれ以上戦わせないために、半ば強引に離れへ閉じ込めるためだ。

 鳥船が結界を張ってラオを仕留めたことによって、どうにか社を守ることができたのは、天照も承知している。だが、誰にも相談せずに突っ走って危険な目に遭おうとした鳥船の行動までは許していない。

 床に寝かされた鳥船に付き添うように、天照は背筋を伸ばして正座する。

「無事で何よりです、鳥船。貴方が機転を利かせて社を守ってくれたこと、本当に感謝している」

「あ、うん……」

「でもね」

 天照が声を若干強めた。

「それだったら、どうしてわたしたちに何も相談しなかったの? そりゃ地揺れで皆動揺していたのもあるから仕方がないかもしれなかっただろうけど……近くにいた誰かに一言告げるという考えはなかったの?」

「それは……その、何も考えてなくて……何ていうか、地揺れがあった時さ、ふっとラオの気配がして、いてもたってもいられなくて……」

「ラオ、って……そこに寝てる兄ちゃん?」

 思兼が口をはさむ。鳥船が黙ってうなずいた。

「もう……。命令よ、鳥船。貴方はもう戦わないで」

「な、何で!? 翼生えたし傷だって治ったし……! 一晩寝ればもう復帰……」

「させるわけないだろうが。きみは一度ならず二度も無茶をしたのだ。前回今回と命が繋がっていたからよかったものの、次にきみが無理をしたら、きみが無事に帰ってこれるという保証はない」

 ミズハノメが厳しく言い放つ。う、と鳥船はさすがに萎縮した。

 それにな、と続ける。

「きみはすでに、わたしたちを守るために大いに働いた。これ以上働かせては、お嬢をはじめわれわれに罰が当たるよ」

 ミズハノメの声には、もう怒気がなくなっていた。

「罰なんて当てねーけど。っつか神様でも罰あたんの?」

「前例はないねえ。でも可能性はあるだろうねえ」

 カグツチは肩をすくめてそう答えた。

 

 なあ、と思兼が割って入る。その手には、干し桃が抱えられていた。

「今後のこと話すんじゃなかったん? 鳥船を言いくるめるのもいいけど、それは全部終わってからでもいいだろ」

 思兼の冷たい一言に、全員が本来の目的を取り戻した。


 さて、と思兼は鳥船の隣に座る。

「そこにいるラオってやつは、月読の情報だと『マザー』側の主戦力って聞いてるけど」

「ああ。っていうか、あっちの戦力はせいぜい三人だけだ。例の三兄妹。数はこっちの方が有利だけど、あっちの一人分の質は高いぞ」

 鹿島が答える。三兄妹の長女であるトトと戦った鹿島は、彼らの強さを実感していた。末っ子のシェンと二度刃を交わした経津主も同じである。

「それは鹿島が単に油断したから圧倒されたってわけじゃないんだな?」

 思兼は念を入れて確認する。そうだよ、と鹿島はうなずいた。

「思兼、私もだ」

 鹿島を援護するように、経津主が口をはさんだ。

「私も、シェンという子供と戦った。手を抜いたつもりはない。本気で戦ったのに、私は奴に負けかけた。それに、鳥船のこともそうだろう。強い鳥船が、ここに寝ているラオに返り討ちされるほどだ。彼らの強さは、おそらく私達を上回る」

「ああ、そうだったねえ。鳥船がヤられちゃったんだっけねえ」

 思兼は他人事のように相槌を打った。

「でも、逆に言えば戦力を三分の一削いだことになるわね。これは大きなことよ」

 天照が前向きに言う。

「だねえ。地上の穢れもかなり浄化されてる。おそらくラオをこてんぱんにしたのが大きかったのかね。月読の情報は優秀だ」

 思兼の褒めているとは思えない褒め言葉に、月読は小さくうなずく。思兼はまた干し桃をかじった。

「ラオを倒した。諏訪殿の記憶も戻った。鳥船も取り戻した。地上の穢れは一気に浄化された。これはまだ完全じゃないけどな。なら、今は攻め時だ。『マザー』ってやつをぶちのめせば、あとは終わる」

 何でもなさそうに、思兼が言う。天照はそれに首肯した。

「では、神々と人間の戦闘員を総動員するべきかしら」

「いんや、戦力になる奴は二つに分ける。あちらに行くのとこちらに残るのと。相手に痛手を負わせたとはいっても、万が一ってことがある。留守にしている間に社を攻められないという保証はないしな」

「そう、ね。……だとしたら、誰を行かせて誰を残す?」

 

 諏訪が、おずおずと挙手した。

「あの、僕に行かせてもらえませんか……?」

 神々は、全員諏訪に注目した。たじろぎながら、諏訪はしっかりと話す。

「記憶は全部取り戻しましたから、戦うことに問題はありません。信濃は僕の地ですし、地の利は僕にあります」

「だけど、あなたも鳥船と同じくらいの働きをしてるのよ。もう、無理をする必要は……」

「お願いします。そもそも、中つ国がこんなことになったのは僕が原因です。自分のしたことは、ちゃんと自分でけじめをつけたい……。もし僕が裏切るという恐れがあるなら、誰かを監視として同行させればいい。……だめですか」

 諏訪が裏切るという考えをもっているのは、思兼を除いて誰もいない。その思兼も、参謀という立場上、あらゆる可能性を考えておかなければならないから、一応想定の範囲内として扱っているだけだ。純粋に、諏訪を疑っているものはいない。

「だめ、ではないわ。でも……」

「お願いします。必ず、中つ国を取り戻しますから」

「そうはいっても……」

 渋る天照に、鹿島が言った。

「お嬢、だったら俺が諏訪に同行する」

 あちらへ行くことを、鹿島は名乗り出た。鹿島は強い。その力をよく知る天照には、頼もしい存在だ。

「俺がいるなら、諏訪に最悪の事態は起こりえない。それでも不安?」

「……わかりました。貴方をつけて、諏訪殿にお願いしましょう」

「お嬢様、私も」

 経津主も名乗り出る。

「フツ」

 カグツチが目に見えて焦った。それは心配してのことだろう。経津主も鹿島と同じくらい強い。それを理解していても、カグツチにとっては心配を振り払うことができなかった。

「私はシェンと二度戦っています。……二度目はそこの死体に邪魔されましたが」

 すい、と経津主が一瞥する先にはカグツチが立っている。

「奴の戦い方を、私はこの中で一番よく知っています。二度とも負けましたが、三度目は勝ちに行きます」

「経津主、それはいいけど……瘴気に当てられたときの具合は大丈夫なの?」

「しっかりと休みましたから、もう回復しております。ご心配には及びません」

「わかった。あなたも、信濃へ行ってちょうだい。残りの神々は、わたしとここに残って社の警備にあたります。それでいいかしら、思兼?」

「上出来上出来。手力とウズメとスサノオがいるし、お嬢と月読の加護が交互に働いてるこの社なら、敵が来ても対処はできるだろ。いざとなりゃあ、俺も戦うしさ」

 ごくん、と思兼は桃を飲み込んだ。


 それでは、と天照が仕切り直す。

「諏訪殿、鹿島、経津主に、信濃の異形討伐を頼みます。必ず、帰ってきてね」

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