【第二走者】高嶺バシク
赤き竜燐の剣を担ぎ、街道ど真ん中を歩くは赤竜騎士・アルン。しかしそこに普段の堂々とした余裕と元気はあまり感じられず、大きな尻尾は重力に従って垂れ下がっている。
「腹が減った……人の世は剣だけでは食っていけないか……」
今日もほどほどに平和で荒々しい、白の大地の昼下がり。アルンは空腹に悩まされていた。
昨日までは偶然依頼を達成したらお礼を貰ったり、その辺の動物を狩って焼いていたりと、様々な手段で食いつないできた。しかし、人間の生活に慣れていくうちにルールにも配慮してみた結果、気楽に温厚な動物は狩れなくなった。黒の大地の魔物とはわけが違う。
四六時中どこかで争いが起きているこの世界でも、たまには本当に何も無かったりする。すると報酬のある討伐依頼も飛んでこない。気分で開放している貯金が無くなったりといった偶然が重なれば、未所属流浪の騎士に恵まれる食の機会は無くなるのだ。
「また広場で剣舞でも披露してみようか。しかし今それをやれば、私は空腹を紛らわす金のためだけに剣を振る事になってしまう。それは誇りが許さないぞ」
今日何度目かの腹の虫が騒ぎそうになった時、快晴の青空に流星がひとつ。地上へ向けて真っ逆さまに落ちていく。
「何だあれは。──私のささやかな願いを叶えるお星さまか、面白い!」
以前小耳に挟んだ流星と願いの言い伝えを思い出し、勝手な解釈を燃え上がらせたアルン。街の外の墜落点に駆け込む竜の足からは、先程までの不調が消え去っていた。
イエロー・サブマリン号の墜落により、白の大地に投げ出されたタオ・スー。目的の建造物は目と鼻の先だが、その荘厳な佇まいに群がる雲は頂上の高さを隠している。簡単に登れるものでは無いだろう。
「頂上に行かせてくれるって言ったはずネ、なんで潜水艦が空から地面に突き刺ささるネ」
ぶつぶつと文句を垂れながら服についた草を払っていると、さらなる災難が──。
「さっき落ちてきたのはお前か。一見普通の人間だが、一体どんな術を使ったんだ!?」
力強い踏み込みで駆け抜けてきたアルンが、瞳を輝かせて潜水艦とタオ・スーを交互に眺めた。
「げげ、竜人族あるヨ。――他人の技術で飛んできたから、あたしも詳細は知らないネ」
タオ・スーの返答を聞いても、致命的に暇なアルンはこのまま彼女を放置しようとは思わない。
「そうか……なら、他人の術を容易く模倣するお前の力、私にも見せてくれ!」
闘竜の血が滾る。剣を燃やして構えたアルンに対し、タオ・スーは両手を振って下がった。
「ちょ、ちょっと待つネ! あたしはホントに何も──!」
魔術をそれなりに使えるタオ・スーだが、得意スキルの半分以上は竜鱗の鎧に防がれてしまうだろう。護衛のハオルンなら戦える可能性はあったかもだが、生憎置いてきている。
「行くぞ。バーニング──ッ」
ぐぅぅ……。
防御術を構えながらも目を瞑ってしまったタオ・スーが聞いた音は弱々しく、当然それは斬撃でも炎の音でも無かった。
「……興が覚めたな」
タオ・スーが何もしてこないなら寸止めするつもりでいたアルンだが、今回は別の理由。タオ・スーにとっては危機一髪、逆転のチャンスだ。
「もしかして、腹が減ってるネ」
片目を開いて尋ねるタオ・スーに、アルンは黙って頷いた。
「あたしは街一番の富豪で、取引きは日常あるネ。美味いものを奢ってやるから、案内や護衛、仕事の相談に乗るあるネ」
「乗ろう、正直助かったぞ。私はアルン、火竜だ」
「そのナリで面白い冗談あるネ。あたしはタオ・スー。一応職業は伏せておくあるヨ」
こうして白の塔が見下ろす場にて、異色なコンビが結成された。
久々にありつく食事だ。大きな肉を荒々しく噛み千切るアルンからは、騎士の外見に潜む竜の姿が表出している。
「しかしよくこれだけのものを注文出来たな、この国の金は少々他と違ったらしいが」
「あたしの力が証明出来たあるネ、いずれの地でも取引きは文字通り朝飯前あるヨ」
だが目を輝かせてお菓子を頬張るタオ・スーに、スー商会代表としての顔は見られない。
「時間としては遅めの昼飯だと思うがな」
「うるさいネ、こうして甘味を貪れる時間になりかけてる事は察してるあるヨ」
腹が満たされてしばらく。折を見たようにタオ・スーが古文書を広げた。
「──実はこういう訳あるヨ。報酬を弾めば協力してくれるネ?」
アルンは提示された古文書を眺めた。しかし唸るように首を傾げた。
「うーん、要するにどういう事だ?」
──現代語じゃないから分からないぞ。
「ちょっと汚れてる長文だからって、文字くらい読んで欲しかったあるヨ!」
──初対面から察してたけど、面倒な脳筋ネ。
「私はアルンだ」
「そういう意味じゃないアッ……! ァァ! んんっ──」
タオ・スーは咳払いをしてからきょろきょろと周囲を見回し、古文書を読んでいった。
この店はずっと騒がしいから、急に大声を出しても申し訳なく思う事は無いのに。アルンはそう思った訳だが──タオ・スーは情報の発信を控えるために、人がこちらに興味などを向けてない事を確認したのだ。
「白の塔の頂上に隠されたお宝。本当はイエロー・サブマリン号で直接頂上に行くつもりだったネ。改めて塔を攻略するから、あたしを担いで壁を登って欲しいあるヨ」
それほどの間もなく首を横に振ったアルン。
「あまりの高さに、剣も刺せない硬い壁、迎撃魔法障壁もあるから無理だぞ。そもそも私は人への興味で動いている。宝や支配者といった単語で心の火は起こせないな」
一発目の却下で早くも方法が分からなくなってきたタオ・スーは、唇を尖らせながら文書を指でなぞった。
「むー、面倒な行程が続きそうになってるネ。もとはといえば、あのエセ学者が転送場所を間違えたりさえしなければ……」
タオ・スーはグチグチ言い始める。騎士は顎に手をやった。
謎の流星術に感動させてもらったアルンからすると、妨害もされず軌道も曲がらず直進した潜水艦を疑ったりは出来なかった。飛ぶ姿に自信を感じたのだ。人間の技術力の高さというものへの。
「なあ、タオ。その古代文は本当にその意味で合っているのか?」
背筋を伸ばしたまま、考え事から復帰して首を降ろすアルン。ジト目で見上げるタオ・スー。
「どういう事ネ。機械技術はともかく、翻訳は間違ってないと信じたいあるネ」
「翻訳か。文字をそのまま現代語訳で読んだからって、意味がそのままかどうかは分からないだろう。古の竜族の遺したものは大体そんな感じだった」
読めない文書とアルンに交互に飛ばされるタオ・スーの視線に、アルンは応えてみた。
「わざわざ黒の大地の解説をする必要はあったか? この世界なら当然の知識だ」
「この世界なら、ネ……」
「実は白の塔は『塔』と呼ばれてはいるものの、あまりに存在理由が謎過ぎて、塔ではないんじゃないかとすら言われている。もしあれが例えば楔とかなら、頂上というのは刺さった先端の先、ちょうど塔の裏側の大地に宝が──とかな」
塔ではなく楔。もし上下が逆さまで、頂上が大地の下なら──。
元気を取り戻したタオ・スーが、急に席を立った。
「それヨ! きっとイエロー・サブマリン号は宝を目指して直進したあるネ! そうと決まればすぐ行くネ!」
「黒の大地も危険だぞ?」
「大丈夫あるネ、あたしは天下のタオ・スーさ。大地を渡るだけなら難しい事はないあるヨ」
アルンに向かってウインクするタオ・スーは、イエロー・サブマリン号に乗り込む直前と同じ顔をしていた。
「フッ、こうなればしばらく、護衛の仕事をしてみるか。コイツと一緒にいるだけで、お宝のような経験が出来そうだからな」
アルンは苦笑しながらも、高揚感を全身に感じていた。
そうしてタオ・スーは会計を済ませると店を飛び出し、馬車の手配を始めた。




