【第一走者】嵐山林檎
町で一番高い建物のそのまた最上階の町を一望できる部屋の中。タオ・スーは本革張りのソファに腰かけて、先日手に入れた古文書と向き合っていた。
ページの端々が綻んだこの古文書はいったい誰が書いた物なのか、いつの時代の物なのかもわからない。わかっているのは、とんでもないお宝の隠し場所が記されているらしいことだけだ。
「ああ、頭が痛くなるネ」
テーブルの上に古文書を放り投げる。タオ・スーは長い脚をソファに投げ出してゴロリと横になった。
桃の花が刺繍された深紅のチャイナドレスの裾がはだけて、スリットの割れ目から白くて長い脚がチラリと覗く。
「わかんない、わかんないヨ」
タオ・スーは駄々っ子のように足をバタつかせた。
「タオ・スー様」
部屋の扉が開き、ハオルンがすっと顔を覗かせた。
「な、何あるネ! 入ってくるときはノックするあるヨ!」
ガバッとソファに座り直してドレスの裾を直しながら、タオ・スーは顔を赤くした。
黒いスーツを着て、黒髪をオールバックに撫でつけ、黒いサングラスをかけた男。ハオルンはタオ・スーの執事にしてボディガードである。
「これは失礼しました。何やら騒がしい音がしましたので、よもやトラブルかと思いまして」
ハオルンは慇懃に頭を下げ、タオ・スーが投げだした古文書を指差した。
「実は、その古文書を解読できるという学者が見つかりまして」
「本当ネ⁉」
「はい。その者は学者であり、発明家でもあります。建物の裏のスー商会の研究所に待たせております」
「わかった。すぐに行こう」
タオ・スーは古文書を左の脇に抱えると、ソファから飛び降りて部屋を飛び出した。
「古文書が読めるというのはお前ネ」
研究所でタオ・スーを待っていたのは、白衣を着た黒髪の女だった。
「いかにも。私はアルキメデス。これから諸君は、私の知識と発明の力を目の当たりにするだろう」
アルキメデスが右手を大きく振りかざす。ひるがえった白衣の下は、焦げ茶色のビキニ姿だった。
「大丈夫なのか、こんな露出狂で」
タオ・スーが背中のハオルンを振り返る。
「露出狂ではない。ただ暑がりなだけだ」
照れる様子もなく、アルキメデスは快活に笑った。
「まあいいヨ。それで、古文書には何と書いてあるネ」
尋ねながら、タオ・スーはアルキメデスの白衣の下の肢体を見た。長身で引き締まったウエストに、すらりと伸びた脚。顔もなかなかの美人だ。
もしエセ学者だったら、うちのクラブで働いてもらおうか。すぐにナンバーワンになれそうあるネ。
「オセロニア!」
いきなりのアルキメデスの大声に、タオ・スーはハッと顔を上げた。
「白と黒に分かれる、戦いの世界。様々な種族、勢力、国が存在し、絶え間なく争いが続く世界。オセロニアの世界は、白の大地と黒の大地によって成っている。白の大地は草木が生い茂る恵の大地。黒の大地は常に薄暗く、昼夜の区別のない不毛の大地。
そして白の大地には白の塔がそびえ立ち、その頂上に隠された宝を手にした者は、世界の支配者となるのだ」
「それは本当ネ⁉」
「もちろん。私は無知の知を知る者。このアルキメデスにわからないことはない」
「それで、そのオセロニアの世界とは、一体どこにあるネ」
「それはわからない」
真顔で答えるアルキメデスに、タオ・スーは詰め寄って喚きたてた。
「今さっき、わからないことはないと言ったあるネ!」
まあまあと、ハオルンがタオ・スーを背後から抱えて後ろに引きずる。タオ・スーは子供のように足をバタバタとさせた。
「放せ、このパンダ! こんなインチキ野郎は放っておけないネ」
「どこにあるかはわからないが、どうやったら行けるのかはわかっている」
アルキメデスはニヤリと笑った。
「この世とオセロニアの世界では、時空と空間が異なる。その歪みに生じた隙間を進めば、あちらの世界に行けるのだ」
「もっとわかるように説明するネ」
ハオルンの腕を振り払いながら、タオ・スーはアルキメデスの黒い瞳を見つめた。嘘をついているわけではないようだ。
「時空と空間の隙間に入り込む乗り物を私が作ってみせる。この研究所を一週間、私に貸してほしい。そうすればオセロニアの世界、白の塔の頂上へとあなたを行かせることができるのだ」
アルキメデスは両手を広げて、研究所の中をぐるりと見渡した。
乗って損な話ではないようだネ。
タオ・スーはハオルンに目配せして頷いた。
その日からトンチンカンチンと町に騒音が響き渡った。近隣の住人から苦情がくるたびに、タオ・スーは大金を払って謝った。
「これだけ元手をかけたんだ。作れなかったでは済まないあるネ」
アルキメデスと対面してから一週間後の正午。タオ・スーはハオルンを連れて建物の裏の研究所に出向いた。
「いいタイミングだ。ちょうど今、最後の調整が終わったところなんだ」
研究所の重厚な扉を開けると、アルキメデスが仁王立ちで二人を待っていた。アルキメデスの背後には、黄色い小舟のような屋根付きの乗り物がある。
「見てくれ。これがオセロニアの世界への乗り物、イエロー・サブマリン号だ!」
アルキメデスが後ろを向いて、黄色い乗り物を指さした。
「サブマリン? 潜水艦あるネ」
「そうだ、時空と空間の隙間に潜ることができる潜水艦なのだ」
「その名前とデザイン、どこかで見たことがあるネ。確か四人組の楽団が乗っていたような」
「細かいことはいいではないか! 目的地はオセロニアの世界、白の大地にセット済みだ」
自信満々のアルキメデスの姿にタオ・スーは満足した。とにかくオセロニアの世界に行ければ、潜水艦の名前なんかどうでもいいのだ。
「ご苦労だったあるネ。報酬は後ほどスー商会から振り込んでおくヨ。それではハオルン、イエロー・サブマリン号に乗り込むとするネ」
「ちょっと待った!」
潜水艦の側に歩み寄るタオ・スーを、アルキメデスが右手で制した。
「実はだな、イエロー・サブマリン号は一人乗りなのだ」
「なんだって!」
タオ・スーとハオルンは口を揃えて叫んだ。
「ボディの素材に使用したチタンインゴット、チャンドララヴァルマン鋼、ヒヒイロカネ鋼が想定より重くて、二人で乗ると重量オーバーで動かないのだ。ちくしょう……」
白衣の腕を組み、眉間に皺を寄せて、アルキメデスは悲しそうに下を向いた。小刻みに肩が震えて、編み上げサンダルを履いた足元にポツリと彼女の涙が落ちた。
「よしわかったヨ! 一人乗りでOKネ。あたしが乗って行くあるネ」
慌てたハオルンが口を挟む。
「いけません。そんな危険なことをタオ・スー様にさせるわけには参りません。行くなら、この私が──」
ハオルンが言い終わる前に、タオ・スーが潜水艦の上に駆け上がった。天井のハッチを開いて両足を船内に入れる。
「大丈夫あるネ。あたしは天下のタオ・スーさ。お宝をゲットして帰ってくるから、それまでスー商会をよろしく頼むヨ!」
二人に向かってウインクすると、タオ・スーは船内へと滑り込んでハッチを閉めた。船内の壁の計器がチカチカと光っている。両手を水平に伸ばせないほど中は狭いが、座席はフカフカとして座り心地がいい。
周りを見渡すと、座席の向こうに「Go To Travel」と書かれた赤いボタンが輝いている。
「いざ、オセロニアの世界。白の塔へ!」
タオ・スーは目の前のボタンをポチッと押した。
ウインウインウインウインとモーター音が鳴り響き、タオ・スーの目の前がパッと真っ白になった。




