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ノベロニア・アンソロジー【第一章・第二章 合併版】  作者: ノベロニア・アンソロジー実行委員会
■■■ ノベロニア・アンソロジー【第弐章】 ■■■
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【アンカー】山岸マロニィ

「あやめ!」

 式札が飛んだ。呪文が記された紙片は鳥のように舞って──少女の姿に変化(へんげ)した。黒髪をはらりと揺らして、座敷童・あやめはタッと身構える。

「何だ、これは?」

 あやめは黒く淀む瘴気を睨んだ。

「さあね。僕はラファエルに呼ばれただけだから」

「……あの……」

 おこんはおずおずと声を掛けた。

「誰、ですか?」

 すると陰陽師は振り返って微笑んだ。

「予約したハルアキです」

「よ、ようこそ、風音のお宿へ……」

「来るぞ!」

 あやめの鋭い声が飛ぶ。瘴気は巨大な爪を成して襲いかかった。

「キャッ!」

 悲鳴を上げるおこんをあやめが庇(かば)う。その前に式札が飛んだ。

「蟠竜!」

 すると水を纏った竜が現れた。水の塊が爪を柔らかく、だが強靭に跳ね返す。爪は調理台に落ちて、厨房は滅茶苦茶だ。

「派手にやってるね」

 ラファエルがニヤニヤと見ている。ハルアキは幼い天使を睨んだ。

「見てないで手伝ってよ」

「黄泉は管轄外だから、手を出すとマズいんだよ」

「……これは酷い」

 カートウッドも顔を出すと、おこんは首を傾げた。

「あれ、帰ってなかったんですか?」

「気のせいかと思いたかったんですけど、厨房に漂う気配がどうも気になって。……こうなったら、私もお手伝いしますよ」

 オセロニア随一の料理人は、光る包丁を手に構えた。


 その視線の先で、爪は姿を変える。爪の根元に、白く浮き出る骨が現れたのだ。人間の手の形をしているが、天井に届く程に大きい。

「…………」

 それを見て、ハルアキは表情を険しくした。

「これは何なの?」

 ラファエルの問いに、ハルアキは低く呟く。

「──がしゃどくろだ」

「…………え!!」

 一同は声を上げた。

 黄泉で恐れられている、巨大な骸骨の妖怪。閻魔大王でさえ討伐に手こずっている、凶暴極まる存在だ。

 恐らく、瘴気を媒介として、結界をすり抜けたのだろう。

 すると、ラファエルが首を傾げた。

「がしゃどくろって本能だけで動いてるって聞いたけど、旅人に瘴気を纏わせるとか、そんな知恵があるの?」

 それはハルアキにも分からない。しかし、黙って見ていれば、やられるのは確実──!

 ハルアキは二本立てた指を振った。

「マカミ!」

 すると水の竜は姿を消し、犬の尾を持つ獣人が現われた。

「しょうがねぇなぁ、俺が追っ払ってやるよ」

と、マカミは手にした刀を振った。

 刃はガンと響き、中指の骨を割り砕く。骨の主はうおおおと唸って、本体を床下から現しだした。

「……ヤバいよ! 建物が壊れる!」

 ラファエルが叫んだ。その声に続いて、一同は庭に逃げ出した。

 屋根が傾く。バリバリと音を立てて壁が粉砕される。そして、巨大な頭蓋骨が現れた。

「あぁ……宿が……」

 おこんが顔を押さえた。

「大丈夫、閻魔大王に修理代を請求すれば良い」

 あやめがおこんを慰めにならない言葉で慰めた。


 息をのむ一同の前に、肋骨が、背骨が、骨盤が現れた。禍々しい瘴気を炎のように立てている。

 ハルアキは空虚な目を睨み上げた。

「どうやって黄泉から出て来た?」

 しかし、がしゃどくろは「人間を食わせろ」と話にならない。

 さすがのマカミも腕組みした。

「ちょっとデカいな」

「数で押し切れ! ハルアキ、もっと召喚するんだよ!」

 あやめに急かされて、ハルアキは式札を投げた。

「フツヌシ!」

 双剣を構えた武神が宙を舞う。

「乱天丸!」

 天狗の羽団扇が旋風(つむじかぜ)を起こし援護する。がしゃどくろは彼らをたたき落とそうと腕を上げた。

「タケハヅチ!」

 女神が放つ反物が舞う。旋風に流されたそれは、がしゃどくろの腕に絡んで動きを封じる。

「こうしちゃいられねぇな!」

 マカミも跳んだ。

「忍竜!」

 巻物を咥えた竜が、マカミを首に乗せ跳ね上げた。

「ヤマタノオロチ!」

 現れた、八本の竜頭を背負った竜人が剣を構える。

「何でてめぇなんかに力を貸さなきゃならねぇんだ」

「後で酒を奢ってやる」

 ヤマタノオロチはフンと怪物を見上げた。

「気に入らねえな!」

 竜頭が翼を広げ空を奔る。

「おりゃああああ!!!!」

 三つの闘気と四本の刃ががしゃどくろに振り下ろされた。──ところが。


 髑髏の目が光った。

 すると、見えない壁に当たったように、刃は弾き返された。

「うがっ!!」

 三柱の式神は、地面に叩き付けられ姿を消した。

「……何、だと……⁉」

 同時に、他の式神たちも姿を消す。

 唖然と見上げるハルアキの前に、巨大な頭蓋骨が下りてきた。

「まずは、おまえから食おうか」


 すると、カートウッドが何かを投げた。それは弧を描いてがしゃどくろの口に飛び込んだ。

「その前に、これを食え!」

 カートウッドの腕にあるのは、おにぎりの山。

「お腹を空かせているんです! 食べさせてあげましょう!」

 おこんがお釜を引っ張り出してきた。

「ボクも手伝うよ!」

 ラファエルがご飯を握る。

「そりゃあ!」

 あやめも一緒になっておにぎりを投げる。

 がしゃどくろはキョトンとした様子で、ただモグモグと口を動かしている。肋骨の隙間からご飯粒がポロポロと溢れる。

 ハルアキはポカンとした。今までの戦いは何だったんだ……?


「──いやあ、悪いね。ちょっと来るのが遅れたかな」

 気だるい声がした。一同がハッと振り返ると、そこには釣竿を担いだ男が立っていた。──その姿を見て、ハルアキは身構えた。

「ぬらりひょん!」

「僕は戦う気はないよ。疲れるからね。その子を連れに来ただけだよ。

 玉藻前殿に、彼女のお気に入りのこの宿で、変な気配がするから見に行ってくれと頼まれてね」

「…………」

 ぬらりひょんは飄々とがしゃどくろの前に立った。

「黄泉に帰るよ」

「まだ人間を食ってない」

「おにぎりを食べたじゃないか。わがままを言うと……」

 ぬらりひょんはニコリと目を細めた。

「──消すよ」

 がしゃどくろがガタガタと震えだした。それには、様子を見守る一同が驚いた。

「死ぬの……嫌だ……」

「なら黄泉に帰ろうね。いい子だから」

 ぬらりひょんは、すっかり大人しくなったがしゃどくろを引き連れて、黒の大地に向かって歩き出した。


「──待て!」

 ハルアキには、聞かねばならない事があった。振り向いた妖怪の王(ぬらりひょん)に鋭い目を向ける。

「旅人に瘴気を運ばせて結界を破るとは、がしゃどくろに知恵を貸した者がいるだろう。──それは誰だ?」

 しかしぬらりひょんは興味なさげな目を返した。

「僕は知らないし、調べるのは面倒だな」

「だが……」

 ハルアキは納得がいかない。

「……あの!」

 そこに口を挟んだのはおこんだ。

「宿の修理を、閻魔大王様に頼めるんですか?」

 これにはぬらりひょんも笑い声を上げた。

「この子を外に出してしまったのは、大王の失態だからね。立派に直してくれるさ」

「良かったね!」

 ラファエルがおこんの手を取る。

「じゃあね。夜行と釣りの約束があるんだ」

 そう言って、ぬらりひょんとがしゃどくろは黄泉に消えた。


 ──夜行。


 ハルアキはぬらりひょんの真意を読み取った。この騒動の黒幕は、あの妖怪──。

 仲間を売る事になるからはっきりとは言わなかったが、無邪気なフリをして狡猾な、あの妖怪ならやりかねない。

 ラファエル、そして玉藻前の機転がなければ、どうなっていたか……。


「……ま、とにかく、めでたしめでたしだね!」

 ラファエルがニンマリした。

 夕日が街道を染め、涼しい風が肌を撫でる。

「半分壊れちゃいましたけど、皆さん、泊まって行ってください」

 おこんがニコリと微笑んだ。

「厨房はあの通りですが、庭でBBQなどいかがですか? おこんさんと一緒にご用意しますよ」

「心を込めて頑張ります!」

「やったー!」

 ラファエルが声を上げた。

 ……そして、あやめがハルアキに囁いた。

「おぬしが一番役立たずだったな」

「うるさい」

 ハルアキはあやめを式札に戻し、賑やかに準備を始めた一同の後に続いたのだった。




 ──そして、後日。

 修理が完成した宿を、閻魔大王が訪れた。

「迷惑をかけたな」

 黄泉の支配人に恐縮され、おこんは笑顔を返した。

「いえ、綺麗にしてもらえて良かったです」

 おこんが大王を座敷に通すと、既に先客がいた。玉藻前、ラファエル、ハルアキ、式神として召喚された面々……。

「酒だ! 酒を持って来い!」

 ヤマタノオロチが声を上げる。

「ハルアキの奢りだよ」

 あやめの横で主は顔を青くした。

「今日は改装記念という事で、なんと、閻魔様の奢りです!」

 おこんがにこやかに言うと、カートウッドがグラスを運んできた。

「これからお客様が増えそうですね」

「はいっ! もっと頑張ります!」


「──では、宿の繁盛を願って」

 閻魔大王がグラスを掲げる。

「乾杯!」

「「乾杯!!!!」」



 ──── end ────

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