【アンカー】山岸マロニィ
「あやめ!」
式札が飛んだ。呪文が記された紙片は鳥のように舞って──少女の姿に変化した。黒髪をはらりと揺らして、座敷童・あやめはタッと身構える。
「何だ、これは?」
あやめは黒く淀む瘴気を睨んだ。
「さあね。僕はラファエルに呼ばれただけだから」
「……あの……」
おこんはおずおずと声を掛けた。
「誰、ですか?」
すると陰陽師は振り返って微笑んだ。
「予約したハルアキです」
「よ、ようこそ、風音のお宿へ……」
「来るぞ!」
あやめの鋭い声が飛ぶ。瘴気は巨大な爪を成して襲いかかった。
「キャッ!」
悲鳴を上げるおこんをあやめが庇う。その前に式札が飛んだ。
「蟠竜!」
すると水を纏った竜が現れた。水の塊が爪を柔らかく、だが強靭に跳ね返す。爪は調理台に落ちて、厨房は滅茶苦茶だ。
「派手にやってるね」
ラファエルがニヤニヤと見ている。ハルアキは幼い天使を睨んだ。
「見てないで手伝ってよ」
「黄泉は管轄外だから、手を出すとマズいんだよ」
「……これは酷い」
カートウッドも顔を出すと、おこんは首を傾げた。
「あれ、帰ってなかったんですか?」
「気のせいかと思いたかったんですけど、厨房に漂う気配がどうも気になって。……こうなったら、私もお手伝いしますよ」
オセロニア随一の料理人は、光る包丁を手に構えた。
その視線の先で、爪は姿を変える。爪の根元に、白く浮き出る骨が現れたのだ。人間の手の形をしているが、天井に届く程に大きい。
「…………」
それを見て、ハルアキは表情を険しくした。
「これは何なの?」
ラファエルの問いに、ハルアキは低く呟く。
「──がしゃどくろだ」
「…………え!!」
一同は声を上げた。
黄泉で恐れられている、巨大な骸骨の妖怪。閻魔大王でさえ討伐に手こずっている、凶暴極まる存在だ。
恐らく、瘴気を媒介として、結界をすり抜けたのだろう。
すると、ラファエルが首を傾げた。
「がしゃどくろって本能だけで動いてるって聞いたけど、旅人に瘴気を纏わせるとか、そんな知恵があるの?」
それはハルアキにも分からない。しかし、黙って見ていれば、やられるのは確実──!
ハルアキは二本立てた指を振った。
「マカミ!」
すると水の竜は姿を消し、犬の尾を持つ獣人が現われた。
「しょうがねぇなぁ、俺が追っ払ってやるよ」
と、マカミは手にした刀を振った。
刃はガンと響き、中指の骨を割り砕く。骨の主はうおおおと唸って、本体を床下から現しだした。
「……ヤバいよ! 建物が壊れる!」
ラファエルが叫んだ。その声に続いて、一同は庭に逃げ出した。
屋根が傾く。バリバリと音を立てて壁が粉砕される。そして、巨大な頭蓋骨が現れた。
「あぁ……宿が……」
おこんが顔を押さえた。
「大丈夫、閻魔大王に修理代を請求すれば良い」
あやめがおこんを慰めにならない言葉で慰めた。
息をのむ一同の前に、肋骨が、背骨が、骨盤が現れた。禍々しい瘴気を炎のように立てている。
ハルアキは空虚な目を睨み上げた。
「どうやって黄泉から出て来た?」
しかし、がしゃどくろは「人間を食わせろ」と話にならない。
さすがのマカミも腕組みした。
「ちょっとデカいな」
「数で押し切れ! ハルアキ、もっと召喚するんだよ!」
あやめに急かされて、ハルアキは式札を投げた。
「フツヌシ!」
双剣を構えた武神が宙を舞う。
「乱天丸!」
天狗の羽団扇が旋風を起こし援護する。がしゃどくろは彼らをたたき落とそうと腕を上げた。
「タケハヅチ!」
女神が放つ反物が舞う。旋風に流されたそれは、がしゃどくろの腕に絡んで動きを封じる。
「こうしちゃいられねぇな!」
マカミも跳んだ。
「忍竜!」
巻物を咥えた竜が、マカミを首に乗せ跳ね上げた。
「ヤマタノオロチ!」
現れた、八本の竜頭を背負った竜人が剣を構える。
「何でてめぇなんかに力を貸さなきゃならねぇんだ」
「後で酒を奢ってやる」
ヤマタノオロチはフンと怪物を見上げた。
「気に入らねえな!」
竜頭が翼を広げ空を奔る。
「おりゃああああ!!!!」
三つの闘気と四本の刃ががしゃどくろに振り下ろされた。──ところが。
髑髏の目が光った。
すると、見えない壁に当たったように、刃は弾き返された。
「うがっ!!」
三柱の式神は、地面に叩き付けられ姿を消した。
「……何、だと……⁉」
同時に、他の式神たちも姿を消す。
唖然と見上げるハルアキの前に、巨大な頭蓋骨が下りてきた。
「まずは、おまえから食おうか」
すると、カートウッドが何かを投げた。それは弧を描いてがしゃどくろの口に飛び込んだ。
「その前に、これを食え!」
カートウッドの腕にあるのは、おにぎりの山。
「お腹を空かせているんです! 食べさせてあげましょう!」
おこんがお釜を引っ張り出してきた。
「ボクも手伝うよ!」
ラファエルがご飯を握る。
「そりゃあ!」
あやめも一緒になっておにぎりを投げる。
がしゃどくろはキョトンとした様子で、ただモグモグと口を動かしている。肋骨の隙間からご飯粒がポロポロと溢れる。
ハルアキはポカンとした。今までの戦いは何だったんだ……?
「──いやあ、悪いね。ちょっと来るのが遅れたかな」
気だるい声がした。一同がハッと振り返ると、そこには釣竿を担いだ男が立っていた。──その姿を見て、ハルアキは身構えた。
「ぬらりひょん!」
「僕は戦う気はないよ。疲れるからね。その子を連れに来ただけだよ。
玉藻前殿に、彼女のお気に入りのこの宿で、変な気配がするから見に行ってくれと頼まれてね」
「…………」
ぬらりひょんは飄々とがしゃどくろの前に立った。
「黄泉に帰るよ」
「まだ人間を食ってない」
「おにぎりを食べたじゃないか。わがままを言うと……」
ぬらりひょんはニコリと目を細めた。
「──消すよ」
がしゃどくろがガタガタと震えだした。それには、様子を見守る一同が驚いた。
「死ぬの……嫌だ……」
「なら黄泉に帰ろうね。いい子だから」
ぬらりひょんは、すっかり大人しくなったがしゃどくろを引き連れて、黒の大地に向かって歩き出した。
「──待て!」
ハルアキには、聞かねばならない事があった。振り向いた妖怪の王に鋭い目を向ける。
「旅人に瘴気を運ばせて結界を破るとは、がしゃどくろに知恵を貸した者がいるだろう。──それは誰だ?」
しかしぬらりひょんは興味なさげな目を返した。
「僕は知らないし、調べるのは面倒だな」
「だが……」
ハルアキは納得がいかない。
「……あの!」
そこに口を挟んだのはおこんだ。
「宿の修理を、閻魔大王様に頼めるんですか?」
これにはぬらりひょんも笑い声を上げた。
「この子を外に出してしまったのは、大王の失態だからね。立派に直してくれるさ」
「良かったね!」
ラファエルがおこんの手を取る。
「じゃあね。夜行と釣りの約束があるんだ」
そう言って、ぬらりひょんとがしゃどくろは黄泉に消えた。
──夜行。
ハルアキはぬらりひょんの真意を読み取った。この騒動の黒幕は、あの妖怪──。
仲間を売る事になるからはっきりとは言わなかったが、無邪気なフリをして狡猾な、あの妖怪ならやりかねない。
ラファエル、そして玉藻前の機転がなければ、どうなっていたか……。
「……ま、とにかく、めでたしめでたしだね!」
ラファエルがニンマリした。
夕日が街道を染め、涼しい風が肌を撫でる。
「半分壊れちゃいましたけど、皆さん、泊まって行ってください」
おこんがニコリと微笑んだ。
「厨房はあの通りですが、庭でBBQなどいかがですか? おこんさんと一緒にご用意しますよ」
「心を込めて頑張ります!」
「やったー!」
ラファエルが声を上げた。
……そして、あやめがハルアキに囁いた。
「おぬしが一番役立たずだったな」
「うるさい」
ハルアキはあやめを式札に戻し、賑やかに準備を始めた一同の後に続いたのだった。
──そして、後日。
修理が完成した宿を、閻魔大王が訪れた。
「迷惑をかけたな」
黄泉の支配人に恐縮され、おこんは笑顔を返した。
「いえ、綺麗にしてもらえて良かったです」
おこんが大王を座敷に通すと、既に先客がいた。玉藻前、ラファエル、ハルアキ、式神として召喚された面々……。
「酒だ! 酒を持って来い!」
ヤマタノオロチが声を上げる。
「ハルアキの奢りだよ」
あやめの横で主は顔を青くした。
「今日は改装記念という事で、なんと、閻魔様の奢りです!」
おこんがにこやかに言うと、カートウッドがグラスを運んできた。
「これからお客様が増えそうですね」
「はいっ! もっと頑張ります!」
「──では、宿の繁盛を願って」
閻魔大王がグラスを掲げる。
「乾杯!」
「「乾杯!!!!」」
──── end ────




