第二十六走 ガバ勢と時空の鍵を獲れ
内部は、この大地が生まれた時から一度も光に晒されたことがないような、冷たく濃厚な闇で満たされていた。
心音が暗い壁を叩き鳴り響いている。
茫漠と広がる部屋の中央。玉座に似た大きな祭壇。その上に、音の正体が浮いているのをルーキは見た。
心臓――!
正確にはそのシルエットしかうかがい知れない。本体はあまりにも暗すぎて、虚空に空いたいびつな穴が膨張と収縮を繰り返しているとしか思えなかった。だがこの鼓動と連動した動き。心臓と言い表す他ない。
「来ます!」
奇怪な物体がもたらした一行の沈黙を、キオンキューレの鋭い声が貫いた。
直後、暗闇の心臓から気流のように黒い風が噴き出る。闇よりもなお黒く。だからこそ目に見えてわかった。
突如、肌を走る空気の震え。
口の中に鉄臭い苦みをもたらすその衝撃は、ルーキたちのすぐ前で発生した。
キオン。それから彼女が構えるバール。それが堅牢に堰き止めているのは、闇が形作った細い手だった。
『――!』
ルーキは瞠目した。いや、それは感じたと言った方が正しかったかもしれない。
暗い心臓から噴き出た風が、キオンを襲った細腕に続く人体を形成していく。
巨大な双眼を象った頭巾。裾の長いローブ。線の細さはどこか女性的。
驚くべきは、それらすべてが闇一色で象られていること。細いあごの輪郭も、ローブのシワも、暗黒の濃淡で体現されている。これ以上の黒はない――そう感じた次の瞬間には、さらなる漆黒が認識を更新して来る。闇に闇が彫り込まれていくみたいに。
そしてその中でももっとも暗い部分、両目と口が大きく押し開かれた。
――ァァァアアアアアアアア!!!
怒号、絶叫、哀切……わからない。とにかく様々な負の感情を爆発させたような叫び声が、受けたこちらの体を貫く。生半可な闘志ではあっさり折られてしまいそうなほどの圧力。
「こいつが……魔王ゾワナ……!」
猛攻が始まった。
魔王ゾワナは闇の両手を振り上げ、凄まじい速度でキオンへと叩きつける。
指先の軌跡が闇にさらなる黒を引く。引き裂かれた空間からさらなる闇が垣間見える……そんな想像すらさせる異様な光景。
キオンはそれらを正確無比にバールで打ち返していった。
弾ける火花は、天地ほど離れた二つの色を見せた。キオンの髪と同じく金、ゾワナの体と同じく黒。この世界の光と闇が、互いの総量を削らんと直にせめぎ合っているようだ。
「はあああッ!」
ゾワナの両腕が横に並んだ一瞬を狙い撃ち、キオンのバールがそれらを一度に払いのける。
好機――! 素人参加者たちにも一目でわかるそのタイミングに、キオンはゾワナの頭に有効打を叩き込んでいた。
「やったか!」
ルーキは思わず声を上げていた。そういうこと言うのはよくないとRTAの教本にも書いてあるが、どう見てもやっていた。実際、光のバールによってぶっ叩かれたゾワナは、そのまま闇に溶け込むように消えていく。普通なら勝利確定おつかれちゃんと宣言するところだが――。
「……持っていない」
キオンはそれだけつぶやくと、すぐさま部屋の中央、心臓の祭壇へとにらみを飛ばした。
呼応するように再び心臓から黒い風が噴き出る。それが形作ったのはまたしても魔王ゾワナ。
「倒しても倒しても復活……こういうことかよ!」
アドフェンが強く舌打ちするのを聞きつつ、ルーキはキオンが話した「時空の鍵を落とす」という討伐方法を思い浮かべた。
魔王ゾワナを一時的に倒した時、それがドロップするのだ。しかし何番目の魔王がそれを持っているかは不明。これは日頃の行いがものを言う運勝負――。
「ルーキ君!」
いきなり肩を引っ張られ、その後柔らかいものに背中を受け止められた。
声の主は委員長――。しかしこのふんわりとした感触は? と戸惑ったのも束の間、鼻先を掠める鋭い音を聞く。
「つつッ……!?」
この感覚の方は知っている――剣だ。
その時になってルーキは初めて気づいた。
いつの間にかこの広間に黒い騎士がいる。ゾワナと同じく闇だけでできた全身鎧の騎士。それが四体……いや、もっと!
「いけない……親衛隊が出てきた……! ルーキさん、リズさん、みんなの守りをお願いします!」
ゾワナと打ち合いを再開するキオンから声が飛び、ルーキたちは改めて暗闇の騎士たちと対峙する。
キオンと互角にやり合うゾワナは確かに怪物だったが、こちらはまだまともな範囲の敵だった。攻撃はあくまでシンプルな剣のみ。それも全員が判を押したように同じ動き。
「なめんじゃないわよ! リズ!」
「応!」
合図を送ったマギリカとリズの氷雷金銀の大技が闇騎士たちをまとめて打ち払う。動揺した敵陣をさらに掻き回しながら進むサクラと、それを追いかけつつ一体一体刈り取るニーナナ。
ルーキとアドフェンは一般参加者たちと一緒に応援役で、こちらのフォーメーションはほぼ盤石といえた。
「キオンキューレがんばえー!」
小さい子供の声援を受け、キオンの横顔にかすかな笑みがこぼれるのをルーキは見た。そこから目が覚めるような怒涛のラッシュを繰り出し、新たなゾワナを撃破。
ここで、キン、と甲高い音が床を跳ねた。
!!
何かと確かめるまでもない。落下物のある床から、とてつもなく深い闇が溢れる。
『鍵だ――――ッ!!』
その場の全員が叫び、鍵に殺到した。
真っ先にそれを手にしたのは――闇騎士の一体!
「小賢しく拾ってんじゃねえ! 偉ェ部下かテメエはよおおおッ!」
アドフェンのチェーンウィップが閃き、闇騎士の足首に絡みついた。それを思い切り引っ張り、騎士は転倒。闇の凝縮した鍵はまた床を跳ねていく。
偶然それをキャッチしたのは、一般参加者の一人だった。
「わあっ!」
闇騎士たちから一斉ににらまれたことで、驚いた彼の手から鍵が踊り出る。双月光の子供たちが慌てて手を伸ばすも、彼らの指先の上を跳ねるように転々と移動。
そうして吸い込まれた先は、ニーナナの背中を覆うボリューミーな髪の中だった。
「ぬっ 廿_廿?」
ぶるっと身震いした彼女から飛び出た鍵は、奮戦する委員長とマギリカの鎌の間をすり抜け、サクラの伸ばした手をかわし、アドフェンの悪態を振り切ったところでようやく一つの場所にとどまった。
なんと、ちょうどルーキの正面。
「わぁいラッキーら! これがレイ一門の日頃の行いよ! ルタ生一位はもらった!」
嬉々としてそれに手を伸ばそうとすると、一陣の風がルーキの前方を覆った。
現れたのは早くも補充された魔王ゾワナ。
「おわあ!」
のけぞる寸前、魔王ゾワナに躍りかかって押しのけた影があった。
キオンだ。
「ルーキさん、その鍵を鍵穴に! この部屋のいたるところにあります。どこでもいい!」
聖なるバールをガムシャラに振り回し、ゾワナを押し返そうとする。彼女も必死だ。無理をしたせいで反撃を受け、小さな傷がいくつも生まれている。
ビビってる暇はない。ルーキはすぐさま鍵を拾い上げると、その場から駆けだした。
「鍵穴! どこだ! 見つかりやがれ!」
ルーキは目を凝らした。
こちらの動きを見て、一般参加者たちも慌てて周囲を探すしだす。使命を帯びた双月の騎士団はさらに必死だ。
この闇の中では鍵穴なんて他の闇と一切見分けがつかない――もしそうだったらどうする? 焦りが鼓動を早くする。闇騎士たちはこちらを唯一のターゲットとして迫ってきた。交戦してる暇はない。
「兄さん、あれっす!」
サクラの一声。こういう時は、彼女だ。
サクラの指さす先。……あった! 恐ろしいことに闇の中に小さな黒い点が浮いているだけだ。いくら室内に無数にあるといっても、戦闘中にこれを見つけ出せっていうのか。無限に復活する魔王ゾワナと、あれが率いる闇の騎士たちを相手にしながら。
こんな無茶をキオンは一人でやり続けてきたのか。こんな暗闇で一人ぼっちで。
「そりゃ仲間もほしくなるよなあああ!」
ルーキはグラップルクローを使って鍵穴へと突進した。
「援護する」
すれ違うようにニーナナがドロップキックですっ飛んでいった。こちらの後方。追いかけてくる闇の騎士たちのただ中に。
「テメー様の活躍は俺様が記録しといてやるから、きっちり冒険を仕上げてこいや!」
アドフェンもチェーンウィップを振り回しながら突っ込む。
「ルーキ君、後よろしくお願いします!」
「わたしが守るからには背中は絶対安全よ!」
リズとマギリカも突入。
フルメンバーでの援護。こいつはもらった!
――その時、風切り音が背後に迫ってきた。それはあっという間にルーキの横を追い抜き、足元に重苦しい金属音を響かせる。
「!」
ルーキは目を見開いた。一瞬の思考停止。
バールだ。持ち手に血の付いたバールが床を滑っていく。
まさか。キオン姉貴が……やられた!?
――ヤ、メロ……!!
声が聞こえた。わずかな知性が、唯一思い浮かんだ感情を言葉にしたような、たどたどしくも呪わしい声。
ルーキと鍵穴の間に凄まじい速度で風が割り込んでくる。
暗闇が凄絶に目を見開いた。
――邪魔ヲ、スルナ……!!!!!
「ゾワナ!」
急ブレーキは間に合わない。ゾワナもすでに攻撃態勢に入っている。
「このまま突っ込むしかねええええ!!」
腕を伸ばす。鍵穴はゾワナの体からわずかに脇にそれた場所にある。
鍵を差すのが先か。ゾワナの闇に切り裂かれるのが先か――勝負!
呼吸の隙間もないその数瞬の中で、ルーキは闇の中を輝かしい金色の風が駆け抜けてくるのを感じた。
それはゾワナの背後へと滑り込むと、相手の腹に両腕を巻きつけ――。
「スクゥエア!!」
引っこ抜いて後方へとぶん投げた!
ピーーーーーーーー!
ルーキの持つ鍵が鍵穴へと到達したのもその瞬間だった。
同時に鳴り響いた笛にも似た音が何を示しているのかはわからない。ただ一つ言えるのは、それを境に部屋の壁を叩いていた闇の心音が止んだということだった。
突如、鍵穴に室内の闇が吸い込まれていく。猛烈な突風。黒い心臓も、黒い騎士も、みんなそれに巻き込まれる。
ほんの数秒の出来事だった。気がつけばそれは終わり、室内には平凡な暗闇だけが残された。
いや、もう一つだけ。
魔王ゾワナ。身動き一つせず、今ではその残骸だけなのかもしれないが。
ゾワナは、体操のブリッジをするようなキオンの投げ技によって床に叩き込まれていた。
世に言うジャーマンスープレックス。
武器を失ったキオンが、この大地を救う聖戦の最後に繰り出したのが、それ。
その姿勢は風光明媚な橋のようで、彼女と床の間に見事な四角形が入ってしまいそうなほど綺麗だった。
「美しい……ざけんな……」
アドフェンのそんなつぶやきが、穏やかな闇の中を一人さまよった。
しれっと再開するなり決着がついたんですがそれは。
次回、エピソード最終話。




