第二十七走 ガバ勢と新・キオンキューレの冒険
「――そんなふうに、とにかくすべてが貴重な体験だったよマジで……」
ルーキが一部始終を語り終えると、サンはほうっと息をつき、それまで両手で握りしめるままだったコップのジュースに初めて口をつけた。
「すごい大冒険になっちゃいましたね。聞いてるだけでもハラハラしました」
そんな率直で素朴に胸を撫で下ろしてくれる彼女と向き合う場所は、〈アリスが作ったブラウニー亭〉のテーブル席。
同じ卓にはサクラにニーナナ、リズとマギリカという当時のメンバーがフルで着席しており、こちらが語る〈バルキューレの冒険〉教習の出来事に茶々を入れたり補足をしたりして、小さな完走した感想に花を添えてくれていた。
魔王ゾワナがキオンキューレの放った芸術的なスクゥエア・スープレックスにて3カウント……いや撃滅され、ルーキが鍵穴に〈時空の鍵〉を差し込むことに成功した瞬間、マーブルガルズの危機は一時のにわか雨のように立ち去った。
RTA発令前の討伐だったので記録としては残らないが、恐らくは史上最速での解決。その後、一行は帰りの船の上でお互いの健闘を讃えあい、それから大鉄道にて慌ただしく帰路についた。
魔王との戦いのせいで列車の時間に遅れそうだったし、キオンが跪いた双月光の騎士団に囲まれてろくに挨拶できなかったし、ラスボスへの決め技がジャーマンスープレックスだったことでアドフェンがずっとブチブチもんく言ってくるしで、最後までドタバタは収まらなかった。
だが、振り返ってみればすべてが楽しいガチ勢教習だ。
「そうですね。貴重な学びの場となりました」
そう表明したリズが、ふと自分の胸元に目を落とし……微細なため息をつく。
「なあに見てんすかねえ~?」
「何で等速でため息つく必要があるんですか? #廿_廿)」
それを見逃さないサクラとニーナナが左右から絡み始める。
「何でもありません……やめてください」
我慢する顔で二人にされるがままになっている委員長は、いつもの小柄でほっそりした体型に戻っていた。
マーブルガルズを離れ、列車の中で一昼夜すごすうちに、いつの間にかそうなっていたのだ。どうやら巨人の霊気が抜けたことで、その器も本来の形に戻ったらしい。
「ローズさんとレジーさんにも見せてあげたかったのにな。きっと三人ともそっくりよ」
そう言って素直に残念がるのはマギリカだ。ルーキは……どう判断すべきか困り所さん。
ミドルムチプリの委員長は、それはそれはもう可愛らしく美しかった。色んな意味で破壊力バツ牛ンであり、マギリカと並んだ勇者コンビの姿も圧巻。ルーキもゾワナとの戦いで背中にちょっと何か当たったりして内心騒然となったことは否定できない。
ただ、今の委員長がああなるまでの過程をすっ飛ばしてしまったということに関しては、何かがもったいないような気もした。彼女が本来持てるはずだった時間、成長、そういった積み重ねを第三者によって強制的に飛び越えさせられてしまったのは、豪華で見た目にも美しい料理を急いで口に流し込んだような、そんな気持ちにさせられたのだ。まあ、こちらが勝手にそう思っているだけだが……。
「新人君、キミ宛てに手紙よ」
ふと、そんな一声と共に受付嬢がテーブルに一通の封筒を置いていった。
「これは……アドフェンからだ」
「ああ、あの蛇の眼の。あれから何日もたってないのにマメっすね」
手紙を読み始めてすぐ、ルーキは吹き出した。
あのキオンキューレとの山を割り海を裂く冒険譚をなんとか形にし、王都にいる協力者に見せたところ、「こんな盛りすぎィな話、誰も買いません。もうちょっと現実を見てください」と一蹴されたらしい。
そらそうよ。あんなもん直に見せられなきゃ信じられるはずがない。でも現実なんだよなぁ……。
一方、ムッチンプリン・アラモードの戦乙女とそれに仕えるちみっこ騎士団の話は、貴重な貴族の子供向けの冒険譚として、お試し版をお得意様に配ってみることになったらしい。ウケがよければ正式に商品になるという。
『ふざけんじゃねえ! 俺様は大冒険家を目指してんだよ! 何で苦労してまともにした代冒険がボツで、ガキ向けの話が採用なんだ! だがテメー様への取材報酬は同封した! また会おうぜ!』
文末はそんな乱暴な言葉で締められており、キレながらも律義に謝礼を支払うところが偉さにこだわる彼らしかった。
また会おうぜ――。確かに代冒険を求めて辺境に足を延ばすなら、これから何度でも会うだろう。その時は、もうちょっと人間的なRTAであることを少しだけ祈ってやらないこともなかった。
「……というわけで、みんなの昼飯は代冒険家様が奢ってくれるってさ」
そう言って、ルーキが同封されていた紙幣をひらひらと振った時だ。
「警察だ! ルーキはいるか?」
もはや定番ともなったケイブ警部補の登場に、店内のレイ一門は総出でこちらの方を指さしてきた。今回は指名されていたので兄弟子たちの反応は極めて正常。ちなみに警部補がいちいち叫ぶのは、単純に店内がクッソうるさいからだ。
「ケイブ警部補? どうしたんですか」
ルーキのその疑問は、ケイブの後ろからひょこっと現れた小さな影によって一発で解消された。
「エヘヘ……こんにちは」
「あーっ! キオン姉貴!?」
ルーキたちは思わず席を立つ。
キオンキューレが立っていた。幼女バージョンの。
初めて会った時のぶかぶかの格好ではなく、きちんと子供用のワンピースと頭の羽飾りを身に着け、背中には使い古された小さなリュック。長い三つ編みは引きずらないよう背中で輪を作り、それが後光のようになっている。
こちらの反応を見たケイブが、一段落つけた顔で吐息を押し出した。
「やはり知り合いか。街の入り口でバールを持ってうろうろしていたので声をかけたら、おまえたちの名前を出したので連れてきた」
「おお……ナイスゥ!(本音) キオン姉貴も、ガチ勢のとこじゃなくてこっちに来てくれたんですか?」
「エヘヘ、はい」
はにかむキオンの元に集まり、ルーキたちは笑顔で歓迎を表明した。
別れてまだ数日。きっとあれからすぐに出発の準備をし、追いかけてきてくれたに違いない。あの時の意思表明をしっかりと守ってくれたのだ。知らない人間からすれば、バール所持は何事かと思うだろうが。
「なんでぇ、キオンじゃねーか。あっちから出てきたのか」
「キオン姉貴オッスオッス!」
そこに意外なところから声が舞い込んだ。レイ親父。それに一門衆からだ。対する彼女の返事も慣れたもので、
「お久しぶりですレイ親父さん。はい、出て来ちゃいました。ルーキさんに熱心に口説かれたので……エヘヘ」
「キ、キオン姉貴、言い方ぁ!」
ルーキは慌てて無罪をアッピルした。なにせサンが裏切られたような顔で「ルーキさん……?」とプルプル震えているし、ケイブも無言でワッパを取り出そうとしている。
へばりついた誤解をはがして投げ捨てるように、ルーキは話を強引に移した。
「っていうか親父たち、キオン姉貴のこと知ってたんですか?」
「まあ、キオンにRTAを教えたのは俺とウェイブだかんな。教えたっつってもチャートの基本的な作り方だけだけど」
「そうだゾ新入り。親父の弟子って意味じゃ、キオン姉貴はオレらの中でも古株ゾ」
「そんな相手を口説くとか、あのさぁ……」
「けど姉貴が出てきたんなら、ままエアロ!」
兄貴分からも口々に言われ、ルーキは何も知らなかった自分にただただ呆れた。
そういえばキオンはガチ勢のわりに空気が緩いというか、ちょっとガバっぽいところがありはしなかっただろうか。レイ親父ウェイブ親父両方からRTAを学んだというなら、ガバ寄りのガチという奇妙なバランスもうなずける……。
「まあせっかく来たってんなら、ちょうどいいや。まずうちさぁ、明日っから一門で〈ロングダリーナ〉の区間試走があんだが……一緒に走ってくか?」
レイ親父からの誘い。問うような目線を寄越すキオンに、ルーキたちは一斉にうなずいた。明日から〈ロングダリーナ〉。これはすでに決まっていたことで、リズとマギリカも同行する。
終盤の最難関ダンジョンまでは行かないし、中盤までの安定度を高めるための試走は、外地が初めてのキオンにももってこいだ。
キオンキューレがマーブルガルズから出てこないことは、レイ親父や一門が一番よく知っているはず。彼女がいずれそれを孤独だと理解することも。それでもバルキューレである彼女は土地から離れがたいことも。
そんな彼女が外に出てきたのなら、それは変化であり成長。巨人の霊気に促された外見の急変ではなく、彼女が自ら手探り、選び取った心の伸長だ。
ならば、走で応えてやるのが走者というもの。
双月光のちみっこ騎士団には悪いが、ここは一足先に彼女との冒険を楽しみたい。
レイ親父も一門も、温かくキオンを見つめている。もちろんルーキたちもそうだ。
彼女は笑い、ぴこっと敬礼した。
「――ハイ、初心者ですけどよろしくお願いします。エヘヘ!」
そして、キオンキューレの新しい冒険が始まった。
サクセス!!
こうしてバールの幼女という新たな走者がルタに加わったのでした。
※お知らせ
今回のエピソードで『帰ってきたレイ一門』は一旦区切りとなります。短期間のご視聴ありがとうございました。以降、こんな具合でエピソードごとに投稿していくことになると思うので、どうぞ気楽にお付き合いください。
また、三日後(5月11日)からは新しい作品を投稿する予定です。もしよければ、どうぞ読んでやってください! それではまたお会いしましょう!




