第九話 追跡と調査
魔狼達の死体が散乱していた場所からさらに数時間ほど歩いた地点で、俺達はようやく小鬼と思われる魔物の足跡を発見した。
ここまでたどり着く間に、魔物の死体をいくつも発見している。それでもなお、小鬼達の痕跡が一切なかったのは、奴らが意図的にそれを消していたからだろう。
……魔物の死体は外敵への警告か。
死体を目にするようになってから、俺達以外の生物の気配が全く感じられない。奴らのもくろみは上手くいっているようだな。しかし、無駄に魔物を殺したことで精霊を警戒させてしまい、俺達という脅威を招くことになったのも揺るぎのない事実。
ある程度の知能はあるようだが、目先のことに捉われ、広い視野で物事を判断することができていない。……そこに付け入る隙がある。
それにしても、ここら一帯の地面はかなり踏み固められている。小鬼達が頻繁に通る場所のようだ。
闇雲に奴らの集落をさがすより、近くの茂みで張り込み、小鬼達が来るのを待った方が良いだろうな。
もう日が暮れているから視界が悪い。こちらから探すのは困難だ。だが、それは奴らも同じ。鬼系の魔物は夜目が利かない……例え奴らが変異種であっても、生物としての制約からは逃れられないだろう。
闇に乗じて待ち伏せし、奴らを見つけ次第、尾行する。そして集落まで案内してもらおう。
「アディナ、そこの茂みで小鬼を待ち伏せるぞ。それと、今のうちに寝ておけ。状況によっては、この後は一睡もできない可能性がある。少しでも仮眠をとって体力を回復しておくべきだ。数時間たったら起こす。そしたら交代だ」
「わかったわ。先に寝かせてもらうわね。おやすみなさい」
……アディナの性格を考えると、てっきり俺に先に寝るよう説得してくるかと思った。何か心境の変化でもあったのだろうか?
まぁ、良い傾向だ。いつまでも子ども扱いされていては、ろくに戦略も立てれない。俺が立てる戦略は、基本的に俺自身が矢面に立つものになる。そうなると当然アディナは反発してくるわけだが……今後それがなくなるのは助かるな。
「ノア君起きて。小鬼達が来たわ」
ッ!
アディナの声によって俺の意識が一気に覚醒した。
ついに来たか。お互いの睡眠時間は……だいたいアディナが四時間ほど、俺が三時間ほどか。少々眠いが寝れただけましだ。……それにしても、体内時計によってある程度正確に時間が測れるようになったのは便利だな。樹海に入って良かったことの内の一つである。
そんなことはさておき、俺は意識を分散させて周囲の気配を探った。……確かに、数十メートル離れた所に複数の気配がある。今夜中に姿を現すか心配していたが、杞憂だったようだ。恐らくこの場所は奴らの巡回経路なのだろう。
……こちらに向かってきているな。
「アディナ、音を立てるなよ」
「わかってるわ」
……辺りに生物が全くいないせいで、アディナの息づかいがはっきりと聞こえる。緊張しているのか、少し呼吸が荒い。
「平気か?」
「ええ、大丈夫よ。……ただ、長時間待ち伏せするようなことは初めてだから、慣れなくて……」
「不安になる気持ちはよくわかる。俺も敵を待ち伏せするのは初めてだからな。正直、上手くいくかはわからない。だが、もし見つかってもその場で始末すれば良い。あまり気負わずいこう」
「……ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」
そうこう話しているうちに、奴らが近くにきたようだ。軽い足音が聞こえてくる。そこまで体重は重くないようだな。であるならば、比較的に俺と相性の良い相手だ。俺の体は小さいから、体重が軽い敵とは戦いやすい。
そして、奴らの姿が見えてきたのだが――
――その小鬼達の体色は緑色だった。
どうなっている? 通常の小鬼の体色は灰色のはず……。それは例え変異種であっても変わらない。
普通の動物と違って、魔物の体色が異なる場合は別の種族として扱われるのが常識だ。
何故なら、魔物の肉体は魔素によって構成されており、世界からその存在を明確に定義されているから――っと、今はそのようなことを考えている場合ではないな。
とにかく、そういった世界の常識から考えると、こいつらは完全に小鬼とは別の魔物ということになる。
……小鬼と同じような体格で体色が緑色という特徴を持つ魔物は存在しないはずだ。つまり、奴らは新種の魔物ということになる。アディナも目を見開いて驚いているから、俺の思い違いという線はなさそうだな。
……非常に困ったことになった。新種の魔物相手となると、何をしてくるのか全くの未知数なのだ。奴らと戦闘になる前に、少しでも情報を集めておかないとな。
幸いこちらの存在に気づいた様子はない。だから、聴覚や嗅覚が発達していたり、気配察知といった特殊な感知能力を持っていたり、ということはないだろう。そして、奴らは左手に松明を持ち、右手には木でできた棍棒を持っている。
……全員右利きか。
今のところは、人間と同じような特徴ばかりだな。となると、急所の位置もだいたい同じだろう。問題は奴らの身体能力がどの程度か、というところなのだが……。
先ほど途中で思考を打ち切ってしまったが、魔物の肉体は魔素で構成されている。すなわち俺の右腕と同じような状態だということだ。もちろん、魔素の質はぴんからきりまである為、俺の右腕に匹敵する力を持つ魔物は少ない。しかし、それを見た目で判断することができないのが困る。
既知の魔物であるなら、これらのことは気にする必要は無い。が、残念ながら今回の相手は全くの未知の魔物だ。注意しないとな。
……事前情報なしで魔物と戦っていた時代の人達を、本当に尊敬する。今回、実際に自分が当事者となったからこそ、その過酷さが身に染みた。
それにしても、精霊は“小鬼の集落”と言っていたんだが……はぁ、しょうがないか……いい加減な精霊だったということだろう。今度会ったら文句の一つでも言ってやりたいな。
北西の方角から歩いてきた緑色の魔物達は、向きを変えて北東へ歩き出した。俺はアディナに目配せし、音を立てないように奴らの後をつける。
……こいつら、全然鳴き声を出さない。
鬼系の魔物は頻繁に鳴いて無駄に騒ぎ立てる傾向にあると学んだのだが……こいつらは全く鳴く気配がないのだ。
仕事に熱心で実に良い働きっぷりだな。決められた物事を淡々にこなす姿は、まるで人間のようだ。流石、知能が高いだけのことはある。こちらからしたら厄介でしかないがな。
三十分ほど歩いたところで目的の集落に着いた。奴らの集落は、思っていたより規模が小さい。円を描くように木造の小さい小屋が五軒建てられており、その中心に大きな建物がある。
敵の数は……四十体前後だな。アディナの罠を使いつつ奇襲を仕掛ければ、倒しきれる可能性は高い。その場合は、最初の奇襲でどれだけ数を減らせるかにかかってくる。
「まずは、集落の入り口に立っている二体の見張りを素早く殺す。その後、アディナは五つある小屋の入り口に魔法陣で罠を仕掛けてくれ。術の規模は、小屋の中にいる奴らを全員殺せる程度のもので頼む」
「ノア君はどうするの?」
「俺はアディナの護衛だ。不測の事態が起こらないとも限らないからな。別行動は危険過ぎる。話を戻すが、小屋の入り口に魔法陣を仕掛け終わったら、中心にある大きい建物に突入する。中には十四体ほどいるから、そいつらを倒したら殲滅完了となる。アディナは気配を消して、俺の戦闘を補助してくれ。いいな?」
「わかったわ」
中心の建物へ突入した際に、小屋で寝てる奴らは異変に気づいて駆けつけようとするだろうが、仕掛けた魔法陣が起動するから心配いらない。……不備はなさそうだな。
――よし、作戦決行だ。
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