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第八話 出生の謎と樹海の異変

 俺がヴァルグリンド家の血を引いていないだと? ……それはつまり、俺を追放した“あの男”は本当の父親ではないということだが……うん、何も不都合はないな。むしろ清々したぞ。


「……ノア君、大丈夫?」


「ん? ああ、問題ないさ。この上なく晴れやかな気分だ。だが一つ気になることがある。ヴァルグリンド家の血を引いていないのなら、俺は誰の子どもなんだ?」


「……残念だけど、それは私にもわからないわ。元々ノア君は、ヴァルグリンド公爵領内の孤児院に預けられていたのよ。その孤児院を、私と大司教が訪れた時に――」


「アディナの“聖導”によって、俺が拾われたわけか」


 俺がそう言葉を続けると、アディナは自身の下唇を強く噛みしめ、申し訳なさそうに頷いた。


 ……全く気にしなくて良いのだがな。確かに俺は、ヴァルグリンド家で暮らす中で多くの虐待を受けてきたが、それはあの男の過失であって、アディナは何も悪くない。それに、公爵家の人間として質の良い教育も受けることができたし、人脈も広がった。悪いことばかりじゃない。

 そしてなにより、今こうして自由の身となって、アディナとともに旅をすることができている。不満なんてなにもないさ。


「――だから何も気にする必要は無い。いいな?」


 俺は有無を言わせずに無理矢理押しきった。ここで俺が何を言ってもアディナが納得することはないだろう。こればかりはどうしようもない。……この問題に関しては、長い時間をかけて、今俺が幸せだということを伝えていくほかない。

 気の長い話だが、アディナの納得がいくまで付き合おう。


「ほら、先を急ぐぞ。今日の内に、できるだけ小鬼の集落に近づいておきたい」


 俺達は再び北へと歩き始めた。


「はぁ、強引なんだから。……でも、良いの? ノア君のご両親のことを調べなくて……。ヴァルグリンド公爵領なら、何か痕跡が残っているかもしれないわ」


「必要ない。今はコルシオンへ出場することの方が大事だ。それ以外のことに気を取られたくない。だから知りたくもない」


 そうだ。今はコルシオンへ出場して、賞金を手に入れることだけを考えるべきだ。そしてその賞金で、アディナについている奴隷の首輪を外す。これが俺の中での最優先事項なのである。


 精霊からの依頼も、これから俺達の前に立ちはだかるであろう壁も、それら全てが通過点でしかない。


 アディナは釈然としない様子だったが、おとなしく後ろについてきているので一先ずよしとする。

 さて、色々と話が二転三転してしまったので、そろそろ本題に戻るとしよう。


「ところでアディナ、意識の混濁についてなんだが――」


「あ」


「……あ、ってなんだ。……まさか、忘れていたのか?」 


「あ、あはは、そんなわけないでしょ? しっかり覚えていたわ」


 どうやらアディナは根本の話を忘れていたらしい。誤魔化しているのがバレバレである。……別に、はぐらかす必要もないだろうに。


 館の使用人達にも偶にこういうところがあった。強がったり、失敗を隠したがったり……プライドや大人の威厳とやらは、そこまで大切なものなのかね?


 まぁそんなことはさておき、俺は先ほどのアディナの話を聞いた結果、ある可能性に思い至った。アディナの身に起きた意識混濁の原因……確証はないが恐らくは――


「意識の混濁は、魔力過剰症が原因だと思う」


「え? 魔力過剰症って、魔法が使えない人がなる病気よね? 魔力が体内に溜まり過ぎると発病するって聞いたけど、私は定期的に魔力を消費しているわよ?」


「……ふむ。その疑問に答える前に一つ聞きたいんだが、聖導の力を最後に使ったのはいつだ?」


「うーん。確か、半年以上前だったと思うわ。聖導の力は好きじゃないのよね……無理矢理与えられたようなものだから。あまり使ってないわ。……あっ、もしかして」


 俺はアディナの言葉に頷いた。


 前世の記憶の覚醒によって特殊な能力を獲得すると言っても、それは得体の知れないものではない。その能力は魔素で構成されているのだ。


 俺が“未来の肉体を具現化”したように、転生者は前世の記憶における強い想いや願いによって、“能力を具現化”しているのである。


 つまり、魔素で構成されている聖導の力を長期間使用しなかった場合、魔素や魔力がたまりにたまって魔力過剰症を発症するのは必然と言える。

 精霊は、アディナが“強い光の力を宿している”と言っていた。それは“光の属性を帯びた魔力が溢れている”という言葉と同義だろう。……もっとわかりやすく伝えて欲しかったな。


「――というわけだから、聖導の力を定期的に使うようにすれば、症状は改善するはずだ」


「なるほど。そういうことだったのね。あまり気は進まないけど、ノア君に迷惑をかけるわけにはいかないから、使うようにするわ」


 よし……これで無事、不安要素は解消できたな。実際はまだ確定していないのだが、かなりの確率でもう大丈夫だろう。駄目だったらまた考えれば良い。一つ一つ可能性を潰していけば、いずれ答えにたどり着ける。どのような結果になっても、俺がアディナを守ることに変わりはない。今はその事実だけで十分だ。





「ん?」


 今俺達は、精霊と遭遇した場所から北に四時間ほど歩いた所にいるのだが……ここら辺一帯に異臭が漂っていることに気づいた。……肉が腐ったような臭いだ。


 アディナと手分けして周囲を探索すると、案の定、腐敗した魔物の死体を発見する。……これは、魔狼の死体か……。


 明らかにおかしい。見たところ魔狼の死体は死後かなりの時間が経過しているようなのだが、どこも“食べられていない”のである。通常、魔物の勢力圏において死体が長期間残り続けるというのはあり得ない。


 魔物の食欲は基本的に底なしだ。目についたもので食らう価値のあるものなら、なんでも口にする。にもかかわらず、この死体はほぼ無傷なのだ。

 俺は魔狼の死因から、この状況を作りだした存在の情報を探ろうとした。しかし、残念ながら腐敗しすぎていて魔狼の死因を特定することはできなかった。


「ノア君。こっちにもあったわ」


「なに?」


 俺が魔狼の死体を確認していたら、アディナがまた死体を見つけたとの報告をしてきた。言われるままにアディナについて行くと、確かにそこには腐敗した魔物の死体がある。


「また魔狼……。群れで行動していた時にやられたのか。ますますおかしいな」


 魔狼の群れを単騎で処理できる魔物は中々いない。そういった魔物が生息しているのは樹海の深部だ。そして今いるこの場所は浅部。よって、魔狼の群れを殺したのは単騎の魔物ではなく、何らかの魔物の群れ、ということになるのだが……。その群れ全体が魔狼を食べなかったというのは、すごく不自然だ。


 行動の特徴が不自然かつ不合理……これは、一定以上の知能を持った魔物の仕業だな。


「人間がやった可能性はないのかしら?」


「ないな。あの精霊は、久しぶりに人間に合うかのような口ぶりだった。それに、気になった場所にはすぐおもむく性格のようだし、樹海の内部のことで見落としているものはないだろう」


 不自然で不合理な状況、精霊の言葉、それらのことをまとめて考えると可能性としては……。


「おそらく……例の小鬼の仕業だな。だが普通の小鬼ではない。変異種かそれに類するものだとは思うが……それが複数体いる」


「……厄介ね。一筋縄ではいかないと思うわ」


 ふむ。知能が高いだけならどうとでもなる。が、素の身体能力が高いと少々面倒だな。


 ……あ、……精霊は『おぬしらの実力なら問題ない』的なことを言っていたが、それはアディナが奴隷の首輪によって戦力外と化していることを考慮しての言葉だったのだろうか?


 ……なんとなく違う気がするな。うん。詰んだかもしれない。




 ――小鬼との戦いは、間違いなく厳しいものになる。




 俺はそう確信した。

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