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第六話 樹海の主

 魔狼の群れの討伐から一週間が経った。

 俺達は未だに樹海の中を彷徨っている。正直右も左もわからないのだが、アディナいわく確実に目的地へ近づいているとのことだ。俺はアディナの言葉を信じて前に進むしかない。


「よし、こいつで最後だ」


「まだ息のある個体がいるわよ」


「ん? あぁ、あれか……ふむ……丁度良い、試してみるか」


 もはや日課になりつつある魔物の討伐を行っていたのだが、殺しきれていない個体がいたようだ。そこで俺は、最近思いついたことを実践してみることにした。


 虫の息となっている魔物に近づき、右手に直剣を“具現化”させる。そして魔物の首元へ突き刺し、今度こそ息の根を止めた。……直剣の具現化に慣れてないせいか、少々切れ味が悪い。それでも十分使える性能だ。


「……その剣、どこから出したの?」


「いや、どこからも出してないぞ。しいて言えば“生み出した”、だな」


「まさか、魔素による物質の具現化? まだ実用段階にないって話を聞いたことがあるけど……」


「そうだ。以前、マティアス爺さんが魔素に関する研究をしてるって話をしただろ。その研究が物質の具現化だ。まぁ、余り上手くいってないようだがな」


 つまりは、身体転成の魔術に次いで物質の具現化に関しても俺しか使えない技術ということになる。といっても、この右腕ありきの技だがな。


 そもそも普通の人間に魔素を直接操作することなどできない。せいぜい魔力の操作が限界だ。俺も右腕を介することでやっと魔素を操作できるようになる。


 ちなみに、身体転成のように術式を用いて間接的に魔素を操作するのはまた別の話だ。


「――ということだから、俺が手を離すと……具現化した物質はこうして空中に霧散することになる。完全に消えるまで数秒かかるから、具現化させた物質を相手に投げつけるのも有りだな。現段階では、切れ味はいまいちなんだが、慣れれば自然と研ぎ澄まされるだろう」


「なるほどねぇ。……まさかとは思うけど左腕とか脚とかも転成させるつもりじゃないわよね? 危険よ。右腕は成功したけど、次また成功するとは限らないわ」


「そんなことはわかっている。この前の身体転成の術式は俺の右腕に合わせて調整したものだ。他の部位をやるとしたら調整し直す必要があるし、新たなリスクも生じる。俺も危ない橋を渡るつもりはない。……必要に駆られない限りはな」


「はぁ、先が思いやられるわ……」


 失礼なやつだ。俺がいつそんな無茶をしたというのかね?

 まぁいい。おしゃべりはこれくらいにして、さっさと先を急――



『なにやら騒がしいと思ってきてみれば、人の子が迷いこんでおるとは』



 ッ!? これはまずい!


「逃げるぞアディナッ!」


 突如として膨大な魔力が辺りに立ち込めたかと思うと、凄まじい力の奔流が目の前に出現し、その中心から何者かが語りかけてきた。


 どう見ても今の俺達がかなう相手ではない。俺の右腕に宿る力がまるで赤子のようだ。

 そう感じるほどに、目の前の存在は絶対的な力を放出していた。だから俺はアディナの手を引いて全力で逃げようとしたのだが……何故かアディナはその場から動こうとしない。

 腰が抜けたか、或いは奴に何かされたか。……仕方がない。



「――身体強化ッ!」



 俺は自身の肉体を強化し、アディナを抱えてその場から離脱しようとした――が、そんな俺の行動をアディナの言葉が制止させた。


「ノア君待って、この方は精霊様よ! 心配いらないわ!」


 なんだと? ……確かに目の前の存在からは攻撃の意思や敵意を全く感じない……俺の早とちりだったとは……。


 それにしても精霊か……人の前に姿を現すことはなかなかないと聞く。何が目的だ? ここは魔の樹海、魔物の勢力圏だ。光の眷属と呼ばれている精霊には似つかわしくない場所なんだがな。


「……精霊が俺達に何のようだ」


『おぬし、ずいぶんな物言いだな。そもそも、我の支配領域にずかずかと入ってきよったのはおぬしらであろうに』


「支配領域だと? ここは魔物の勢力圏のはずだが……」


『然り、この樹海には我以外に魔物しか生息しておらん。我はその魔物達を束ねておるのだ。数年ほど前からな』


 にわかには信じ難い話だ。光の眷属が闇の眷属である魔物を束ねるなど、聞いたことが無い。しかし、俺達にはその真偽を確かめる術がないのも事実である。先ほどから、この精霊に意識を集束させているのだが、何も情報が得られない。ここは、相手の言い分を受け入れるほかないな。


 それに、精霊が特定の領域を治めているというのは、世界にとってはとても良いことだ。生態系の安定に繋がることに加え、自然災害などの抑制にも繋がる。まぁ、魔物達の生態系が安定したら周辺国家は非常に困ることになるだろうが、俺達には関係のない話だ……少なくとも、今のところは……。


 というわけで、この精霊が樹海の支配者であろうがなかろうが、俺達に対しての直接的な影響は現時点ではない。あまり過剰に警戒しすぎても無駄だな。


「……勝手に樹海の中に入ったのは悪かった。けど、俺達には引き返せない理由があってな。今後は魔物達に手を出さないと誓う。だから通して欲しい」


『ふむ……。まず魔物達についてだが、別に殺して構わん。生きるも死ぬも命の定めよ。ただ、おぬしたち人の子らは、己の欲望や傲慢によって、命の定めにおける枠組みから外れる傾向がある故、十分注意することだ』


 要するに、無益な殺傷をするなということだろう。食べる為、生きる為、身を守る為に殺すのは良し、逆に面白半分で殺すのは無しということだ。これに関しては元来心得ている。特に問題ないな。


『そして、樹海の中を通して欲しいという話については、我の頼みを一つ聞くことを条件に、通してやっても良い』


「その頼みにもよるな」


『うむ。もっともな話だ。頼みといっても、そこまで難しいものではない。ここから北に向かった先にある、小鬼の集落を潰してもらいたい。おぬしらの実力であれば、十分に可能だろう』


 小鬼か、確か人型で俺と同じくらいの身長の魔物だったな。魔猪や魔狼よりも脅威度が低い魔物だったはずだ。この精霊の言う通り、小鬼の集落程度なら俺達二人で十分対処可能だと思われる。それに、集落のある方角が北というのも丁度良い。俺達が目指している方角と同じだ。


 ……魔物の統率者なのに何故魔物である小鬼の討伐を望むのか、自分でやらずに何故俺達に頼むのか、などのいくつかの疑問が思い浮かぶのだが……詮索はやめておこう。

 わざわざ藪の中の蛇をつついて出す必要はない。世の中、知らない方が良いこともあるだろう。


「承知した。アディナもそれで良いな? ……アディナ?」


 精霊の頼みを請け負うことをアディナに確認したが、返事が無い。思わず横を向くと、そこには呆然とした様子で空中を見つめているアディナの姿があった。……どうしたんだ?


『そこのおなごは強い光の力を身に宿している故、我の気に当てられたのだろう。我が去った後、しばらくすれば元に戻る。安心しろ。では、人の子らよ、小鬼の件、確かに頼んだぞ』


 その言葉を最後に精霊の気配が消え、周辺一帯に満ちていた力の奔流も消失した。……結局最後まで、その姿を見ることは叶わなかったな。俺にはまだその資格は無いということか。


 自身の右腕を見つめ、その奥に宿る力に意識を向ける。俺もいつか、あの精霊の領域にたどり着くことができるのだろうか……。正直自身は無い。だが、右腕を見ていると――



 ――“その時”はそう遠くない。



 何故かそう感じた。



 ……ところでアディナさんや……いつになったら正気に戻るのかね?

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