第五話 制約の抜け穴
翌日。
俺達は魔の樹海の中を歩いていた。鬱蒼と茂る樹々によって行く手を阻まれ、中々思うように進めない。加えて、度重なる魔物の襲撃によって気が休まらない状況が続いている。
あまり良くない流れだな。このまま進むと、いずれじり貧になるのが目に見えている。ここらで一度、本格的に休憩を取った方がいいだろう。当初の予定では安全な場所を見つけて、そこで休むという話だったんだが……四の五の言っていられないな。
アディナにはまだ余裕があるようだが、さすがに俺の身が持たない。周囲から『天才だ! 天才だ!』と持てはやされても、所詮肉体は五歳児の枠をでないということだ。
俺がそのことを伝えようとした時、先にアディナが口を開いた。
「ノア君、そろそろ休憩しない? 樹海に入ってから数時間たったと思うし、お腹も空いてきたわ。魔物を警戒しながらの休憩になってしまうけど……どうかしら?」
ふむ……気を使わせてしまったか……。俺がアディナを気にかけていたように、アディナも俺のことを気にかけてくれていたようだ。この申し出は非常にありがたい。
「ああ、一旦休憩を取ろう。魔物についてはしょうがない。できるだけ気配を薄くするようにしてくれ。それだけでも大分違うはずだ」
俺は自身の気配を操作することなどできない。しかし、アディナはできるらしい。
俺がアディナと行動をともにする中でまず驚いたのは、そのサバイバル能力の高さだ。魔術や気配の操作を始めとして、地形の把握、進路の把握、基本的な衣食住など、その身一つで生きていけるだけの力を有しているのである。
昨日倒した魔猪を食べれる状態に処理したのもアディナだ。だから俺はアディナに対して頭が上がらない。
そのようなことを考えながら干し肉をかじっていると、アディナが突然、地面へ向けて魔法を発動させた。……なにやってんだ?
「なにやってんだ?」
アディナのあまりの奇行に、思わず考えていたことをそのまま口に出してしまった。
「へ? なにって、地面に罠を仕掛けているのよ。魔物が上を通ると発動する設置型の魔術……念のためを思ってやったんだけど……ダメだったかしら?」
なん、だと!? アディナの言葉を聞いた瞬間、全身に衝撃が走った。
そうか! その手があったか!
何故今まで気がつかなかったのだろうか。不思議でしょうがない。
アディナが奴隷の首輪の制約によって禁じられているのは“戦闘行為”だ。魔法の発動自体は禁じられていない。つまり、事前に設置した魔術の罠に対して、勝手に敵が突っ込んでいった場合は、制約の適用外となる……ということだろう。
これで、間接的にアディナが戦えることが明らかとなった。今後は戦闘の幅が広がることになる。……やはり、前に突き進むだけでは駄目だな。時には一度立ち止まって、過去や現状を客観的に捉えることが大切だ。
「……さっきから固まってどうしちゃったのよ。罠が気に入らないっていうならやめるけど?」
「すまない。考え事をしていた。罠はそのままで良い。むしろもっと設置しておいて欲しいくらいだ。一つ確認しておきたいんだが、罠はあといくつ設置できる?」
「いくつでも設置できるわ。 設置型の魔術ってすごく効率が良いのよ。通常の魔術は、術式を構築して、発動させて、操作して、っていう全ての工程で自分の魔力を消費しないといけないんだけど、設置型は術式を構築する工程でしか魔力を消費しないから」
なるほど。『戦争の勝敗は魔術師の数で決まる』と以前に本で読んだが、今まさにそれを実感した。魔術師の力は凄まじいな。
「よし、アディナは次の戦闘に参加してみてくれ。俺が指示したところに罠を設置してくれれば良い」
「えっ? でも戦闘行為はできないはずじゃ……もしかして……そういうこと?」
俺はアディナに対して深く頷いた。これが上手くいけば、樹海の踏破が容易になる。その為にまずは、実際の戦闘で使えるかどうかを確認しなければならない。休憩がてら魔物がやってくるのを待つとしよう。
その後何事もなく休憩を終え、俺達は再び北へと進みだす。幸か不幸か、休憩している間に魔物の襲撃はなかった。まぁしょうがないな。これから樹海を抜けるまで、嫌というほど魔物とは戦うことになる。その時に罠の実用性を測ればいい。だが、その機会は思ったより早く訪れた。
「来たわ」
「……奴らか」
俺達を幾度も襲撃しては撤退し、それでもなお、諦めることなくしつこく付きまとってくる奴ら……魔狼の群れが、やってきたのである。
丁度いい。ここで奴らには、引導を渡してやろう。
「アディナ、俺の背後に罠を……いや、やっぱりやめだ。……周辺一帯に罠を張ってくれ、場所はどこでも良い。俺が罠に敵を誘導する」
「わかったわ」
いちいち俺が罠の設置位置を指示するのは効率が悪い。それに、罠の設置に関して俺は素人だ。ここはアディナの技術を信じよう。
さて……そうなると、アディナが設置した全ての罠の位置をどうやって認識するのか、という問題が生じるのだが……俺ならどうとでもなる。
俺は自らの意識を分散させ、周囲に広げた。……以前、アディナが発する言葉の真偽を判断する為に意識を集束させたが、今回はその逆だ。
こういった意識の操作は、赤子の頃からなぜか息をするようにできた。この技術があるからこそ、俺は他の人間より多くの情報を知ることができる。
意識を分散させれば浅く広く、集束させればより深い情報が得られる。広範囲に設置された罠の場所を認識するには、意識を分散させれば良い。
こちらの準備はできた。
「さあ、来い。魔狼ども」
俺がそう呟いた直後、正面の茂みから三体の魔狼が飛び出してきた。……なるほど、そう来るか。この正面の三体は陽動、本命は左右に展開している四体の魔狼か。茂みの中を移動しているからバレてないと思っているんだろうが、残念ながら、“全て視えている”。
俺は“三歩ほど”後ろに下がり、正面の魔狼達を迎え撃った。一匹目は右腕で殴りつけて即死させ、二匹目は首筋を短剣で切りつける。そして三匹目は――
「――身体強化」
二匹目を切りつけた勢いを利用して、そのまま回し蹴りを食らわせた。しかしその瞬間、俺の体勢が崩れたのを見計らったのか、左右に展開していた四体の魔狼が動き出す。
俺はその様子を傍観者としてただ静かに眺めていた。もう俺は戦いの当事者ではない。
奴らは、目の前にぶら下げられた“俺の死”という欲望に目がくらみ、盤上の駒の如く自らの死へとひた走る。そしてその凶悪な牙が俺の喉元へと向けられた刹那――
俺を中心として魔法陣が起動し、地面から生えた鋭利な石柱によって、四体の魔狼達は串刺しとなった。
見事な魔術だ。それに、アディナの気配はかなり薄くなっている。意識を分散した状態でも、正確な位置を把握するのが難しい。アディナが魔狼達に狙われなかったのは、気配を薄くしていたからだろう。
俺はその後、短剣で切りつけた魔狼と蹴り飛ばした魔狼に止めを刺し、アディナと合流した。
「……悪いな。結局一つしか罠を使わなかった」
「ふふ、気にしなくていいわよ。大して消耗してないし、あんな鮮やかな戦闘をみせられたら、文句なんて言えないわ。ほんとに昨日の魔猪との戦いが初陣なのよね?」
「ああ。昨日まで俺は戦闘どころか、街から出たことすらないな。……ただ、何となくこうすれば良いというのがわかるんだ」
「はぁ、これだから天才って……ブツブツ」
アディナが天才に対する小言を言い始めたが、過去になにかあったのだろうか? 何はともあれ、これでアディナも戦闘に参加できることが確認できたわけだ。
ふはは。大司教よ、詰めが甘かったな!
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