第四話 中立都市へ向かう理由
俺とアディナは、魔猪の丸焼きを前に談笑を楽しんでいた。辺りはすっかり暗くなり、晩秋ということもあって少々肌寒い。
今俺達が居るのは相変わらず草原のど真ん中なのだが、魔猪と戦った場所から少し離れたところである。今日はここで一夜を明かす予定だ。昼間の内に安全を確保しているならまだしも、今から魔の樹海に入って一晩過ごすというのは自殺行為だからな。
それにしても、アディナが魔術に明るくて本当に助かった。俺だけだったら火を起こせなかったぞ。
俺は公爵家に居た頃、魔術やそれに準ずる術に関する情報をかなり制限されていたから、初級魔術の身体強化しか習得できていない。恐らく父は、俺に抵抗する術を与えたくなかったのだろう。俺に対して頻繁に虐待を行っていたからな。都合よく暴力を振るえなくなっては困るということだ。
ちなみに身体強化は、俺に魔術の素養があるか否かを確認する為に、父が無理矢理覚えさせた魔術だ。俺は当初、この術に対して嫌悪感を抱いていたが今では重宝している。
ほんと、人生はどうなるかわからないもんだな。……人生を語る五歳児ってどうなんだ?
魔術は初級、中級、上級、最上級と分類されており、アディナは上級までなら使えるらしい。さらに近接戦闘も得意としているようだ。残念ながら、今は奴隷の首輪によって戦闘行為を禁止されてしまっているが、もし今後首輪をどうにか外せた場合、心強い戦友となってくれるだろう。
「なるほどねぇ。技術書も読ませてもらえなかったんだ。でもそれならなんで身体転成の術を生みだせたの?」
「ああ、それは完全に人脈のおかけだな。父が俺の天才ぶりを自慢する為に晩餐会を度々催していたんだが、俺はその時に魔法国のマティアスという教授と意気投合してな。その教授が魔素についての研究を行っているというから、その資料を見せてもらったんだ。それで魔素を操作したり、変質させたりする術式を覚えて、応用したという感じだな」
「マティアス教授? ……って大賢者マティアスじゃない! そんな凄い人と知り合いだったのね、驚いたわ」
確かにあの爺さんは周囲からそんな風に呼ばれていたな。俺からしたら近所の気のいい爺さんみたいな感じなんだが。
身体転成の術が完成したのは爺さんのおかげだ。いつになるかわからないが、術式完成の報告をしに行きたい。
「さて、俺の身の上話はこれくらいでいいだろう。確か、聞きたいことがあるんだったな?」
「ええ。中立都市を目指すのはいいのだけれど、そこを目指す意図を教えて欲しいの」
なるほど。これは伝えておくべきことだ。
そもそも中立都市は何故中立と呼ばれているのか。それは、どこの国にも属していない都市だから、という理由ももちろんあるのだが、それ以上に都市全体の思想が中立であるから、という理由が大きい。そしてその思想は今回俺が追放されたことと密接に関係している。
“転生者至上主義”……この思想は文字通り転生者――前世の記憶を持つ者――を至上とし、それ以外を劣等者と見なす考えのことだ。数百年前、前世の記憶を持つ者を識別することができる魔術が世に広まってから、急速に浸透していった思想である。
今では、現存する国の多くがこの思想に染まっている。それは俺が先程まで属していた帝国においても例外ではない。しかし、その思想に染まることなく独自の地位を確立し、世界に対して絶大な影響力を誇っている都市がある。そう、それが今回の旅の目的地であるアヴィリオン中立都市だ。
故に、転真の儀において前世の記憶を持っていないと判定を受けた者は皆、安寧を求めてこの都市を目指すのである。
当然アディナもこのことは知っている。それでもなお、アヴィリオンを目指す意図を知りたいと言ったのは……俺が安寧を求めていないことに気づいているからだろう。で、あるならば、アディナが求めている答えは――。
「コルシオンだ」
「えっ? コ、コルシオン!?」
アディナが驚くのも無理はない。コルシオンは中立都市で開催される世界最大の闘技大会であり、世界中の名だたる猛者たちが集う由緒ある祭典だ。出場すること自体が困難で、もし出場できたとしたらそれだけで一生遊んで暮らせるほどの賞金が手に入る。だがそれらの特徴は、コルシオンという祭典のほんの一端にすぎない。
コルシオン最大の特徴、それは……優勝者以外の殆どの出場者が命を落とすというところだ。
「冗談だよね? そんな危険な大会に出るなんて私は許さないわよ?」
いつからあなたは俺の保護者になったのでしょうか……。
はぁ……まぁ、反対される予感はしていたが、ここまで過剰に反応するとは思わなかったな。
大会の出場に年齢制限はない。しかし、付き添い人であるアディナが未成年である俺の出場を渋れば、大会を運営している側も俺の出場を断るだろう。それ以外にもいくつかの出場条件はあるのだが、現時点での最大の壁はアディナだな。
……アディナは奴隷の首輪の制約によって、俺を常に認識し続けることを強制されている。だから、アディナの目を盗んで申し込むというのは不可能だ。うーむ。どうやって説得しよう……。
「去年は九割以上の出場者が亡くなったって聞いたわ。絶対に、絶対にやめなさい」
「危険だということは十分理解している。だがどうしても出場しなければならない理由があるんだ。頼む」
悩んだ挙句、俺は素直に頭を下げることにした。アディナにはこれが一番効くと思ったからだ。そして、案の定アディナは言葉に詰まった。先ほどまでの厳かな態度とは打って変わって、おろおろと挙動不審になっている。ここは畳みかけるべきだな。
「出場者の多くは転生者たちだ。その者たちを俺が倒せば、世界に蔓延る差別意識を払拭することに繋がるかもしれない。俺は追放されたことで自由の身となったが、世界には差別によって苦しんでいる者はごまんといる。そういった者たちを救うきっかけを作りたいんだ! だから頼む!」
再び頭を下げる。……今言ったことは完全に嘘の塊なのだが、許してほしい。
俺がコルシオンに出場したいと思っているのは単純に金が欲しいからだ。
アディナの首についている奴隷の首輪……これは高位の魔法技師でないと外せない。さらにその技師の中でも、首輪の情報を外部に漏らさない信用のおける者でないと依頼できない。これら二つの条件を満たす技師に依頼をしようとした場合、とんでもない金額が必要になる。
だから金がいるのだ。
このことをアディナ本人に言うわけにはいかない。言えば絶対にコルシオンの出場を認めてもらえなくなる。
「……一つだけ条件があるわ。……命の危険を感じたら、すぐに棄権すること。いいわね?」
「……わかった。約束しよう」
はぁ、認めてもらえたか。これで一先ず安心だ。
一応、コルシオンでは棄権することができる。しかし、今までの出場者の中で棄権した者は一人もいない。俺が初めて棄権する選手になるかもしれないと考えると少し憂鬱だが、こればかりは致し方ない。
それにしても、アディナを説得したことで物凄く疲れてしまった。魔猪の肉を沢山食べた直後なのに心なしかもう腹が減ってきたぞ。また食べるか。……食感がボソボソしてるし、味もそこまでおいしくないのだがな……。
「この肉、かなり残っているがどうするんだ?」
「干し肉にするわ。樹海の中で安定して食料を確保できるとは限らないでしょ?」
「確かにそうだな」
食ったら食ったで眠くなってきた。だが今寝るわけにはいかない。夜は交代で見張るという話をしたんだが、俺が先に寝たら絶対にアディナは俺を起こさないだろうからな。
全く、色々と苦労させやがる。……この借りはいずれ、返してもらうぞ……なんてな。
明るく元気に微笑んでくれたら、それでいいさ。
絶望の底にいた俺は、アディナに救われた。だから今度は俺が――
――救ってみせる。
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