第三十話 ニーナの決意
ゴブリンの襲撃から三日が経過した。
身体転成の術の調整は順調に進んでおり、ある程度目処が立ったので冒険者としての活動も少しずつ再開させている。
現在は早朝、本来ならロベルトの家に朝食を食べに行くところを、俺、アディナ、ニーナ、ダリアの四人は冒険者ギルドへと向かっていた。理由はジェラルドだ。
「ジェラルドの要件は何だろうな?」
「うーん。依頼に関することだとは思うけど、どうなのかしらね」
「……お菓子」
俺達はジェラルドに呼ばれているのだが、要件を一切聞かされていない。遣いとして来たギルド職員も何も知らないみたいだった。一体何の用があるのだろうか。
……ニーナは菓子を貰う気満々のようだ。
以前ニーナにジェラルドについて聞いたところ、菓子をくれる優しいおじさんと答えていた。元Aランク冒険者もニーナの前では形無しだな。
まぁ、ジェラルドは独身みたいだから、子どもに敏感に反応してしまうのも仕方ないのかもしれない。冒険者という危険な仕事をしていると、結婚することは難しいだろうからな。
「ダリアさん、アドモスさんは普段何をしているのかしら?」
「ダリアで結構ですよ? アドモスはわたくしの代わりに政務を行っています。わたくしには両親ともおりませんので、わたくしが不在の間は公爵家のかじ取りを任せているのです」
「それは……」
「大丈夫です。お気になさらないでください。わたくしにはノア様がいれば、それだけで十分ですから」
何を言ってるんだ。両親二人を牢獄送りにしたのはダリア、お前だろう。
一応ダリアはエルトゥール公爵家の現当主ということになっている。実際の政務はアドモスがやっているから、名ばかりのものだがな。
アドモスは本当に有能だ。
冒険者ギルドに着いたら、直ぐにジェラルドの下へ向かう。さっさと済ませて朝食を食べに行きたい。
「それで? 要件はなんだ」
「お、おい。目が血走ってるぞ。どうかしたのか?」
「誰かさんのせいで朝食を食べれてないんでな」
そう言うと、ジェラルドはおっかなびっくりといった様子で手短に要件を説明してくれた。
どうやらホムラと一緒にドランの街へ行って、援軍の要請をしてきて欲しいらしい。ゴブリンどもの総数が分からない以上、長期戦は不利と悟ったようで、数日後、戦力をかき集めて本拠地と思われる場所を一気に叩く作戦を決行するとのことだ。
「――だから援軍が必要なんだ」
「わかったわかった。じゃあな」
「明日の早朝、北門に集合となっている。忘れるんじゃないぞ」
適当に請け負ってジェラルドの部屋を出る。依頼の内容もまともだったし、報酬も問題なかった。それに、ホムラが参加するという時点で信用度は十分にある。大丈夫だろう。
冒険者ギルドを後にした俺達は、その足でロベルトの家に向かった。
「ノア殿、おはようございます」
「ああ、おはよう。ロベルト、明日ギルドの依頼でドランの街へ行くことになったから、ついでにルイーゼの様子を確認し――」
「本当ですか!?」
「あ、ああ」
ルイーゼの状況を確認してくると告げようとしたら、ロベルトは食い気味に言葉を発した。
……娘の事となると人が変わるな。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
何度も礼を言ってくるロベルトを押しとどめ、皆で朝食を頂く。
うん。美味しい。
朝食を食べ終わると、ロベルトが思い出したように口を開いた。
「ノア殿、言い忘れていました! 例の件が無事完了したんです!」
おお! そうか! それはよかった!
「ありがとう。さっそく、この後行ってみることにする」
「ええ。そうしてあげて下さい。……ギリギリでしたよ。あと一歩遅かったら手遅れでした」
「……ロベルト、本当に助かった」
「いえいえ! こちらこそ、いつもありがとうございます!」
俺達の会話に、アディナとニーナとダリアは不思議そうな顔をしているが、教えることはしない。後のお楽しみだ。エルゼはロベルトから既に事の顛末を聞かされているのだろう。優しい笑みを浮かべている。
朝食を食べ終わった後、俺はロベルトの家を出てとある場所へと向かった。
「ねぇ、ノア君。何処に向かっているのかくらい教えて欲しいわ」
アディナが不満そうに唇を尖らせる。……そんな顔しても駄目だ。教えん。
「ノア様ぁ、わたくしにだけ、特別に教えてくださいませんかぁ? そしたらご褒美を差し上げますよぉ?」
……猫撫で声を出しでも駄目なものは駄目だ。
はぁ、先程からずっとこんな調子だ。唯一大人しいのはニーナだけ。全く、二人ともニーナを見習ってくれ。
やいのやいのと騒ぐアディナとダリアを無視してしばらく歩いていると、今まで一番静かにしていたニーナがそわそわし始めた。手をもじもじさせて、口元もむにゃむにゃしている。
「あれ? ニーナちゃんどうしたの?」
そのニーナの変化に目ざとく気づいたアディナが心配して声をかけたが、ニーナは勢いよく首を横に振った。
「……何も隠してない」
……ニーナよ、それでは隠してると言っているようなものだぞ。
だが今のやり取りで納得がいった。この先にあるもの、そして今の発言を加味すると、ニーナは俺達に一番大事なことを黙っていたことになる。
やがて、俺は小さな一軒家の前で立ち止まった。
「……な、んで……?」
ニーナの瞳がうるうると揺れる。
まぁ、信じられないだろうな。“更地”だと思っていた場所に、家が建っているのだから。
「この家には、婆さんとの大切な思い出がたくさん詰まっているんだろう?」
俺の言葉に、ニーナはこくりと頷く。
この一軒家は、ニーナとニーナの育ての親である祖母が一緒に暮らしていた家だ。
近所の人から事情を聞いたところ、ニーナは中立都市へ向かう際に、管理ができないという理由から土地を売る決断を下したらしい。そのニーナの意思を尊重して、近所の人達は土地の売却手続きを手伝ったようだ。
ニーナはそのことを俺達にずっと黙っていたということになる。恐らくは迷惑をかけたくなかったのだろう。そして俺達も、傷心のニーナに対して自宅の件を深く追求することはしなかった。
もし、このことをロベルトに相談していなかったら、と考えるとゾッとする。
先程ロベルトは、解体される寸前だったと言っていた。まさに間一髪だな。
「家が解体されないようにロベルトに押さえておいてもらったんだ」
「……あり、がとう」
ニーナは震える声で礼を言った。
事情を察したアディナとダリアも涙を流している。……ダリアが泣いているところは初めて見たかもしれない。
思い出の詰まったこの地を売るというのは、ニーナにとって苦渋の決断だったはず……。
一歩踏み出す決断をしたのは凄い。でも今はまだ、その時ではない気がする。それに、今回ニーナが土地を売ったのはニーナ自身の意思でないことが明白だ。それはあまりにも理不尽で、残酷で、そして何よりも、悲しいことだと思う。
ニーナは優秀で優しい子だ。いつか将来、経済的にも精神的にも余裕ができる時が必ず来るだろう。その時に改めて自分の過去と向き合い、自分自身の意思で決断し欲しい。
「ニーナが家を空けている間は、ロベルトが管理をしてくれることになっている。だから今後、街を長期的に離れることがあっても大丈夫だぞ。いつでも好きな時に帰ってくれば良い」
俺がそう告げた直後、一陣の風がさっと吹いてきた。その風はアディナ、ダリア、俺、そして最後にニーナを撫でるようにして吹き抜けていく。
「……中を、見ていくか?」
俺の言葉にニーナはふるふると首を振る。
俺はその真意を測るためにニーナの瞳をジッと見つめたが、迷いの感情は一切感じられない。
どうしたものか、と考え込んでいると、ニーナがいつになく力強い表情で口を開いた。
「……足でまといになりたくない!」
――そう告げたニーナの瞳には、晴天の青空が映っていた。
「……迷惑をかけたくない!」
――もうニーナに、恐れはないのだろう。
「……だから頑張る!」
――強い意志によって突き動かされた魔力が、ニーナの瞳に宿る。
「……そして皆を守る!」
――その黒い瞳から紫電が迸った。
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