第二十九話 対策
ゴブリンを殲滅した翌日。
朝食を食べ終わった後、俺とダリアは冒険者ギルドへ向かっていた。
今日は、アディナとニーナとは別行動だ。奴隷の首輪が外れたということで晴れて自由の身となったアディナは、ニーナとの食べ歩きを楽しむらしい。
のんびり歩いていると、ダリアの影の中からアドモスがヌッと現れた。
……心臓に悪いな。
周囲にいる住民達も、ありえないモノを見るような目でアドモスを凝視している。
「お嬢様、大司教の死体が発見されました」
「そう」
端的に答えたダリアがちらりと視線を向けてくる。
その唇はきつく閉じられており、不満を抱いていることがありありと分かった。ダリアとしては自分の手で処刑したかったようだな。
はぁ……やはりロベルトの予想通りだったか。アディナの奴隷の首輪が外れたのは大司教が死んだから……。牢獄から逃亡した矢先に死ぬとは、運のない奴だ。
まぁいい。これでアディナを縛るものは何も無くなった。今後は戦闘を普通にこなせるし、自由に行動することもできる。
今まで散々苦しんできたんだ。その分アディナには幸せになって欲しい。
「死因は何かしら?」
「内臓の損傷によるものです。外傷は全くなく、骨にも異常はありません。しかし、全ての臓器が潰されておりました」
外傷がないだと……?
そのような話を以前どこかで耳にしたような気がする。
……そうだ、ホムラと会話していた時だ。
外傷が全くない貴族の死体が相次いで発見されているということを、以前ホムラは言っていた。確か、その原因として最も有力とされている説は――
「例の殺し屋の仕業ね」
俺が思考する前にダリアが言葉を発した。奇しくもそれは、今俺が思い浮かべていたものと同じ言葉だった。
ダリアは伝説の殺し屋の噂を知っていたんだな。
……当たり前か。追放された俺とは違い、ダリアは現在もエルトゥール公爵家の人間だから、得られる情報量の差は歴然だろう。……何故か今はファウストにいるが。
それに、殺し屋が標的としているのは殆ど貴族のようだし、敏感になって然るべきだ。
「わかったわ。下がりなさい」
「はっ」
ダリアの命を受けてアドモスは影へと消えていった。
これは確か“影移動”という能力だったはずだ。昼の間は能力が制限されてしまうが、夜だと無類の強さを誇る。
「……ノア様、覚悟をしておいた方が良いかもしれません」
ダリアはいつになく厳しい表情を浮かべている。銀色に煌めく瞳が不安げに揺れ動いた。
ダリアがそこまで言うとは相当なことだな。……たった今話に出た殺し屋に関することだろうか?
「ダリアが懸念していることが何かは知らない。けどまぁ、一応心の準備はできているぞ。昨日からやたらと胸騒ぎがするからな」
とは言いつつも、判決を待つ罪人の気分でダリアの言葉に耳を傾けた。
「ノア様は、伝説の殺し屋についての噂はご存知ですか?」
「ああ、知り合いから聞いている。何百年も昔から世間を賑わせている殺し屋だとか」
ホムラはそう言っていた。
百年以上生きているとなると、その殺し屋は長命種だと思われる。もちろん、その殺し屋が同一人物である確証はないので、ただの推測に過ぎないが……。
「はい、概ねその認識で問題ありません。仕事内容に関しても他の殺し屋と何ら変わりはないです。ですが、対価に関しては他とは異なる特徴がございます」
「……」
「その殺し屋が依頼を請け負う際に対価として求めるのは、金銭ではありません。依頼主の命です。ですから、大司教は被害者としてではなく、依頼主として殺された可能性が考えられます」
……恐らく後者だ。
奴が自分の命を自分で捨てたという点には若干違和感を覚えるが、それだけの狂気を内包した人間だったからな。追い詰められた奴が何をするのか分かったものではない。
嫌な予感はしていた。性格の捻じ曲がったあいつが潔く死ぬはずはないと……。何かしらの置き土産を残しているとは思っていたが、まさか殺し屋を差し向けてくるとはな。
殺しの標的は……まぁ俺だろう。
公爵家にいた頃は奴と敵対していたし、奴の俺に対する執着は異常だったからな。わざわざ奴隷の首輪を使ってまで、俺を追い詰めようとしていたくらいだ。
……入念に準備をする必要がある。相手は殺しの専門家だ。油断して良い相手じゃない。
「わかった。ダリア、教えてくれてありがとう」
「はい! ノア様のお役に立てたのであれば本望です」
ダリアは花が咲いたように微笑んだ。
……可愛い。
冒険者ギルドに着いた俺達はジェラルドのいる部屋へ行く。
昨日の戦闘中に気になることがあったので、それを確認したいのだ。
「――それでノア、儂に話とはなにかね?」
「気になっていることがある。街中に人の死体や血痕はあったか?」
「いや、なかったな。ゴブリンどもの死体だけだったぞ」
ふむ……やはりそうか。
ゴブリンが街中に現れた際に、そのすぐ近くにいた人間の気配が消失していた。だから俺はてっきり、街の住民に被害が出てしまったのだと思っていたのだが、実際のところ死体や血痕は街のどこにもなかったと……。
……きな臭いな。
「そんなことより、街中のゴブリンどもはノアが討伐してくれたらしいな。住民、冒険者問わず、皆、礼を言っていたぞ」
「俺はただ、やるべきことやっただけだ」
遊撃を任された者として当然のことをやった。ただそれだけだ。
俺がCランクに昇格していなかったら、また違った結果となっていただろう。冒険者ギルドの作戦自体には変わらず参加していたと思う。けど役割は違ったはずだ。柔軟に動くことができず、苦心することになっていたかもしれない。
そういった意味では、騎士団長に感謝しても良い。あの一件がなかったら、昇格はまだ先の話となっていただろうからな。
「そう謙遜することはない……ところで、先程からお前さんにべったりとしているその少女は何者かね?」
「……名前はダリアだ。まぁ、あまり気にしないでくれ」
「そ、そうか」
深く突っ込まないで欲しい。デリケートな問題なんだ。
聞きたいことを聞けた俺達はジェラルドに別れを告げ、その場を後にする。
冒険者ギルドを出ると、派手な恰好をした暑苦しい奴が話しかけてきた。
「おお! 坊主じゃないか! 昨日は大活躍だったな! この後簡単な依頼を受けようと思っているんだが一緒にどうだ?」
「いや、今回はやめておく。色々とやりたいがあってな。しばらくそちらに注力したいんだ」
殺し屋への対策を考えなければならない。敵は数百年間も人を殺し続けてきた奴だ。そう簡単に勝てるとは思えない。それに、外傷を負わせることなく内部だけを破壊する能力についても、全く分かっていないからな。一応いくつか仮説はあるが、どれもこれといった確証を得られないでいる。
そんな手探り状態な現状で、冒険者ギルドの依頼を受けている余裕はない。
対策の一つとして、身体転成の術で新しく体の一部を魔素に置き換えようと思っている。そのためにはまず、身体転成の術式を調整する必要がある。根気がいる作業だ。
ふと、殺し屋の件をホムラに伝えるかどうか迷った。
……いや、伝えるべきではないな。ホムラなら喜んで手を貸してくれそうだが、あまりこちらの事情に巻き込むわけにはいかないだろう。
今回の件は命に関わる。他人に軽々と相談できるものではない。
「――坊主」
突然頭上から、震えるような声が聞こえた。
「――死ぬんじゃないぞ」
そう言い残して、ホムラは去っていく。
俺達の表情から何かを察したのかもしれない。そのことに気づいてもなお、深くは立ち入らないホムラの気遣いに、今一度感謝の念を送る。
「……ノア様は、良きお方と巡り会えたようですね」
「ああ、本当にな……。よし、宿へ戻ろう。敵は強大だ。しっかりと準備をしておく必要がある」
さて、何から始めるか……。
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