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第二十七話 奴隷の首輪

 ゴブリンどもを殲滅した後、俺達はロベルトの家にお邪魔していた。外は勝利を祝う者達の喧騒けんそうに満ちており、家の中に居てもなお大衆の騒ぐ声が聞こえてくる。

 残念ながら十数人ほど亡くなってしまったものの、当初想定されていた被害を大きく下回る結果となった。


「ロベルト、大勢で押しかけてしまって済まないな」


「いえいえ、構いませんとも! 賑やかで良いではないですか」


 今この場に居るのはロベルトとエルゼはもちろんのこと、俺、アディナ、ニーナ、そして――


「あら? これも美味しいですね! ニーナさんはもう食べましたか?」


「……まだ」


「なら是非食べてみてください。凄く美味しいですよ。口に含んだ途端に広がる香りと、とろけるような食感がたまりません!」


「お嬢様、お行儀が悪いですぞ」


 ダリアとその執事であるアドモスもいる。流石に七人もいると部屋が大分狭く感じるな。


 ホブゴブリンを討伐した時に俺を質問責めにしようとしたダリアだったが、仲間の無事を確認したいと言うと、割とすんなり解放してくれた。……代わりに、アディナ達とはどういう関係なのか、ということについて事細かに聞かれたがな。

 アディナは恩人で、ニーナは妹のようなものだと答えたら納得したようだった……はぁ。


 それにしても……あのダリアが他人に優しく振る舞っているとは……。

 ダリアは自分が美味しいと思った料理をニーナに対して教えてあげている。目の前で繰り広げられている光景が信じられない。


 他者をゴミ呼ばわりして、何人もの人間を無慈悲に牢獄へと追いやったダリアはどこにいったんだ……? 冷酷無比なダリアの所業を散々見てきた俺からしたら、今の状況に驚きを禁じ得ない。

 何か心境の変化でもあったのだろうか?


「ダリア、少し話をしよう。ホブゴブリンを倒した時は途中で話を切ってしまったからな」


 俺がそう言うと、食事に集中していたダリアは満面の笑みを浮かべて勢いよくこちらへと振り向いた。そのダリアの動きに合わせて、腰まで伸びている桃色の髪がふわりと舞う。

 

 その髪に気を取られていた俺は、以前「なぜわたくしを見て下さらないのですか?」と言われて襲われたことを思い出し、慌てて視線をダリアの顔へと向ける。すると、熱っぽくこちらを見つめる白銀の瞳と目が合った。


 ……少し見ない間に綺麗になったな。直接会うのは半年ぶりくらいだ。ダリアはまだ十二歳なのに、不思議と大人びて見える。


「――ああぁ、ノア様」


 うっとりとした様子で穴が開くほどに、じっとこちらを見てくる。


 ……喋る気配がない。ホブゴブリンを倒した後、俺に対して聞きたいことがあると言っていたんだがな。仕方がないから、こちらが聞きたいことを先に聞いてしまおう。

 俺はダリアの方へ顔を寄せ、周囲に気を使いながら小さく口を開く。


「アディナやニーナを受け入れた理由はなんだ? 以前のダリアなら、徹底的に陥れて破滅に追いやり、身体的にも精神的にも苦しめようとしたはずだ」


「わたくしの行動は全てノア様のためでございます。ノア様に近づこうとする殆どの者は、己の欲望を実現するべくノア様を利用しようとする愚か者ばかりでした。ノア様はそのことに気づいておられましたが、自ら手を打つことはなさらないご様子でしたので、わたくしが代わりに処理していたのです」


 そう語るダリアは底冷えするような殺気を放ち、憎々しげな表情を浮かべていた。


 ああ――何も変わっていなかったんだな。

 安心したよ。そっちの方がダリアらしい


「ノア様やアディナさん、そしてニーナさんからは、お互いのことを深く信頼し合っている気持ちが感じられましたので、健全な関係であると判断しました」


 先程とは対称的に柔らかい笑みを浮かべてダリアは言った。


「……なるほどな。……それで? ファウストへは何故来たんだ?」


 声を普通の大きさに戻してダリアへと問う。

 ……流石に俺を殺しに来たとかはないと思うが……不安だ。


「ノア様にお会いするためです! 婚約解消の手紙に秘められたノア様からの愛情に、わたくしは胸を打たれました。わたくしのことを想って退かれたノア様のことを考えると――あぁ、あぁぁああ」


 ダリアは恍惚こうこつとした表情で喘ぐように口元を動かす。そしてぼんやりと空中を見つめたまま動かなくなった。


 ふと視線を感じたのでそちらを見ると、ロベルトが俺に同情の視線を送っていた。


 そうだぞ、ロベルト。エルゼのお叱りで悲鳴を上げているお前には想像もつかないような辛く、悲しい世界はあるんだ。……お互い心を強く持とう。


 そのようなことを考えていると、ダリアの背後に控えていたアドモスが額に指を当て、目を閉じる姿が見えた。あれは“念話”を行っている時の仕草だな。

 悪魔族であるアドモスは幾つか便利な能力を有している。その内の一つが“念話”だ。


「お嬢様。至急お耳に入れたいことが」


 目を開いたアドモスがそう言葉を発した瞬間、ダリアはすぐに平静に戻る。


「言いなさい」


 その言葉に、アドモスは周囲を警戒するような素振りを見せたが、数瞬後にはダリアの命に従い口を開いた。


 ……アドモスはいつ見ても従者の鏡のような奴だな。


 アドモスの報告は、他人に知られるとまずい内容なのだろう。彼はこの場に居る人間の信頼度を推し量り、話しても問題ないとの判断を今の一瞬で下していた。

 この場に信頼できない者が一人でもいた場合、アドモスが口を開くことはなかったな。彼は忠実な執事でありながら、ダリアを守る盾でもあるということだ。

 いついかなる時もダリアの身の安全を第一に考えている。


 などと、俺は半ば他人事のようにアドモスを評価していたのだが、そのアドモスの口から語られた話は俺にも関係する重大なものだった。


「牢獄に幽閉されていた大司教が逃亡したとの報告が入りました。逃亡したのは昨日とのことです」


 なんだと……?


 大司教は幽閉されていたのか。それは知らなかった。

 ……逃亡するとは奴らしい。大方看守に賄賂でも渡したのだろう。人の心の隙につけ入ることが得意な男だったからな。


「ノア殿、大司教とは確か……」


「ああ、アディナに奴隷の首輪をつけた人物だ」


 俺がそう言うと、ロベルトはアディナの首元に視線を向けた。その視線の先には、黒々とした金属製の首輪がある。今アディナはローブを羽織っていない。だから奴隷の首輪が完全に露出していた。

 俺はその首輪を目に焼き付け、静かに目を閉じ、改めて自分がなすべきことを整理する。


 その時――



 ――カシャン、と

 硬い何かが衝突したような音が響いた。


 不思議に思い目を開けた俺の視界に映ったのは――机上きじょうに転がる奴隷の首輪だった。


 場を沈黙が支配する。

 アディナの首から落下したどす黒い物体に、ここにいる全員の視線が注がれた。


 外れた、だと……?


「ノ、ノア君……」


 アディナが消え入るような声で呟いた。


 言葉に詰まり、返答することができない。

 一体どうなってるんだ? 奴隷の首輪が自然に外れるなんてことはあるのか?


 奴隷の首輪が外れたこと自体は、本来なら喜ばしいことだ。俺のかねてからの望みだったしな。しかし俺は、妙な胸騒ぎがして素直に喜ぶことができなかった。

 そんな俺の様子を見かねたのか、こちらを気遣うようにロベルトが声をかけてくる。


「ノア殿、私は商人という仕事柄、違法物に関する知識もそれなりにあります。ただ、こういった事例は聞いたことがありませんので、私の推測になるのですが……」


「……話してくれ」


 そう返すので精一杯だった。


「はい。奴隷の首輪というのは、制約を課した者と制約を課された者の両者がいて初めて成り立つものです。どちらかが欠けた場合、それは術式の破綻に繋がります。ですので恐らくは――」



『制約を課した者が亡くなられたのではないでしょうか?』



 ロベルトが告げた大司教の死。


 俺は何故かそのことに、言い知れぬ不気味さを感じた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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