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第二十五話 奇襲

 会議室から退室した俺は、別室で待っていてくれたアディナ達と合流し、ギルドの外に出た。


 外では住民達がせわしなく動き回っており、その表情は恐怖の色に染まっている。ロベルトから聞いた話では、魔の樹海に隣接しているとは言え、ファウストが魔物の脅威にさらされることは滅多にないらしい。


 多くの住民にとって、魔物の脅威というのは祖父母から聞かされた昔話のようなものなのだろう。

 その昔話だったはずのものが今、現実として自分達の身に降りかかって来ているのだ。魔物に対する恐怖、未知の脅威に対する不安、想定外の出来事への戸惑い。そういった感情にさいなまれながら、現実と非現実が折り重なる境界線上で、彼らは怯えている。


 けたたましく鳴り響く鐘の音が、俺の焦燥しょうそう感をいっそうあおり立てた。

 負けることはないと確信している俺でさえ、鐘の音を聞くたびに得体の知れない不安がつのる有り様だ。街の住民達が感じている不安はこれ以上のものだろう。


 アディナも不安そうにこちらを見ている。ニーナは――


「……もぐもぐ」


 ……大丈夫そうだな。

 心なしか、自分の中に漠然とあった不安が消し飛んだ気がする。ありがとうニーナ。


 おっと、忘れるところだった。

 俺は事前に購入しておいた指輪を懐から出して二人に渡した。


「……ノア君……もしかして、そういうこと?」


 アディナが顔を赤らめて聞いてくる。


「いやいやいや違う違う、それは魔道具なんだ! 離れていても指輪をはめている者同士の居場所が認識できる魔道具! それを付けておけば、首輪の制約に引っかからないだろう?」


 アディナは奴隷の首輪の制約によって、俺を常に認識し続けなければならない状況に追いやられている。そのせいで俺から一定以上離れることができない。しかし、この指輪を使えばその制約をある程度緩和できるのだ。

 前々からファウストの技師に注文していたのだが、昨日やっと完成した。


 ちなみに、仲間外れになってしまうのは良くないと思ってニーナの分も注文しておいた。


「なるほど。そういうことなのね」


 俺の説明に納得したのか二人はそれぞれ指輪をめた。


 ……はて?


 ……二人揃って何故その指に――いや、あまり深く考えないでおこう。

 偶然だ偶然。


「……二人はロベルト達の下へ向かってくれ。万が一の際に彼らを守って欲しい。まぁ、門が突破されることは無いと思うがな。念のためだ。俺は街の外に行ってゴブリンどもを迎え撃つ」


 俺の言葉にアディナは神妙な表情で頷いた。

 共に戦いたいという言葉をみ込み、ニーナやロベルト達を守ることを優先したようだ。


 そのことを確認した俺が南門へと向かおうとすると、ニーナがひしっと抱き着いてきた。

 最近ニーナはこうして俺に身を寄せてくることが多い。何故かはわからない。

 ニーナ曰く「……ぽかぽか」とのことだったが、流石にこれは解読不能だった。俺自身の体温は特に高いわけではないからな。

 ……ニーナにしか感じ取れないこととなると、もしかしたら魂に関することかもしれない。


「ニーナ、アディナと一緒にロベルト達を守ってやってくれ。頼むぞ」


 俺がそう言うとニーナはこくりと頷く。良い子だ。

 そんなニーナの頭を撫でてから俺は南門の方へと駆けだす。

 他の冒険者達は既に南門へと向かった。もう戦闘を始めている可能性がある。急いで行かなければ。



 混沌とする街中を切り開くように進む。

 南門へと近づくにつれて、大地の震動と鳴り響く轟音が大きくなっていった。俺が予想した通り、戦闘はもう始まっているようだ。


「おーい! 坊主!」


 門の外へ出たらホムラが声をかけてきた。

 丁度良い。現在の状況を詳しく知るためにも、ホムラと話をしておこう。


「状況はどうなっている」


「見ての通り、遠距離戦だ! お互いの距離がある程度狭まるまで、魔術や弓での攻撃が主体となる! つまり、オレみたいな近接主体の冒険者は暇してるってことだな!」


 なるほど。

 ホムラの言うように、冒険者達は魔術と弓を用いてゴブリンの大群を迎え撃っている。

 どうやら事前に魔法陣の罠を張り巡らせていたようだ。ゴブリンの足元が騒がしい。

 今のところは冒険者達が優勢であるようだが……。


「どうした坊主、浮かない顔して」


「奴らは、魔術に耐性がある」


「なに!? そんな情報は聞いてないぞ!?」


 俺の言葉を裏付けるように、魔術を受けたゴブリンは多少の傷を負うものの、臆することなく前へと進軍している。

 “魔術への耐性“……これは俺が魔の樹海で奴らと戦った時に得た情報だ。半端な魔術はゴブリンには効かない。冒険者達はこのことを知らないのか? 



「逆に聞きたいんだが、ゴブリンに関して知っていることはなんだ?」


「そうだなぁ、知能があまり高くなくて雑魚、性欲の塊、女の敵、一体居たら百体は居る、とかの情報なら有名だ! ファウストの冒険者なら誰でも知っていると思う!」


 何だその偽情報の塊は……。


「はぁ……その情報は誰が広めたんだ。ほとんど間違っているぞ」


 奴らは知能がそれなりに高いし、性欲の塊でもない。俺からすれば、女の敵というより人類の敵という印象が強い。


 魔の樹海の集落には、食いかけの人間の肉が散乱していた。そしてその肉の山には、男だけでなく女の一部も含まれていた。だから、奴らは俺達人類を性別問わず食料、あるいは玩具おもちゃと見なしている可能性が高い。仮にゴブリンが“そういうこと”を好んでいるのだとしたら、それ用の人間は生かしておく筈だ。


「なんてことだ……一応、第一発見者が言っていた情報なんだがなぁ」


 ふむ……。確か以前、ゴブリンの第一発見者は転生者だとホムラは言っていたな。

 そいつが原因か。面倒なことをしてくれたものだ。


「まぁ、なんとかなるだろう。ホムラ、あれを見ろ」


 俺は魔術を放っている冒険者達を指差す。

 その冒険者達は、攻撃系の魔術を使わずに拘束系の魔術を使用していた。彼らは戦う中で気づいたのだ。ゴブリンどもが魔術耐性を持っていることに。


「弓での攻撃を主体とし、魔術は足止めとして使っているだろう? 彼らには、状況に応じて戦い方を変える柔軟性がある。だから大丈夫だ」


「確かにそうだな! けど、それは一部の冒険者だけだと思うぞ! 経験の浅い者にはできない芸当だ!」


「なに……? この戦場にはCランク未満の奴もいるのか? Cより下の冒険者は緊急時の参戦義務はないと聞いたが……」


「義務はない! でも参戦を希望する者はいる! 正義感、使命感、己の欲望、動機は人それぞれだ!」


 そういうことか……。

 Cランク未満の冒険者にゴブリンの相手は荷が重いんじゃないか? 一対一なら倒せると思う。しかし、複数体に群がられたら終わりだ。今は遠距離戦だから問題ないように見えるが……近距離戦に移行したら少々不味いかもな。



 ――できるだけ数を減らしておくか。



 俺は魔素を操作して、右手に巨大な槍を具現化させる。長さは約十メートル、太さは三十センチメートルほど。……流石に大きいだけあって、直剣を具現化する時より時間がかかるな。

 ホムラ、お前、目玉が飛び出しそうなおかしな顔になっているぞ。


 具現化が完了したら、その槍に与える名を考える。


 この“名を与える”という行為は、具現化の訓練をしていた時に編み出した手法だ。

 何故短時間で物体を具現化出来ないのかを考えた結果、俺の中で具現化対象のイメージが明確でないことが原因だと思い至った。故に、剣や槍といった大きいくくりで具現化対象を識別するのではなく、個々に名を与えてより細かい単位で識別することにしたのだ。

 魔術の“名付け”とは似て非なるものだな。


 たったこれだけで具現化速度が飛躍的に速まる。


「どこから出した!? どうやって持っているんだ!? それにそんな物騒なもの出してなにするつ――」



「――破壊槍はかいそう



 ――俺の前に立ちはだかる全てを穿ち、その道を切りひら



 俺は渾身の力を込めて破壊槍を投擲した。右手から放たれたそれは、凄まじい衝撃波をまき散らして大地をえぐりながら突き進む。そして一瞬にして敵陣の下へ到達し、螺旋状の波動によって次々とゴブリンどもを粉砕していく。やがて最後尾を貫通し、役目を終えた破壊槍は空中に霧散していった。


「……ぼ、坊主、なんだあれは」


 呆然とした顔付きのホムラが聞いてきた。


「破壊槍だ」


「いや、名前を聞いているわけではないんだが……」


 破壊槍のことを詳しく説明している暇はないぞ。

 近距離戦へ移行した後に死人を極力出したくないから、今の内にできるだけゴブリンの数を減らす。


 俺は再び右手に破壊槍を具現化させる。名を与えたことによって、今度は一瞬で槍が出現した。


「そんなことよりも、今は敵の数を減らすことに注力するべきだ」


 そう言って俺は破壊槍を投擲しようとしたのだが――



「なッ!?」



 突如として街の中に、魔物の気配が出現した。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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