第二十三話 冒険者ギルドの長
現在、俺とアディナとニーナの三人はギルド長の部屋にいる。
ボンドの右腕と右足を切り落とした後、俺はニーナを連れて、周囲の注目を浴びながらギルド長の部屋へと移動した。その道中で、依頼の達成報告を終えたアディナと合流し、今に至る。
「アディナ、ニーナ、巻き込んでしまって悪いな。俺がやり過ぎたせいで……」
「全然かまわないわ。むしろ、あいつはノア君に危害を加えようとしたのだから、もっと酷い目に遭って然るべきよ。まだまだ生温いわ」
「……ん」
おおう。アディナもニーナも随分ご立腹な様子だ。
ボンドはこれから物凄く苦労することになるから、俺はあれで十分だと思うがな。
アディナとニーナは気づいていないようだが、ボンドは右腕で剣を握っていたから利き手は右だ。そして剣を構えた際に左足を軸足としていたから利き足も右。
つまり奴は今後、使い慣れていない手と足での生活を強いられることになる。食事する時、排泄する時、刑務作業を行う時、その他ありとあらゆる場面で奴は絶望するだろう。
特に牢獄内では食事の時間が厳しく管理されている。その限られた時間内で、生きるのに必要な量を食べることは、利き腕じゃない方の腕では困難だ。
ではどうするか? 口で直接皿を舐めればいい。
それ自体は簡単なことだ。しかし、自己顕示欲が強いボンドからしたら、屈辱以外の何ものでもない。奴は毎日食事をするたびに、惨めな自分を慰めることになるのだ。
それに、傷口が大きいから痛みで夜も眠れず、更には病の恐怖にも怯え続けることになる。
奴の精神はじわじわと蝕まれていき、最終的には――
まぁ、せいぜい頑張ってくれ。
「……そろそろいいかね?」
ギルド長が痺れを切らしたように口を開いた。
……そういえばここはギルド長の部屋だったな。すっかり意識の外に忘れさっていた
「ああ申し訳ない。話を聞こう」
「……転生児でないにもかかわらず、先程の攻撃にその語り口……やはり小僧は普通の子どもではないようだな……。儂の名はジェラルドだ。小僧はDランク冒険者のノアだな?」
「そうだ」
どうやらジェラルドは俺のことを知っているようだ。
……そんなに目立った行動をした覚えはないんだがな。依頼も基本的には薬草採取か小型の魔物の討伐しか請け負っていない。アディナやニーナのことを考えて高難易度の依頼を極力避けてきた。
ふむ……俺が気付きにくく、ギルド側が把握できることとなると……。依頼の遂行速度や遂行率だな。俺は他の冒険者の依頼の遂行状況を知らないから、比較のしようがない。対してギルド側は、全ての冒険者の遂行状況を閲覧、比較できる。
俺達の依頼遂行速度や遂行率が比較的高かったとしたら、目立ってしまったのにも納得がいく。
「早速本題に入るが、その前に、君たちは勘違いをしているようだからまずそれを訂正しておく」
勘違いだと?
「儂は小僧を咎めるために呼んだのではない。事態の把握と今後についての相談のために呼んだんだ」
そうなのか。てっきり、ボンドに攻撃したことを注意されるのかと思っていた。杞憂だったわけだ。
「……なるほど。続けてくれ」
「うむ。小僧は、今回自分が何をしたのかわかっているか?」
「ボンドの右腕と右足を切り落とした」
俺は事実をありのままに伝えたのだが、それはジェラルドの求めていた答えとは違ったらしい。 彼は困ったような表情を浮かべてポリポリと頭を掻いた。
「……確かにそうなんだが、はぁ……その様子だとわかっていないようだな……。ボンドが転生者だということは?」
「ああ、それならホムラから聞いている」
「ほう、ホムラか。なら話が早い。ボンドが転真の儀によって得た能力は“堅牢”。高い物理耐性を常時肉体に付与する効果を持つ、非常に優れた能力だ」
周囲の冒険者がボンドに攻撃することなく尻込みしていた原因はそれか。
彼らは、ボンドに対して物理的に攻撃しても意味が無いと知っていたのだ。
……ん?
「……そうか、だからか」
「理解したようだな」
ああ、理解した。
騎士達や冒険者達に化け物を見るような目で見られた理由がわかった。
高い物理耐性があるはずの奴の肉体を、いとも簡単に俺が切断したからだな。
確かに、思い返してみればボンドの肉体はホブゴブリンより丈夫だったかもしれない。しかし正直、今の俺にとってはどちらも紙同然だ。
……力が増大した影響で、小さい変化を感じにくくなっている。少し気をつけるとしよう。
ボンドの“堅牢”は物理耐性のみを付与するものだから、魔術は普通に効くようだな。
ということは、奴が人質を取ろうとしたのはある意味、理に適っていたということか。
奴の弱点は魔術による攻撃。魔術は広範囲を攻撃対象とする術が多いから、人質を取ることで発動し辛い状況を作ることができる。それが奴の狙いだったわけだ。
だが、俺を人質に選んだのが間違いだったな。……いや、見方を変えると“正解”と言えるかもしれない。もしニーナを人質に選んでいたら、奴は今生きていなかった。
そんなことはさておき。
「目立ち過ぎたか?」
「かなりな。まぁ、ギルドとしては助かるがね……ということで、これをやろう」
そう言ってジェラルドが差し出してきたのは、Cランクのギルドカードだった。
……事前に準備していたとはな。今回の一件が無くとも、いずれ渡すつもりだったに違いない。
俺としては特に不都合はないので、素直に受け取る。
「Cランク以上になると有事の際に最前線で戦ってもらうことになるが、問題ないか?」
「……俺はただの五歳児なんだがな。いいさ。もとよりそのつもりだ」
「助かる。仕事柄、冒険者ギルドは常に人手不足でな。子どもの手も借りたい状況なのさ」
死ぬ奴が多いということだろう。仮に死人がでなくとも、怪我をすればそれを機に引退するといったことはよくあるようだし、冒険者になる人数よりも辞める人数の方が多いのかもしれないな。
特にここ最近は、新種の魔物の発見が多発している。明らかに異常事態だ。五歳児の力が必要だというのなら、喜んで手を貸そう。
「まぁ、お前さんなら大丈夫だろう。それに、冒険者ギルドには見た目と年齢が不釣り合いな奴は大勢所属している。経験豊富な奴はそのことを理解しているから、そういった意味でもさっさとランクは上げるべきだな」
「わかった」
「では儂からは以上だ。もう帰ってもいいぞ」
「ああ、そうさせてもらう。菓子を出してくれてありがとう。ニーナが気に入ったみたいだ」
「……もぐもぐ」
俺は食べてないが、ニーナはジェラルドが用意した菓子をずっと食べていた。
ニーナにもお礼をさせて帰ろうとしたその時、部屋の扉が強く叩かれる。
ジェラルドが俺にちらりと視線を向けてきた。
「俺達は別に構わないぞ」
「すまんな。……入れ」
ジェラルドの声に応じるようにして部屋へ入ってきたのは、ギルド職員の男だった。
彼は緊張しているのか、表情が少々硬い。まだかなり若いから新人なのかもしれない。初々しいな。
「し、失礼します」
「要件を話せ。手短にな」
「は、はい。その、えー」
手短に、と条件を設定されたことで、事前に話そうと考えていたことが頭から抜けてしまったのだろうか。彼の顔がみるみるうちに青ざめていく。
……仕方がない。
「食べろ」
俺は彼に向って菓子を勢いよく投げつけた。あまり褒められたことではないが止むを得ない。
「わっ、あわわ」
彼はあたふたしつつも、何とか菓子を落とさずに掴み取る。これで体の緊張はほぐれたな。
手に持った菓子をどうするか彼は困っていたが、俺の意図を察したジェラルドに「食え」と言われたことで観念したのか、口に入れた。
よし、これで口の緊張もほぐれた。
「食べながらでいい。話せ」
「は、はい。南方の偵察部隊からの報告です。お、およそ五千のゴブリンの軍勢がファウストの街へ向かっているとのことでした」
……食べるように促した俺が言うのもどうかと思う……けど敢えて言わせてもらおう。
それ、菓子を食べながら言うことじゃないぞ。
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