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第二十一話 約束

 昼食を食べた後、俺達はとある場所へと向かっていた。その場所とは――


「――ここね、ロベルトさんの家は」


「ああ」


 ロベルトの家である。

 今朝、朝食を取った際に、ホムラからロベルトが住んでいる場所を聞いた。

 昨日は挨拶もせず、なし崩し的に別れてしまったからな。しっかりと挨拶をしておきたい。


 それにしても、まさかロベルトの家が普通の一軒家とは……。

 ホムラが「ロベルトはファウストでかなり有名な商人なんだ!」と言っていたので、凄い豪邸に住んでいるものだと勝手に思い込んでいた。

 まぁ、家族を大切に想うロベルトらしいな。


 公爵家の長男として館で暮らしていた俺は、住む場所が広いことによって発生する問題を身に染みて知っている。その中でも一番の問題は、家族と顔を合わせる頻度が減るということだ。俺のように虐待を受けていた者からしたら嬉しい限りなのだが、ロベルトのように家族を大切にしている者からしたら致命的な問題だろう。


 ロベルトは良い選択をしたな。もしかしたら、過去に広い家に住んだことがあって問題点を知っていたのかもしれない。


 そのようなことを考えつつも、俺は扉を三回叩く。すると、「はぁい」という声が聞こえてきて、中から優しそうな笑みを浮かべたロベルトの妻エルゼが顔を出した。


「どちら様で――あらぁ? ノア君にアディナちゃん、それにニーナちゃんも。わざわざ来てくれたのねぇ。嬉しいわぁ。どうぞ上がっていって」


 エルゼに言われるまま家の中に上がる。

 エルゼはこうして強引なところもあるんだな。ぽわぽわとしている印象が強かったから少々意外だ。

 ふと、尻に敷かれているロベルトの姿が思い浮かぶ。……気付かなかったことにしておこう。



「おや? おお! 皆さんお揃いで! よく来てくださいました!」


「あなたぁ、静かにしてください。ニーナちゃんが目を覚ましちゃうでしょう?」


 俺達に声をかけてきたロベルトがエルゼに叱られる。

 たった今俺が思い浮かべたものを裏付けるような光景に、思わず笑ってしまいそうになった。


 エルゼの言う通り、ニーナはアディナの腕の中で眠っている。昼食を食べる前は「……食べたら訓練する」と張り切っていたのだが結局寝てしまった。午前中に頑張ったから仕方がない。そっとしておこう。


 俺はエルゼに叱られて肩を落としているロベルトに声をかけた。


「昨日は色々あって挨拶できなかったから、改めて挨拶しにきた。ロベルト達はあの後どうしたんだ?」


「わざわざありがとうございます。私達は冒険者の皆さんに護衛していただきながら、冒険者ギルドまで行きました。そこでギルドの上層部の方々に、今回の一件の経緯いきさつを説明したという形ですね」


 エルゼに怒られたことが効きすぎたのか、ロベルトの声は物凄く小さい。……極端だな。

 魔の樹海に居た時のやり手の商人といった雰囲気は、最早もはや見る影もない。俺の中でのロベルトに対するイメージがどんどん崩れて行く。


「そうか、ロベルト達だけに説明を任せてしまって悪かったな」


 俺がそう言うと、ロベルトは慌ててに手を振った。


「いえいえ、とんでもございません。命を救っていただいたのですから、これくらいのことは喜んでやらせていただきます」


 そのようにして俺達はしばらく談笑していたのだが、突然ロベルトが真剣な表情で話し始める。


「ノア殿に折り入ってお願いがあるのです。命の恩人にこのようなことを頼むのはどうかと思うのですが――」


 そう前置きをして語られたのは、ロベルトとエルゼの娘、ルイーゼに関することだった。

ルイーゼは幼い頃からやんちゃで、後先考えず行動する性格だったようだ。そして去年、成人を迎えた際に、憧れの冒険者になると言い残して家を飛び出して行ってしまったらしい。その後は全く音沙汰がなく、最近になってやっとドランの街で活動していることが判明したとのことだ。

 そのことを知ったロベルトは商人を辞めて、家族皆で暮らそうとドランへ向かったのだが――


「なるほど。そこでゴブリンに襲われたのか」


「はい。その後、私達のキャラバンが襲われたと知ったルイーゼは、ドランからファウストまでわざわざ来てくれたんです。このことに関しては、既に皆さんはご存知だと思います」


 ああ、昨日のことだからな。当然知っている。……ん?


「そのルイーゼは今、外出しているのか?」


 ロベルトの家の中にある気配は全部で五つだ。ロベルト、エルゼ、俺、アディナ、ニーナの五人分の気配しかない。

 俺はそのことを疑問に思いロベルトに聞くと、彼は頭を抱えて己の感情を絞り出すように口を開いた。


「……ルイーゼは私達の無事を確認した後、すぐにドランの街へ帰ってしまったんですよ」


「なんだと……?」


「えぇ……」


 これは流石に驚きである。アディナもぎょっとした様子で言葉に詰まっている。


「せめて一日くらい泊まっていけと言ったんですが……仕事があるとの一点張りでして……はぁ」


 ……なるほど。親の心子知らずとはまさにこのことだな。


 去年成人したということは、今は十七か。丁度、親の小言が鬱陶しく感じる時期と言える。でも昨日見た限りでは、そこまで反発してるように感じなかったし、お転婆なのは幼少期の頃からとロベルトも言っていた。となると……時期は関係なく単にそういう性格なのだろう。


「私は今回の一件で、貯金のほとんどを失ってしましました。ドランで暮らすためには、また一から稼ぐほかありません。しかし、娘のことが心配で心配で……」


「ということは、俺達にルイーゼの様子を確認してきて欲しいのか?」


「いえっ、そこまでは申しません。ただ、皆さんはアヴィリオン中立都市を目指されているとのことでしたので、その際に娘のことを気にかけて頂けたらなと……」


 そういうことか。アヴィリオン中立都市への行き方は主に二通りある。一つはドランを経由する方法。もう一つはノルンという街を経由する方法だ。

 ドランを経由する方法で中立都市へ向かえば、ロベルトの希望に沿える。


「了解した。アディナもいいな?」


「ええ」


「ありがとうございます! どうか、どうか娘をよろしくお願い致します!!」


 ……別の意味に聞こえたのは俺だけじゃないはずだ。

 そう思って横を見ると、案の定アディナも微妙そうな面持ちをしていた。


 その後、何度も何度もお礼を言ってくるロベルトとエルゼに別れを告げ、二人の家から出る。二人は俺達の姿が完全に見えなくなるまで、手を振り続けて見送ってくれた。


 彼らの姿が見えなくなった直後、アディナが重々しく口を開く。


「……ねえ、ノア君」


「……ああ」


 二人とも化粧で誤魔化していたが、眼の下にどすぐろいくまができており、顔色も非常に悪かった。満足に眠れていないのだろう。その原因としては娘が心配だからということもあるのだろうが、それは一年前からの長期的な悩みだ。となると、今回の不眠の直接的な原因は恐らく――


「ゴブリンだな」


「……大丈夫かしら?」


 アディナが疑問を投げかけてくる。が……正直なところ、わからない。

 眠れていないということは間違いなくトラウマになっている。今後どうなるかは、そのトラウマの程度によるが……デリケートな問題だから最悪を想定しておく必要があるな。


「朝、昼、晩だ」


「え?」


「朝、昼、晩の計三回、ロベルトの家に行くぞ。今日から毎日だ」


「それは……迷惑じゃないかしら?」


 アディナはそう思うのか。


「俺はむしろ少ないと思っている」


 今の彼らには、こちらの都合を押し付けるくらいが丁度良い。絶対に受け身になっては駄目だ。こちらの都合を押し付け、引きずり回し、余計な思考をさせないようにする。じゃないと――



 ――取り返しのつかないことになる。



 そんな気がしてならない。

 俺は今までこういった精神状態の人と接したことがないから、一概には言えない。しかし、俺は俺の直感を信じることにする。


 それらの考えをアディナに伝えた俺は、視線をアディナからニーナへと移した。

 ニーナも、恐らくは……。


 ……ロベルト達やニーナの耳には今もなお、殺された者達の悲鳴や怒号がこだましているのだろうか?


 スヤスヤと寝息を立てているニーナを見て、俺は決意を新たにする。


 ……ロベルト、魔の樹海で俺は、お前に約束したよな? 家族を守るって。その約束はまだ続いているからな。簡単にはこの世界から逃がさないぞ? 覚悟しておけ。


 だから――




『どうか、どうか娘をよろしくお願い致します!!』




 そんなこと言わずに、自分の足で娘に会いに行ってやれ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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