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第十九話 至れり尽くせり

 俺は今、かつてない窮地に立たされていた。


 一寸先も見えない暗闇の中で、どこからともなく現れる巨大な手が執拗しつように俺を襲ってくる。掴まれては逃れ、掴まれては逃れということを何度も繰り返し、やがて俺の体力に限界が迫ってきた。


 そして、そのことを見計らったかのように、敵は俺の頭部に狙いを定める。



 ――くっ、敵ながらいい選択だな。



 今まで敵は胴体や下半身を集中的に狙うことで俺の体力を削ってきた。が、俺の息が切れたこのタイミングで頭部を狙い、一気に仕留める腹積もりなのだろう。

 全身を襲う倦怠感と、鉛のように重い足のせいで思うように身動きが取れない。


 くそっ! ここまでか!



 そして俺はすべもなく頭部を鷲掴みにされ――




「――」


 俺はあまりの息苦しさに目を覚ました……はずなのだが、視界が闇に包まれたままだ。

 どうやらアディナが俺の頭をがっちりとホールドしているらしい。顔全体が柔らかい感触に包まれている。



 ――く、苦しい。



 俺は抜け出そうと思い、体をよじらせた。しかし、びくともしない。

 ……おかしい、いくらなんでも全く動けないのは変だ。これじゃあまるで金縛りのよう――



 ――まさか!?



 俺は恐ろしいことに気づいてしまった。

 視界が塞がれてしまっているので確証はない。でも、もしかしたらこの身動きの取れない状態はニーナの能力のせいではないだろうか?


 だとすると俺にはどうしようもない。流石にこの状況で魔素を破裂させるわけにはいかないしな。

 そろそろ本格的に……い、息が……。




 ――だ、誰か助けてくれぇえええ!!




 まだ薄暗い早朝の宿屋に俺の悲鳴が響き渡った。







 結果的に言うと、なんとか気づいてもらえた。

 叫んだのが功を成したようだ。


 俺の悲鳴に気づいたアディナがホールドを解除してくれたので、改めて自分の状態を確認する。すると案の定、ニーナが俺に抱き着いていた。その上、魂に干渉して俺の動きを封じている。体がびくともしなかったのはそのせいだな。寝ているようだから、完全に無意識だろう。


 流石にこれは命に関わる事態なので、ニーナを起こし、二人にしっかりと注意をしておく。


「ごめんなさい」


「……ごめん」


 二人はぺこりと素直に謝ってくれた。

 アディナは良いだろう。……だがニーナよ、船を漕ぎながら言うんじゃない。


 説教は程々に、俺達は宿を後にして冒険者ギルドへ向かった。

 目的は冒険者登録とホムラへのお礼だ。

 こんな朝早くからギルドにホムラが居るとは思えないがな。まぁ、もし居なかったら朝食を食べながらのんびりと待つとしよう。


 それにしても、昨日の乱闘騒ぎが嘘のような静けさだ。出歩いている住民も、普段と何ら変わりのない日常を過ごしているような雰囲気である。……たくましいな。

 騎士団長がろくでもない人物であっても、街やその街で暮らす住民に非はない。むしろ彼らも被害者と言えるだろう。


 目に入る種族も多種多様だ。人間、獣人、ドワーフ、それにエルフの姿もある。

 ヴァルグリンド公爵領は、というより帝国は割と排他的だったから、異種族がこうして一緒に暮らしている光景はとても新鮮に感じる。流石、中立都市のお膝元と呼ばれているだけのことはあるな。


 さて、宿屋の人間に聞いた話だと、そろそろ冒険者ギルドが見えてくるはずだ。確かここの広場を右に曲がったら右手側に――


「……ここか。よし、入るぞ」


 アディナとニーナにそう告げて、俺は勢いよく扉を開く。

 初めてだから少し緊張する。


 ギルドに入ると、むわっとした生暖かい空気に顔が包まれ、若干の息苦しさを感じた。

 今後はここに頻繁に訪れることになる。この独特な空気にも慣れる日が来るのだろうか。


 冒険者ギルドの中に入ったのはいいものの、勝手がわからず俺達は棒立ちになってしまう。奥まった場所に受付らしきものが見えるが、複数あるため、どこへ行くか迷う。

 はぁ、適当な場所に行って聞けばいいか。そう思い俺が一歩踏み出すのと同時に、ギルドの一角にある酒場から大声で呼びかけられた。


「おーい! 坊主達ぃ! こっちだこっち!」


 ホムラか。まさかこんな早い時間に居るとは思っていなかった。

 相変わらず暑苦しい奴だ。どうやったら朝っぱらからそんな元気に振る舞えるのか、是非とも教えて欲しい。……実践するつもりは全くないがな。


 俺達は、大きく手を振って合図しているホムラの下へと歩みを進める。


「……うるさい」


「あ、あはは、ニーナちゃん、ホムラさんは昨日私達を助けてくれたのよ? 助けてくれた人に対して、まずしなきゃいけないことは何かしら?」


「……お礼」


「そう! 文句を言うのはそのあとよ」


 文句自体は言っていいのか……。そうアディナに聞くと。


「ニーナちゃんは口数が少ない上に引っ込み思案な所があるから、せめて自分の考えはしっかり言えるようになって欲しいの」


 との答えが返ってきた。


 確かに、ニーナは今後俺達とずっと行動を共にするわけじゃない。ニーナの目的は月影だからな。中立都市で月影の本拠地を見つけたら、俺達はお役御免となるだろう。その時にニーナが苦労することなく月影に馴染めるように、教えられることは教えておいた方がいい。


 アディナが一般常識とか一般教養をニーナに教えるとなると……俺は戦闘に関することくらいしか教えられることがないな。

 ホブゴブリンを倒した直後にも思ったことだが、ニーナの魂干渉の能力は魔力操作を利用することで化ける可能性がある。そこを伸ばしてやるべきか……。


「あっはっは! 面白い話をしているな! 嬢ちゃんの言う通り、子どもの内はのびのびとさせてやった方がいいぞ!」


「聞こえていたのか……」


「オレは耳がいいんだ! 防音の結界越しでも喋っている内容が聞き取れる!」


「それは……とんでもないな」


 防音の結界は、ゴブリンの集落の門兵に対して使った魔術だ。あの魔術を意に介さないほどの聴力とは……。


 そんな話をしつつも、ホムラに促されるまま椅子に座り、軽い朝食を注文する。その際、ホムラの分も昨日のお礼を兼ねて注文した。ついでに酒も奢ってやろう。


「昨日あの後どうなったんだ?」


「騎士団の連中をぶっ倒した後に解散したぞ! でも“旅の導き”のアルスは、ギルドの上層部に報告をしに行ったようだ!」


「なんていうか、冒険者って案外適当なんだな。最初にアルスの働きぶりを目にしたから、冒険者に対する認識の差異が大きい」


 冒険者達に遭遇したのはホブゴブリンの討伐直後だ。その時アルスは一切の無駄を省き、厳格に依頼をこなしていた。余計なことを気にすることなく依頼の完遂を目指すその姿勢は、まさに熟練の冒険者と呼ぶにふさわしい姿だった。

 冒険者は皆そんな感じなのかと思っていたが……完全に俺の偏見だったようだな。


「“旅の導き”の連中は別格さ! 世界中を気の向くままに旅しながら、行く先々で数多くの問題を解決してきたベテラン中のベテランだからな! ……おっと忘れるとこだった。実は坊主達に渡すものがある! これだ!」


 そう言ってホムラが懐から取り出したのは、ノア、アディナ、ニーナと書かれた三枚のプレートだった。これは――


「ギルドカードか?」


「そうだ! オレはAランク冒険者だからそれなりに融通が利く! 昨日の内に作っておいてもらった! 受け取れ!」


 ありがたい。ギルドの受付に行って登録しようと思っていたから、その手間が省けるのは助かる。


 その後、朝食を食べながらホムラに冒険者としての基本を教えられ、最後に、絶対に無茶だけはするなと強く念を押された。


「これで今日から坊主達はEランク冒険者だ! 依頼をこなして信用を得れば、D、Cとランクが上がっていく! 坊主達ならいずれ、Sランク冒険者にもなれるだろう。頑張れよ!」


「色々ありがとうホムラ。正直右も左もわからなかったから、教えてもらえて助かった」


「ありがとうホムラさん」


「……ありがとう」


 俺達三人は揃って頭を下げた。


「おう! じゃあオレは仕事があるからまた――」




「――うるさい」




 ……いや、確かにお礼の後なら文句を言っても良いという話だったけども。


 はぁ、ニーナに教えることはまだまだありそうだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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