第十八話 不穏
「あ、一つ言い忘れていたことがある! もし冒険者として中立都市やその周辺国を中心に活動する場合、受ける依頼には細心の注意を払った方がいいぞ!」
どういう意味だ? 不思議に思った俺が聞き返すと、ホムラは最近この辺りで囁かれている三つの噂を教えてくれた。
一つ目の噂は古代龍の出現について……ファウストの北東にあるドランの街から、さらに北東の地点に位置するルベルスト山脈にて、“古代龍の目撃証言”があったようだ。
君子危うきに近寄らず……危険だから絶対にルベルスト山脈には近づくな、とホムラに力説された。
そして二つ目の噂は伝説の殺し屋について……近頃、中立都市やその周辺国で貴族の不審死が相次いでいるらしい。外傷が全くなく、まるでつい先ほどまで生きていたかのような死体が発見されるとのことだ。
自然死だの流行り病だのと、数多くの説はある。しかしその説の中でも、“数百年前から大陸中を賑わせている伝説の殺し屋の仕業だ”、とする説が濃厚だという。
だから貴族や要人などの護衛依頼を受けるのは危険だとホムラに言われた。
そして最後の噂は――
「新種の魔物の目撃報告が増加しているだと?」
「そうだ! 冒険者、騎士団、傭兵といった組織問わず、新種の魔物と接敵したという報告が増えている……という噂がある。詳細な情報は残念ながら公開されていないんだ」
「それは……単なる噂では、ないだろうな」
実際に俺達は新種の魔物であるゴブリンと遭遇している。加えて人的被害も既に出ているんだ。最早これは、噂話の枠を超えている。
「ゴブリン以外の魔物はなんて言う魔物なのかしら?」
そうアディナが問うと、ホムラは明らかに顔をしかめた。何かあったのか……?
「……名前はまだ決まっていない。教会の本部に問い合わせて、その後決定される」
なんだと……? 何故そこで教会が出張ってくるんだ?
通常、魔物の命名権は第一発見者にあるはずだ。
新種の魔物との戦闘は、事前情報が全くない状態で行わなければならないため、かなりの危険が伴うことになる。だから新種の魔物との遭遇後、無事生きて情報を持ち帰った場合は、その者に莫大な報奨金が支払われると同時に、当魔物の命名権が与えられる。そしてその勇気と健闘をたたえて数多くの組織や国から賞が授与されるのだ。
それら諸々の恩恵を自分で放棄するなどあり得ない。よって考えられる可能性としては……まさか――
「転生者に非ずんば人に非ず……教会どもの言い分だ」
やはりそういうことか。
ゴブリンの第一発見者は転生者だったから通常通り命名権が与えられた。だが、他の新種の魔物を発見した者は、転生者ではなかったのだろう。教会に権利を無理矢理剥奪されたのだ。
隣から強烈な怒気を感じて思わず横を見る。するとそこには全身から蒸気を放つホムラの姿があった。……顔がゴブリンみたいになってるぞ。鬼の形相とはまさにこの――
ぴくり
ニーナが身動ぎした。よく見ると若干眉を寄せている。
ホムラの奴……ニーナに何しやがる。
俺はホムラをぶん殴ってやろうと拳を握りしめたのだが――そのことを敏感に察知したのかホムラの体から噴き出していた蒸気が止まった。……まぁ、いいだろう。
「すまん! 取り乱した! オレは転生者じゃないから、過去に教会と色々あってな! 奴らのことになるとどうも感情的になってしまう」
感情的なのはいつもだと思う。
それにしても……教会と色々あった、か。
教会が絡むとろくなことにならない。それは歴史が物語っている。皆、その歴史から目を逸らしているがな。
俺も今現在、大司教からの嫌がらせによって迷惑を被っている最中だ。……奴隷の首輪さえなければ、アディナはとっくに自由だというのに……。
ホムラも程度の差こそあれ、俺達と同じように教会の被害者なのだろう。先ほどの怒りは尋常ではなかった。まるでこの世の全てを憎んでいるかのような――
「ホムラさん、ごめんなさい。私が質問したばかりに」
「いやいや! 嬢ちゃんが気にする必要はないさ! 今のは完全にオレが――ん?」
ホムラが言葉を打ち切って、視線を前方に向けた。それを追うようにして俺とアディナも視線を前に――ファウストの街へと移す。
「あれは……騎士団の連中だ!……少々不味いかもしれないぞ」
俺達の視線の先にはファウストの門がある。それはいいのだが、その門の前には、何故か鎧を着た兵士達が隊列を組んで待ち構えているのである。ホムラが言うには、あいつらは騎士団のようだ。
何やら物々しい雰囲気が漂っている。生きて帰ってきた民間人を迎える空気ではない。
前方を歩いている冒険者達も騒然とし始めた。俺達だけでなく、他の冒険者達にとっても想定外の状況らしい。
……穏やかなじゃないな。着いて早々面倒事か?
「ホムラ、何が起こっているかわかるか?」
「……わからん! だが恐らく、ボンドっていう新任の騎士団長が原因だ! つい最近入れ替わった奴で性格に問題があってな……自己顕示欲が強すぎる。おまけに奴は転生者なんだ。厄介この上ない!」
ふむ、自己顕示欲が強いのか……。だとすると、冒険者達から手柄をかすめ取るつもりか? ……俺達の身柄を渡すように言ってくる可能性があるな。
まさかこんな暴挙とも言える手段を取るとは……いや、あながち暴挙とは言えないかもしれない。
もしファウストの領主が転生者でなかった場合、その領主は、転生者であるボンドの言いなりだろう。そうなると、どんな暴挙もボンドにとっては暴挙ではなくなる。
俺は自分の推測をホムラとアディナに話した。
「なるほど! 確かに奴は領主を言いなりにしてると思うぞ! 何度か奴の過失が揉み消されたことがあったからな!」
「そいつのもくろみを崩す手はあるか? 俺はこの街の勝手がわからないから何とも言えないんだが」
「そんな難しく考えなくていい! オレ達冒険者は依頼達成のためならどんな敵とも戦う! たとえそれが騎士団相手でもな!」
頼もしいことだ。
そんなことを話している間にも、先頭集団が騎士達に接触したようだ。言い争う声が聞こえてくる。内容は部分的にしか聞き取れないが、俺の予想通り向こうの要求は俺達の身柄だ。
ボンドとやらは十中八九教会の息がかかった者だろう。
中立都市のお膝元であるファウストの街を切り崩し、じわじわと転生者至上主義を広めていく。俺には奴らの魂胆がありありと見え透いていた。
騎士団長という地位にまで上り詰めて街の実権を握り、それでもなお手柄を欲するのは教会内での地位向上のためか。
やがて言い争う声が激しくなり、怒りに染まった騎士が剣を抜いたかと思うと――その騎士は一瞬にして後方へと吹き飛ばされた。
「お? 始まったか! ようし! オレが街の中までの道を切り開く! 坊主たちは遅れずにしっかりと付いてこい!」
ホムラはそう言うと同時に前へ飛び出し、両拳に真っ赤な炎を纏う。俺とアディナは急いでその後を追った。……唐突過ぎないか?
既に俺達の周りでは本格的に戦闘が行われている。いくつもの魔術や矢が飛び交うせいで少々落ち着かない。流れ弾には注意しよう。
先行きを心配する一方で、この状況を楽しんでいる自分がいた。見たことのない魔術に見たことのない戦い方。目に映る全てが新鮮に感じ、俺達の来訪をファウストが祝福してくれているような気さえしてくる。……流石にそれはないか。
それにしても冒険者たちは圧倒的だな。騎士団の方が数で上回っているにもかかわらず、冒険者側が明らかに優勢だ。ロベルト達を完全に見失ってしまったけど、この様子なら心配いらないだろう。
「そらっ! 邪魔だぁああ!」
「ぐぼぉは」
「坊主! 今だ! いけ!」
街の門を封鎖していた騎士達をホムラが殴り飛ばし、俺達に合図を送る。その合図に従って、俺とアディナは門の方へと駆けだした。
「ホムラ! 助かった! 明日礼をしに行く!」
「おう! 冒険者ギルドで待ってるぜ!」
こうして俺達は無事、ファウストの街の中に入ることができたのだった。
無事……?
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