第十七話 心の柱
――ッ!?
冒険者達に護衛されながら街へ向かって歩いていると、突然、俺の背筋に悪寒が走った。
まさか、敵が近くにいるのか? そう思って意識を拡散させるも、周囲に冒険者達以外の気配は感じられない。……気のせいだったか
「坊主どうした? 急にビクっとして。何かあったか?」
震えた俺のことを心配したのか、ホムラが近寄ってきた。
……この男、見た目や言動から、大雑把でいい加減な人物だと思っていたのだが、意外と人のことを良く見ているな。
「いや、何やら急に寒気を感じてな」
「風邪か? もう冬だからなぁ。最近は大分冷えてきたし、街に着いたら宿を取って早く寝た方がいいぞ! 本当はこの後、冒険者ギルドで坊主達から事の詳細を聞いたり、今後の方針を決めたりする予定だったんだが、それはオレが対処しておこう!」
「流石にそれは悪いだろう。それに、風邪を引いてる感じでもないぞ?」
「いいからいいから。そういう小難しいことは大人に任せておけ。風邪じゃないとしても、坊主達が体を酷使してきたことには違いないだろう? 詳しい話は、さっき号泣してたおっさんが説明してくれるだろうから心配ない!」
号泣してたおっさん……ロベルトのことか。確かにロベルトなら俺達が何も言わなくとも説明役を買って出てくれるだろう。現に今も、ロベルトは冒険者達に対して、歩きながら事のあらましを説明している。……しかし、ロベルトだけに任せきりになるのもなぁ……まぁ、いいか。
ホムラが言うように体を酷使してここまで来たというのは事実だ。今後のことを考えると、大人しく休んだ方がいいかもしれないな。
新種の魔物――ゴブリンの脅威はいまだ去っていない。キャラバンが襲われたように、いつ何時街へ攻めてくるかわからないのだ。肝心な時に戦えるようにしておかなければ。
「わかった。大人しく休むことにする」
「そうか! こっちのことは任せろ! 号泣おっさんにも言っておく」
「ホムラさんありがとう。ノア君は無理するところがあるから、そうやって窘めてもらえるととても助かるわ」
俺とホムラが話していたところにアディナが割り込んできた。そのアディナの腕にはニーナが抱かれており、疲れたのかスヤスヤと眠っている。
「お、おいアディナ――」
「ほら、ノア君もちゃんとお礼を言いなさい」
ぐ、ぐぬぅ。
「あ、ありがとうホムラ」
「あっはっは! おう! どういたしましてだ!」
普段自分から礼を述べる時などは何も感じないが、言わされるとなると気恥ずかしいものがある。俺もまだまだ精神的に子どもだということだろうか……。
そのようなことを考えていると、遠くにぼんやりとファウストの街が見えてきた。
正直、ファウストでやることはそんなにない。冒険者登録くらいだ。だから一泊したら直ぐに出立しても良い。ただ、ゴブリンの一件がどうも気にかかる。
決して己の力を過信している訳ではない。けど、俺がファウストにいることで救われる命があると考えると、先に進むことを躊躇う自分がいる。
……しばらく滞在するか。
幸いコルシオンの開催は数カ月先だ。時間的にはまだまだ余裕がある。数週間ほど、ファウストでゴブリンの動向を警戒するというのも悪くない。それに――
俺は隣を歩いているアディナと寝ているニーナをちらりと見やる。
彼女たちの休息も必要だ。特にニーナは長い間ゴブリン達に監禁されていたから、身体的にも精神的にも疲弊しているだろう。その証拠に、ホムラが横で騒ぎ立てても身動ぎひとつせず、眠ったままだ。
「坊主達は街に着いたらやりたいこととかあるのか?」
「一先ず冒険者登録をしようと思っている。コルシオンに出場したいからな」
俺はホムラからの質問に端的に答えた。
コルシオンへ出場するための条件の一つに、“冒険者であること”というものがある。だから冒険者登録は必須事項だ。
俺の目的はコルシオンへの出場。それは、アディナと出会った日から何も変わらない。
「コルシオン!? ……なるほど、コルシオンか……優勝を目指してるのか?」
前を歩いていたホムラが勢いよく振り返り、意向を聞いてくる。
「ああ。最初はそのつもりじゃなかったんだが、最近気が変わってな。無理か?」
「いや、強さは申し分ない! 現時点でも例年の出場者に匹敵するだろう。坊主からはそれだけの力を感じる。しかしだ! ……坊主に美はあるか?」
ホムラは先程までの暑苦しさとは打って変わって、真剣な顔つきで語り出した。
「美? 美学とかそういうことか?」
「違う……。今の問いは、冒険者になったばかりの奴にオレがいつもしてる質問なんだ」
ふむ……。では、戦いに関する美しさということだろうか? よく英雄譚で“踊るように戦う“などの表現が用いられることがある。高度な戦闘は一つの芸術作品として成り立つとも言われるしな。
そのことをホムラに伝えたが、またしても否定の言葉が返ってきた。
「戦っている奴がなんで踊っているように見えるのかっていったら、体捌きが原因なんだ! 体捌きは主体的に行うものもあれば、受動的に行うものもある。戦闘では、頻繁に攻守が交代することになるよな?」
「ああ」
「自分が仕掛けたり、相手が仕掛けてきたり、その都度状況に合わせて体捌きを行うわけだ。つまり、表面上は武闘と舞踏は似ているってことだな! だから素人からしたら、高度な戦闘を行っている奴は美しく踊っているように見える。けどオレが坊主に聞いた美というのは、そういう表面上の美しさじゃない! 心の在り方だ!」
「精神論か?」
「まぁ似たようなものだな! 冒険者をしていると、昨日一緒に酒を飲んだ奴が次の日に死んだ、なてことは珍しくない。そんな時にふと思ったんだ。危険な仕事から帰ってこれる奴と、帰ってこれない奴の違いは何なのか、と。それを長年オレなりに考えに考えて、出した結論が――」
――美か。
俺がそう告げるとホムラは深く頷いた。
「そうだ! 志、信念。それらがある程度磨かれてないと、生きて帰ってこれない! そういった要素が磨かれている奴の戦いは、素人だけじゃなく玄人が見ても美しいと感じる戦いになる! 坊主はそれなりに戦闘をこなしているのだろう? 今まで経験した中で、一瞬の判断が生死をわけるような戦いはなかったか?」
「……アディナが危険にさらされたことはあったな」
俺はホブゴブリンとの戦いを思い出す。奴は陽動を多用してきたが、それ一辺倒であったが故に、行動が読みやすかった。だからそこまで苦労せず倒せると思った矢先に、アディナが組み付かれそうになったのだ。
あれは、一歩間違えたら命に関わる怪我を負っていたかもしれない、そんな戦いだった。
「一瞬の判断が必要とされる戦いで重要なのは迷わないことだ! 迷ったら誰かが死ぬ。それは自分かもしれないし、大切な誰かかもしれない。そして迷わないためには、“絶対にこれだけは譲れない”という心の柱とも言える志、信念を持ち、それを磨くことが重要なんだ! それが明確であればあるほど、重大な局面でも迷わず瞬間的な判断が可能となる!」
なるほどな。現状、俺が譲れないとするものは仲間の命だ。仲間の命が危険にさらされることだけは、絶対にあってはならないと思っている。けど、そんな考えではまだまだ浅すぎるということだろう。仲間の命を失いたくないというのは、誰もが考えることだ。
……もっと自分なりの深掘りが必要か。
「まぁ、今はまだなくてもいい! でもコルシオンの闘技大会までには見つけておけ。じゃなきゃ絶対、勝ち上がることはできない! オレはコルシオンには参加しないが、大会自体には足を運ぶ予定だ。その時に見せてくれ、坊主の答えをな!」
「わかった。やれるだけやってみよう」
俺は自身の顎に手を添え、改めて自分の本質について考え始めた。何を求め、何を目指すのか。そしてそのまま思考の海に沈みそうになったのだが――力強く肩を叩かれたことで意識が現実に引き戻される。
「おいおい。あまり気負うなよ? そんなに焦らなくても平気だ! 今のところ、オレがこの話をした奴の中で死んだ者は一人もいない。だから安心しろ!」
そう言ってホムラはニカッと笑った。
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