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第十四話 天才児である前に人として

「増援を呼んだか」


 敵が吹いたのは吟遊詩人などがよく使う笛のようなものだ。ただし、似ているのは見た目のみで、発せられた音色には天と地ほどの差がある。


 それにしても厄介なことになったな。


 増援を呼んだということは、今ここにいる奴らは斥候なのだろう。その目的は恐らく俺達の発見と足止め。

 ……全部で五体か……増援が駆けつけてくる前にこいつらは倒しておくとしよう。後々の負担をできるだけ軽くしておきたい。


「ゲヒャ、ゲヒャヒャヒャ」


 ……こいつら。


 緑色の魔物達が薄ら笑いを浮かべている。まるで、残念だったなとでも言いたげな感じだ。


 まき散らしている殺気といい、今の挑発といい、集落にいた奴らとは違ってこいつらは随分と感情を表に出すようだな。……であるならば。


「……ふん」


 逆に鼻で笑ってやればいい。


 すると、奴らは俺の思惑通りに怒り狂い、その怒りに身を任せてこちらへと突っ込んできた。


 確かにこいつらは気配を断つことに優れているため、斥候として優秀な存在と言えるだろう。しかし一方で、感情的になってしまうという斥候としては致命的と言える欠点も抱えている。それを利用してやれば、こちらが戦闘の支配権を握るのは容易たやすい。


 直線的な動きとなった奴らを一体、二体と順当に始末していく。そして三体目を仕留めた時に、ようやく奴らは俺の攻撃を警戒して距離を取った。


 残るは二体だ。


「ノア君! さっきの大きい音は何!?」


 俺が残る二体をどう処理するか検討していると、アディナ達が追い付いてきて、先ほどの笛の音について質問してきた。


「敵が増援を呼んだんだ。こいつらは斥候。今は五体の内三体を倒した」


 そう返答しながらも俺は残る敵との距離を一気に詰め、一体目を殴り殺し、二体目は手刀で首をねた。……よし、これで邪魔な奴はいなくなったな。


「ノ、ノア殿、敵が増援を呼んだのであれば急いで街へ向かった方が良いのでは?」


 ロベルトが怯えた様子でそう言ってくる。しかし俺はその意見に賛成できない。なぜなら、敵はこの近辺一帯を根城としているからだ。周辺の地形を熟知している可能性が非常に高い。となると、俺達が向かっている街の位置も正確に把握しているだろう。さらには、街へ向かう道中で、どの場所が隠れやすいのかということも知っているかもしれない。



 つまるところ――



「待ち伏せされている危険性がある。無暗に動くのは危ない。街へ向かう際に通る道は、俺達にとって完全に未知だ。地の利は奴らにある。だが、今いるこの場所ならば地の利は俺達にある。この優位な状況をわざわざ捨てる必要は無いだろう? ここで迎え撃つ」


 それに、こちらにはアディナの罠もある。待ち構えた方が有利なのは明らかだ。


「そ、それは確かにそうですが……」


 随分慎重だな……。そんなロベルトの目は小刻みにきょろきょろと動いている。必死に打開策がないか思案しているのだろう。


 ロベルトは自身の妻であるエルゼの命を背負っている。彼の行動からは、“家族の命がかかっている時に妥協はできない”という強い意志と覚悟が感じられた。

 ……なるほど、ロベルトは敵に怯えているのではなく、家族を失うことに怯えているのか。


 ……ならば俺もロベルトの覚悟に応えるとしよう。


「ロベルト、安心しろ。エルゼには指一本触れさない。俺を信じてくれ」


 俺はロベルトの顔を見上げ、視線を合わせる。俺自身の本気の覚悟を伝えるためにも、その視線を決して逸らしたりはしない。


 しばらくしてロベルトは納得したのか、目をゆっくりと閉じ、小さく頷いた。


「……わかりました。どうか、よろしくお願い致します」


「ああ、任せておけ。ロベルト達は、俺が戦っている間はアディナの後ろにいろ。いいな?」


「なっ!? お一人で戦われるのですか!? そんな、無茶です。いくらあなたが天才だとしても奴らの数は尋常ではないんですよ!?」


 天才かどうかは関係ない。人として当然のことだ。

 戦える者が前線に立つ、これでも一応、元公爵家の人間だからな。守るべきもののために命を張る覚悟はある。


「心配無用だ。それよりアディナ、増援が来る前に早く罠を――」


 アディナに対して、罠を設置するように言おうとしたその時、物凄い速度でこちらへ向かってくる強大な気配を察知した。その気配から感じられる強さは、集落にいた長を圧倒的に超えている。


 俺が言葉に詰まっている間にもその存在は急速に接近してきており、やがて樹海の奥から姿を現したかと思うといきなり攻撃を仕掛けてきた。奴の狙いは――



 ――ロベルトか!



 俺は奴とロベルトの間にすぐさま割り込み、振り下ろされた大剣を右腕で弾く。


 まるで金属がぶつかり合ったかのような音が鳴り響いた。

 攻撃は重たいが、十分対処可能だ。まだまだ余裕がある。


「ナンダト?」


 ……こいつ、ロベルトが言っていた人間の言葉を話す個体か。


 その見た目は集落で倒した長と大差ない。だが、こいつの方が少し筋肉質で、額から生えている角の数も長が一本だったのに対し、こいつは二本だ。それと、長は素手でこいつは大剣を持っているという違いもある。


「ノア殿、助かりました! ありがとうございます!」


「約束だからな。……ロベルト、お前と交渉したのはあいつか?」


「……はい、あの頬の傷、間違いありません。奴です」


 なるほど。じゃあロベルトを狙ったのは恐らく口封じの為だな。ロベルトは交渉時に色々と知りすぎたのだろう。


 それにしても……増援がこいつだけなのは正直拍子抜けだ。


「ナマミデ、ハジクトハナ。キサマ、ホントウニ、ニンゲンカ?」


 魔物に人間と疑われたのは人類で俺が初めてなんじゃないか?


「人間だ。こちらの質問にも答えてもらおう。他の奴らはどうした」


「フン、キサマラナド、オレサマヒトリデ、ジュウブンダ」


 嘘だな。言葉に僅かな迷いと嫉妬の感情が混じっていた。意識を集束させた俺に嘘は通じない。

 俺達に嫉妬するというのもおかしな話だから、嫉妬は奴の仲間に対する感情だと思われる。ということは――


「仲間を出し抜くために独断専行したのか」


「ッ……」


 表情には出していないが、俺は奴の動揺を確かに感じ取った。人間の言葉が理解できるというのは良いことばかりではないようだな。

 まぁ、こちらにとっては都合が良い。存分に利用させてもらおう。



 隙あり――



 俺は動揺している奴に肉薄し、脇腹を右腕で殴りつけた。


「――グハッ!?」



 ――思ったより手ごたえが鈍い。



 大きな傷を負わせることはできた。けどそれだけだ。今までのように一発で仕留めることができなかった。肉体が強靭過ぎる。急所を重点的に攻めるか。


「グゥ……ヒ、ヒキョウモノメ」


「何を言っている? 最初に奇襲を仕掛けてきたのはお前だろうに」


「グオォォオオオオオ!!」


 奴は咆哮をあげると同時にこちらへ突っ込んできて大剣を振りかざした。……吠えても何も変わらないんだがな。


 そして振りかざした大剣をそのまま振り下ろす――と思ったのだが、奴は体を捻ることで大剣を横に薙ぎ払う。


 陽動だな。しかし――


 先程と同じように俺は大剣を右腕で弾く。そして鳩尾みぞおちに一突き食らわせた。

 最初の攻防から何も学んでいないのか……。その大剣では、俺の右腕にかすり傷一つ負わせることはできない。まず奴がすべきは、俺の右腕を封じることだ。……大剣の手数じゃあ難しいだろうがな。


 その後も奴は陽動を用いた攻撃を多用してきた。俺はその度に急所へ攻撃を行う。


 このまま何の変化もなく戦闘が終わると思われた時に、それは起きた。


「アディナ! 下がれ!」


 俺の戦闘を補助しようとしたアディナが前に出過ぎたのだ。その結果、敵はここぞとばかりにアディナへ掴みかかる。



 ッ――間に合わない。俺がそう思ったその瞬間――



 敵の動きがピタリと止まった。……どうなっている?



「……んしょ」



 俺の疑問に答えるように、アディナの背後からニーナがひょっこりと顔を出した。



 ――ニーナの能力か!



 よく見ると、アディナに背負われていたニーナが敵の体に触れている。魂に干渉して動きを止めたのだろう。


 良くやったニーナ!


「――終わりだ」



 俺は動きが止まっている奴の頭部に渾身の力で右腕を叩き込む。



「――ガッ!?」



 奴の頭部が大きく陥没する感触が拳に伝わってきたが、それでも俺は拳を振りぬくことを止めない。そのまま地面に叩きつけるように押し込んだ。



 直後――大地が大きく振動し、砂ぼこりが舞い上がる。



 やがて視界が晴れたそこには、頭部を失った奴の死体があった。

 ……ふぅ、一時はどうなることかと思ったけど何とかなったな。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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