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第十三話 小動物な少女

 アディナと女子おなごが歩いている方へ向かったのは良いのだが、俺が近づいたことに気づいた女子は、すぐさまアディナの背後に隠れた。……これは、完全に警戒されているな。

 アディナやロベルト達を警戒していないのに、何故か俺だけを警戒する。その理由は一体なんなんだろう。


 俺自身は、警戒される理由に全く心当たりがない。……覚えていないだけだったりしないよな。

 ふむ……もしかして、以前あったことがあるのか?


 俺は自身の記憶をたどりつつ、目の前の女子を改めて観察した。


 全てを見透かしているような深く黒々とした瞳に、薄青く澄んだ色の長髪……将来は確実に美人になると約束されているような容姿だ。それほどまでに美しく整っている。


 うん、無いな。絶対に一度も会ったことは無い。そもそも、こんな綺麗な子は一度会ったら忘れないだろう。それに俺は記憶力が悪いというわけでもないし、どちらかと言えば良い方だからな。会ったことがあるなら覚えているはずだ。つまりは――


 完全にお手上げである。


「はぁ、アディナ、答え合わせを頼む。何故警戒されるのかさっぱりだ」


「ふふ。大丈夫よ。これに関してノア君に非はないわ。というより、誰も悪くないと言った方が正しいわね。この女の子の名前はニーナ。他者の魂を見たり、触れたりできるみたいなの。それで、ノア君の魂がとても大きくて強い力を放っていたから、驚いてしまったみたいなのよ」


 なるほど……。そういうことだったか。……魂に大きさの違いなんてあるんだな。物質的なものじゃないから、大きさという尺度では測れないものだと思っていた。


 それにしても、魂に干渉されると身動きが取れなくなるというのは初耳だ。確か、魔物でも魂に干渉してくる種はいくつかいたはず……。対処法を考えておかなくてはならないな。


 幸い右腕の魔素を利用することで干渉を跳ねのけることができるようだから、そこを切り口として色々と考えておこう。今回の一件は、ある意味良い経験になった。

 まぁ、そんなことはさておき。


「珍しい能力だな。魂に干渉できるとは。もしかして転生児か?」


「それが違うみたいなの。ニーナちゃんの育て親のお婆さんも同じ力を使えたらしいから、恐らく血統によるものだと思うわ」


「ほう、祖母も同じ力を。……まさか、奴らに?」


「いえ、数週間前に老衰で……」


 ここにその祖母がいないということは、集落の魔物に殺されたのか? と俺は思ったが、アディナが否定の言葉を述べる。

 しかし残念ながら、既に亡くなっているという事実に変わりはないようだ。


「『朝起きたら、ばあばが冷たくなってた』ってニーナちゃんは言ってたわ……近隣の人が葬儀を手伝ってくれたみたい」


 俺達は小声で話していたのだが、所々聞こえてしまったらしい。ニーナの表情がくしゃりと歪む。


「……すまん。無神経だったな」


「ごめんなさいニーナちゃん」


 俺達が謝ると、ニーナは涙目でふるふると首を振った。……無性に庇護欲を掻き立てられる。


 悪い子じゃない。今はそれだけわかっていれば十分だな。

 最初、金縛りのような状態に陥った時はどうなるかと思ったが、良い子そうでよかった。


「ところで、ニーナがキャラバンでドランの街に行こうとしてたのはなんでなんだ?」


「あら、それについてはまだ聞いてなかったわね。ニーナちゃん、話せる?」


 アディナの問いかけに対してニーナはこくりと頷くと、頬に零れ落ちた涙をくしくし拭き取り、その小さな口を開く。


「……アヴィリオン」


「なるほど。ファウストからドランの街を経由して、アヴィリオン中立都市に行こうとしていたのか」


「……そう」


「アヴィリオン中立都市で何をするつもりだったんだ?」


「……月影(つきかげ)、ばあばが言ったから」


 ふむ。月影というと、反転生者至上主義の者達が集まる武力組織のことだったな。アヴィリオン中立都市に本拠地が存在すると聞いたことがある。そこを訪れることがニーナの目的……祖母に言われたということは、恐らくニーナの祖母は月影の関係者だな。自分がもし死んだら月影を頼れと、生前にニーナへ伝えていたということか。


 ニーナは前世の記憶を持っていない上、魂に干渉するという特別な力を有している。過激な転生者至上主義者にそのことがバレたら、十中八九ちょっかいをかけられることになってしまう。最悪の場合、命を失う可能性もある。


 ニーナの祖母はそのことを懸念していたのだろう。ニーナの祖母自身も、魂に干渉する力を持っていたという話だし、かつて自分が味わった苦労を孫にはさせたくないと考えたのかもしれないな。


 直接会ったことの無い俺では、所詮、推測を述べることしかできない。しかし、亡くなった祖母を想い、涙を流すニーナを目にした俺は、二人の間に、死をもってしても分かつことができない確かな繋がりを感じた。


「ニーナは月影の本拠地がアヴィリオンのどこにあるのか知っているのか?」


 俺の質問に対してニーナはふるふると首を振る。心なしかニーナの肩の位置が少し下がった気がした。


 まぁ、落ち込むのも無理はないな。

 アヴィリオン中立都市は物凄く広い。都市全体が一国程の大きさを誇る。だから何の当てもなく月影の本拠地を探すのは、気が遠くなるような労力を要するのだが……。


「じゃあ俺達に探すのを手伝わせてほしい。丁度俺達の目的地もアヴィリオンだからな。一緒に探せば見つけるのも速いはずだ」


「……いいの?」


「ああ」


「ちょ、ちょっとノア君!? さっきから思ってたんだけど、ニーナちゃんが何を伝えたいのかわかるの!?」


「んん? 普通にわかるぞ。アディナはわからないのか?」


 俺からしたら、アディナの喋り方もニーナの喋り方も大した違いは感じない。まぁ、ニーナはいささか口数が少ないとは思う。だとしても“効率が良い喋り方だな”くらいにしか思わない。


 アディナにそう伝えると、何やら小声でブツブツ言いながらニーナを抱き上げた。……恐ろしいから止めてもらいたいな。

 抱かれているニーナは喜んでいるというのがまた可笑しい。ニーナの顔は完全に無表情なのだが、口がむにゃむにゃ動いている。……たぶん、喜んでいる……と思う。


「……おーいアディナ、そろそろ街が見えてくると思うから――」


 しっかりしろ。そう言葉を告げようとした瞬間、周囲の空気が明らかに変わった。……これは、間違いない。



 ――奴らが来た。



 体が急激に重くなり、首元に鋭利な刃物を突き付けられているかのような錯覚を覚える。


 奴らは、今ここで俺達を殺す気のようだ。……凄まじい殺気だな。ロベルト、エルゼ、ニーナの三人は完全に腰が引けてしまっている。


「アディナ、敵の位置はわかるか?」


「……わからないわ」


 ……今回の奴らを倒すのは面倒そうだな。

 敵が潜んでいて、俺達のことを虎視眈々と狙っていることは確かだ。しかし、その気配を捉えることができない。先ほどから意識を分散させて気配を探っている。それでもなお、見つけることはできなかった。

 そして、アディナも俺と同様に敵を捕捉できないようだ。


 気配を消すのが非常に上手いな。だが、殺気は駄々洩れだ。


 はた迷惑なことに、敵は周囲に殺気をまき散らしている。おかげで複数の殺気が入り混じり、正確な敵の位置を割り出すことができない。


 この殺気を介して伝わってくる敵の憎悪や欲望、狂気などの感情から察するに、作戦の一環として殺気をまき散らしているというよりかは、ただ俺達を殺したくてたまらないといったところだな。


 ……全く、街は目前だというのにやってくれる。……とりあえず、まずは奴らを見つけないことには始まらない。


 俺は右腕を前に突き出し、その手のひらに魔素を凝縮させた。そして凝縮した魔素を、先ほどニーナの能力を解除した時と同じように破裂させるのだが、その破裂時に発生する物理的衝撃を限りなくゼロにして、代わりに拡散性が高まるように魔素を調節する。


 ……折角だから一連の工程を術として確立させてしまおう。術の確立自体は“名付け”をすることで完了する。……よし、準備はできた。



「――魔導感知」



 術の確立と同時に、完成された術が発動し、魔素が急速に拡散していく。この魔素は俺の肉体の一部といっても過言ではない。故に、魔素に触れたもの全てを、直接触れたかのように俺は認識できる。たとえ敵が気配を断っていたとしても関係ない。



 ――見つけた。



「アディナ、敵を発見した。先行する」


 敵の位置を捕捉した俺は、その敵の下へ全力で駆け出す。いくつもの樹々を避けながら突き進み、ようやく敵を視界に収めることができたと思ったその時――



 複数いる敵の内の一体が筒状の物体を口に当て、力強く息を吹きかける姿が目に入る。



 直後、地獄の底から響いてくるような不協和音が周囲に響き渡った。

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