第十二話 謎の能力と商人の男
体が、動かない……。
全力で抵抗を試みても全く動かすことができなかった。恐らく、目の前の女子が何かしたのだと思う。呼吸をするのも困難だ。
――仕方がない。
右腕の魔素を使って抵抗してみよう。荒療治だが、背に腹は代えられない。このままこの場所にいたら敵の思うつぼだからな。
俺は右腕の魔素を動かして、女子に触れている箇所に凝縮させた。そして凝縮させたそれを勢いよく破裂させる。
その直後、手元に軽い衝撃が発生し、女子の肩に貼り付いていた手が無事離れた。それと同時に謎の金縛り状態からも解放される。やっぱりこの女子が原因だったか。
「ひゃう!?」
発生した衝撃によって吹き飛ばされた女子は、コテンっといったように後ろにひっくり返った。……とりあえず、怪我の心配はしなくて良さそうだ。
それにしても、今の現象は一体何だったのか。原因と思われる女子は俺に対してとても怯えた様子だったのだが……怯えられる要因に心当たりはない。アディナは事前に何も言ってなかったから、女子の能力については知らないのだろう。
まぁ、詳しい話は一旦置いておくか。今はこの場所を離れることの方が先決だ。
「ノ、ノア君!? 何してるの!?」
おっと、確かに傍から見たら、今のはただ俺が女子を吹き飛ばしたように見えるな……。勘違いさせたままにするのは良くない。
「アディナ、街へ向かう道中でこの女子と打ち解けてくれ。それと、“不思議な能力”を持っているようだから、その詳細を聞いておいてほしい。無理にとは言わない。この子の意思を尊重してやってくれ。頼んだぞ?」
俺はそう告げた。
下手なことを言って女子を傷つける訳にはいかない。なので詳細を省いてかなり抽象的に説明したのだが、アディナにはそれで伝わったようだ。納得した様子で女子の下へ向かっている。
そして、商人の男もある程度事情を察してくれたらしい。彼は俺の顔を見て一つ頷くと、ひどく驚いていた自身の妻に説明を始めた。
あの商人はかなりのやり手だな。相手の表情や言葉の端々から情報を読み取ることは、中々できるものじゃない。きっと数多くの修羅場を経験してきたのだろう。……街へ向かいながら少し事情を聴いてみるか。
俺は話をするために彼の下へと近づいて行った。
「歩きながら少し話さないか?」
「ええ! もちろん構いません。私もノア殿とお話したい思っておりましたので」
言いながら俺達は歩き出す。後ろからは彼の妻とアディナ、そして謎の能力を使う女子が付いてきている。
「まず謝っておきたいんだが、先程は言葉を遮ってしまい申し訳ない。何分命に関わることだから、こちらを優先させてもらった」
「いえいえ、お気になさらずに。それに、ノア殿は我々のことを考えて行動してくださっている。ですので、感謝こそすれ、文句を言うのは筋違いというものです」
命の恩人とはいえ、ただの五歳児相手に随分丁寧な対応だな。……ふむ。もしかして俺が転生児だと思っているのか? それなら納得がいく。転生児もしくは転生者相手に雑な態度を取ると、それだけで社会的に終了してしまうような世情だからな。慎重になるのは理解できる。
「そこまでへりくだる必要はないぞ? 俺は前世の記憶を持ってないからな」
「そうなのですか!? ノア殿の言動などから、私はてっきり転生児なのかと……。まぁ、だからと言って何かを変えるということはないのですがね。私は、相手によって態度を変えるということが好きではありません。当然、仕事上それが求められる状況はあります。しかし、そういった時でも必要最低限にとどめているんです。それに、私自身も転生者ではないですし、この口調自体は長年の癖ですので、どうかお気になさらずに」
「わかった。では改めて、俺はノアという。よろしくな」
「ええ! こちらこそ宜しくお願い致します! 私はロベルト・ブランデスです。そして後ろにいるのが私の妻エルゼです。この度は夫婦共々危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「ありがとうございましたぁ」
そう言って二人は頭を下げた。
……夫婦共々か。そのことについて気になっていることがある。あまり深く突っ込むべきではないかもしれないが、思い切って聞いてみるか。
「礼はいいさ。一つ聞きたいんだが……多くの人間が捕らえられて殺された中で、何故ロベルトとエルザは揃って生かされていた?」
そう、最初アディナに話を聞いた時からずっと疑問だった。
俺が奴らとの戦闘を通じて感じたのは、性格が非常に醜悪である、ということだ。そんな奴らの性格からして、夫婦であるとわかった途端に人としての尊厳を弄び、絶望の底に陥れようとするはずだ。そう都合よく夫婦揃って生かされるはずがない。
そのからくりを知りたかった。
「……そのことについては私からもノア殿に伝えておきたいことがあります」
「なに? 俺にか?」
「はい。奴らの中に人間の言葉を理解し、更には喋ることのできる個体がいました。私はその個体と交渉して自身と妻を生かしてもらっていたのです」
人間の言葉を話すだと? 先程の集落にはそのような個体はいなかったから、別の集落にいるのか。……奴らに対する認識を改める必要があるな。俺が思っている以上に、まずい状況かもしれない。知能が高く、言葉を理解し、あまつさえ喋るときた。これまでそんな魔物が確認されたことはない。
――人類にとって恐ろしい何かが起きている。
漠然とそんな予感がした。
「その魔物との交渉では、人間の情報を渡したのか?」
「……はい。知られると危険な情報については話しておりませんが……申し訳ありません」
「俺は全然気にしなくて良いと思うぞ。情報なんてどんどん新しくなっていくからな。直ぐに使い物にならなくなる。そんなものより命の方が大切だ。それに、死人に口なしという言葉があるように、生きているからこそ、今こうして語り合うことができている。ロベルトは良くやったさ」
本当に良くやってくれたと思う。敵には、ロベルトに情報を喋らせるだけ喋らせて、その後殺すという選択肢もあったはずだ。その選択肢を取らせなかったのは偏にロベルトの交渉力によるものだろう。
それと、ロベルトは情報の漏えいを気にしていたが、漏えいしたことさえわかっていれば、いくらでも手はある。対した問題ではない。街へ戻った後、やるべきことをやってもらえればそれで良い。
「……ありがとうございます。そう言っていただけると心が救われます。……失礼ですが、ノア殿は一体おいくつなのでしょうか? 見た目相応の御年齢だとは、とても思えません。差し支えなければお教えいただきたいです。……ちなみに、私は今年で四十になりました」
「……見た目通りの年齢だぞ。五歳だ」
「わっはっは、ノア殿は冗談がお上手ですね。子どもらしからぬ考えをお持ちになれているというのに、ご自身のことを五歳児などと。……本当のことなので?」
「ああ」
俺がそう言うと、ロベルトは目を大きく見開いて固まった。……息してるか?
まぁ、信じ難いという気持ちは良くわかる。周囲と比較して俺は明らかに異なるからな。
種族によっては身体的成長が遅いことがあり、百歳を超えても見た目が子どもという場合がある。これは長寿の種族によく見られる特徴だ。ロベルトは、俺がそれに当てはまるのではないか、と考えたのだろう。だが俺は正真正銘の五歳児だ。
今まで蚊帳の外となってしまっていたロベルトの妻エルゼも、この話には流石に驚いたようで、食い入るように俺を見つめている。
そんなに見ても意味はないと思う。まぁ、美人な女性に目つめられて悪い気はしない。
「俺のことは、ただの天才児だとでも思ってくれ。転生児のように特別な存在という訳じゃない。先ほども言ったが、気づかいは無用だ」
だからさっさと正気に戻れ。そういった意味で言葉を発したのだが、残念ながら二人とも硬直したままだった。……歩きながら固まり続けるとは器用だな。
似た者同士の夫婦か……本当に生き残れてよかったと思う。
良い家族に巡り合うことができなかった俺は、お互いを大切に想い合っている彼らの関係を非常に眩しく感じた。
さて、この者達のことは放置して、後方を歩いているアディナ達の下へ行ってみるとしよう。あの謎の力を使う女子のことが気になる。何か進展していると良いんだがな……。
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