第十一話 その先にあるもの
轟音が止んだ後に地面へと視線を落とすと、俺を中心として直径五メートルほどの大穴が空いているのがわかった。俺の足元には長の死体が転がっている。その死体は、腰から上が綺麗さっぱり消し飛んでいた。
やはり、間違いなく右腕の能力が向上しているな。感覚的には、魔物を倒す度に右腕の魔素の質が高まっている気がする。今後もこの調子で能力が上がるなら、もしかしたらコルシオンでの優勝も夢じゃないかもしれない。
前世の記憶を持っている者が数多く出場する大会で、持たざる者が優勝する――
――面白いじゃないか。
正直俺は、金が目的であってコルシオンの大会自体に興味はなかった。だが優勝を目指してみるのも悪くはないな。
まぁ、この話は追々詰めていこう。今はそのようなことを考えている場合ではない。
こちらが想定していたように、残された敵は長を倒されたことによってひどく動揺している。今が畳み掛ける好機だ。
一体、二体、三体と、決められた作業をこなすように俺は敵を処理していく。
そして、この場に居た取り巻き五体と、先ほど道中で倒し損ねた三体を仕留めた俺は、残党の確認をする為に意識を分散させた。
……俺が今いる建物の外に生き残りはいないようだ。逃げた可能性が無いとは言えないが、それは後で確認すればわかる。
「ん?」
と、ここで俺は建物の内部の状況がおかしいことに気づく。
この建物の奥に存在していた気配が三つから四つに増えているのだ。
どうなっている?
「……あぁなるほど、そういうことか」
冷静になってみれば考えるまでもないことだった。アディナがこの建物の奥に単独で進んだことで、気配が増えたように感じただけのようだ。
それにしても、何故アディナは一人で奥へ向かったのだろうか。
俺を認識できる距離にいれば奴隷の首輪の制約に引っかからないとはいえ、アディナには戦闘の補助を頼んでいた。それを放棄して奥へ向かったということは、相応の理由があるのだろう。幸いアディナが向かった先に長のような強力な気配は感じない。だから奥の敵はアディナでも十分対処可能だ。
……少し気になるとすれば、気配の動きが戦闘のそれではないことくらいか。何をしているのか心配だ。さっさと行くとしよう。
俺は特に深く考えることなくアディナの下へ向う。そんな俺の呑気な考えとは対称的に、そこには凄惨な光景が広がっていた。
「……アディナ、これは一体……」
「ノア君……多分だけど、ここは奴らの食糧庫、だと思う。生き残っていたのは、この三人だけだったわ」
そこはまるで解体場のような有様だった。数多くの人の死体が散乱しており、その多くはバラバラに切断されている。所々に食いちぎられたような肉片も転がっていた。アディナの言葉の通り、ここはあいつらの食糧庫なのだろう。
この惨状で不幸中の幸いと言っていいのかわからないが、一応生き残りはいたらしい。俺が察知していた三つの気配は、アディナが言った生き残りの人間達のものだったようだ。男が一人に女が二人……全員気絶してるな。顔や体に多くの打撲痕があることから、かなり酷い扱いを受けていたことが窺える。
「とりあえず、この人達を部屋から出すわ。魔術で浮かせるから、ノア君は少し離れて」
「だったら俺は、外に行って魔物の死体の数を確認してくる」
「わかったわ。こっちは任せて」
アディナの申し出はとても助かった。人肉が散乱している地獄のような光景を目の当たりにしたせいか、少々気分が悪い。一度外の空気を吸って、思考を整理するべきだ。鼻にこびりついた血の臭いも取り去りたいしな。
建物の外にでると、眩しい光が俺の顔を照らした。
思わず顔をしかめてしまう。
いつの間にか日が昇っていたようだな。日の光を浴びるだけでも、心身ともに浄化されていくような心地よさを感じる。
俺は改めてアディナに感謝しつつ、魔物の死体の数を数え始めた。
魔物の死体は、アディナの魔術によってズタズタに切り刻まれている。所々欠損している部位もあるから、数えるのが少し面倒だ。
先ほど人間の死体を見た時とは打って変わって、何の感情も抱くことがない自分に苦笑いが零れる。
公爵家の長男として、今まで数多くの人間と接してきた。その度に、人の欲望の醜さや傲慢さに“反吐が出る”、“虫唾が走る”と散々文句を言っていたが、今回の一件で自分も似たようなものだと気づかされた。
今後の戒めとしよう。初心を忘れるべきではない。いつか足元をすくわれることになりかねないからな。そういった意味では、今気づけて良かったと言える。
……よし、事前に確認していた数と死体の数が一致している。どうやら逃げた個体はいないようだ。アディナの所へ戻ろう。
俺は再び建物の中へと入っていった。
「アディナ、確認が終わった。逃げた個体はいなかったぞ。それで戻ってきて早々悪いんだが、俺は寝る。三時間しか寝てないからそろそろ限界なんだ。悪いな」
「いえ、大丈夫よ。もしこの人達が目を覚ましたら、現状の説明をして、彼らの事情も聞いておくわ」
「助かる」
アディナに礼を告げた後、俺はすぐさま横になり、急激に襲い来る睡魔に逆らうことなく目を閉じた。
節々の痛みによって目が覚める。
床が石畳なのが原因だな。それに、いつも野営で寝る時は草を敷いているのだが、今回は敷いていない。おかげで体がズタボロだ。少し頭痛もする。
「あ、起きたのね。丁度良かったわ」
「アディナか、丁度良いとはどういうことだ?」
「例の三人は問題なく目を覚ましたのだけど、ここに居たくないって言うから、外に連れて行ったのよ。それで、ノア君の様子を見に戻ってきたら、丁度目を覚ましたの」
なるほど、そういうことか。
……あの者達は、奥の部屋で起こったことを直接目にしただろうから、この場に居たくないのは当然のことだろう。廃人になっていないだけましだな。
「なら、俺も外へ行くとしよう。……そういえば、彼らから話は聞いたのか?」
「ええ。男性は商人をしていて、女性はその男性の奥さん。そして最後の一人は身寄りのない女の子。全員、ファウストの街からドランの街へ行くためのキャラバンの一員だったらしいわ。野営をしている時に突然魔物に襲われたみたい」
なんだと? キャラバンといったら基本的に三十人以上、場合によっては百人単位で移動する一団だぞ? 護衛も数多くいたはずだ。そのキャラバンを襲うなど、とてもじゃないがこの集落にいた連中にできるとは思えない。……まさか、この集落にいた奴らだけじゃないのか?
――嫌な予感がする。
「アディナ、急いでここを出るぞ。伏兵がいる可能性が高い。周囲を警戒しつつ、急ぎ街へ向かう」
「ッ!? わかったわ」
集落にいた奴らの掃討が完了したから、ある程度は安全だと思っていた。だが、それは大きな間違いだったようだ。建物の規模と奴らの数からして、伏兵はこの集落には入りきらない。では、その伏兵は普段どこで生活しているのか、考えられる可能性としては――
――集落は複数存在する
……あの精霊、やってくれたな。
確かに精霊は、集落の数が一つだけとは一言も言っていない。勝手に俺が決めつけていただけだ。……嫌がらせか? 嫌がらせなのか?
――今度会ったら絶対にぶっ飛ばす。
俺はそう固く誓った。
「おや? おお! あなたがノア殿ですかな? 私は商人の――」
「すまないが、今は自己紹介をしてる場合ではない。敵の伏兵がいる可能性がある。急いで街へ向かうぞ」
俺が外に出ると、恰幅の良い茶髪の男が勢いよく話しかけてきた。悠長に話している訳にはいかないとは言え、言葉を遮ったことは許してほしい。謝罪なら後でいくらでもしよう。
「ふ、伏兵!? ノア殿、そ、それはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ。ここの集落には三十八体しか魔物がいなかった。お前たちを襲った時はもっといたんじゃないか?」
「た、確かに、我々のキャラバンを襲ってきた時には、少なくとも百体以上はいたと思われます」
「なら確定だな……そこで蹲っている女子よ。お前も行くぞ。動くのが困難なら背負ってやる」
俺は商人夫婦に最低限の説明を行った後、自分と同い年くらいの女子に声をかけ、立ち上がらせようとその肩に触れたのだが、その瞬間――
心臓を鷲掴みにされた感覚と同時に、全身が金縛りにあったかのように動かなくなった。
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