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第十話 作戦決行

 今俺達は、緑色の魔物を掃討するために奴らの集落へ近づいている。万が一にも見つかるわけにはいかないので慎重に歩みを進めていたのだが、東の空が薄っすらと明るくなってきていることに気づいた。



――まずいな、もう朝か。



 魔法陣の設置は、奴らが本格的に活動を始める前に済ませておきたいな。少し急ぐ必要がある。奴らの生態がどういったものか不明なので一概には言えない。しかし、人間と似た身体的特徴を多く持っていることから、生活周期もそこまで異なるものではないと思う。


 朝起きて、夜は寝る。そのような生活を奴らが送っているとするならば、そろそろ起床する個体が出始めてもおかしくない。


「アディナ、防音効果のある魔術というのは存在するか?」


「あるけど、半径三メートル程度の範囲にしか効果がないわ」


「それで十分だ。この皮に魔法陣を仕込んでくれ。詳しいことは後だ」


 そう言って俺は、懐から取り出した魔狼の皮をアディナに差し出した。今は一分一秒でも惜しい。質問に逐一答えている時間はない。


 アディナは不思議そうな表情を浮かべていたが、言われた通りに魔法陣を刻み始める。


 ……術式の展開が速いな。この速度に加えてこの精度、実力的には魔術師の中でもかなり上位に位置するのではないだろうか? アディナ以外の魔術師を見たことがないので、比較できないのが残念でならない。


 魔法陣が仕込まれた皮をアディナから受け取ると、俺は隠れていた茂みから飛び出し、集落の入り口で見張りをしている二体の魔物に肉薄する。


「えっ」


 後ろでアディナの驚く声が聞こえてきた。その声を聞き流して、俺は二体の魔物へ向かって全力で走る。その距離が五メートルほどに縮まったあたりで、奴らはこちらの存在にやっと気づいたようだ。


「ギギ?」



 ――だが、もう遅い。



 そのまま俺は一気に敵の懐に潜り込み、左手に持っていた魔狼の皮に魔力を流し込む。すると、皮に刻まれていた魔法陣が起動し、周囲の空気を震わせた。



 ――防音空間。これでもう、奴らの声は誰にも届かない。



「中途半端に知能があるのも考え物だな」


 俺は未だに呆然としている敵の頭部を右腕で殴る。甲高い音が周囲に鳴り響き、運悪く攻撃対象とされてしまった哀れな頭部は、木端微塵に砕け散った。


 ……ふむ。肉体の強度は人間と変わらず脆弱。反応速度も特別優れているわけではないし、なまじ知能があるせいで、想定外の事態に敵は困惑していた。


 知能が優れているということは、人間と同じように、群れると大きな力を発揮する可能性がある。しかし、単体ではそこまで脅威ではないな。もちろん、人間に例外が存在するように、奴らにも例外は存在するだろうがな。


 さて、後は残りの一体を倒せば集落の中へ入れるのだが……その前に、今の戦闘で一つ気になることがあった。俺が魔法陣に魔力を流し込んだ瞬間、奴らが視線を魔狼の皮へと移したのだ。ということは、少なくとも奴らには魔力の動きを感知できるだけの魔術適性があるということに――



「――ギバッハ」



 ッ!?


 残りの一体が何かを呟いた直後、その体が薄い光の膜に包まれた。……間違いない。奴が今使ったのは身体強化の魔術だ。……驚いたな、こいつらは魔術を使えるのか。

 まぁ、それでも結果に変わりはない。


「ギャギャギャ」


 敵は口角を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべたままこちらに突っ込んでくる。奴の頭の中では、俺をどう殺して、どう弄ぶかという妄想が繰り広げられているのだろう。


 ……こんな姿を見せられると、本当に知能が高いのか疑いたくなってくる。


 敵が振るってきた棍棒を紙一重で躱し、俺は敵の首を右手で鷲掴みにした。そしてそのまま――


「ほいっと」


「――ゴキャ」


 握り潰す。


 新種の魔物の性質は、好戦的かつ醜悪で猪突猛進な傾向あり、か。

 急いでいた為、直ぐに倒してしまった。しかし、たった二回の戦闘でこれだけの情報が得られれば十分だろう。


 戦闘が終わったのでアディナを呼び、俺達は集落の中へ侵入する。敵が魔術を使ってくるという予想外の事態は起きたが、今のところ一つのことを除いて特に問題はない。その一つのこととは――


「アディナ、悪かったって」


「……静かに。敵に気づかれるわ」


 アディナの機嫌が少し悪いのである。こればかりは、事前に何も伝えることなく敵に突っ込んでいった俺が完全に悪い。弁解の余地無しだ。いくら急ぐ必要があるとは言え、アディナには一言言っておくべきだった。……功を焦りすぎた結果だな。今後は気をつけるとしよう。



 その後、集落に全部で五つある小屋を一つずつ回り、その入り口に魔法陣の罠をアディナが仕掛けた。威力や術の規模としては、だいたい中級魔術の上位に位置するものと同等らしい。小屋が建っている一帯を軽く更地にできる程の威力のようだが……過剰すぎるということはないな。


 奴らは魔力を感知できる程の魔術適性があり、実際に身体強化の魔術を俺の目の前で使って見せた。だから十中八九、魔術への耐性もそれなりに備えているだろう。用心するに越したことはない。むしろ、過剰すぎるくらいが丁度良い。


「そういえば、ノア君はなんで小屋の中を確認していたの? 意識を分散させれば、中の気配を察知できるでしょ?」


「確かに察知はできるんだが、寝ている者の気配は薄くなるからな。存在がぼんやりとしていて、詳しい数までは把握できないんだ。大きい建物の中の敵は起きているみたいだから、気配がはっきりしていて数を数えやすい。対して、小屋にいる連中は寝ているせいで気配がつかみにくい、ということだ。だから確認していた」


 奴らの数を数えているのは、この掃討戦が終わった後に死体の数と照らし合わせるため。


 後々繁殖されて、数を増やされても面倒だからここで確実に全滅させたい、とは思っている。しかし、中央の大きい建物に突撃したら間違いなく乱戦状態になる。その隙をみて逃げ出す個体がいないとも限らない。


 その時に全体の数を正確に把握していれば、『逃げた個体はいるか?』、『何体逃げたのか?』といったことが把握できる。後手に回らずに済むということだ。


「なるほど。そういうことだったのね……で、ついにここまで来たのだけど。本当に正面突破するつもりなの?」


「ああ」


 アディナの言葉通り、今俺達は集落の中心に位置する大きな建物の前にいた。この建物の中には全部で十四の気配があり、その中に突出して強い力を秘めた存在がいる。恐らくこいつがこの集落の長だろう。俺の狙いはそいつだ。


 奴らが人間と似たようなコミュニティを形成していて、集団戦において大きな力を発揮するであろうことは既にわかっている。逆に言えば、長を仕留めることで奴らが機能不全に陥るのは想像に難くない。



 ――一瞬(いっしゅん)で片を付ける。



「行くぞ」


 そう言って俺は建物内部へと駆け出した。


「ギャギャ!?」


 中に入ってまず目についたのは、五体の魔物。


 お前たちは後回しだ。


 俺は適当に右腕を振るい、飛びかかってきた魔物達を払いのける。運悪く腕が直撃した二体は即死し、残りの三体は数メートル吹き飛んで倒れた。……心なしか、右腕の破壊力が以前より増している気がする。後で色々と確認する必要があるな。


 そして俺達はさらに先に進み、そこで待ち構えていた存在と対峙した。


 長と思われる個体と、その取り巻き五体。長は他の奴より二回りほど体格が大きい。それに、そいつだけ額に角が一本生えている。

 ……同種の長ではなく、上位種――長く生きたことで多くの魔素を取り込み、進化した個体――だったか。


 その顔に浮かべている笑みは、まるでこちらの存在を最初から把握していたかのような余裕に満ち溢れている。いや、実際に把握していたのだろう。上位種でなくとも、それなりの魔力感知能力を有していたんだ。こいつなら、離れた場所にいる俺達の魔力を感知できても不思議ではない。だが、その慢心が命取りになる。


「――身体強化」


 俺は、取り巻き五体の間を縫うようにして一気に長へと近づく。そして右腕を振りかぶったその瞬間――



 建物の“外部で”轟音が鳴り響いた。



 アディナが設置した罠が起動したのだろう。俺はこうなることを予期していたので特に問題ないが、長は僅かに気を取られてしまったようだ。



 ――その隙は、致命的だぞ?



 直後――二度目の轟音が“内部で”鳴り響いた。

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