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第一話 運命の日

初投稿です。

 膨大な魔力と共に魔法陣が足元に広がり、全身がまばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間……()()()()()その光は消え去った。


「……まさか、そんなはずは……」


 ……何やら茫然自失とした声が聞こえてきたが、これは想定外の結果ではない。当然の結果だ。


 たった今行われた“転真の儀”は、前世の記憶を持つ者を選別し、その記憶を完全に覚醒させる魔術だからな。転生児でない俺には、何の反応も示すことは無い。だが、この場にいる他の三人はそう思わなかったらしい。まさに三者三様の反応を見せている。


 その内の一人である俺の父は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべており、堪忍袋の緒が切れる寸前といった様子だ。俺が転生児でないことが余程気に食わないようだな。


 確かに、本国の上位貴族で前世の記憶を持たない者はいない。だから、俺と言う存在が恥以外の何ものでもないというのは、揺るぎのない事実だ。なまじ「卿のご子息は天才だ」と周囲から持てはやされていただけに、その分反動も大きいのだろう。


 そんな父とは対称的に目を細めてこちらをじっと観察しているのは、今俺たちがいるこの場所――大聖堂――を管理している大司教だ。正直、この男が一番侮れない。

 こうしている今も、俺のちょっとした行動や仕草から、利用価値のある情報を引きずり出そうとしている。


 そして最後は、大司教の従者と思われる神官の少女。彼女は白装束に身を包んでおり、こちらからは目元しか確認できない。だが、その黄金に輝く瞳を大きく見開いているので、恐らく転真の儀の結果に驚いているのだろう。


 この少女に関しては俺自身もよくわかっていない。俺が物心ついた時には既に大司教と行動を共にしていたようだからな。もしかしたら俺が生まれる前から従者を務めているのかもしれない。

 まぁそんなことはさておき、問題は混沌としたこの現状をどうやり過ごすかだが……。


「父上、ですから言ったでしょう? 私は転生児ではなく、ただの天才児です、と」


 一先(ひとまず)ず煽ってみた……。


 ……別にふざけている訳ではない。というのも、俺はこの機を利用して自由を手に入れようと、予てから色々と画策していたのだ。


 堪忍袋の緒が切れる寸前の父を煽れば、追放するなり監禁するなり、直接的でない手段を用いて秘密裏に処理しようとするだろう。残念ながら、我が公爵家――ヴァルグリンド家――はそういったことを平気で実行するような後ろ暗い家系なのである。

 普通の五歳児であれば、その時点で死亡確定案件だ。だが俺にとっては好機でしかない。


 俺は今日という日の為に、兵士達の巡回経路の把握、使用人達の配置情報の改ざん、偶発的事故の演出による行動の誘導など、文字通りありとあらゆる手を尽くしてきた。


 追放、監禁、暗殺、なんでもござれ。やれるものならやってみろ。俺は絶対、生き延びてやる。

 そういった心持ちで今日まで計画を進めてきたのだが……。肝心の父の反応はというと。


「……」


 ……“無”だ。……未だかつてないほどに表情が抜け落ちている。

 うーん……どうしよう……全く判断がつかない。果たしてこれは成功と言っていいのだろうか?

 むぅ。うーん。うーむ。




「――ア様、ノア様」


 ッ!? 


 俺が思考の海にどっぷり浸かっていると、要注意人物の大司教から突然声をかけられた。……何度か呼ばれていたような気もするが、きっと気のせいだろう。うん。

 ここは何事もなかったかのように振る舞うのが吉だな。


「……なんのようだ?」


「当主様は既に退出なされましたが、ついて行かなくてよろしいので?」


 なんだと!? 俺は大司教から言われたことに驚愕し、先程まで父が居た場所を確認した。すると、確かにそこに父の姿はなかった。


「父上はなんと?」


「書斎で話をすると仰っておりました。……ノア様は何かを深く考えられていたご様子。私ごときがお声をかけて良いかわからず、ご対応が遅れてしまいました。申し訳ございません」


「……良いだろう、許す」


「おお! 流石ノア様! なんと寛大なお心をお持ちなのでしょう。ありがたき幸せに存じます」


 はぁ、何を言っているんだ。完全に口から出まかせじゃないか。大司教がこの状況を楽しんでいるのは間違いない。何せ、目が笑っている。

 ……この男のことは放っておいて、さっさと書斎に向かった方が良さそうだな。


 俺は、しつこく話しかけてくる大司教を無視して大聖堂を後にした。


 幸い、大聖堂とヴァルグリンド家の館は隣接している。だからそんなに時間はかからない、と思っていたのだが……。道中、満面の笑みの侍女達に囲まれて大浴場に連れていかれそうになるという事件が発生し、書斎へ行くのに思いのほか時間がかかってしまった。


 さて、書斎に着いたはいいものの、そこには肝心な父の姿がなかった。嫌がらせか?


 辛抱強く待っていたがなかなか現れず、結局三時間ほど待たされる羽目になってしまった。

 そして、長時間待ったのに告げられた言葉は「公爵家の人間でありながら前世の記憶を持たない貴様など不要だ。直ぐに出て行け」という二言のみ。


 思わず懐に隠してあった短剣に手を伸ばした俺は悪くないと思う。


 その後、書斎から追い出され、自室に戻ったら自室から追い出され、最終的には館から追い出された。……まぁいいだろう、回収したいものは回収できたからな。

 ただ、一つだけ心残りがある。


 使用人達に別れの挨拶をしようと思ったのだが、話しかけた全員に無視されてしまったのだ。これは間違いなく父の仕業だな。俺が書斎で待機していた間に館全体へ向けて勧告したのだろう。

 非常に残念に思う。けど、こればかりは仕方がない。


 ヴァルグリンド家の門を出る前に一度振り返り、恐らく顔を合わせるのは最後になるであろう者達を視界に収める。俺を無視する侍女、俺を存在しない者として扱う庭師……ついでに間者。


 今回俺を追放した件は、間者を通じて白昼の下に晒されることになるだろう。

 例え転生児でなくとも、貴重な労働力である帝国民は国の財産だ。だから、一公爵家の判断で勝手に追放したことが皇家に知られた場合、ヴァルグリンド家は責任を問われることになる。その際には、ヴァルグリンド家に仕えている使用人達にも影響が及んでしまう。


 彼らはこれから非常に苦労することになるだろうが、ヴァルグリンド家の不正の数々を暴く絶好の機会だ。少々我慢して欲しい。


 そんな彼らとは対称的に、俺の歩む道の先にあるものは自由、そして無限の可能性だ。今まで苦労してきた分、とことん人生を楽しんでやる。


 自らの未来を想像して思わず笑みがこぼれた。

 だが、その表情とは裏腹に、使用人達の顔を見ると、言葉では言い表せない感情が込み上げてくるのを感じた。



 ――この感情を、俺は知らない。



 その正体を暴こうと思考を巡らせてみても、浮かび上がるのは彼らと笑い合った思い出のみ。



 ――まさか、どこかで間違えたのか?



 一瞬、今回の自分の計画がどこかで失敗したのかと思ったが、その考えを即座に否定する。……あり得ない。そもそも失敗していたら俺はこうして自由になっていない。だから絶対にあり得ない。

 そう何度も自分に言い聞かせた。


 全て計画通りの筈だ。何も間違えていない。何の問題もない。……そうだ。俺はこの日の為に、“周囲の全て”を掌握してきたんだ。だから不測の事態など起こる筈もない。


 深く息を吸い、そして吐く。……ふぅ……よし、落ち着いてきたぞ。

 俺はゆっくりと目を閉じ、幾ばくかの沈黙を経て、門の方に向き直った。そして余計な思考を振り払い、今度こそ門の外へと一歩を踏み出す。


 ……これは、傍から見たら五歳の子どもの小さな一歩だ。だけど、俺にとっては大きな一歩、希望に満ちた一歩となる――



 ――はずだった。



 館の敷居をまたいだその瞬間、目の前が暗闇に包まれたかのような錯覚と、急激に込み上げてきた喪失感によって俺は気づいてしまった。……いや、気づかされた。



 ――他の誰でもない、“自分自身”を掌握できていないことに。



 なんだ、思い返せば簡単なことじゃないか。俺は周囲を気にするあまり、自分自身のことに対して無頓着で、何の配慮もしていなかった。


 ……はぁ、計画実行の為にひたすら突き進んできた弊害がでてしまったな。

 ……そう、俺は今更ながらに、“繋がりが断たれる”ということの重みを実感しているのである。

 入念に準備を重ねてきたと豪語しておきながら、自分自身の心の準備ができていなかったということだ。なんとも不甲斐ない。


 まぁ、いいさ、今後気をつければいい話だ。

 いずれにせよ、何年経っても、何十年経っても俺は――



 ――今日という日を、忘れることはないだろうな。




 ……ところで。






 この両目からこぼれ落ちる雫は、どうすれば止まってくれるのだろうか……?


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