⑤
血相を変えたユクスが、ライのもとにやって来たのは、シズクが城に行った日の夜だった。
朝から晩の短い時間に何があったのか、駆けてきた見た目で、ライからしても察することができた。
いつも公子様らしく、整っていた髪は乱れに乱れ、その瞳は血走っていた。
ターニャに聞かせたくないという配慮があったのか、外に呼び出されたライとナナンは、ユクスが叩きつけるように発した声を、黙って受け止めるしかなかった。
サリファがシズクを毒殺したのだ……と。
――しかし。
「…………そんなはずあるわけないじゃない」
ナナンは、まったく信用していない。
常日頃の言動通りだ。
サリファがシズクに毒を飲ませるなんて、絶対に有り得ないことだと信じきっている。
(でもな……)
ライはサリファの性格を子供の頃から、知っている。
――サリファなら、やりかねない。
確信していた。
(…………サリファの奴、端っから、そのつもりだったな。私はそこまで頼んでないぞ)
それでも、まさか面と向かってライの意見を口にすることなんて出来ない。
かえって、ややこくしなってしまうだろう。
ユクスは怒りを前面に出ているが、その内心は哀しみの方が勝っているようだった。
ライやナナンよりも遥かに、シズクと一緒にいた時間が長かったのだ。
無理もないことだった。
「俺は……その場にいた。サリファは魔物の如く冷静だったよ。父上に命じられたから仕方ないんだとさ。本当に最低の野郎だ! あんな奴、俺が信じたばっかりに、シズクが殺されたんだ!」
しゃがみこんでうなだれるユクスに、ライはランプの灯を当てながら、優しく語りかけた。
「公子様は、シズク君とは幼馴染で、あんたにとってシズク君は、弟みたいな存在だったんだよな」
「……俺とシズクは立場は違うけど、肉親のようだった。たとえ、あいつにノエムの血が流れていたとしても、父上にもノエムにも、絶対に殺させやしないって誓っていたんだ!」
「…………しかし、公子様。あんたはシズクが本当に死んだのかどうか確認していないんだろう? 脈は取ったのか?」
ライは出来うる限り同情的に問いかけた。
「…………でも、あれは……もう」
「だけどな……。脈を取って、鼓動が動いているかどうか確認しない限り、シズク君が本当に死んだかどうかは分からないよ」
「そ、そうよ! もしかしたら、先生は州公に脅されて仕方なく、殺したふりをしなければならなかったのかもしれないし、それに、シズクも協力して、狂言をしたのかもしれないじゃない!?」
ひきつった顔に、何とか笑みを作りながら、ナナンが叫んだ。
「一体何のために、俺を騙すんだ?」
「そ、そんなこと分からないけど、それを、パッと行って確かめて来るのが貴方の役割じゃないの!」
「残念ながら、俺は城に戻ることができない……」
ユクスは両手で顔を覆った。
「あの後、父上に確認しに行ったんだ。そしたら、城から追放された。頭を冷やして来いと言われたよ」
「…………あんた、馬鹿じゃないの?」
「なっ!?」
ナナンに言われたら世話がない。
ユクスは、よほどかちんときたのか、すぐさま怒気をはらませながら、顔を上げたが……。
「どうせさ、激情に任せて、力づくで州公に詰め寄ったんでしょうが?」
「うっ……」
図星だったらしい。
空っ風の吹く中、益々ユクスはしおれてしまった。
「まあまあ、動転するのは、無理ないことだろう。シズク君が目の前で苦しんで倒れたんだ。私だって、その場で目にしたら、感情に支配されてしまうかもしれない」
「何よ。大人ぶっちゃって」
「はっ?」
そうきたか……。
まったくそんな気がなかっただけに、ライは本当に驚いた。
「やけに落ち着いているわよね。カナって……。その余裕はどこから来るわけ?」
「いや……別に、余裕も落ち着きもないけどな。むしろ、心の底から困惑しているぞ」
(私だってな、まさかあいつが、ここまでするとは思っていなかったんだ)
この場にいたら、サリファを責めていただろう。しかし、いない人間に声を荒げても仕方のないことだと悟っているだけだ。
ライは、ユクスの肩をぽんと軽く叩いた。
「で……? あんたはどうするんだ? おめおめとここで、嵐が去るまで引き籠るのか?」
「俺にこれ以上、父上に逆らえと言うのか? 大体お前たちが……っ!」
「私たちのせいにするのか? まあ、それもいいけどさ。しかし、私たちも被害者のようなものだ。先生から何の連絡ももらってないんだからな。本当に先生が、シズクを手に掛けたのかどうか……?」
「絶対にサリファが殺したんだ! 俺とシズクを嵌めやがって! 俺は絶対にあいつを許さない!」
「だから、それは……」
ナナンがすかさず反論しようとしたが、ライはそれを制した。
(まったく……サリファの奴……)
ある意味、さすがだと言わざるを得なかった。
サリファは、ここまで計算づくだったのだ。
最初から、ユクスにとって良い人間であろうと思っていなかった。
悪役でいることに徹していた。
ライは、絶対にサリファの真似は出来ないだろう。
「公子様は復讐したいんだろう? だったら、それこそ、ちゃんと事の顛末を、父上に訊かないと駄目じゃないか?」
「言っただろう。俺は今、追放されているんだ。父上は、俺が城に行ったところで、門を開けてはくれない」
「だったら、強行突破すればいい。丸腰で行けば、いくら腹が立っても実の息子を殺しはしないんじゃないか?」
「それを……俺、一人にやれと?」
「あんた公子様だろう……。直属の臣下とかいないのか?」
「残念だが、父上の意に背く配下は誰もいない。俺は後妻の子供だからな……。何処かみんな冷たいんだ。今だって、一人でここまで来たんだからな」
「そう…………」
ユクスもまた城内で一人ぼっちの孤独を感じていたのだろう。
だから、シズクと馬が合ったのかもしれない。
「だったら、私が一緒に行ってあげてもいいわよ! 私だって先生から直接聞きたいもの! シズクは絶対に生きているわ!」
やっぱりか……。案の定、ナナンが手を挙げて立候補していた。
ライは渋々といったふうを装いながら、微苦笑を浮かべた。
「私も行くよ。私も先生からちゃんと話を聞かないと、納得できないからな……。シズク君を送り出した責任もある」
「女連れで城に乗り込めと?」
「むしろ、女子供連れの方が殺されにくいんじゃないのか?」
「そんなことは関係ない。父上が本気になったら、お前たち全員処刑だぞ。ただでさえ、ノエムのことがあって、城内はぴりぴしているんだ。責任なんか取れるか!」
「あれ? ぴりぴりしているのは、いつものことじゃないの?」
「違う! ノエムが国境沿いに兵を展開しているんだ。それで、みな武装している。俺だって、こんなことをしている暇はないんだよ!」
「あー……じゃあさ」
ライはぽつりと本音を呟いた。
「だったら、それこそ、なるべく早く結論を出すしかないよな……?」
ノエムが出張って来る前に、すべての決着をつける。
サリファは何を考えているのか今一つ分からない部分があるが、それこそ、無駄な労力を使わずに済む最善の方法だろう。少なくとも、ライはそのつもりでいた。
「……明日の夜にしようか」
散歩にでも行くかの如く、ライは気安く言い放った。
本当は今から行ってもいいのかもしれないが……。
事を起こすには、準備と根回しが必要だ。
…………それに。
屋敷の中に薄ら浮かぶ人影。
窓が半分開いているのは、盗み聞きをしていたからだろう。
最近、雪が降っていない。
こんな夜は声がよく響く。
当然、ナナンも気づいている。
ターニャが盗み聞きをしているのだ。
(……さて、どうしようか?)
どうせ決行するのなら、サリファを盛大に出迎えてやろう。
当人は嫌がるだろうが……。
満月は訪れ、容赦なく時も満ちた。
セディラムは、とっくに動いているはずだ。
――ライ自身の手で、クリアラとの因縁を断ち切るしかないのだ。




